電話
キョウカ「玄関にあった電話が通じないの!」
アツシ・シンイチ・テツヤ「(立ち上がって)え?」
ユリエ、下手から電話機を持って走って登場。
シンイチ「ユリエ…、それは…」
アツシ 「そんなもの持ってきて大丈夫か? それ、コードレスフォンじゃなかった気がしたけど」
ユリエ、電話機を上げる。コードが下手の舞台外まで伸びている。アツシがコードを手繰り寄せる。なかなか終わらない。
アツシ 「こんなに長いもんだったか?」
アツシ、さらに手繰る。下手からコードの端があらわれる。途中からぷっつり切れている。アツシ、コードをつかみ切れた端をじっと見る。
アツシ 「こうして見ると…」
シンイチ「どうした」
アツシ 「胃カメラに似てるな…」
シンイチ、ユリエ、無言。
アツシ 「いや、緊張をほぐすための冗談だ」
シンイチ「笑えない」
ユリエ 「面白くない」
アカリとリュウジ、上手から登場。
アツシ 「アカリ、リュウジ、今…」
リュウジ「どうしたんだ!」
ユリエ 「部屋にあった電話のコードが切られてる!」シンイチ「キョウカが、玄関にあった電話もつながらないって…」
リュウジ「(キョウカに)それはコードが切られてたのか? 電話機が壊されてたのか? そうじゃないんだったら外の電線が雪で切れたのかもしれない!」
キョウカ「そこまでは…」
リュウジ「すぐに見てこい!」
キョウカ「なんであんたに命令されなきゃならないの!」
シンイチ「二人とも落ち着け。部屋の電話のコードが切られているっていうことは…」
アツシ 「犯人は内視鏡マニア!」
シンイチ「(アツシを無視して)玄関の電話の状態がどうであれ、明らかに作為的に不通にされたってことだ」
キョウカ「ということは…、あたしたちは…」
シンイチ「外部との連絡の手段がない…」
テツヤ 「吹雪の山荘…。『そして誰もいなくなった』」
シンイチ「ミステリ小説の読み過ぎだ!」
キョウカ「待って。まだ連絡を取る手だてが…」
キョウカ、ポケットから携帯電話を出す。
リュウジ「待て危険だ! 何か仕掛けがあるかもしれない!」
リュウジ、キョウカの携帯電話に手を伸ばす。
キョウカ「さわらないで!」
リョウジ、体を引く。キョウカ、携帯電話に耳を当てる。
キョウカ「きゃぁぁぁぁぁっ!」
キョウカ、崩れ落ちる。リュウジ、キョウカを抱きとめる。
リュウジ「おいっ! どうした!」
リョウジ、キョウカを床の上に寝かせる。脈を取り、鼻の下に手を当て、キョウカの瞼を開いて見る。
リュウジ「死んだ…」
ユリエ 「そんな…」
リュウジ「なんだよ、これは!」
リョウジ、キョウカの耳元から太い針のようなものを抜いて床に叩きつける。のぞきこんだユリエにキョウカの耳を見せる。
リュウジ「見てみろ! ここに傷がある!」
アカリ 「携帯に何か仕掛けてあったっていうこと?!」
シンイチ「たしか『ハムレット』に耳の穴に毒を注いで殺すっていう話があったな…」
テツヤ 「素人が、死んだとか簡単に言うのは早計だろう。人工呼吸とか、心臓マッサージとか…」
テツヤ、キョウカに近寄ろうとする。リュウジ、勢いよく立ち上がってテツヤを平手打ちにする。下手に歩きながら往復ビンタ。全員、リュウジの剣幕に硬直する。テツヤ、尻餅をつく。
リュウジ「(激昂して)誰であろうが、こいつの体にさわろうとする奴はゆるさん! 絶対にゆるさん!」
リュウジ、キョウカの体を抱え上げて上手に歩く。
シンイチ「おい…」
リュウジ「こいつを一階の空き部屋に寝かせておく。鍵をかけてな。外から入ろうとするなよ。窓にも鍵をかけておくぞ」
リュウジ、上手に退場。テツヤ、立ち上がる。全員、テツヤを見ることができない。気まずい沈黙。
テツヤ 「たいした仲間意識だ」
アツシ 「(目をそらしながら)仲間…。仲間由紀恵…。ごくせん…。赤いジャージ…。(いきなり大声)なんでだろう!」
全員無反応。リュウジ、上手から登場。
リュウジ「山を下りて警察を呼んでくる」
シンイチ「危険だ!」
リュウジ「ランドクルーザーだ。何とかなるだろう。おまえらは携帯で外と連絡を取らなくてもいいぞ」
リュウジ、上手に歩く。パントマイムでドアを開ける。吹雪の音。ドアを閉める。退場。
アツシ 「なんにしろ、あいつが警察を呼ぶって言ってるんだから…」
テツヤ 「これでいよいよ、俺達が外と連絡を取る手段は完全になくなったとも言えるな」
アカリ 「待って。リュウジは信じられるよ」
テツヤ 「おれと違ってな」
アカリ 「あたしはテツヤも信じてるよ。さっきキョウカに近づいたのだって変な気持ちからじゃないことはわかってる」
テツヤ 「(周りをぐるりと見渡す)それにしては、おれが殴られているときだれも止めようとしなかったな」
一同沈黙。
アツシ、「内視鏡…」
アツシ、言いながらコードの切れ端を口にくわえる。シンイチ、アツシの腕をつかんでコードをアツシの口の奥に入れる。
アツシ 「おぇぇぇぇぇっ…」
アカリ 「……、これ、何だかわかる?」
アカリ、荷物から犬の首輪を取り出す。
テツヤ 「イヌの首輪だな。おまじないか何かか?」
アカリ 「あたしが小さいころ、ウチで犬を飼ってたんだ…。名前をエスって言ったんだけどね…。もう十年以上前だけど。あたしはあの子と友達だった。(間)だけど、犬小屋の前で近所の女の子が転んだ。エスはびっくりして、その子の脚を噛んだ…。それから、その子のお母さんが家にやってきたり、電話でやりとりしてたけど、あたしは何も知らされなかった。だけどいきなりエスがいなくなった…。あたしは泣いて、泣いて泣いて泣いて…。『エスはどこに言ったんだ』って、お父さんとお母さんをずうっと責めて…」
一同沈黙。
アカリ 「あたしが高校生になって、お父さんが初めてその時のことを聞かせてくれた。結局、エスを『処分』しなければならなくなったから、お父さんがエスを保健所に連れて行った。お父さんが帰ろうとした時、エスはずっとお父さんを見ていた。その時のエスの目が忘れられないって言ってた…」
アカリ、首輪を差し出す。
アカリ 「これは、その時保健所で、所員がエスから外してお父さんに渡した首輪。お父さんはこれを見るのがつらくてずっとしまい込んでいたけど、あたしがもらってずっと持ってる。あたしは、思うんだ…。あの子はあたしの友達だった。もちろんあたしには人間の友達もいた。ならば犬だって、人間なんじゃないかって…。確かに子どもにケガをさせたのはよくなかったけど、何も殺すことはないんじゃないかって。犬の命も人の命も、同じじゃないかな…」
アカリ、テツヤを見る。
アカリ 「テツヤがラーフラのために、脅迫じみたことをしたのを、世間の人はどう言うか知らないけど、あたしはテツヤを信じられる。テツヤのやさしさを信じてるよ…」
一同沈黙。
間。
いきなり携帯の着信音。ユリエの携帯が鳴っている。一同、ユリエの方を見る。ユリエ、動かない。着信音が止む。間。一同ほっとする。再び着信音。ユリエ、携帯をポケットから取り出し、開く。一同、ユリエをじっと見る。ユリエ、ボタンを押すが携帯を耳につけようとしない。
ユリエ 「リュウジ…、どうしたの?」
リュウジ「(録音された声が流れる)……ダメだ。助けてくれ…。うわぁぁぁぁっ!」
ユリエ 「リュウジ!」
リュウジ「おれはもうダメだ…。いいか、絶対に携帯で外と連絡しようとするな…。恐ろしいことが起きる…。いいか、絶対だぞ!」