18
先生と微妙な距離を保ちながら日々が過ぎてゆく。
少しでも踏み外せば何かが崩れてしまう。
綱渡りでもしているような気分だった。
「担任ってことはあれだよね。成績とかバレバレなわけだよね」
「奈々、嫌なこと言わないで」
「想像するだけでゾッとするなぁ」
「奈々ぁ」
「ごめんごめん。でもそんなに怯えるほどの成績でもないでしょ?」
「それとこれとは話が別だよっ」
ねえ、と奈々が切り出した。
「由姫はさ…。先生の事まだ好き?」
「…早く忘れられたらいいのに」
「好きなんだ」
「ん…。毎日顔を合わせる状況って複雑」
毎朝、おはようと教室に入ってくる姿。
クラスの子と話している時の笑顔。
授業中の真剣な横顔。
目が先生を追ってしまう。
私には片想いを楽しむ余裕はなく、ただただ先生への思いが募るばかりだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
空が高くなりあっという間に夏が来る。
季節が移り変わっても私の心は相変わらず先生を追いかけていた。
「佐藤さん、ちょっといい?」
図書室へ向かう途中に声をかけられた。
去年同じクラスだった男子。
それほど話したこともなかったような気がしたけどなんだろう…。
「図書当番があるから…」
「すぐっ!すぐ終わるからっ」
「わかった…なに?」
「俺、佐藤さんのこと好きなんだ。」
「えっ」
意を決して、という素振りではあったけどまさか…。
「もしかして彼氏とかいる…?」
「いないけど…」
「じゃあっじゃあさ、付き合ってよ!」
「ごっごめんなさい…」
「え、なんで?彼氏いないんでしょ?だったらいいじゃん」
「でも…」
逃げ腰の私に気付いたのかさっと手首を掴まれた。
「やっ!離してっ」
途端に悪寒が走り手を振り払う。
顔を見ると明らかに怒った顔をしていた。
…どうしよう、こわい…。
また手を掴まれそうになった瞬間。
「どうした?」
聞き慣れた声にハッと振り向く。
「何やってるの。喧嘩?」
「ちっ違います」
「そう?佐藤さん、当番じゃなかった?遅れるよ。時間厳守でしょ」
「あっはい、すみません。すぐ行きます!」
「あ!待ってよ!」
「ごめんなさいっ!!」
ばっと走り出す。
後ろから、せんせー邪魔しないでよーという声が聞こえる。
そのあとに続く茶化したような先生の声。
どうしよう、どうしよう!
どこから先生に見られていたんだろう!
その事に酷く動揺する。
掴まれた手首に残る手の感触を消したくて思い切りこすった。
嫌だ、気持ち悪い。
先生に触れられた時はこんなことなかった。
あの時近かった先生との距離は今はもう遠くて。
自然と涙が溢れた。