小話 マリウス
町に朝日が射し込むと、たちまち賑やかになるのは教会だ。
教会に併設された孤児院は朝日の光と共に目を覚ます子供たちの勢いに、あっという間に飲み込まれる。
「うわぁぁぁん!」
「いた!私のこと踏まないでよ!!」
「お腹すいた!ご飯!」
「ほぎゃあ、ほぎゃあ」
「こら、そこ走らないの!」
毎日毎日どたばたと大騒ぎをしながら子供たちが目を覚まし、シスターの怒りの声が鳴り響くなか、隣の診療所ではマリウスが短い仮眠から目を覚ました。
「今日も賑やかですねえ…ふぁぁ…」
マリウスはここしばらく十分な睡眠を取らずにいた。
仮眠はするが、ゆっくり寝ていられない。
隣の教会からの声が良く響いてくる、教会側に開いた窓から外を見る。
これだけ賑やかだが、この中の幾人かは教会に来たばかりの時に生死の境を彷徨っていた。
比較的裕福な町、娼館も兼ね備えた町ゆえか、交通の弁が良く旅人が行き交うからか、はたまた隣国からの難民か。教会に子供が捨てられることが年に何度か起きている。
健康な子供ばかりではなく怪我をし衰弱して教会に保護される子供も多い。
そんな子供たちをこの病院で見てきた。
失われた命もあったが、命が繋がったものもいる。
窓の外、教会の庭に何人か子供が出てきた。井戸の水を汲む。顔を洗うのだろう。
そのなかに片足をなくし、松葉杖で駆けるように飛び出してきた子供がいた。
(あの子ほど、酷い症状はないと思いましたが…)
マリウスのなかで、数日前運び込まれた赤子と松葉杖の子供が病院に運び込まれた時の事を思い出された。あれほど全身状態が悪くて、良く…
見入っていたら、ほぎゃあ、ほぎゃあと別な声が聞こえた。
教会の反対側、病院の中だ。
マリウスは外から視線を外すと、声がする方に向かった。
病室前でノックをすると、どうぞ、と声がした。
マリウスが中にはいると、先日の赤子とその母親がいた。母親は赤子をベットに寝せたままあやしている。
脱水がひどく、感染症も疑われた赤子はすっかり元気になっていた。
見舞いに来た人が帰ったあとから顔色が徐々に変わり、朝を迎える頃には熱が引いた。
熱が引くと、声を出して泣き、砂糖水を与えて様子を見たが大丈夫だったので、その日の夕から母親の母乳を飲み始めた。
母親の方が、赤子を心配する心労が溜まりすぎて、体調が悪かったぐらい、熱の引いた翌日からが赤子はぐんぐん調子を取り戻している。
3日たち、母親の方もようやく体調を取り戻したところだった。
「今日も元気ですね」
にっこりマリウスは、赤子に話しかける。赤子が手足を動かす様子をみて、指を差し出し赤子に握らせる。
(しっかり握るし、大丈夫そうだな…)
そのまま、聴診器で心音、お腹の音を聞き、首もとを触り体温を確認する。
「大丈夫ですね。お母さんの方はお具合いかがですか?」
母親を座らせ、様子を見る。
「あまりふらつかなくなりました」
「少し見せてもらいますね」
目の部分や熱、脈拍を見る。疲れはまだあるが、確かに貧血も少し落ち着いたようだ。
「今日ドレクスラー家の方たちがいらっしゃると連絡がありました。
村の方も少し落ち着いてきたみたいですよ。ただ魔女の毒との話もありますから、もうしばらく療養をおすすめしたいですが…」
今後のことについて母親と話を進めていると、チャイムが鳴った。
「すみません、来客のようですので少し失礼しますね」
こういうときに早朝看護師もだれもいないのは辛いところ。マリウスは病室を出て下の階に降りる。
再度チャイムが鳴らされた。
「はい、お待たせしまし…」
ガチャ、と扉を開けた先。そこには、女の子がいた。
マリウスと同じくらいの身長、おかっぱの髪を耳にかけ、銀の髪留めで髪の右側を落ちないように留めている。
若草色のワンピースを着て、旅に行くときに着用する白茶色のマントを羽織った、先日の見舞い客、リゼがいた。
「あ、あの、朝早くにすみません。赤ちゃんのお見舞いに来ました」




