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醤油をShow you!

 月日は流れて才菊丸は2歳となり、戦国の世の現実に直面し続けていた。


 「く、臭い……」


 一番はかわや、つまりトイレ問題である。

 人糞尿を農作物の肥料に使っていた時代であるので如何ともしがたいが、臭いだけは勘弁であった。

 自分だけかと思っていたが、誰もが夏場の臭いには閉口していたのでそういう物なのだろう。

 それに、水洗トイレしか使った事がなかった彼に和式は苦行に近い。 

 

 他にもお風呂など問題は多かったが、魔法で何とかなるさと思っていた彼には対策もなかった。

 現代知識も分野が違えば難しい。

 そして、どうにかならないものかと感じていた事がもう一つある。


 (代わり映えしない内容と味付けなんだよね……)


 食事の席で才菊丸は一人思った。

 既にお乳から卒業し、普通の食事をしている。

 赤ん坊の時にはそこまで意識しなかったのだが、大きくなるにつれ、母親のお乳を吸う行為に恥ずかしさを覚えていた。

 立てる様になった機会を利用して乳離れをし、兄らと同じ物を食べている。


 その食事が、毎日似た様な内容であった。

 朝は玄米と雑穀の入ったご飯を腹いっぱい食べ、味噌汁、漬物が付くくらい。

 昼は食べず、夕餉ゆうげも基本は朝と同じで、野菜の煮物や時に焼魚がある程度。

 毎日それの繰り返しで、洋食も中華も無い。

 しかもその味付けは、味噌、酢、塩、魚醤ぎょしょうだけであった。


 「母上、お醤油はないのですか?」


 彼は腎臓が弱く、薄い味付けのモノしか食べた事はない。

 この時代の食事は塩味が強く、濃すぎたのだが、幸いにも体が丈夫な為か問題はなかった。

 また、彼の健康の為にマクロビオティックに凝っていた母であったので、食事の内容自体は寧ろ懐かしさを感じる程だ。

 けれども味についてはいい加減に飽きてしまい、才菊丸は醤油を求めた。


 「醤油は高価だし、そんなに頻繁にはねぇ……」


 乃美が申し訳なさそうに答える。

 才菊丸はビックリして問い返した。 


 「お醤油が高価なのですか?」

 「そうなのよ……」


 彼にとって醤油は当たり前過ぎて、この時代でも普通だと思っていた。

 時々は醤油が食卓に上っていたからである。


 (これって現代知識が使える?!)


 才菊丸は興奮した。

 異世界での鉄板ネタは日本料理の再現である。

 それに欠かせない醤油と味噌の製造方法は、ネットでしっかりと勉強していた。


 「母上、才菊丸はお味噌の作り方を見たいです!」


 毎日の発声練習が功を奏し、きちんとした発音で叫んだ。




 「朝、納豆を食べられましたか?」

 「え? 食べてないけど……」

 「ならば良いのです」


 味噌蔵に入る前、才菊丸は係の者から質問された。

 

 「どういう意味なの?」

 「いえ、納豆を味噌蔵に持ち込むと麹の花が咲かないのですよ」

 「そうなんだぁ」


 大豆を発酵させて納豆にする納豆菌は強力で、麹菌の繁殖を抑えてしまう。

 昔から酒蔵などでは、納豆を蔵に持ち込ませなかった。

 食べる事すら禁止している所もあった様だ。

 また、蔵に入るのに際し、専用の服に着替えている。

 子供用は無かったので、清潔な木綿の衣服を使った。


 「味噌は煮た大豆に米麹を混ぜ、樽に入れて作ります」


 吉田郡山城の味噌蔵で、担当の者に説明を受けていた。

 戦国時代における味噌は重要な物資で、戦の折には兵士に持たせる兵糧の一つである。

 武将達は各城に味噌蔵を設け、手前味噌を作っていた。


 「お醤油はどうやって作るの?」


 才菊丸は味噌蔵担当の役人、磯部昌弘に尋ねる。

 昌弘は味噌樽の一つの蓋を開け、味噌の上部に溜まっている液体を見せた。

 黒い液体の味見をさせる。


 「この、味噌から染み出している液体が溜まり醤油ですよ」

 「本当だ! お醤油の味!」


 ネットで概要は知っていたが、実物を見るのは初めてだ。


 「これを集めているの?」

 「仰る通りでございます」

 「なら、お醤油が高価なのも当然だね」

 「はい。少量しか取れませんので」

 

 味噌から染み出している液体は少なかった。


 「つまり、お醤油はお味噌の副産物って事だよね?」

 「才菊丸様の仰る通りでございます」


 その答えに納得し、手応えを得る。


 「母上、才菊丸は自分のお味噌を作りとうございます!」




 季節は冬である。

 大豆が収穫され、味噌作りの季節だ。


 「才菊丸様? どうして塩水をご用意されているのですか?」


 昌弘が不思議な顔をして問うた。

 

 「ちょっと考えがあるんだよ」 


 味噌作りと醤油作りの原料と工程は似ている。

 どちらも発酵にはこうじ菌を使い、大豆と塩を主原料とする。

 味噌の場合は米や麦で麹を増やし、水煮した大豆に混ぜて樽に仕込む。

 醤油には麦を使い、炒って破砕した麦と水煮した大豆に麹を増やして豆麹を作る。

 その後の大きな違いは、醤油作りでは豆麹に塩水を加えてもろみを作り、それを樽に仕込む事だ。


 「小さい樽だから構わないよね?」


 母に無理を言い、自分用の味噌作りをさせてもらっている。


 「え? そこで塩水を混ぜるのですか?!」 

 「お願いだから僕の考えた事をやらせて!」

 「あ、いえ、通常の味噌作りとは随分と違う物ですから……」


 昌弘は語尾を濁した。

 継室の子ではあるが、城主の息子に余計な口出しをして嫌われるのは避けたい。

 才菊丸にとっても、元就の息子といえども我儘わがままは許されないので、失敗する事があってはならないと思っていた。

 分量など数字的にはしっかりと覚えているので、後は成功を祈るだけである。

 そうして、醤油もろみを樽に仕込んだ。 




 1年が経った。


 「才菊丸様、やはり失敗ですよ……」


 昌弘が申し訳なさそうに口にした。

 才菊丸の仕込んだ樽の中身はドロドロで、一見して失敗したと分かる。

 時々蔵にやって来ては樽の様子を心配していた才菊丸に、味噌蔵を任されていた昌弘は親近感を寄せていた。

 幼いながらも一生懸命にやっていただけに、失敗したのは我が事の様に悲しい。

 初めは本当に2歳児なのかと驚いていたのだが。

 落ち込む昌弘に対し、才菊丸は嬉しそうだ。


 「匂いを嗅いでみてよ」

 「匂いですか?」


 言われ、昌弘は樽の中身の匂いを嗅ぐ。


 「こ、これは?!」


 昌弘は驚愕して叫んだ。

 腐敗したのなら臭い筈だがそうではなかった。


 「醤油の香り!」


 ドロドロの液体からは醤油の匂いがした。


 「これを絞りたいんだけど僕には無理だから、やってくれない?」


 才菊丸が昌弘にお願いする。

 もろみを木綿に包み、絞り込めば醤油を分離出来るのだが、子供の力でそれは不可能だろう。

 昌弘は慌てて頷き、動いた。


 「溜まり醤油とは比べ物にならない程に多く取れる!」


 もろみを絞って出来た液体の量は多かった。


 「味見してみて?」


 先に味見をした才菊丸に言われ、昌弘はすぐさま指を付け、舐める。


 「これは立派な醤油だ!」


 その味に驚く。

 見事な醤油であった。


 「本当にお醤油ね!」


 乃美も驚愕する。


 「本当は水気の多い味噌を作りたかったから失敗かと思ったんだけど、まさかの大成功だったね!」


 才菊丸は昌弘に笑ってみせる。

 製法を知っていたので白々しい嘘であるが、誤解されない為の措置である。

 才菊丸に笑顔を向けられ、昌弘は照れた。


 「まさに大成功でしたね!」

 「凄いわ才菊丸ちゃん!」


 二人は興奮して言った。 


 「早速元就様にご報告致しましょう!」

 「それがいいわ! 元就様も才菊丸ちゃんを褒めて下さるわよ! それにもうすぐお正月だし、隆景様や元春様にも自慢が出来るわね!」


 昌弘の提案に乃美は賛成する。

 溜まり醤油は高価なので、毛利家とあれども日常的には消費していない。 

 しかし、この方法であれば普及出来るのではと思う。

 味噌と同量の醤油が取れるからだ。

 醤油は誰もが好きな調味料なので、この方法の発見に元就もきっと喜ぶだろう。

 正月に合わせ、隆景と元春も帰って来るので、親族に披露するにはもってこいだ。


 「あくまで失敗から生まれた偶然という事で言っておいてね」

 「分かりました」


 こうして溜まり醤油の進化系、濃口醤油が出来上がった。

 そして元就が才菊丸に着目する機会となる。

 併せて隆景、元春へ、才菊丸をアピールする絶好の機会となりそうだった。

 才能多い者は毛利家で重用される。

 乃美は秘かに闘志に燃えた。

磯部昌弘は架空の人物です。

味噌蔵なんてお役目があったのかも知りません。


発酵は繊細です。

いい加減な知識で挑戦するのは止めましょう。

でも、注意すべき事をきちんと守って手順通りに行えば、多分誰でも出来る筈です。

昔は多くの家庭で味噌や漬物を作っていましたから。


※2月4日、蔵に入る前の箇所で納豆に関して加筆しました。



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