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言ってしまったのが運のつき

臭いお話となります。

ご注意を。

 「くせーんだよ!」


 広家が顔を顰めて文句を言った。


 「広にぃ、仕方ないでしょ……」


 元綱が力無く呟く。

 そう言う自分も逃げ出したくなる臭さだった。

 近くには悪臭の原因、人の糞と尿が別々の桶に入れられ、置かれている。

 鼻を突き刺す臭いが辺りに漂っていた。




 「俺も硝石作りをやるぜ!」


 広家が来たのは先日の事である。

 元就が死去し、葬儀やら何やらで毛利家中が大騒ぎとなってから暫くし、元綱の下にひょっこりと現れた。


 「えっと、元春兄様の……」

 「そう、吉川元春が三男、広家様だ!」


 胸を張ってそう宣言する広家は、元綱よりも6歳年上の10歳である。


 「硝石丘法とやらを一緒にやってやろう!」


 そう言って懐から出した元春の手紙には、お前が褒めろと言うから褒めたらこうなったので責任を取れとある。

 どういう事かと広家を見れば、その理由を自分から披露してくれた。


 「俺の働き如何に毛利家の命運が掛かってるんだからな!」

 「そういう事か……」


 想像するに、毛利家の将来はお前次第だとか、その様な事を言って褒めたのだろう。

 広家が礼儀作法を学ぼうとしないのは、親である元春が褒めないから拗ねているのだと言ったが、物は試しとばかりに褒めてみたのかもしれない。

 それが想像以上に効き過ぎ、広家が張りきったのだろう。

 

 硝石の生産は鉄砲の運用に関わる。

 近隣諸国との戦が絶えない毛利家にあっては、硝石丘法の成功は確かに家の命運を左右する事業と言えた。

 だから広家の言葉は間違ってはいないが、俺様系の登場は正直に言って面倒だと感じる。

 入院仲間に同じテンションの少年がいたが、厄介事に自分から首を突っ込んで周りを巻き込むのが常であった。

 弱い者イジメを許さないといった熱い良いヤツだったのだが、なろう小説を読んで妄想の世界を楽しむインドアな彼にはやや苦手な相手であった。


 「俺がいれば成功間違いなしだぜ!」

 「そう、なんだぁ。これで一安心だねぇ」

 「任せとけ!」


 始める前から自信満々に断言する広家に、元綱は引きつった笑いしか出ない。


 「呼び方は広家様でいいの?」


 何と呼ぶべきか考え、尋ねた。

 甥ではあるが年上であるし、血筋としても格上の相手である。

 しかし広家はそんな事を気にしないのか、考える時間もなく言う。


 「呼び捨てでいいぜ!」

 「年上だしそれはちょっと……。じゃあ、広にぃでいい?」

 「それでいいぜ!」


 呼び方は決まった。


 「で、硝石丘法って何をどうやるんだ?」

 「だよねぇ……」


 分ってはいたがガックリとなる。




 硝石丘法を始めるにあたり、まずはその場所の選定が重要である。


 「硝石は乾燥状態で良く析出するから、硝石丘を作るのは雨のかからない屋根のある所で、風の通りが良い場所が望ましいんだよね。でも、最後に水で煮る必要があるから、水も近くにないと不便だよ」


 広家に言っても始めらないので景俊に相談している。


 「材料の入手のしやすさも大事だよね。でも、多分臭いから、人が住む近くは避けた方が良いと思うよ」

 「中々に条件が付きますな」

 「それを探すのが家臣の役目だぜ!」

 「はあ……」


 元綱と景俊が同じ様に溜息をついた。


 「山の中に良い所がありましたぞ!」

 「でかした!」

 「それで、屋根は?」

 「急いで建築している所です」

 「じゃあ僕たちは、必要な材料を集めないといけないね」

 「早速俺様の出番だな!」

 

 原料を集めて回る。

 最も大事なのは人糞尿である。

 農家にとっては大事な肥料であり嫌な顔をされたが、毛利家の決定という事で半ば無理やりに持って来た形だ。

 

 「くせーんだよ!」


 という訳で、冒頭の会話へと続く。

 

 「若が同行する必要はありませぬが?」


 無表情で景俊が言う。

 臭くないのかと元綱は思ったが、時々顔を顰めているのでやはり臭いのだろう。


 「責任者として現場の作業は一通り分かっていないとね」

 「ほう? それは素晴らしい考え方ですな」

 「源さんが言ってたんだよ」


 入院中に知り合った源蔵は、仕事における心構えといった話を、年端もいかない少年に向かって力説する様な人であった。

 お陰で働いた事もないのにリーダーシップなどには詳しい。


 「源さんとは?」

 「知り合いだよ」


 曖昧に誤魔化しておく。


 「でも、こんなに臭いなんて思わなかったよ……」


 元綱は硝石丘法を口にした事を後悔し始めていた。

 ネット上の字面から臭そうだなとは思っていたが、まさかここまでとは思いもしない。

 漫画の信長と似た事が出来ると内心では喜んでいたが、それを悔やむ程に臭かった。

 しかし一度言い出した事なので、臭いから止めるとも言えない。


 「まずは切って乾かした草とドブの泥、厠の桶周りの白くなった土、漆喰、腐葉土、人糞や蚕の糞、鶏の糞などなどを混ぜて屋根の下に高く積み、尿を掛けて放置する。寒い間は出来ればこもを掛けて冷えない様にしたい所だよ」


 フンフンと広家が頷く。


 「2ヵ月経ったら土を切り返し、再び尿を掛けて放置するを繰り返し、5年程経ったら取り出せて、外側の土を削り取って水で煮て硝石を取り出すんだよ」

 「なげぇ……」

 「これは、相当に面倒で重労働ですな……」

 

 積み上がった土の塊は、周囲を威圧する迫力と異臭を放っている。

 これを2カ月ごとに切り返し、尿を掛け続けなければならないとは恐ろしい。


 「本当にこんなんで硝石が取れるのかよ?」


 広家が疑わしいという顔をした。

 

 「それを言われると僕も困るんだけど、厠の土の白くなった成分こそが硝石なんだよ。それを人の手で増やすって考えて貰えればいいかな」

 「だったら厠の土で作ればいいだろ?」

 「それが古土法なんだけど、それだと次に土を採れるまでに時間が掛かるみたいなんだよね」

 「確か一度土を取ったら、10年から20年は間を空けなければならぬのでしたか……」

 「そう言うね」


 景俊の言葉に相槌を打つ。

 

 「そもそも硝石って何だよ?」

 「そこぉ?!」


 広家の質問にずっこけたが、自分もネットから得た知識でしかない。


 「えーと、硝石っていうのは硝酸カリウムの事で、簡単に言うとオシッコとかに含まれるアンモニアが硝酸菌によって硝酸になり、カリウムと結合し、出来るんだよ」

 「へぇ……」


 説明を聞いている筈の広家の顔がおかしい。


 「聞いてるの?」

 「へぇ……」

 「駄目だ……」


 目が死んでいた。


 「南蛮人もこうやって硝石を得てんのかよ?」


 暫くして生き返った広家が問うた。


 「正確な方法は知らないけど、似た事はやってる筈だよ」

 「何だかなぁ……」


 その答えに何となくガッカリとした。


 「こんな面倒な事をしねぇといけねぇのか?」


 大気中の窒素からアンモニアを生成し、硝酸を得る工業的な手法が発明されるのは遥か先の話だ。

 ハーバー・ボッシュ法の原理は理解していても、再現は自分には無理だと思う。

 それとは別に、鉱石としての硝石を利用する場合もある。


 「硝酸カリウムじゃないけど、硝酸ナトリウムのチリ硝石が見つかれば、多分この作業から解放されるよ」

 「地理?」

 「南米にあるんだけど、この時代だとどうしようもないのかな?」

 「だったら言うなよ!」

 「だね……」


 チリにある事は知っていたが、この時代では手に入れるのが難しい。


 「そんな訳で、とりあえず2ヵ月はやる事が無いよ。まあ、その時も僕たちには出来る事は無いんだろうけど……」


 土を切り返すのは重労働で、子供の出る幕はない。


 「他にも作らねぇのか?」

 「うーん、それだけど、そんなに作っても失敗した時に勿体ないよね?」

 「そりゃまあ、そうだな!」

 「確実なやり方が分かった時点で数を増やせばいいと思うよ」

 「分かったぜ!」


 その様な指針となった。

 そして醤油作りも行いながら硝石丘法を進める。

 また、母である乃美が小早川家の傍流であった事から、元綱が隆景の養子になって小早川元総もとふさとなり、家来も増えた。

 そんな風に過ごしているうち、驚きの報告が吉田郡山城に届く。


 「信長が死んだぜ!」

 「え?!」


 本能寺の変であった。

古土法などについては正確ではありません。

ご容赦下さい。

次話は本能寺の変(1582年)の事後です。

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