17
3月の終わりに学級編成が知らされた。
そろそろ担任を、という話は去年から言われていたことだった。
でも、まさかこんなタイミングで。
由姫ちゃんの担任になるとは思ってもいなかった。
教室に入る前に、深呼吸をする。
担任を持つのは初めてだ、緊張するのは仕方がない。
ガラッとドアを開ける。
「おはよう」
「おはよーございまーす」
「席座ってー」
ざわざわとした空気から静かになった。
「2組の担任になった遠野です。担当教科は現国。1年間よろしく。」
「知ってるー」
「せんせー緊張してないー?」
「そりゃするよ」
和やかなやりとりに、ほっと息をつく。
「じゃあ、さっそくだけど自己紹介から始めようか。1番からなー」
へーい。という返事とともに自己紹介が始まる。
3年にもなれば皆割と淡々と自己紹介をしていく。
由姫ちゃんの番が近づいてきた。
意識的に目を向けていなかった場所へ視線を滑らせた。
一瞬、目が合う。
先に目を逸らしたのは自分なのか彼女なのか。
ガタン、と椅子の音のあとに久しぶりに聞く由姫ちゃんの声。
「佐藤由姫です。趣味は読書。よろしくお願いします」
ドクンドクン、とやけに心臓の音が大きく聴こえた。
自分は今、上手く話せているんだろうか?
気持ちを奥底に閉じ込めて蓋をする。
でもふとした拍子に溢れ出てしまう。
例えば、朝、名前を呼ぶ時。
提出物をチェックする時。
ホームルームで男子生徒と話をしているのを見た時。
少しも気持ちが冷めていないことに愕然とする。
目の前にいる、生徒である彼女。
心が、彼女に惹かれてやまない。
※※※※※※※※※※※※※※※
「お前ちゃんと寝れてる?」
「…寝てるよ」
「間があったぞ」
外で会うようになった空貴。
自分に気を使わずに友達と、という由姫ちゃんの願いはこれで叶ったことになるんだろうか。
「仕事詰め込みすぎてないか?疲れて見えるぞ」
「奥さんか」
「茶化すなよ」
「…大丈夫だよ」
疑わしそうな目を向けられる。
「ほんとに、大丈夫だって。ただ担任を持つの大変なのは知ってたけど、ここまでとは思ってなかったな」
「単純に抱え込みすぎてるだけじゃないのか?」
「疑り深いなぁ」
はは、と笑うと笑い事じゃねぇよ、と言われた。
忙しいのは本当だ。
疲れて見えるのは、たぶん。
「…由姫の担任になったんだよな」
「…ん」
「そのせいじゃないよな…?」
「…大丈夫だって。まあ、確かにちょっと鋭い視線を浴びるときもあるけど」
「奈々か…悪い、言っとくわ」
「いいよ。自業自得なんだから」
「そんなことねーだろ…」
怒ったような、泣きそうな顔の空貴に、困ったように笑うしかできなかった。