ブリザードの夜
ユリエ 「これは…」
ユリエ、携帯をアツシに渡す。
シンイチ「どうした。履歴は誰になってる」
アツシ 「リュウジ…」
間。
ユリエ 「アカリを殺した犯人がわかったよ…」
アツシ 「え?」
ユリエ 「考えてみれば、アカリがいた部屋に鍵がかかっていなかったのがおかしかったんだ。確かにあたしはすぐに様子を見に行くつもりだったけれど、人ひとり死んでいるはずなのに、女の子が一人で部屋にいて、鍵を開けっ放しにしておくはずがない」
シンイチ「だったらなぜかけなかったんだ!」
ユリエ 「違うよ。アカリはあたしが出て行ったあと鍵をかけた。それを犯人がマスターキーで開けたんだ。アカリを殺したあと開けっ放しで逃げた」
シンイチ「それじゃ、犯人は…」
ユリエ 「リュウジは建物の外に出た。これは確かだよね。そしてそのあと外から誰か入ってきた形跡はない。だけど、リュウジがマスターキーを預けていく可能性のある人物が、ひとりだけいる!」
ユリエ、下手に叫ぶ。
ユリエ 「キョウカ! そんなところで聞いてないで出てきたら!」
キョウカ、下手から登場。ゆっくりと舞台中央に進み出る。
キョウカ「ユリエが一番の名探偵だったね」
ユリエ 「あたしには何もわからない…、なんであんなひどいことをしたの!」
キョウカ「それは…、あんた『たち』が…、あたしの赤ちゃんを殺したから!」
キョウカ、ピストルを取り出し、ユリエに向かって発砲。銃声。ユリエ、脚をおさえてしゃがむ。
キョウカ「あんたたちがあの捨て犬にかまっていたとき、あたしのお腹にはリュウジの赤ちゃんがいた! あたしとリュウジは、パパにあたしたちの仲を認めてもらうために空港に向かっていた。だけどその道路が、いきなり大渋滞した!」
アツシ 「まさか、おれたちのせい…」
キョウカ「パパが時間に厳しいことを気にしたリュウジは、路肩走行をしたあげくに接触事故を起こしてしまった。それでも行こうとしたリュウジは、当て逃げまでした。もちろん大渋滞の最中だ。逃げ切れるわけがない。土下座したら、当ててしまった車の人は許してくれた。大幅に遅刻したあたしたちを、パパはさんざん雷を落とした後に許した。だけど、学校にはバレなかったけれど、パパが事故のことを知った。『当て逃げするような奴に娘を託せるか』と言って、無理やり別れさせられた。お腹の子も堕ろさせられた!」
アツシ 「だけど、それは…」
キョウカ「わかってるよ。だから何度も自分に言い聞かせた…。これは自業自得なんだ…。あんたたちを恨むのは筋がちがうって! だけど何もしないままじゃいられなかった! 外に出られない吹雪になったから、電話を壊して外と連絡がつかないようにした。死んだふりをしたのも、リュウジに車を出させたのも、あんな電話をかけさせたのも、携帯で外に連絡するなって言わせたのも、全部ただの脅かしだった! だけどアカリは、人間も犬も同じだって言った! あたしの赤ちゃんと捨て犬が同じだって言った! しかもあんたたちは、それに何も反対しなかった! 我慢ができなかった…」
間。
キョウカ「だからあの子には、首輪をしたまま死んでもらった。いいんじゃないの? 犬と同じなんだから。(ユリエに)あんた、そんなに自然を肌で感じたいんだったらこんな壁に守られていることはない。外に出て行きなさい! その脚でね!」
シンイチとアツシ、目で合図し、そっと得物を取る。シンイチはナタ。アツシは棒。
リュウジ、上手から登場。キョウカ、ピストルを下ろす。それを見てシンイチとアツシ、得物を下ろす。リュウジ、そのまま舞台中央まで歩いていく。キョウカの客席側を通り過ぎ、キョウカの背中を守るように立ち止まり、ピストルを出して下手に向ける。同時にキョウカ、ピストルをユリエに向ける。
リョウジ「こんな吹雪にならなかったら、アカリがあんなことを言わなかったら、外に出て強盗の車が転落しているのを見つけなかったら、ピストルを手に入れなかったら…、こんなことにならなかったのかもしれない。だけど、キョウカは罪を犯した。おれだけキレイなままではいられない…」
シンイチ「カッコつけてるんじゃねーよ」
リュウジ、銃口をシンイチに向ける。
シンイチ「おまえがテツヤを殺したのは、あいつがキョウカに触ろうとしたからだ。もともとおまえが、当て逃げなんかしなけりゃ、こんなことにならなかったんだ!」
リュウジ、そのまま下手に進む。シンイチとアツシ、下手に下がる。シンイチ、足をもつらせて転ぶ。
シンイチ「言葉でかなわないからって、ピストルふりまわすのか? でかい図体してガキと同じ…」
リュウジ、無言で発砲。銃声。シンイチ、肩を押さえて転げ回る。
リュウジ「おれはキョウカに空き部屋の窓から入れてもらった。ディクソン・カーばりのトリック解説だったが全部間違いだ。おまえのそういう小細工を楽しむような性格が誰からも信頼されないんだ。おれはキョウカからキーを取り上げて男部屋の鍵を開けてテツヤを撃った。電話をかけたのは怖がらせるためだ。あいつがあんまりひどい顔をして怖がるから、それを消そうと思って顔を撃った。あいつが携帯を持ってたのは警察にでも知らせようとしたんだろう。間に合うわけないのに。おまえらが来た時ドアが開かなかったのは、鍵がかかってたんじゃなくて何かドアにひっかかってたんだろう。おまえも名探偵にはなれなかったな」
シンイチ「い…、いやだ…。死にたくない…。撃たないでくれ…」
ユリエ 「やめて! あたしこのまま外に出ていくから…。これ以上はやめて!」
リュウジ「犯人のおれが言うんだから間違いない。もしおまえがテツヤに『シンイチとアツシの前に立ちふさがる』って言っていたら、テツヤは、今はまだ生きていただろうよ」
ユリエ 「……いやぁぁぁぁっ!」
キョウカ、ユリエに向かって発砲。銃声。ユリエ、仰向けに倒れる。
シンイチ「撃たないでくれ。撃たないでくれ。撃たないでくださ…」
リュウジ、シンイチに向けて発砲、銃声。シンイチ、仰向けに倒れる。リュウジ、アツシに銃口を向ける。
アツシ 「なあ、リュウジ…、やさしさって何なんだろう」
リュウジ「知らねえよ」
リュウジ、アツシに向けて発砲。銃声。アツシ、仰向けに倒れる。
間。
リュウジ、ピストルを床に落とす。キョウカ、ピストルを床に落とす。キョウカ、しゃがみこむ。
キョウカ「これからどうしようか…」
リュウジ「逃げ切れるわけがない」
キョウカ「五人も殺した。確実に死刑だね」
リュウジ「おれたちがやったことは、『身勝手な動機による犯行』ってやつだ」
キョウカ、しゃがんだままリュウジの方を向く。
キョウカ「今はいいよ! ただこのままで…」
リュウジ、キョウカの方を向く。
リュウジ「そうだな。先のことを考えても仕方がない」
キョウカ、客席の方を見て叫ぶ。
キョウカ「窓を見て!」
ホリゾンドに雪の結晶が落ちてくる画が映る。
リュウジ「ダイヤモンドダスト…」
キヨウカ「きれい…」
BGMに「レット・イット・ビー」が流れる。
リュウジ、背後からキョウカの背中を抱く。
リュウジ「自然にまかせればいい…」
キョウカ「今はいい…。このままでいい…」
ライトが消える。「レット・イット・ビー」の音量が増す。舞台の上はホリゾンドの雪の結晶のみ。緞帳がおりてくる。
閉幕。