奴隷の扱い
前話の奴隷の数ですが、二百から減らして百名にしました。
「無理して来なくていいのに……」
「行く!」
その心中を慮った秀包の言葉を弥助は否定した。
「奴隷の苦しみ、お館様に教える!」
顔には強い決意が漲っている。
仕方がないので好きにさせる事にした。
「景っち、お金はある?」
「ここに」
景俊が差し出した銀貨を桟橋にいた者に示し、小舟を借りる。
数人でオールで漕ぐ方式の舟だ。
会話ならば弥助が出来るので、交渉は任せた。
顔は他の奴隷と同じなのに、身につけている服装はジパングの物である弥助に戸惑っていた彼らも、出された銀貨に目の色を変えた。
額面の貨幣価値は理解出来なくとも、銀そのものの価値は分かる。
小舟を出すには十分過ぎるモノであった。
秀包らは彼らに操縦を任せ、奴隷船を目指した。
「あれが奴隷船?」
「他のガレオン船に比べて少し小さいでござるな」
奴隷船は他の船から離れた位置に泊めてあった。
ポツンとして比較は難しいが、全体的に小ぶりに見える。
それよりも気になるのは漂う空気だ。
「近寄れば近寄る程、硝石丘を彷彿とさせる臭いがするんだけど……」
先を思うとウンザリとなるのだった。
「あれ?」
奴隷船の乗組員が、船から何かを海に捨てているのが見えた。
二人が向き合い、ブランコよろしく勢いを付けて大きな物を船外へと放っている。
放られた何かは空中を舞い、ドボンと大きな音を立てて海中へと落ちていった。
「あ、あれは!」
それを見た弥助は呆然として立ち尽くす。
「どうしたの弥助さん?」
問いかける秀包の声も耳に入らないようだ。
「包りん、あれは人でござるぞ!」
「何だって?!」
鋭く叫んだ宗茂に耳を疑った。
「人を海に? どういう事?」
「死んだ奴隷! 途中で死んだから海に捨ててる!」
我に返った弥助が叫んだ。
「そ、そんな?!」
俄かには信じられない。
「埋葬する事もせんのでござるか?」
「酷い……」
秀包から悲鳴にも似た声がこぼれる。
「航海中に死んだら奴隷も船員も海に流すよ。だけどあれは違う!」
弥助が断言した。
長い航海の中では遺体を船に保管し続ける事は出来ない。
冷凍冷蔵設備のない当時、腐敗が進んでしまうからだ。
不慮の事故や病気で死んだ者は海に流して弔うのが普通であったが、あの奴隷船は港に到着している。
「航海は終わっているのに、どうして陸に埋葬してあげないの?」
「奴隷の為にわざわざそんな事をやる筈がないでしょ!」
秀包の問いに荒々しく答えた。
小舟は尚も進む。
「骸が浮かんでいるでござるよ!」
奴隷船までもう少しという所で、目の良い宗茂が海面に浮かんでいる数体の奴隷の遺体を見つけた。
呼吸が止まっているので水が肺に入り込む事もなく、プカプカと浮かんで波間を漂っている。
海面は穏やかで潮の流れも緩やかであり、あっちにユラユラこっちにユラユラと、まるで波に揺られるクラゲを思わせた。
「船は諦めて遺体を回収し、陸に埋めてあげよう」
「賛成でござる」
「お館様!」
奴隷の悲惨さは異世界モノでこそ定番である。
船着き場で見た行列もそうであったが、まるでゴミのように海に放り捨てられる奴隷の様子に、怖いもの見たさであった気分は吹き飛んでいた。
舟の近くを漂う一人の遺体を海から引き揚げようとした所で、何事かと見守る形であったオールの漕ぎ手達から抗議が上がった。
そんな事は止めろと訴えているのだろう。
それに反対する弥助と口論となった。
奴隷船の船員達も何事かと思ってこちらを見ている。
不穏な空気の中、宗茂は一人だけ別の所を凝視していた。
「むむ?」
「どうしたの?」
何かが起こっても宗茂がいれば心強いのに、心ここにあらずな様子で不安を覚える。
しかし、宗茂の視線は尚も海面に注がれている。
何かに気づいたのか、アッと声を上げた。
「動いたでござる!」
「魚じゃないの?」
海なのでそう考えるのが妥当だろう。
「違う! 生きている者がいるようでござる!」
「何だって?!」
驚く事を言い出した。
「ちょ、ちょっと宗りん?!」
そして着ている服を脱ぎ出し、褌一丁になったかと思うと海に飛び込んだ。
何事かと振り向いた者達も注視する中、スイスイと泳いでいく。
甲冑姿でも泳ぐのが彼らであるが、特に宗茂は恵まれた肉体を持っており、走るのも泳ぐのも早い。
海面に浮かぶ黒い物体に近づいたかと思うとガバッと掴んだ。
途端にバシャバシャと暴れ、水しぶきが上がる。
まるで活きの良い魚を捕まえたようだ。
「溺れてる?!」
秀包は狼狽し、宗茂を助けるように頼んだ。
見た目はそのようにも見えるので、イスパニア人達も慌てて救出に向かう。
「引き上げて下され!」
「わ、分かった!」
てっきり溺れているのかと思ったが、宗茂は冷静であった。
近づいて来た舟の縁に手を掛け、もう片方の手で捕まえていた黒い物体を秀包に差し出す。
「人なの?!」
引き上げて驚いた。
宗茂が捕まえていたのは人間だったからだ。
当の宗茂は何事もなかったかのように自力で舟に上がる。
全身から水を滴らせ、肩で息をついた。
呼吸が落ち着き、水を拭って衣服を着た所で尋ねる。
「どういう事?」
「こやつは水の中を泳いで逃げようとしたでござる」
「え?」
死んだようにぐったりとしているその男を見た。
随分と若いように見える。
とはいえ痩せこけ、アバラ骨が浮き上がっていた。
「でも、生きてるの?」
「水の中で暴れたので大人しくさせたでござる」
確かめると辛うじて息をしていた。
「生きているのに放り投げられたって事?」
奴隷はアフリカで買ってきた存在の筈だ。
死んだ者を埋葬もせずに海に捨てた理由は推察出来るが、死んでいないのにそれをした理由は分からない。
金をドブに捨てる行為に等しい。
「大方、死んだ振りでもしたのではござらんか?」
「成る程、奴隷の身から逃れる為って事だね」
「そういう事でござろう」
スキル”死んだ振り”を使ったのだろうと予想した。
「それはそれとして大丈夫なのかな?」
秀包はチラッと後ろを見る。
遺体の回収を拒否した彼らであるので、五月蠅くなるのではと危惧した。
「この者は生きているのでござるから、この舟に乗せても何も問題ないでござろう?」
「だったらいいけど……」
そうなればいいがと思った。
「お? 気が付いたようでござるぞ」
宗茂の言う通り、ぐったりとしていた若い男が力なく咳込み、舟に突っ伏していた体をノロノロと起こした。
疲れているのか緩慢な動作で回りを見回す。
自らの置かれた状況を理解したらしく、観念した様に目を閉じた。
「狭い舟の上で暴れられると厄介でござる。弥助殿、しっかりと抱えておいて下され」
「わ、分かりました!」
弥助は言われた通り、その若い男を抱きかかえた。
男は最早抵抗する気さえ起きないのか、為されるがままに静かにしている。
舟の者らも、生きている者を追い出そうとはしなかった。
しかし、秀包の心配は直ぐに現実の物となる。
問題は奴隷船の方からやって来た。
『そいつは俺達の奴隷だ! 返せ!』
死んだと思って放り捨てた筈の奴隷が生きていたと知り、取り返そうと思ったのだろう。
銃で武装して奴隷船に付属する小舟に乗り込み、舟を横付けさせて乗り移らんとばかりに圧力を掛けてきた。
宗茂らは無言で刀の鍔に手を掛ける。
大声を上げながらやって来た者の姿を目にし、弥助の腕の中の男は恐怖に目を見開いた。
そんな男の様子と弥助の訳した言葉に秀包は怒った。
「ふざけるな! 死んだと思って捨てたんじゃないか!」
彼らの勝手な言い分に憤る。
「一度捨てたのなら拾った僕達のモノの筈だ!」
そもそも人を奴隷にする事自体に嫌悪するが、時代が時代であるし、他国の事なのでそこは受け入れよう。
死んだ者を海に流すのも、仕方がないと言えば仕方がない。
しかし、生きていたから取り戻そうなどとは断固として許せなかった。
捨てなければ良いだけの話だからだ。
秀包の言葉を弥助が訳し、彼らも怯む。
しかし金を出して買った奴隷であり、みすみす見逃す事は出来ない。
『その奴隷が欲しいのなら買い取れ!』
それが譲歩出来る限度であった。
「ふざけるな!」
秀包は一喝する。
助け出す事に躊躇している訳ではないが、今回の場合は違うと思った。
『お前達は何者だ!』
今更そこに気づいたらしい。
ドミニコ会といった、奴隷制にも反対している宗教者であればその行動に理解も出来るが、目の前の者らは見た目も服装もおかしいし、何より言葉が通じないのだ。
彼らが不審に思っても無理はない。
『この旦那方は、あのジパングから突然やって来たのさ』
『はぁ?!』
揉め事になって欲しくない秀包らの乗る舟の者が、見知った奴隷船の乗組員に説明した。
『そんな馬鹿な事がある筈がない!』
言下に否定する。
町の近くに出現した、見慣れぬ巨大な建造物でも見なければ、到底信じられる話ではないだろう。
『だから見たら分かるって!』
『貴様らどっちの味方だ!』
「何を揉めてるのか知らないけど、そんな事はどうでもいいでしょ!」
三者それぞれが押し問答のようなやり取りを繰り返す。
埒が明かないと感し、秀包は動いた。
「景っち、ちょっとの間だけ人質になって!」
「ははっ!」
景俊は秀包の意図を察し、刀を外して丸腰になり、奴隷船の方の舟へと飛び移った。
両者が呆気に取られて見守る中、秀包が言う。
「その者を人質として残すから、今日の所は大人しく帰って!」
訳す弥助の言葉にハッと我に返る。
「僕達は交渉の為にこの町に来た! 続きはその場で聞く!」
そう言って舟の向きを変えさせた。
岸に向かって進むよう、お願いする。
応と言わんばかりにオールを漕ぎ始めた。
「言わなくても分かるだろうけど、人質に手を出したらタダじゃおかないよ!」
遠ざかる舟に向かい、秀包は叫んだ。
彼らの前に立ち塞がるように、景俊は背中を向けて立っている。
徐々に離れていく景俊に向かい、言った。
「明日には終わらせるから、それまでは辛抱してね!」
景俊は振り返らず、誰にも聞こえない小声で応えた。
「硝石丘の臭いなど、二度と御免と思っておりましたのに……」
その顔には苦笑が浮かんでいた。
奴隷船について参考とさせて頂きましたのは、上河みか様のエッセイ『近世モノを書く読む時に参考にできる文献を紹介する』の第4話『奴隷船の歴史 ~ この痛ましい地獄に救済を!』です。
この場を借りてお礼申し上げます。
勝手にやっている事で、ご本人の了解はとっていません。
また、参考とさせては頂きましたが、物語の上で都合がいいように設定を変えています。
文献を紹介されているのに原本に当たる事もしておりません。
間違った情報を書いている場合、全て私の責任です。




