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怪物は月に哭く  作者: 氏 抹茶
二章 崩壊 Sudden Change
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崩壊.7

「――こうやってね、髪の毛をより合わせて輪っかを作って、これをふたりしか知らない場所に隠しておくの」


 シーナは自分の亜麻色の髪とブランカの薄茶色の髪を編みこみ、小さなリングを作った。少女たちは寄りそってリングを見つめた。


「これは……どういう意味?」と、ブランカは首をかしげた。

「縁結び。離ればなれになってももう一度会えるっていう、魔女のおまじない」

「わたしの知ってるおまじないと似てるね」

「へえ、どんなおまじないなの?」

「紙に願いごとを書いてね、家の中に隠して、10年間誰にも見つからないと願いごとが叶うっていうおまじない。小さいころにやったけど、どこに隠したっけ……、もう忘れちゃった」


 ブランカは受け取ったリングを懐かしそうに眺めた。ほつれた毛先をそっと指でなぞる。


「これ、どこに隠そうかな? なにかいい場所ないかな? ねえ――」


 その時だった。ドンドン、ドンドン。と力強いノックの音が家の中に響き渡った。ふたりはさっと顔を上げて玄関を見つめた。


「おい、誰かいないのか?」


 エルディンの声。ブランカは急いでリングを枕の下に隠した。その時、シーナはずいぶんと長い間話しこんでいたことに気がついた。


 シーナは立ち上がり、声をひそめてブランカに訊いた。


「エルディンだ。どうする? 家に上げても大丈夫?」


 ブランカはうなずいた。


 シーナはすぐに玄関に向かい、そっと扉を開いた。そこには無表情のエルディンが立っていた。


「ん? なんだお前か」


 エルディンはシーナを見るなりぶしつけにいった。シーナはむっとしてなにかいい返してやろうと思ったが、ここで口喧嘩してもブランカに迷惑がかかるだけだと思い直し、やめた。


 エルディンの足もとに茶色い塊が転がっていた。それはあまり大きくない雌鹿だった。首もとが血に濡れていて、土塊のように丸まっている。そのうつろな目はあの死体の首を彷彿とさせ、シーナはまた気分が悪くなってしまった。


「クリフォードは? いないのか?」


 シーナは無言で首を振った。狩りは成功した。これで薬が作れるはずだ。本来ならば喜ぶべきはずなのだが、よかったとか、かわいそうだとか思う前に、胃のひくつきをこらえるので精一杯だった。


「まあいい、俺は先に戻ってるぞ」


 そんなシーナを見て見ぬふりして、エルディンは踵を返して背中を見せた。その時、


「エルディンさん、よかったら上がっていってくれませんか?」


 と、寝室からブランカの声が響いた。


 エルディンは寝室を見ながらしばらく考えていたが、やがて「まあいいか」とつぶやいてから家に入った。


 寝室まで行くと、ブランカがベッドから体を起こしていた。


「こんな格好でごめんなさい……」

「かまわんさ」


 エルディンは椅子に座ってブランカにぎこちない笑みを向けたが、ブランカがそれに微笑み返すと目をそらした。シーナは座る場所がなくなってしまったので、ベッドの端にちょこんと腰かけた。


「じつは、エルディンさんに訊きたいことがあるんです」


 ブランカは真っ直ぐにエルディンを見据えながら訊いた。エルディンは困ったように前髪を払うとそっけなく答えた。


「エルディンさんが旅を始めたのっていつからですか……?」


 ブランカがエルディンを仰ぎ見た。


「ん? ああ、そうだな、一年くらい前からだな」

「旅をするのって楽しいですか?」

「ああ、見たことのない景色や知らないものを見るのは楽しいな。まあ、今日の飯だったり天気に悩まされたりとしんどいことのほうが多いが」

「わたしを……連れていくことってできますか?」

「お前を? 無理だな」

「そう、ですよね……」


 ブランカは目をそらして腕をなでた。沈黙。


 ブランカは気まずそうに視線を泳がせていたが、ややあってそわそわしているシーナを目に留め、いたずらっぽい笑みを浮かべながら訊いた。


「エルディンさんは、シーナのこと……好きなんですか?」

「ちょっと、何訊いてるの!」


 と、シーナは予想外の質問に慌てふためいた。


「シーナから聞きましたよ、いつも助けてくれるって。ありがとう、っていってました」

「そんなこといってない!」


 シーナは真っ赤になりながらベッドをボンボンと叩いた。それを見て、ブランカはくつくつと笑った。


「ずいぶんと意地の悪い質問じゃないか。まあいいだろう、答えてやろう」エルディンはシーナを一瞥した。「まあ、きらいじゃあない。でなきゃそのへんに捨ててるしな」


 それを聞いて、シーナはますます赤くなり、ブランカの太ももに顔をうずめた。エルディンは適当にあしらうだろうと考えていたので、真面目に答えられるといっそう激しい羞恥心に見舞われた。


 ブランカは嬉しそうにシーナの頭をなでた。


「もういい! もう何もいわないで!」


 と、シーナは顔をうずめたままいやいや首を振った。


「エルディンさんって、意外と素直なんですね。初めて見た時から、もっと偏屈な人なのかと思ってました」と、ブランカ。

「正直なのは俺の美徳のひとつだからな。ちなみに、今のでかなり傷ついたぞ」

「あ、ごめんなさい……」

「冗談だ」


 ブランカは口をとがらせて、にやりと笑みをうかべているエルディンを不服そうに見つめた。




 それから三人はしばらく談笑した。シーナは時折からかわれては朱に染まった顔で怒ったり悶えたりしたが、別にそれがいやという訳ではなかった。ただ、やり返せないのは悔しかった。ブランカはエルディンに懐いたようで、しきりに話をねだっていた。


 エルディンは要望に応えてジョークをいった。


「いいだろう、とっておきの話を聞かせてやる。


 ある男が商店街を歩いていた。そいつは腹を満たそうと行きつけの肉屋に向かった。肉屋ではうまそうなソーセージが11本売っていて、男はそれを見ていった。“なあ、ソーセージを10本買うからそこの1本をおまけしてくれねえか?”


 だが、店主はけちな男で、本数分の料金を払えと男にいった。


 男は博打に負けて懐が寂しかったので、なおも店主に食い下がった。なあ、俺はあんたの店に7年間も通ってるんだ、1本くらい別にいいじゃないか、と。


 それを聞いた店主は叫んだ。“7年だって! あんたよく生きてるな!”


 どうだ? 笑えるだろ?」


 少女たちはきょとんとした表情を浮かべた。そして、お互いに顔を見合わせて首をかしげた。


「ガキにはまだ理解できねえか」

「どういう意味?」と、シーナ。

「肉屋はけちだからな。腐った肉をごまかしたり、水鬼の肉を混ぜて売ってたりしたんだよ」

「あー、そういう……」


 シーナはいまいち笑いどころがわからなかったが、ブランカはこらえきれずにくつくつと笑いだした。それがあまりにも意外だったので、シーナは目を丸くしてブランカを見つめた。その顔がまた間抜け面で、ブランカ思わずふきだした。なんだかおかしくなって、ふたりは一緒に笑った。


 ひとしきり笑い終えると、シーナは思い出したようにいった。


「そうだ、水鬼といえば、近くの森に怪物が出たって知ってる?」


 それを聞くと、ブランカの顔がみるみる曇っていった。


「そんなの知らない……」

「じつはね、すぐそこの森に怪物が出てね――」


 そこでシーナは言葉に詰まった。ブランカが心底怯えた表情をしていたからだ。ブランカは顔を引きつらせて、布団の端をぎゅっと握っている。


「あ、ごめん。怖がらせちゃったかな?」


 と、シーナはいった。


 その時だった。


 がちゃりと扉の音。三人がそろって振り返ると、クリフォードが痩身を揺らめかせながら家に入ってきた。そして、シーナたち見ると血色の悪い顔でほほえんだ。


「おや、ふたりともお昼ぶりですね。ブランカが何か迷惑をかけませんでしたか?」

「いえ」と、シーナは首を振った。

「話がある」


 エルディンが立ち上がった。クリフォードはうなずいて、彼と寝室から出ていった。


「いわれたとおり動物を狩ってきたぞ。これで問題ないか?」

「ええ、ありがとうございます」

「報酬は?」

「ちょっと待ってください。こちらへ」


 シーナは聞き耳を立てた。どうやら、ふたりは例のシカのことを話しているようだ。そういえばそうだった、これでブランカの薬が作れるのだ。シーナは顔をほころばせた。


 ややあってエルディンが硬貨の詰まった袋を持ちながら戻ってきた。


「もう夕方か。俺はそろそろ失礼する」


 そして、エルディンは窓から差しこむ光が赤みを帯びているのを見てだしぬけにいった。そのまま踵を返して部屋を出ようとした時、


「……エルディンさん、今日はありがとうございます」


 と、ブランカが後ろから声をかけた。エルディンが振り返ると、ブランカはうやうやしくほほえみ、静かに頭を下げた。エルディンはふっと口もとに笑みを浮かべ、「ああ」とつぶやくと、足早に部屋から出ていった。こつこつと足音が響く。ドアがきしむ音。


「そろそろ暗くなるし、君も戻ったほうがいい」


 クリフォードがいった。シーナは窓の外を見た。畑や草原が黄金色に染まっている。たしかにそうかもしれない。


「わかりました。……ブランカ、また明日ね」


 シーナは手を振った。ブランカもそれに応え、名残惜しそうに手を振った。シーナはそれを見ながら、扉を開く。


 シーナは家から出ると、振り返った。クリフォードの家が地面に影を落としながらたたずんでいる。あらためて見ると大きな家だ。まるで父親みたいだと、シーナは思った。


 ――色々あったけど、今日は楽しかったな。


 シーナは走った。夕暮れの赤、どこかからただようスープのにおい、牛の鳴き声。シーナには何もかもが美しく見えていた。

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