お仕立て 舞踏会ドレス 9
なかなか戻ってこないリゼを気にかけ、リトが庭に入ると、リゼは暗い中、椅子に座ったまま手を見つめていた。
押し黙った様子がいつもと違い、思わずリトは声をかけることを少し躊躇したが、少し近づいてみる。パキッと足元で何かが鳴り、リゼがすぐ顔をあげた。
こわばった顔はすぐ融解する。
「あ…リゼ姉、手大丈夫だった?」
「リト…うん、大丈夫よ。もう痛くないし…お腹すいちゃったし、何か用意しよう?」
椅子から立ち上がると、リゼは後ろ手にして、リトに話しかけた。
その様子はリトが知るいつもと少し違っていた。
「何ブスッとしちゃってるの?」
翌日、私は商会にまたまた足を運び、衣装に刺繍をすべく針を運んでいた。ヴォルフラムが私に茶々を入れるように声を掛ける。
いつもなら茶々には軽口を返せると思うが、昨晩の公爵婦人とのやり取りが頭の中に残り、なかなか普段の気持ちに切り替わらなかった。
「…特に問題はありません!さくっと終わらせちゃいましょう、ヴォルフラム!」
私の返しにヴォルフラムは大袈裟に返してくる。生地の大きめ切れ端を頭から頭巾のようにかぶり、
「うわっ、怖いわねえ。まあ、そのエネルギー、刺繍仕上げるのに使ってくるなら良いんだけど」
なんて返してくるものだから、言葉を返す気力も舌打ちする気力も萎えてしまい、私は黙々と刺繍に打ち込んでいた。
どれぐらいの時間がたっただろう。
空が青に赤い光が混ざる頃、ギィっと扉の音を響かせ入ってきたのはニアだった。
「リゼ、ひとりですか?」
「あ、ニア。うん。そうなの」
ヴォルフラムは部屋にはもういなかった。
来客があったのか、何か用があったか。おざなりに話を聞いていたので、良く覚えていない。何か話をしていたはずだが。
「そろそろ店も閉まる時間です。
私も買い物行くから途中まで一緒に行きます。帰りましょう」
ニアに言われて、少し思索した。が、かわいらしいニアに似つかわしくない怪力を思い出し、のろのろながら帰りの支度を始めた。
考えてみたら、私一日針仕事でずーっと根詰めてて、首肩が痛かったのよ。なんだか、気持ちも乗らなきゃ、体の調子良くなくて、ニアの誘いはありがたいながらも気持ちは上がらずじまいだった。
商会を出て、夕日の中を歩く。
下り坂を少し降りた辺り、ニアが私の手を引っ張る。
「ちょっと寄り道!こっちです」
「え!!ちょっと、私早く帰りたい…」
言いはしたものの、ニアの力は強くて…違う、痛くて、私はニアのペースになるべく合わせて横路に入る。
ぐねぐねした横路を過ぎ、急な坂を上がり、王宮が右手に見えて…
ああ、遠回りしている…
やっとニアが足を止めたとき。
私の腕も解放されたけど、そこには赤い手の跡が…
脱力している私の脇でニアが先を指差す。
そこには今まさに沈もうとしている太陽が見えた。空が真っ赤で、光がすでに半分以上欠けている。まるで残り火だけ、小さくポツンとあるようだ。
「太陽が沈む所、始めてみたかも…」
「私からしたら王都なんて背…じゃなかった、庭みたいな物ですから、良いところいっぱい知ってるんです。
私は良く分からないですけど…リゼ、今日不機嫌そうなので、元気出してください」
「…ありがとう、ニア。そして不機嫌丸出しでごめん…善処します。」
やがて火は消えてしまい、まだ空の赤だけは残っていてくれていた。
同じように一日不機嫌だった私の気持ちも沈んでいったのだった。




