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毛利の両川と才菊丸のデビュー

 「父上、お元気そうで何よりです」

 「おお、隆景か! よく来たな!」


 1571年の正月、毛利家の面々と家臣一同は吉田郡山城に集まっていた。


 「親父おやじ、尼子の残党が動き出したぞ!」

 「元春も来たか! その話は後でゆっくりとするとしよう」


 毛利家を支える両川もいた。

 元就(73)の次男吉川元春(40)と、三男小早川隆景(37)である。

 それぞれを吉川家と小早川家に送り込み、両家ごと毛利家の一門として乗っ取った形だ。

 そしてこの頃の毛利家は、山中幸盛に率いられた尼子再興軍と、出雲を巡って激しい戦いを繰り返していた。


 そんな両川は、死んだ兄隆元の嫡男輝元の教育係でもある。

 毛利家の後継者として相応しい男となるよう、輝元を厳しく指導していた。

 

 「輝元様におかれましては(以下略)」

 「父上におかれましては(以下略)」


 元清らに倣い、才菊丸は元就と輝元に挨拶する。

 そんな才菊丸を乃美は微笑んで眺めた。

 礼儀作法はしっかりと教えており、その成果が出てホッと息をつく。


 「兄様方もご健勝で何よりでございます」


 異母兄である元春らにも頭を下げた。

 元就と輝元は引き続き、家臣達の挨拶を受けている。


 「才菊丸か。いくつだ?」


 才菊丸の幼さに元春が尋ねた。

 常に吉田郡山城にいる訳ではないので、末弟の年を正確には覚えていない。


 「3歳です」

 「3つだと?!」


 その答えに驚く。


 「その年で礼儀作法が身についておるのか! うちの広家とは大違いだ!」


 大袈裟に嘆いた。

 そして周囲を見渡し、目的の人物を見つけて声を掛ける。


 「これ広家! こっちに来い!」


 元春は三男の広家(9)を呼んだ。


 「年下だがお前の叔父だ。挨拶してみい!」

 「知らん!」

 「こら! 逃げるな!」


 広家はプイッと顔を背け、一目散に逃げ出した。


 「全く礼儀がなっとらん! とんだうつけだ!」


 息子の振る舞いに嘆息する。


 「元春兄様はお子さんを褒めていますか?」

 「何だと?」


 才菊丸の言葉に眉がピクリと反応する。


 「広家兄様のあの反応は、大好きな人の関心を惹こうとして、それが出来ないから拗ねているだけに見えます」

 「はあ?」


 意味が分からない。

 それは兎も角、子供が口を出す事が癇に障った。


 「小僧が知った風な口を利くでない!」

 「子供だから子供の心を知っているのですが?」

 「何ぃ?」


 言われてみればその通りかもしれない。


 「一本取られましたな、兄上」

 

 隆景が笑いを堪えて言った。

 因みに、才菊丸の言葉はあてずっぽうではない。

 彼は見舞いに訪れた親の前での、子供達の様々な振る舞いを見てきている。 

 親の関心を惹こうと躍起になる子もいれば、嬉しさではしゃぐだけの子もいた。

 甘えたいのに拗ねた態度を取ったり、わざと素っ気ない振りをする子もいた。

 長年の入院生活で蓄積された、確かな洞察力から導き出された答えが先の言葉であった。

 そして、うつけといえば思い出す。


 「それとは別に、うつけというと尾張の織田信長と同じですね。子供の頃はうつけと呼ばれていたと聞いています」

 「そんな事を知っておるのか?!」


 元春は呆気に取られる

 言う通りではあったからだ。


 「だから広家兄様も、将来は織田信長に匹敵する活躍をされるのではありませんか?」


 年上という事で兄とした。

 そんな才菊丸の言葉に元春も笑い出す。


 「ガハハハッ! 言うではないか!」

 「広家が信長と同じとは、それが本当ならば毛利家は安泰ですな」


 信長の領地は拡大し続け、近畿までも支配する一大勢力となっていた。

 将来的には敵対しかねないが、今はまだその段階ではない。 


 「信長軍の強さは常備軍である事と大量の鉄砲を使っている事ですが、鉄砲には火薬と弾の鉛が欠かせません」


 好きな人物が話題となったので、つい勢い込んで話してしまう。


 「それらを南蛮から仕入れられる貿易港の堺を押さえており、かつ購入出来る経済力を持っている事こそ、信長軍の強さの秘密ですね」


 漫画などで仕入れた知識をこれでもかと披露した。 

 二人は顔を見合わせ、何とも言えない表情をする。

 年端もいかない幼児から、その様な話を振られるとは思いもしない。

 毛利でも鉄砲を運用していただけに、それは頭の痛い話だった。 


 「まあ、火薬も鉛も高価だからな」

 「左様。聞く所によると大友宗麟は、火薬の代金として人で支払ったそうですな」

 「人で?! 本当なのですか?!」


 隆景の言葉に今度は才菊丸が衝撃を受けた。


 「そう聞いている」

 「古土法だと量が取れぬので、必要ならばそうするだろう」


 糞尿を受けるおけの周りの土から、硝石である硝酸カリウムを得る古土法は、労力の割に生産量が多くなかった。

 培養法と呼ばれる手法を独自に開発した五箇山ごかやまは、盛んに硝石を生産していたが、当時は一向宗の支配地域であり、製造法は秘匿されていた。


 「まとまった量は南蛮人から買うしかなかろう」

 「左様。我らは石見銀山を持っているからいいが、払う金が無ければ人でも売るしかあるまい」

 「宗麟の奴は、我らに硝石を売らせまいと南蛮人に掛け合ったらしいな」

 「そんな事で商売を諦める南蛮人ではなかろうに、馬鹿な奴だ」


 ガハハと二人は笑う。

 才菊丸はそんな二人を唖然として眺める事しか出来なかった。

 人を売って平然としているなど信じられない。

 戦国の世だと初めて実感した瞬間だった。

 

 「古土法じゃなくても硝石は作れるのに……」

 「何ぃ?!」

 

 呆然として呟いた才菊丸の言葉を元春は聞き逃さなかった。

 取って食う様な勢いで才菊丸に向き合う。


 「古土法と違うとはどういう事だ?」


 顔が触れんばかりに近づいて問い質す。

 その迫力と酒臭い息に思わず顔を背けそうになりながら、才菊丸はどうにか口を開く事が出来た。

 

 「硝石丘法っていう方法で、5年くらいで硝石を作れるんです……」

 「硝石丘法だとぉ?」


 硝石の製造は現代知識無双の定番であろう。

 才菊丸はしっかりとネットで知識を得ていた。 

 

 「風通しの良い小屋に草や石灰岩、糞尿、塵芥ちりあくたを土と混ぜて積み上げ、定期的に尿を掛けて硝石を析出させるんです……」


 その方法をざっと説明する。 


 「その様な方法は聞いた事がない! どうしてお前が知っている?」

 

 それもまた当然の疑問だ。

 それを口にしているのは3歳の幼児であるので、尚更である。

 しかし才菊丸は曖昧に笑って答えない。


 「親父ぃ! ちょっと来てくれ!」

 「何だというのだ?」


 元春は元就を呼んだ。

 元就は家臣からの挨拶を受けるのを切り上げ、やって来る。


 「親父が硝石丘法とやらをコヤツに教えたのか?」

 「何だそれは?」


 元春の言葉に怪訝な顔をする。

 全く知らない単語であった。


 「硝石を作る方法だそうですが、父上が才菊丸に教えたのではないのですか?」

 「硝石を作る?! 古土法ではないのか?」

 

 隆景の説明に元就は驚いた。

 それを受け、三人が一斉に才菊丸に詰め寄る。


 「一体誰から教わった?」

 「本当にそれで硝石が作れるのか?」 

 「南蛮の知識なのか?」

 「えぇと……」


 大人三人に質問攻めに遭い、才菊丸は目を白黒とさせる。

 見かねた乃美が割って入った。


 「お三方、相手はまだ幼い子供なのですよ? 落ち着いて下さい!」


 その言葉に三人はようやく冷静さを取り戻した。


 「今は年賀の目出たい席です。戦に関わるお話よりも、もっと相応しい話題がございますよ?」

 「年賀に相応しい? 何だというのだ?」


 気になった元就が尋ねた。

 待ってましたとばかり、乃美は自慢げな顔で醤油を取り出して言う。


 「お醤油の新しい作り方を見つけたのでございます!」

 「醤油の新しい作り方?」

 「その通りでございます。お味噌作りに挑戦した才菊丸ちゃんが、失敗の中から発見した方法でございますよ!」

 「何だと?!」


 またしても三人が才菊丸に向き合った。

 

 「どういう事だ!」


 元就が問い質す。

 才菊丸は言葉を選び、答える。


 「お味噌汁を作る時、お味噌を溶くのに容易となる様、塩水を足して作ってみたのでございます。生憎お味噌は出来ませんでしたが、代わりにお醤油が出来ていました」

 「塩水を加えて味噌を漬けたのか?」

 「はい。この方法ですと、お味噌を作る時と同じ分量の原料から、お味噌と同じ重さのお醤油が得られます」

 「真か?!」


 それは聞き捨てならない。

 僅かな量しか取れない溜まり醤油は、驚く程の高値で取引されている商品である。

 それが味噌と同じ量が取れるとあれば、どれだけの儲けとなるのか想像もつかない。 


 「味はどうなのだ?」

 「それはご自身でお確かめ下さい」

 「それもそうだ」


 元就らは乃美が用意した醤油の小皿に指を付け、舐めた。


 「美味い醤油ではないか!」

 「これが味噌と同じだけ作れると言うのか? 歩合はどれだけだ?」


 隆景が詳しい数値を問う。


 「それは係の者にお尋ね下さい。磯部~」

 「はい!」


 才菊丸はこの時の為に控えていた昌弘を呼んだ。

 昌弘は酷く緊張した面持ちで進み出る。

 隆景らは彼を質問攻めにした。


 「父上、今すぐこの方法で醤油を作るべきです!」

 

 説明を聞き終え、隆景がまず訴えた。

 

 「いや、硝石の方が火急であろう? 尼子の残党が挙兵し、九州も不穏な空気が漂っておる!」


 元春が反対した。

 毛利家の周辺部は今も尚、安定しているとは言い難い。


 「硝石丘法とやらは採れるまで5年は必要との事。醤油であれば来年ですから、儲けた金で火薬を買った方が早い筈」

 「5年必要だからこそ、今すぐ手を付けるべきだ!」


 二人の意見は折り合わない。


 「父上、どうされるのか?」


 父親の判断に委ねた。

 元就は暫し黙考し、ふと才菊丸に視線を走らせる。

 思いつき、尋ねた。


 「才菊丸よ、お前はどう思う?」


 父親に問われ、才菊丸は姿勢を正して答える。


 「どちらもやれば良いと思います」


 その答えに元就は満足する。

 

 「では、頼むぞ」

 「はい……って、えぇぇぇ?」


 3歳の子供に無茶振りが過ぎると思い、才菊丸は叫んだ。


※1570年頃の大まかな勢力図

挿絵(By みてみん)

史実に忠実ではありませんので、ご注意を。

地図の文字が分かりづらくてすみません。

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