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44番目の男

 それは交渉と呼ぶには一方的に過ぎた。


 「川の向こうから山に至るまでの土地を使いたい」

 『何だと!? それは横暴に過ぎる!』


 ベラクルスの行政官アントニオは額に脂汗を浮かせ、交渉相手の主張に抵抗した。

 付近の地図を求められ、ここからここまでだと示されたのだが、問題なのはその広さである。

 予め、一定程度の大きさの土地だろうとは思っていたが、まさかそこまでとは思いもしない。

 町から北に広がる平野には2本の大きな川があり、50キロメートルで山へとぶつかるのだが、交渉相手は1本目の川から向こう全てを要求してきたのだ。

 王国の小さな県に匹敵する土地を寄越せというその要求は、認めようにも彼の権限を越えて余りに巨大であった。

 

※地図

挿絵(By みてみん)


 しかし彼の旗色は悪く、抗議の声も弱い。

 顔色さえも悪いのは、先程から聞こえてきている絶え間ない銃声の為だ。

 激しい夕立が屋根を打ちつけるようなその音によって、彼の心臓は縮みっぱなしとなっていた。

 彼は元々文官で、争い事には向いていない。

 粗野で荒っぽいコンキスタドール達のまとめ役には不向きな人材であったが、その行政能力を買われてヌエバ・エスパーニャへと派遣されたのである。


 当初、海を越えた遠い異国の地への赴任に不安を感じたアントニオであったが、一方ではホッとする心もあった。

 戦争の絶えないヨーロッパとは異なり、平穏しかないと聞いてもいたからだ。

 事実、赴任してからの生活はまるで別荘地で暮らすようで、どこまでも広がる田舎の風景の中、退屈ではあるが心の休まる日々を送っていた。

 それが突然に終わりを告げたのはついこの間で、町の向こうに巨大な建造物が出現してからである。

 何が起こったのか十分には理解出来ないまま、今のこの状況へと陥ってしまっていた。


 喧嘩も苦手なアントニオであるので、遠く離れた銃声ではあるが、心は恐怖に囚われてしまっていた。

 交渉に訪れたジパングの者の物腰は穏やかであったが、纏う雰囲気は粗暴なコンキスタドール達と同じであったからだ。

 交渉を重ねて互いの妥協点を探るよりは、双方の持つ武力によって問題の解決を図る、そんな空気を漂わせていた。

 しかもその兵力には圧倒的な差がある。

 聞こえてくる銃声の意味する所は明らかであり、生きた心地がしない。 


 「土地を使わせてもらえればそれで結構。我らは出来るだけ早く国へ帰る故、それまでの間に過ぎぬ」


 発音は母国語のように明瞭であるが、理解出来ない言語で交渉相手が言葉を発した。 

 交渉の場における彼らの振る舞いは優雅であったが、やっている事は野蛮なコンキスタドールとちっとも変わらない。

 珍妙な髪型をして上等な衣服を身に纏い、貴族と見紛う所作でありながら行いは蛮族その物である彼ら。

 アントニオは混乱して考えが纏まらなかった。


 『所有権は主張しないという事か?』

 「左様。あくまで国へ帰るまでの食い扶持を確保する為に過ぎぬ」


 その言葉に少しだけ緊張がほぐれた。


 『しかし、ヌエバ・エスパーニャの土地は全てフェリペ2世陛下より賜った物。貴殿らの窮状は同情するが、おいそれと頷く訳にはいかぬ』


 国王より授かった地を、異国の者に好きにさせる訳にはいかない。


 「では、我ら30万を養うに足る食料を送ってくれるのか?」

 『そんな事は不可能だ! 出来る筈がない!』


 町の住民を食わせるだけで精一杯である。


 「そうであれば我らには耕す土地が必要だ。幸い、この年を越えるだけの食料は確保してある。早急に食う物を育てねば、残された道は一つしかない事は貴殿も承知していよう?」

 『そ、それは!』


 アントニオの脳裏に、はっきりと略奪という文字が浮かんだ。

 そんな彼の不安を解消するかのように相手は言う。


 「それに、折角の広大な土地をまるで使っておらぬ事は把握している。我らが開墾して田畑にすれば、貴殿らが新たに労力を割く手間が省けよう?」

 『どういう事だ?』


 どういう意味か図りかね、尋ねた。

 しかし相手は質問に答えず、別の質問で応えた。


 「貴殿らは米を食うそうだな?」

 『そうだが、それが何か?』

 「いや、米を食うのにここでは作っていないとか」

 『ここで作れれば助かるが、そこまで人手の余裕がないのだ』


 米は食うが、開墾の手間を掛けてまで必要なモノではない。


 「我らは米を食うので水田を作る。米を穫れるだけ開墾すれば、我らが帰った後には広大な農地として利用出来よう」

 『それは……助かるが……』


 帰国するのであれば、確かに開墾の手間が省ける面はある。


 「申し訳ないがこれは交渉ではない。我らは我らが生き残る為に出来る事をやるだけなので、その旨の事前通告と言える」

 『くっ……』


 それについて何も言う事は出来ない。


 「しかしながらこの地は貴殿らの治める国。出来るだけ穏便に事を運びたいと考えている。貴殿らも我らに早急に帰って欲しければ、出来る支援に尽力した方が結局は互いの為になると思う」

 『わ、分かった! そうしよう!』

 「納得してもらえたようで助かる。ついては我らに出来る事があるなら言って欲しい。助けを求めた手前、こちらも応えねば信義に反しよう」


 ならば真っ先に頼みたい事がある。


 『メキシコ・シティとイスパニア本国へ使節を送ってもらいたい。正直、ベラクルスの町だけでは対応出来そうもない。どちちらにも我らから人を送り、事情を説明させるので安心して欲しい』

 「相分かった。直ぐに人選を済ませ、貴殿に報せよう」


 事を荒立てずに済んでアントニオはホッと一息ついた。

 それを見計らったように相手は言う。


 「我らに時間はないので、早速頼みたい」

 『何だ?!』


 不意を突かれて狼狽する。

 次はどんな難題かと身構えたが、返ってきた答えは拍子抜けするモノだった。


 「この地に適した作物の種を融通して欲しい」

 『そんな事か! そ、そうだな……』


 町を半分寄越せと言うのかと思っていたが、そこまで鬼ではなかったようだ。

 目ぼしい作物を思い浮かべ、ハッと閃いた。


 『マンジョーカはどうだろう?』

 「ま、まんじょうか?」


 マンジョーカはキャッサバとも呼び、熱帯における重要な作物である。

 

 『マンジョーカは茎を土に刺すだけで殖やせ、痩せた土地でも栽培が容易な頑強な芋だぞ』

 「成る程、それは素晴らしい」

 『多少の毒を持っているが、毒抜きは簡単なので問題はないと思う』


 アントニオの説明に相手は笑う。

 何かおかしい事があったのかと不思議に思う彼に、ニヤリとした笑みを浮かべて言った。

  

 「貴殿は正直だな。毒の事を言わなければ我らが苦しんだだろうに」

 『な、何を言う! 死ぬような毒ではないぞ!』

 「冗談だ」


 その一言でようやくアントニオにも笑みがこぼれた。




 『ジパングの旦那!』

 「旦那? 一体どういう風の吹き回し?」


 奴隷商人のマルコは揉み手をスリスリ、ペコペコと頭を下げながら現れた。

 恰幅の良い体を窮屈そうに折り畳み、流れるような大量の汗を流しながらの登場である。


 『アッシの事なんざどうでもよござんしょ? そんな事よりも、お連れ様をお戻しする方が先決でやしょ?』

 「そんな感じでいいの?」


 何とも気味が悪く感じた。

 気味が悪くはあったが、景俊が帰ってくるのならば文句はない。

 奴隷商人が合図をすると後ろの扉が開き、同じ姿のままの景俊が現れた。


 「影っち!」

 「秀包様!」


 元気そうに見える。


 「無事だった?」

 「はぁ、まぁ、無事と言えば無事ですが……」


 歯切れが悪い。


 「何かあったの?」


 心配になって尋ねた。

 深刻そうな顔で景俊が答える。


 「いえ、あの船の悪臭が鼻にこびりついている気分で、何を食っても味がしないのです……」

 「そ、そういう事ね……」


 ガクッと膝が落ちた。

 しかしそれは自分にも経験がある。


 「硝石丘法を思い出すね」

 「全くです」


 二人で顔を見合わせ、乾いた笑みが漏れた。


 『嫌ですぜ、旦那。初めっからあのジパングから来たと言って下さりゃ、アッシだって直ぐに首を縦に振ったんですぜ」


 そう言うマルコの顔は引き攣っていた。

 精一杯の笑みを浮かべてはいたが、内心の動揺を覆い隠す事は出来ていない。

 秀包らの一挙手一投足にビクついている様子が伺える。

 

 「そういう事か……」

 「怯えている訳でござるな」


 義弘らがやっている示威行為をありがたく思った。


 『だ、旦那方に盾突こうなんざ、これっぽちも思ってやしませんぜ!』


 語るに落ちるという事だろうか。


 『そんな事より、奴隷が欲しいならアッシに言っておくんなせぇ! 若い女から働き盛りの野郎まで、向こうで厳選して大事に運んできやすぜ! 旦那方だったら他よりウーンと安くしまさぁ!』

 「いえ、結構です」


 マルコの提案を即座に却下した。 


 『旦那! 即断は禁物ですぜ。ちらりと耳にしやしたが、何でも30万の人がこちらにやって来なさったそうで?』

 「まあ、今更隠しても仕方ないか……」


 速攻で断られたのにめげる事なく、マルコは話を続ける。


 『女の数は足りてるんで?』

 「え?」


 思ってもみなかったマルコの言葉である。


 『若ぇ男が多く集まりゃ、女を巡って揉め事が起きるのは必至ですぜ?』

 「それは全く考えてなかった!」

 「でござるな!」


 完全に虚を突かれた思いだった。

 宗茂は兎も角、秀包はそこの所に疎い。

 顔を見合わせて思案する二人に対し、得意げな顔でマルコが言う。


 『女の奴隷を使やあ、そんな問題は簡単に解決しやすぜ?』


 訳してからフロイスが大きく咳をした。


 『おおっと、いけねぇ! 聖なる職にお就きの方をコロッと忘れてたぜ!』

 「いや、フロイスさんがいてもいなくても、奴隷を買う事は考えてないよ?」

 『またまたぁ』


 冗談でしょとばかりにマルコは笑う。

 

 『今日の所はこれで帰りやす。気が変わりやしたらいつでも連絡を!』


 そう言い残し、去って行った。

 フロイスはマルコの後ろ姿をキッと睨み、秀包に問いかけた。


 「秀包様、奴隷など考えてはおりませんよね?」

 「当たり前じゃない!」


 何を馬鹿な事をとばかりに答えた。




 「という事で、君は今日から自由だよ」


 弥助の後ろに隠れ、オドオドとマルコを見ていた元奴隷の少年に言った。


 「御免なさい、お館様! 言葉が全然分かんないです!」

 「やっぱり?」


 謝る弥助にだろうねと頷く。

 アフリカと言ってもとてつもなく広い。

 偶々弥助と同じ部族出身とはならないだろう。 


 「フロイスさんは?」

 「申し訳ありません」

 「ですか……」


 頼みの綱も切れた。


 「せめて名前くらいは分からない?」


 それだけでも違うと思う。


 『名前は、何?』


 弥助がイスパニアの言葉でゆっくりと問う。

 少年は暫く考え、口を開いた。


 『44(クアレンタイクアトロ)』


 ようやく聞けた少年の声であった。 


 「何て言ったの?」

 「44だって……」

 「44? それってもしかして……」


 何となく察せられるが、口にするのは憚られた。

 弥助が憤って叫ぶ。 


 「奴隷の番号だよ!」

 「やっぱり……」


 その人格を否定されるのが奴隷制であれば、個人の管理も番号だろうか。


 「それが名前って可哀想だね……」


 となれば新しい名前を付けねばなるまい。


 「お館様、お願い!」

 「僕?」


 弥助に頼まれ、秀包は考えた。


 「うーん、どうしよう? 44にちなんだ名前にしたいけど……」


 再生の意味を込め、元の名前をもじりたい。


 「44、読みはよんじゅうよんで、数字で書くと4と4。しし、16じゃだめだし、しし、しし……」


 中々思い浮かばない。

 連想を広げていく。


 「44の男、ししの男……ししお?!」


 思い当たった。


 「まことは流石にアレだから、志々男にしよう! 今日から君の名前は志々男だよ!」

 「志々男? 恰好良い名前! きっと喜ぶ!」


 弥助も喜んでくれたので良しとしよう。

 ついでに少年の処遇も決める。


 「そして弥助さんには懐いているみたいだから、弥助さんが責任を持って教育していく事とします!」

 「え?」

 「弥助さんの一人目の家臣って事だね!」

 「家臣?」


 弥助は戸惑いながら志々男少年を見た。

 自分が家臣を持つ事など考えた事もなかった。 


 「弥助さんの家臣に相応しく、簡単な言葉と振る舞いくらいは教えてね」

 「お館様の御命令とあれば!」


 秀包の命令を恭しく受け止めた。

460平方キロメートルという数字は種子島の面積(444平方km)くらいです。


当時の米の収量は1反辺り144kgだったようです。

https://natural-farming.jp/report/160916.html

1石が2.5俵で、それは150kgなので、1反で一人分の米を収穫出来ると考えられます。

30万人となると30万反必要であり、1反は1000平方メートルなので、必要な面積は30万×1000で3億平方メートルとなります。

1000メートル×1000メートル=1平方キロメートルなので、3億平方キロを割る事の100万で300平方キロメートルとなります。

米だけ作れないので更に広い面積を要求しました。

隆景と官兵衛がいるので、城から眺めた目算だけでこれくらいの事は即座に分かりました。

薪も必要ですし、これでも足りないくらいだと思われます。


志々男君はシャレという事でご勘弁を。

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