本能寺の変
勢力を拡大し続ける織田家と毛利家は敵対関係となっており、1582年4月、毛利家の支配する備中高松城が織田軍の羽柴秀吉(45)によって攻められていた。
当主輝元(29)が元春(52)や隆景(49)と共に戦へと出向き、留守となった6月、驚きの報が吉田郡山城にもたらされる。
「大変だぜ! 織田信長が本能寺で斃れたってよ!」
「え?! まさか明智光秀の謀反?!」
「知ってんのかよ?」
「いや、まぁ……」
折角驚かせようと思って駆けてきたのに、広家(21)は残念そうな顔をした。
「そうかぁ、今だったのかぁ……」
元総(15)も残念そうな悲しそうな顔をする。
事件自体は知っていたが、いつという事までは知らなかった。
「ノブノブには会いたかったのになぁ……」
「何だよノブノブってよ!」
まるで友達の様な物言いに広家は呆れた。
「でもまあ、ノブノブは今頃異世界に転移してるんだろうから、あっちで大暴れしてくればいいいよね」
「何言ってんだよ!」
過去に転生した自分と違い、彼の場合は異世界への転移が決まっている。
仲間の様な奇妙な連帯感があったのだが、会えなくなってしまったが残念でならない。
とはいえ行ってらっしゃいという気分であった。
そんな元総を広家はまたかという顔で見る。
偶に意味が分からない事を口走る癖があったからだ。
「という事は、次は豊臣秀吉の時代という事だね」
「豊臣秀吉? 羽柴じゃねぇのか?」
「うん、まあ、どっちでもいいんじゃない?」
「何だよ一体……」
ブツクサ文句を言う。
「でも、硝石丘法は間に合わなかったね」
「だよなぁ。やっと採れて、これで高松城も大丈夫だと思ってた矢先だもんな」
「屋根が壊れて雨に濡れたり、大変だったよね」
二人の会話を聞いていた景俊が、飲んでいたお茶でむせた。
「景っち大丈夫?」
「だ、大丈夫です!」
元総に心配され、景俊は慌てて答える。
二人は会話を続けた。
「何で屋根が壊れたんだろうな?」
「台風とかあったし、傷んでたんじゃない?」
「そうかもな。でも、あれで遅れちまったのは痛かったぜ」
「仕方ないよ。お醤油の方が順調だったから良かったけどさ」
その儲けは大きく、毛利家の財政に貢献していた。
「ま、何にせよ、信長が死んだから跡目争いが起きるんだろうな」
「秀吉が勝つよ」
「断言すんのかよ!」
広家は叫んだ。
「それはそうとして、輝元様はどうされるんだろう?」
「秀吉と手打ちにしたって話だぜ?」
「そうなの? だったら戦は終わりだね!」
元総が笑顔で言った。
それを聞き広家は抗議する。
「冗談じゃねぇよ! 俺が活躍する機会だったのによ!」
「何言ってんのさ広にぃ! 死んじゃったらどうすんのさ? 必ず転生出来るなんて保証はないんだよ? やっぱり平和が一番だよ!」
「硝石を作ってるお前が言うな!」
1570年に初陣を飾ってからこの方、戦には出ていなかった広家である。
その間、鍛錬だけは欠かさなかったので、停戦と聞いて悔しい思いをしていた。
やっとの事で完成した硝石を秀吉に囲まれた高松城に届けて、父親と一緒に戦うつもりであったのだ。
元総がしたり顔で言う。
「抑止力だよ抑止力。毛利には潤沢な火薬があると周りが知っていれば、おいそれとは手を出してこないよね?」
「またそれかよ? 初めは成る程と思ったけどよ、うちと仲の悪い大友とか、いつ攻め込まれるのか分かんねぇから、鉄砲と火薬と弾丸を備蓄すべしとなるんじゃねぇの? 武器が増えればそれだけ戦になりやすいんじゃねぇの?」
「す、鋭い!」
相手の戦力に拮抗しようとする軍拡競争に終わりはない。
国境を接する場所では、偶発的な騒動から大規模な戦に発展する事は多い。
「毛利家は天下を望まず!」
「うぉ?! ビックリした!」
元総が元就の遺言とも言える家訓を叫んだ。
「毛利家の領土はもう十分に大きいよ! これ以上なんて望まず、今ある領土を開発していった方がいいよ!」
「言いたい事は分かるけどよ、全国を飲み込む勢いだったのが信長だぜ? もしも将軍様が逃げて来なかったら、輝元様も信長と敵対する事はなかったかもしれねぇけど、敵になっちまったもんは仕方ねぇじゃねぇか。どんな相手であれ、一旦敵になった以上、毛利の領土を守る為には戦わねぇといけねぇんじゃねぇの?」
「ご、ご尤もです……」
元々毛利家と織田家の仲は悪くなかった。
元就と信長の間では手紙のやり取りをしていた程である。
しかし元就の死後、信長に追い出された将軍義昭が、輝元を頼って逃げて来た辺りから友好関係が崩れていく。
そして義昭が画策した信長包囲網において、毛利家が主導的な立場を取った事で決定的となり、織田軍との熾烈な戦に突入していった。
「でも、僕は平和な世の中が好きなんだもん……」
「毛利家の者にあるまじき軟弱な物言いだって親父に言われるぞ?」
「言いたいなら言えばいいよ。だって村の人も多くがそう思ってるし」
「まぁなぁ。戦になったら家は焼かれるわ、田畑は無茶苦茶になるわで村人には大迷惑だわな」
更に言えば負ければ女は襲われ、男は捕まって労働力として他国に売られる場合もある。
「僕は広にぃや景っち達と戦ではなく、国を良くする為に働きたいんだよ。お醤油が安くなったお陰で村にも普及してきたし、お煎餅やお団子も作ったよね? 楽しくなかった?」
「そりゃまぁ、楽しかったぜ」
「良かったぁ。でも、それも平和だからこそ出来た事だと思わない?」
「まぁなぁ」
広家は元総の言葉に頷いた。
「毛利家は天下を望まずと父上が遺されたけど、それって天下を分ける様な争いをしないって事だよね?」
「そうだな」
「秀吉がノブノブの跡を継いだら、きっと国を統一するよ? だってそれがノブノブのやりかけた事だよね?」
「だろうな」
高松城の攻防はその一環であった。
「天下を求める秀吉だけど、毛利は天下を求めないから、互いに争う必要はないんじゃない? 秀吉が毛利の領地を安堵してくれるんならさ」
「うーん、そう言われてみればそうなのかもなぁ」
信長とも敵対する必要は無かったのかもしれない。
「争いを続けていたら国も民も疲弊するだけだよ。それよりは仲良くして、美味しいお団子や温泉を楽しむ方がいいよ」
「爺くせぇんだよ!」
堪らず広家は叫んだ。
元総の言う事も分かるが、戦に参加して大きな武勲を立てたいという思いもある。
その志を捨て去るには広家はまだ若過ぎた。
二人がそんな話をして暫くし、備中高松城の救援に向かっていた輝元らが城へと帰還してきた。
そして翌年の1583年、秀吉と柴田勝家の間で賤ケ岳の戦いが起こり、秀吉が勝利する。
輝元は秀吉に臣従する姿勢を見せる為、とある決断をした。
「広家と元総の両名は、毛利家の安泰の為に秀吉の下に行ってくれ」
吉田郡山城で輝元が二人に告げた。
元春が異議を唱える。
「どうしてこの二人なのだ! 吉田醤油は京でも有名になっているそうだし、硝石丘法もやっと成果が出たという話ではないか! 大坂に遊びに行かせている場合ではなかろう!」
手元に置いてもっと働かせたいらしい。
元春の訴えに輝元は溜息をつき、言った。
「叔父上、どうやらその醤油が原因の様だ」
「何?」
「二人の事が秀吉の耳に入ったらしく、直々の指名なのだ」
「おのれ秀吉ぃ!」
歯軋りしたがもう遅い。
苛立ちを当の二人にぶつける。
「お前達が目立つ働きをするからだ!」
怒られた元総は広家に訴える。
「広にぃの父上って酷くない?」
「いや、まぁ、何と言うか、すまん……」
広家が謝った。
騒がしくなった場を輝元が引き締める。
「秀吉が天下を手中にする事が明白となった今、その指名を拒否する訳にはいかん。二人の大坂行は決定事項である」
「畏まりました」
恭しく広家が受けた。
心を入れ替え、乃美らの指導を受けた広家の作法は適っている。
これで大坂に行っても礼儀知らずだと馬鹿にされる事もあるまい。
「ねぇ景っち、あれってどういう事?」
屋敷に戻り、元総は景俊に輝元の命令の意味を尋ねた。
「要は若に人質になれという事ですな」
「人質?!」
「秀吉に逆らうつもりはないと、毛利家の者を送るのです」
「逆らったら殺されるって事?」
「そういう事です」
こうして二人は大坂に行く事となった。
※1582年の勢力図
から1583年の賤ケ岳の戦い前
次話から大坂での人質生活です。
物語として盛り上げる為、時期的に大坂にはいない筈の人物がいたりします。
予めご了承下さいませ。
1583年の地図を修正しています。
武田→真田
です。




