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それから、先生は何事もなかったかのようにしている。
年末年始と先生が実家に帰らないと知った兄が年越しだ、初詣だと誘っていた。
先生といるとそわそわと落ち着かない。
あの日の香りと熱を思い出してしまうから。
「由姫?」
「わ!なに、乃々ちゃん」
「大丈夫?ぼーっとしてるけど」
「大丈夫大丈夫!」
それを見ていた先生が心配そうに私を見た。
「熱はない?大丈夫?」
先生の手がおでこにふれる。
一瞬でぼっと顔が赤くなった。
「そこ、ナチュラルに女の子に触らない」
バシッと乃々ちゃんが払い除けた。
ハッとした先生がバツの悪そうな顔をした。
「ごめん、由姫ちゃん」
「いっいえっ」
先生との間に、あの時と同じような空気が流れた。
乃々ちゃんが意味ありげに先生を見上げ、何かを言いかける。
「ねぇ…」
先生が目を逸らした時、奈々の呼ぶ声が聞こえた。
「おねーちゃん、ちょっと来てー」
「えー?」
気まずい空気のまま残され、私は慌てて話を変えようと先生に話しかけた。
「先生、誕生日いつですか?」
「えっ?」
「いつかなって…なんとなく」
「俺は3月だよ。14日」
「ホワイトデーですね」
「ん、そう。由姫ちゃんは?」
「…私、2月14日なんです…」
「バレンタイン!」
「あはは…比較的忘れられがちなんですよね」
「まあ、そうだね」
先生が笑う。
この笑顔を、独り占めできたらいいのに。
「ちょうど1ヶ月違いだね」
「あっ!そうですね!」
先生とお揃いみたいで嬉しかった。
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「由姫?」
「んー?」
「最近、ぼーっとしてるねぇ。なんかあった?」
「うん…」
「由姫?」
「ううん、何でもない」
「まあ、いいけど。話せるようになったらちゃんと言ってね?」
「…うん、ありがとう奈々」
「どーいたしまして!で、もうすぐ誕生日だねって話をしてたんだけど?」
こういう時、奈々はいろいろと聞いてこない。
さすが幼馴染という距離感。
「…誕生日かぁ」
「今年は何がいい?」
「新しい料理本かな…」
「現実的すぎ」
「えー実用的なのが1番じゃん」
プレゼントと言えば先生からのクリスマスプレゼントは女子組はお揃いのストラップだった。
お気に入りで、学校の鞄につけてある。
そうか、バレンタイン…先生にもあげようかな。
今年は平日だから週末に来たときでいいかなぁ。
それならケーキ焼こうかな、先生甘いの大丈夫だったよね…。
「なんか今度は楽しそうー」
「そうかな?」
「うん、恋でもしてる?」
「えっ!?」
パッとあの日の出来事が頭を過ぎる。
あれから、頭の中は先生でいっぱいで。
まさか、もしかして。
「おーい由姫ー?」
「どうしよう、奈々…」
「え、なに、どうしたの…?」
「私、先生のこと好きなのかも…」
「はっ!?」
「どうしよう…先生なのに…」
「由姫…」
「どうしよう」
生徒は対象外、と先生の声が蘇る。
きっと。
私の恋は叶わない。