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非日常のざわめきと興奮した空気のなか。
はあ、とため息をつく。
去年は出張と重なった。
直前まで仮病を使うだなんだと騒いだ挙げ句彼女に文字通り叩き出され渋々出張に行ったのだ。
でも今年は。
「あーやだなぁ…」
「まあわかる」
しみじみと同情の表情を浮かべた奈々が私の肩を叩く。
本来ならそんな鬱々とする行事じゃない。
むしろこの日に盛り上がらなければいつ盛り上がるの、といわんばかりの日だ。
なのにどうしてこうもため息ばかりが出るのか。
「はあ…」
「なんだったらいっちょ腹痛にでもなってもらう?」
と黒い笑顔とともに奈々がスマホを取り出した。
いやいやいくらなんでもそれはさすがに。
例え兄が超がつくほどのシスコンで10離れた妹の文化祭に威嚇…もとい遊びに来るとしてもだ。
「看病するの私じゃんね…あ、乃々ちゃんやってくれるかな?」
「腹痛の元凶が看病とかシュールすぎるわ」
「誰か腹痛なの?まさか高木さん?」
「まさかってなに失礼!!」
奈々がくわっと振り向き抗議したのは副担の遠野先生だった。
歳は26。現国教師。
染めたことなんてないだろうな、という黒髪にものすごくかっこいいわけでもないけどよく見ると整った顔立ちで背も高い。
若くて、地味だけどそこそこかっこよくて。
つまりちょっと年上に憧れを持つ年頃、私たち女子生徒に人気の先生だ。
「いつも元気だからさー」
「私だって腹痛のひとつやふたつなるときはなりますぅ」
「なるときは、ね。ふたりとも当番は?」
何かツボに入ったのかクックッと笑いながら言う先生に私がげんなりと答える。
「もうじき交代です…」
「どうしたの。そんなに当番が嫌?けっこうノリノリで準備してなかった?」
「いやまあ…ちょ」
ちょっといろいろありまして。と言おうとした瞬間。
「由姫!!!!!!」
来た…来たよ…とこの先起こりえるアレコレが浮かび眉間にシワがよった。
「そいつ誰だあぁぁあああ!!!!」
はあ、ともう何度目かわからないため息をついた。
「先生。今すぐここから離れてください...。」
「何?今の雄叫びに関係があるかな。彼氏でも来るの?」
「彼氏の方がずっっっとマシですよ。いないけど。」
「いないんだ。で?」
笑いながら行こうとはしない先生はなぜだか楽しそうに声がした方に目をやった。
「由姫には重度のシスコン兄貴がいるんですよー」
「へぇ?」
「先生逃げた方がいいですよ!ほんとに!今からでも遅くないです!!とばっちりも甚だしいですよ!!」
「そこまで言われるとかえって気になるし。」
と、ニヤッとしたとき。
「由姫!!!!」
ああ、めんどくさい。
はあ、とまたひとつため息をついて振り向く。
「なんでしょう……」
「なんでしょうじゃない!!なんだそいつ誰だ!?!!」
誰も何も学校の先生だ。しかも副担。
いささか…いやかなりうんざりと返事をする。
「遠野先生。副担だよ。恥ずかしいから騒がないでよお兄ちゃん…」
「は!??副担…?」
パッと顔を上げた瞬間。
「空貴!?!!」
「大!?!!」
まさか、という2つの声がお互いの名前を呼びあったのだった。