密室
シンイチ「これは…」
ユリエ 「アカリ…」
アツシ 「何てひどいことを…」
シンイチ、アツシ、ユリエ、テツヤの順で上手客席側から登場する。舞台中央に自然に集まる。上手から、ユリエ、アツシ、シンイチ、いちばん下手側にテツヤ。
シンイチ「犯人はなぜ首輪なんかで、アカリの首を絞めたんだろう…」
テツヤ 「何でも良かったんじゃねえか?」
アツシ 「ちょっと思いついたことがあるんだけど…」
シンイチ「言ってみろ」
アツシ 「犯人は、アカリが犬を飼ってたことが許せなかったんじゃないのかな…」
テツヤ 「バカ言え。世界中に犬を飼ってる奴が何百万人いると思ってるんだ」
アツシ 「こんなサークルに所属しているのに、犬を飼っていたことが許せないんだよ! 色々理由があるとしても、動物をペットにするのは、結局は閉じこめることだ。当然動物にとっては負担がかかる。ペットであることによって負担以上にラクができる面があるとしても、不自然であることには変わりがない。首輪は、その犬が『ペット』であることの象徴だ。あの現場は、犯人がそういう自分の思想を表現しているんじゃないか?」
シンイチ「何てエリート意識だ。何様だ、一体」
アツシ 「おれたちのことだって、そう思ってる人はいるだろうよ」
テツヤ 「そんなことを考えるのは、こういうサークルに参加しているような人間だけだ。つまり、おまえはこう言いたいのか? 『犯人はこの中にいる!』」
間。
シンイチ「まあ…、その恐れはないことはないな。みんな、ユリエがアカリを部屋に送ってから死体を見つけるまでの間、どこにいた?」
テツヤ 「さて…、魔女狩りの始まりか」
シンイチ「ちなみにおれは、ここにいた時のほかは、一人でキッチンにいた。当然その時のアリバイは無い」
アツシ 「おれは一人でここにいた時がある。もちろんその時のアリバイは無い」
ユリエ 「あたしは…、だいたいアカリといっしょにいたけど、それを証明できる人はいないね」
テツヤ 「そんなことをして犯人がみつかったとして、それでどうするつもりだ。縛って柱にでもくくりつけとくのか? それとも外に放り出すのか?」
シンイチ「おれたちの安全のために必要なことだ」
テツヤ 「もし、おまえらが推理して犯人だと指摘した奴が頑強に否定したらどうする? 『理屈の上ではおまえが犯人だから、おまえが犯人だ』ってすませるのか? おれがそんなリンチに協力すると思うのか?」
シンイチ「おまえのアリバイは?」
テツヤ 「おまえらそこで、探偵ごっこでも人民裁判でもやってろ。おれは男部屋に閉じこもらせてもらう」
アツシ 「待て。かえって危険だ。一人でいた時に襲われたら…」
ユリエ 「アツシの言う通りだよ。みんなでいた方が安全だよ」
テツヤ 「(三人を見廻して)それは犯人がひとりだった場合だけだな」
シンイチ「被害妄想の典型だな。おまえ、いじめられっ子だったんじゃないか?」
間。
テツヤ 「ユリエ…。もしこいつら二人がおれに襲いかかってきたら、おまえ、おれのためにこいつらの前に立ちふさがるか?」
ユリエ、いきなり言われて声が出ない。
テツヤ 「さて、いじめられっ子はいじめられっ子らしくひきこもるか。おまえらはそこでイジメの相談でもしてろ。おまえらなんかより鍵とドアの方がはるかに信用できる」
テツヤ、下手に歩き出す。途中でふりむく。
テツヤ 「言っておくが、アカリが死んだとき、おれは部屋でひきこもりの準備をしていた。もちろんアリバイなんかない」
テツヤ、下手に退場。
シンイチ「(ユリエに)気にするな。もともとあいつは引きこもるつもりだった」
ユリエ 「…気にしてないよ」
アツシ 「テツヤがこのサークルにいるのは、動物がしゃべらないからじゃないのかな…。言葉ほど人を傷つけるものはないんだ」
シンイチ「ずいぶん後ろ向きの理由だな」
アツシ 「動物に嫌われたとしても、人に嫌われたほどには傷つかずにすむからね」
シンイチ「それこそいじめられっ子の発想だ」
ユリエ 「だけどさっきのテツヤの言葉を聞いて気がついた。あたしにもそういうところがあるよ」
シンイチ「(アツシに)おまえの言葉は人を傷つけない代わりに人を疲れさせるんだよ!」
アツシ 「おれの冗談がなぜつまらないかわかるか?」
シンイチ「センスの問題だ」
アツシ 「それだけじゃない。おれは他人をいじって笑う奴が好きじゃない」
ユリエ 「アツシは『ドッキリ番組』が大嫌いだよね…」
アツシ 「だけどあんな番組を見て喜んでいる奴らがいくらでもいる。動物は笑わない。言葉を使うのが人間だけなように、笑うのも人間だけだ。『笑い』こそ文明そのものだと言える。ああいう番組は、人類のいやらしさをはっきりあらわしている。だからおれは…、それが面白くても面白くなくても、『無難な笑い』か、『自分を笑う』以外のやり方はしたくないんだよ」
シンイチ「テツヤにはそんな態度はまるで見られないな。さっきの捨て台詞は、ありゃ冗談だったのか?」
アツシ 「だけど、そんなテツヤの性格のおかげで、ラーフラは救われた。あいつにやさしさがないとはおれには思えないよ」
間。
アツシ 「このことはアカリも言ってたね。もちろんアカリもやさしいと思うよ。…話はかわるんだけど、さっきあんな話をしたおれが言うのも何だけど、犯人は本当にこの中にいるのかな…」
シンイチ「どういうことだ」
アツシ 「ここに来る前に車のラジオで聞いたんだけど、二人組の銀行強盗が逃げているらしいんだ。犯人は二人ともピストルを持ってたって。しかも襲われた銀行は、ここからわりと近いんだよ」
シンイチ「モデルガンでも振り回したんじゃないのか」
アツシ 「密輸品の本物らしいよ。行員が一人、客が二人、撃たれて怪我をしたって」
シンイチ「てことは、犯人は外部から…」
アツシ 「その可能性はあるな」
シンイチ「よし! 外から入ってきた痕跡がないか調べるぞ。おれは勝手口を調べる! ユリエは廊下の窓を、アツシは玄関を調べろ!」
ユリエ・アツシ「わかった!」
ユリエ上手に、シンイチ下手に、それぞれ走って退場。アツシ、パントマイムで玄関のドアを開ける。猛吹雪の音。助走をつけて上手に走って退場。ムーンウォークでもどってくる。再び助走をつけて上手に退場。
舞台の上に誰もいなくなる。
間。
銃声。
ユリエ上手から、アツシ、上手の奥から、シンイチ下手からそれぞれ走って登場。
アツシ 「まさか…、銃声!」
ユリエ 「男部屋の方からだよ!」
シンイチ「とにかく行ってみよう!」
シンイチ、ユリエ、アツシ下手に走って退場。舞台の上に誰もいなくなる。
以下、下手から聞こえてくる。
アツシ 「鍵がかかってる!」
シンイチ「よし、ドアを破るぞ!」
ユリエ 「そんなことして、大丈夫?」
シンイチ「今更だ。二人死んでるんだぞ! 確か薪割りのナタがあっただろう。持ってこい!」
アツシ 「ここにあった!」
シンイチ「よし!」
ガンガンという効果音。
シンイチ「やった!」
ガチャッという音。
アツシ 「これは…」
シンイチ「ユリエ、見るな!」
ユリエ 「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
間。
シンイチ、アツシ、ユリエ、下手から歩いて登場。シンイチ、ナタを持ったまま。ユリエ、アツシとシンイチに背を向ける。
ユリエ 「あたしのせいだ…、あたしの…」
アツシ 「ユリエ!」
ユリエ 「あたしがあの時、すぐに返事をしなかったからだ…」
アツシ 「それは…」
ユリエ 「あたしがすぐに、『テツヤを守るために、シンイチとアツシの前に立ちふさがる』って言っていれば! テツヤは閉じこもったりしなかった!」
シンイチ「うぬぼれるんじゃねーよ」
ユリエ、驚いて振り返る。
シンイチ「テツヤがリュウジに殴られていたとき、あいつをかばおうとする奴は誰もいなかった。あいつは最初からおれたちの誰も信じていなかったんだ。だいたい、あいつがキョウカに横恋慕していたのは誰でも知ってる。全く相手にされなかったけどな。あいつがおれたちを信じなくなったのは、あいつ自身のせいだ。そしてあいつをもっとも傷つけたのはおまえなんかじゃない。キョウカだ」
ユリエ、ほっと息をつく。
アツシ 「やさしいじゃないか」
シンイチ「あたりまえだ」
間。
シンイチ「そんなことよりこの事件だ。じっくりとは見ていないが、あれはどう考えても銃で顔を撃たれていた」
アツシ 「しかも部屋に鍵がかかっていた。犯人はどうやって部屋に入り、部屋から出たのか…」
シンイチ「アカリのケースとは違うな。アカリがいた女部屋には鍵がかかっていなかった」
ユリエ 「あたしが一度部屋を出た時は鍵をかけなかったよ。すぐに様子を見に行くつもりだったから…」
アツシ 「マスターキーがなかったか? それがあれば内鍵がかかっていても開けられる」
シンイチ「そいつは多分、リュウジが持っていったよ」
アツシ 「なんのために?」
シンイチ「キョウカの死体を、テツヤから守るために」
アツシ 「何だよ、そりゃ。白雪姫の王子さまじゃないんだぞ」
シンイチ「もしこのナタが、あのドアのそばに転がっていたのが偶然じゃなかったら?」
アツシ 「えっ…」
シンイチ「犯人はマスターキーなんかなくてもよかったんだ」
アツシ 「どういうことだ」
シンイチ「テツヤは左手に携帯電話を持っていた。リュウジから脅されていたから、自分から電話したんじゃないんだろう。かかってきたんだ」
アツシ、携帯電話を出す。シンイチ、携帯電話を出す。
シンイチ「無論あの用心深いテツヤに鍵を開けさせることは難しい。そこで『鍵穴から外をのぞいてみろ』と言ったんだ。『自分は犯人を知っている。その証拠がここにある』とか言ってな」
アツシ、しゃがんで鍵穴をのぞいている振りをする。
シンイチ「銃弾っていうのは、撃針が突くことによって、タマの後ろについている火薬を爆発させてとぶ。つまり火薬さえ爆発すれば銃そのものは必要ないとも言える。無論長い銃身があるからまっすぐとぶわけだが、この場合標的はすぐ前にあるから問題にならない。犯人は鍵穴に銃弾をつめると、固いものでドアを叩き…」
シンイチ、しゃがんでナタの背で、アツシの額をコンと打つ。
アツシ 「いて…」
アツシ、仰向けにひっくりかえる。
シンイチ「火薬を爆発させた。タマは飛び出し、数センチ先のテツヤの顔を撃ち抜いた。…テツヤの携帯の履歴に誰からかかってきたのか残っているはずだ」
アツシ 「(起き上がって)非通知にしてたんじゃ…」
シンイチ「あの臆病なテツヤが非通知の電話に出ると思うか?」
アツシ 「なら、テツヤの携帯を…」
アツシ、下手を向く。
シンイチ「持ってきた」
シンイチ、ポケットからテツヤの携帯を出してユリエに渡す。
シンイチ「外から誰か入ってきた痕跡はあったか?」
アツシ 「いや…」
ユリエ、首を横に振る。
シンイチ「ならば犯人はこの中にいる。そしてこの履歴だが、おれが携帯を持ってきたとはいえ、それをいじるためにはこれだけではなくおまえらの携帯も必要だ。とはいえ、おれが履歴まで調べるのは公平とは言えないだろう。おまえらで見てくれ」
緊張感。間。
ユリエ 「わかった…」
ユリエ、操作する。
ユリエ 「これは…」