30 自分だけが見出した愛(前)
「…。」
微妙な空気が第1層の皆さんと第3層の皆さんの間で流れる。
「ええと…お互い悔しい事もあるだろうけど、一時休戦にしてくれないかしら。」
ルージュさんが仲裁に入ってくれた。
「うん、そうだね。」
「そうだな。」
一時和解したようだ。
あ、そうだ。
「ルージュさん、リーネさん、ありがとうございます。」
「えっ?」
「ビアンカさんから、お2人が心配してくださっていると伺ったので…」
「あ~…」
2人は顔を見合わせた。
「だってアリスちゃん、たまにぼーっとしているようですっごく悲しそうな顔してるんだもの。」
「気にするなっていう方が無理だわ。」
「あ…ごめんなさい」
「謝らないの!」
リーネさんが私をクモ脚で抱きしめる。
なかなかにホラーな図だ。生命の危機を感じなくもない。
身体を固くしていると、リーネさんが放してくれた。
「アルバンもいないし、相談に乗るわよ。ほら、男はあっち行きなさい!」
「アンジェさんとスカイさんも!フラン君はパパに返してあげて。」
「はーいっ!」
強制的に男性キャストを部屋の端に追いやった後、女性キャストと私でテーブル2つを占領する事態となった。ちなみにアルトさんは「いらない事しか言わないから黙れ」と男性キャストの方に入っている。
ここの女性、強いな…。
「で、どうしたのよ?」
「…アリス、言って良いかい?」
ビアンカさんがおそるおそるといった感じで言う。
アルバンみたいに、誰かに話してもらう方が楽だと思う。だけど、相談に乗ってもらうのは私なんだから、せめてこれだけでも自分で言わないと。
「…私、5年間婚約していた人と破談になったんです。」
「5年かぁ…人間から言うと長いの?」
「長いだろう。1番良い時期だ。」
アンジェさんの言う通りだ。
「その期間を彼と過ごした思い出が忘れられないの?」
「はい…」
「アリスちゃんはまだ若いんだし、別の男と新しい恋をすれば良いじゃない。」
「そういうわけにもいかないんです。」
「どうしてだい?」
ビアンカさんが聞く。
「私は…恋なんかを出来ない立場なんです。」
「まあ、アルバンに『お嬢様』って呼ばれているし作法も一つ一つが丁寧なのを見れば良いところのお嬢さんだろうね。でもさ、何かあるんじゃない?アリスちゃんに別の縁談がさ。」
「ありませんよ、そんなの。」
「どうしてよ~、アリスちゃんは美人で良い子じゃない。ちょっと押しが弱いけど、そういう子が好きな男性だっているんじゃないかしらぁ?」
ルージュさんが私を後ろから抱きしめる。リーネさんのハグとは何か別の意味で違った危機感がある。
紫色のアイラインとマスカラで縁取られた目元を見続けると、いけないものに目覚めそうな…。
「…それはあくまでも若いという条件がついている場合です。私は人間でいうと年増なんです。しかも破談付きの中古品です。」
「…さんざん遊ばれて捨てられたって事か?」
「こき使われたって、そっちの意味でもねぇ…本っ当に最低ね!」
「アリスにそんな酷い事をするなんて…ドロシーがそいつの股間ぶっ潰してあげるよ!」
「では私が蹴り上げた後に決めてくれ。蹄鉄に鋲を仕込んでおく。」
「あら、私が拘束しておくからいくら外しても良いわよ?」
「でもあまり外しすぎると、私の操血術で下半身に血を集中させておくから大量出血で死んじゃうかもねぇ?」
「大丈夫さ、あたしが適宜ヒールをかけておくよ。」
復讐方法がえげつない…。まだ人狼部隊で殴り込みをかけた方が優しい気がする。
男性陣の方を見ると、一部が涙目になり、一部は顔かお股を押さえている。
「あ、あの…」
「なあに、アリスちゃん?」
「私、そもそも女として見られていなかったのでそういう事は無かったんです。」
「あ~…なるほど。」
アンジェさんがうなずいた。
「では、破談になったとしても傷が付くわけではなかろう?」
「それはそうかもしれないですが…」
「何か問題でも?」
「…この歳でそういう経験が一切無いって、ダメじゃないでしょうか。誰も貰ってくれないですよ。」
もう修道院しか行く場所がないといいますか。
「そうかい?」
ビアンカさんが首を傾げる。
「…普通、この国の人間の女性は15歳から結婚ができるので、大半は13歳から相手を探し始めます。そして17歳までには大部分が経験しているんです。この国では年上の男性と年下の女性が結婚する風潮ですからね。」
「アリスは?」
「私は…相手が1歳年下だったので待つ事にしたのです。男性は17歳から結婚ができるので、17歳のお誕生日を迎えてからの事をお話ししようとしたら避けられてしまって。やっと話せたと思ったら、自分はもっと勉強や執務に集中したいからしばらくは家を別々にしようって。」
「だから通い婚を強いられたのね。」
ルージュさんが納得したようにうなずいた。
「はい。相手は昔からちょっとわがままなところがあったのですが、私がそれも含めて彼なのだと思って甘んじていたからでしょうか。通いに関しては思う所もありましたが、特に何も言わず受け入れました。」
「…原因、たぶんそれよ。」
「はい、分かっています。私も彼を男性というよりは弟として扱っていた部分があって、それが面白くなかったんだろうなって。よく文句を表でも裏でも言われていましたから。」
「拗らせてるね、アリスちゃん。」
ドロシーちゃんもお見通しだ。
「可愛げがなくて腹が立つ顔だ、って言われました。名前だって何度も間違われているし。一緒に外出すれば他の女の人たちと比べて私を下げるような言い方をされました。」
「ふー…でも、アリスちゃんは好きなんでしょ?」
「はい。」
「何でよ!」
ドロシーちゃんが立ち上がる。
「アリス殿はダメ男に引っかかるタイプだな。」
「ね~、尽くしてあげるちゃんだわ。」
「家政婦っていうか都合の良い女として扱われてるのよ。」
「それは…彼が私を必要としている1番の証拠ではないでしょうか。酷い事を言うのも、そういう事を冗談として流せる関係だからで。」
女性陣がそろってため息をついた。
「え、えっ?」
「アリスちゃん。」
「は、はい。」
「世の中、アルバンみたいな愛情表現の男ばっかりじゃないのよ!」
「ええ…?」
どういう事?
「アルバンの愛情表現、ですか。」
「そう!アルバンみたいに天邪鬼で好きな子にはSっ気のあるタイプだけじゃないのよ。同じくガキで思っている事を全面に出すタイプもいれば、ルベみたいに策士もいるわけよ。」
そこでなぜルベ君が?
「エロスみたいに天然たらしもいるし、ケイみたいなド直球の脳筋もいるし。」
ロス君の呼び方…。
「フォンテさんみたいに無自覚紳士タイプもいるし、ボスみたいにあざとい紳士タイプもいるし!」
「リーネさん、普段タリオンさんの事どう思ってるんですか。」
「びしっと背筋が伸びて大人の落ち着いた余裕がありながらおっちょこちょいな所が可愛い。」
「り、リーネ?」
タリオンさんがショックを受けている。
「良かったな、少なくともリーネからは『うざい老害』だと思われていないようだ。」
スピカさん、ナイスフォロー。
「そ、それは喜ぶべきかもしれんな、ああ…」
「年齢層は上がるけどタリオンさんみたいに落ち着いて精神的にも大人な方だったら良いと思うの。でもドラスみたいなうざいタイプとスピカみたいな変態は絶対やめた方が良いのは確実。」
ルージュさん…。
「でっ、でも!…何でしょう、包み込むというか、構ってあげたくなってしまう事ってあるじゃないですか。」
「分かる!」
皆さん、分かるんですね。
「うちの旦那は馬鹿だし、気が利かない所も多くて、クッソ不器用で…」
「うちの老害は情弱なくせに他を頼ろうとしなくて…」
「うちのお爺ちゃんはどこか抜けていて、たまに両腕の左右が違っている事もあって…」
タリオンさん…なかなかホラーですよ。
「うちのボスは異常なコミュ障で、私がいなければ意思疎通が出来なくて…」
「スピカはへんた~い。」
言いたい放題。でも…。
「分かります、分かります!責任というものをすべて私任せにしちゃって当然みたいな態度をとる所も、人の名前を覚えようとしない所も、何度注意しても聞かない所も、怠け癖がある所も、怠けたい時や失敗した時は適当な口実を考えさせて正当化しようとする所も、それら全部含めて可愛いですよねっ!」
なぜか場がしーんと静まりかえる。
「…いや、アリスの元カレは論外だわ。」
「アリスちゃん、それは違う。」
「笑えないぞ。」
「どクズだね~、その人!」
「ドラスより重症よ。」
ええ…。
渋い色味の本棚から本がはみ出す汗牛充棟の書斎…ダンジョンの深層にある空間に、山羊頭のタキシード姿のスケルトンとドレスシャツ・スラックスにその細身を包んだ人間の男が降り立つ。
「単刀直入に言う。ダイブの模様、そして先ほどの言動…アルバンは何やら人狼部隊と強いケルベロスの力を欲しがっているように見えるのだが、理由を聞かせてくれ。」
「…。」
「それに、予約の時だって、各フロアボスに挨拶をして回っただろう?ダイブルートには無いはずの第5層以下のボスにまでも会っていたじゃないか。全員を『把握』しておく必要が君にはあった、そうじゃないかね。」
不死王の言葉に、男はうなずいた。
「フォンテをわざと煽って感情的になるようけしかけたのも、大人しく殴られたのも、全て知っていたんですね。」
「ああ、知っている。そして、リーネやルージュなどを自然に家へ誘導したのも、アルトに債務を負わせて逃げられなくしようとしたのも、スピカを手なずけようとしたのも、ね。」
男はクックックと笑い声を漏らした。まるで完全な悪役であるかのように。
「ドロシーに至ってはアリス殿に興味を持つよう予約時に誘導していたじゃないか。『ドロシーの腕よりずっと強硬なバリアを張れる方を連れて来ます』って。」
「ええ。」
「アルバン、なぜだ?」
「…私が何らかの理由で幽閉された場合の代理に決まっているじゃないですか。」
男が真顔になった。
「どういう事かな?」
「人間は信用ならないが、法的弱者で人間界では自由に動きづらい魔種族なら信用できるという事です。」
不死王は男の潔い返答に拍子抜けした。それに構わず男は続ける。
「私は優秀過ぎます。しかし、優秀な魔種族もかき集めれば私の7割程度には及びます。つまり、私に万一の事があった場合は、お嬢様を頼めるのはあなた方だけなんです。」
「…つまり、アルバンが何かしらの理由で仕事が出来なくなったら私達に代わりをしてほしいという事かな?」
「はい、お嬢様を助けてほしいのです。」
男は続けた。
「…お嬢様の力はあまりにも強すぎる。私がそうなるよう彼女を作ってしまったのも一因ですが。」
「君が、アリス殿を強く作った?」
「もともと全てにおいて人より秀でた効果を生み出せる存在として生まれてきたお嬢様ですが、真価を発揮するのは強化した場合だと固く信じて、私がお嬢様に歪んだ意図で英才教育をしてきてしまいましたから。」
不死王は耳を疑った。
「アルバンが…アリス殿に英才教育をしたと?それは…高貴な身分に求められる教養以外の部分で?」
「…勉学と乗馬以外の部分を鍛えすぎました。第1層でのお嬢様のバリア、第2層での身の捌きを御覧になっていたのではありませんか?」
「確かに。バリアの件だけならアルバンの1撃目が薄いバリアで防げた内に、ケルベロスの2~4撃目に備えて強化したのではないかとも考えられる。」
不死王は全てを簡単に信じるような男ではなかった。彼の鋭い観察眼は魔界での生活に加え、人間界に渡ってきてからもこのダンジョンを統括してくるのに不可欠だった。
「ほう?」
男はそれすらも分かっていたかのように不死王を挑発するような相槌を打った。
「が、タリオンの剣を『おっとっと』程度で軽くかわせるのは相当な熟練者だ。しかもタリオンとは違う方向にいるリーネを見ながら避けていると言うのだからね。」
不死王の答えに、男は満足そうにうなずいた。
「ケルベロスの火球を斬った事については?」
「言うまでもなく君の指導の賜物だろう。ベテラン冒険者でもあんな真似は出来ない。耐性のある防具か、魔攻撃にカウンターできるタイプの剣を持っていない者は攻撃を避けてケルベロス本体に近づく。」
フロアボスのフォンテすらそう信じて、作戦を立てているのであるから。
「先代のケルベロスは20年ほど就任していたが、矛盾を生じさせる方法で攻撃を無効化してきた冒険者はゼロだった。」
「だからフォンテもびっくりしていたんですね。」
「矛盾法で魔攻撃を無力化するためには、素早い判断能力に加えて、魔攻撃を恐れず真向から立ち向かう勇気とパニックにならず落ち着きを保てる冷静さが必要だ。私はどちらかというとその2点に驚いてしまった。フォンテもおそらくそうだと思うのだが。」
男は笑った。
「この私の魔攻撃を真っ向からバリアではじく練習をさせたのですから、あの程度なんて怖くないでしょうね。」
「なるほど…」
「しかし、そのせいでお嬢様が化け物じみてきているのも事実です。」
「そう言いながらも、そこまで強くする必要があったのだろう?」
男はうなずいた。




