12
先生が家に来なくなった。
年度末に向けて忙しいみたいだ、と兄は言っていた。
学校で会う先生はちょっと違って。
私は物足りなくなる。
「由姫ー帰ろー」
「奈々、今日私図書当番だから」
「あ、そっか。どうする?待ってるー?」
「先帰ってていいよ」
「そう?大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「帰り気をつけてね」
「はいはい」
高校にもなれば図書室を利用する生徒も多くはない。
今日は司書の先生が不在で、貸出ができないからなおさらだった。
返却されてきた本を片付けているとき、慌てたように誰かが入ってきた。
「…先生?」
「っ!!由姫ちゃ…っと」
「どうしたんですか?」
「ちょっと…」
後ろを気にしながら小声で囁く。
「ごめん、匿ってくれない?」
「えぇ…?」
さっと棚の影に隠れた瞬間、3年の女子生徒が2人入ってきた。
「あれぇ?いないねー」
「こっち来たと思ったんだけどなぁ」
「あ、ねぇ!遠野先生来てない?」
匿って、はこれかな…。
「来てないですよ」
「えぇーほんとにー?」
「残念ながら…」
「ちぇー。あともう登校日ないのにー!」
もう少し探そうよ、と2人は出ていってしまった。
3年生の登校日はもうない。
それまでに先生と、という女子生徒は思ったより多いのかもしれない。
はあ、と棚の影から深いため息が聞こえる。
「…先生モテモテですね」
「そうね…」
ややげんなりとした声に振り向く。
「…やっぱり迷惑だったりします?」
「ちょっとね」
…迷惑なんだ。
ずしん、と心が重くなった。
なら、私の気持ちも。
「どうしたの?」
「…はい?」
「最近、元気ない?大丈夫?」
「元気ですよ?そうだ、先生。まだ探されているみたいだから、しばらくここに隠れてればいいですよ。なんなら鍵、かけちゃいます?」
「由姫ちゃん!!」
今まで聞いたことがないような声。
思わずビクッとなった。
「ごめん。鍵は、かけないで。奥にいるよ」
「…分かりました」
「…ありがとう」
先生、怒った?なんで?
すっと奥へ行く背中を黙って見送ることしかできなかった。
閉める時間が近付き、奥にいる先生に恐る恐る声をかける。
「先生、そろそろ閉めるので…」
「あぁ…。もうそんなに経った?」
壁によりかかり本を読む先生が、私の方を向く。
目が離せなくて見つめ合う形になった。
一瞬のことだったはずなのに、妙に長く感じる。
先に目を逸らしたのは先生だった。
「先に出るね」
「はい…」
「そういえば、相方は?」
「今日は先に帰ってます」
「そう…」
「先生…?」
「裏門のカーブミラーのとこ、わかる?」
「え?はい」
「そこで待ってる。送って行くよ」
「え、でも…。」
「暗いし、危ないから。空貴が心配するでしょ」
「…ありがとうございます」
「ん、じゃあまたね」