町からやって来た者達と現地の村
「君が豊久君?」
「何だテメェは?」
目をキラキラとさせて話しかけてきた秀包(25)に、豊久(22)はぶっきらぼうに答えた。
見張っていた対象に動きがあり、町から百名近くが迫っている。
それだけの数の相手に気負う必要はないが、油断していれば思わぬ損害を受けるのが戦の常だ。
支度をせねばならない今、悠長に遊んでいる暇はない。
「邪魔をするな!」
邪険に振り払おうとしたが、即座に飛びのいて満面の笑みを浮かべている。
「その反応も豊久君らしい!」
そう言ってニッコリと笑う相手を薄気味悪く感じた。
「何なんだコイツは? 気持ち悪いヤツだ!」
構うのを止めて義弘の下へと急ぐ。
「出るぞ豊久! それとも休むか?」
「馬鹿言ってんじゃねぇぞ伯父貴!」
甲冑姿の義弘に促され、豊久は直ぐに甲冑を身につけた。
「では南蛮人達を丁重に出迎えてやろうぞ」
「応!」
掛け声も勇ましく、丸十字の部隊が城を出た。
城に近過ぎれば警戒し、向こうが引き返すかもしれない。
捕まえた捕虜を連れ、迎えるに相応しい場所へと進む。
そんな島津の後ろ姿を、憧れを込めて見る者が一人。
「豊久君ってイケメンだったんだねぇ……」
病の苦しみから逃れるかのように、夢中になって読んだ異世界モノの主人公が島津豊久であった。
創作物である事は理解しているが、自分の身に降りかかった過去転生を考えれば他人事とは思えない。
実際の人物を目の前にし、テンションはこの上もなく上がっていた。
豊久は整った顔をしている美青年であっただけに、尚更である。
そんな秀包の後ろ姿を、嫉妬を込めた目で見る者が一人。
「イケメンとはどういう意味かは分からぬが、許せぬという事だけは分かるでござる!」
そして理解不能という顔の者が残された。
「前の御館様はそうだったけど、男が男にって意味が分からないよ……」
事態はそのような呑気さを許してはいない。
急ぎ島津を追いかけ、イスパニア人の到着を待たねばならない。
その際に欠かせない役割を持った人物がいる。
「フロイスさんは通訳をお願い出来る?」
「戦いの場に立ち会いたくはありませんが……」
秀包の問いにフロイスは渋い顔で答えた。
彼を安心させる為に己の見解を述べる。
「戦力差がありすぎるから大丈夫だと思うけど?」
「言われてみれば確かにその通りですね。しかし正直、島津家の家紋と共に立つのは抵抗があるのですが……」
島津の家紋には十字架が含まれている。
聖職者として島津家の一員と思われる事を避けたかったが、両者に要らぬ摩擦を生んで不毛な争いに発展する事態も防ぎたい。
複雑な思いでフロイスは秀包と共に城を出る。
と同時に、残された方にも進めねばならない事は多い。
「官兵衛殿、川沿いの開墾をどう進めるのか計画の立案をお頼み申す」
「分かりました」
「水の無くなった田から苗を移植せねばならぬので、急いで欲しい」
「それは責任重大ですな」
隆景が黒田官兵衛(46)に頼んだ。
二人は旧知の間柄であり、互いに信頼関係がある。
城作りの名人と評されていた官兵衛は名護屋城の縄張も任され、治水にも精通しているので適任であろう。
「残りの者で井戸も掘らねばならぬな」
人手は十二分にある。
前年まで自分達で城を建設していた訳でもあるし、道具は整っていた。
指示があれば直ぐにでも作業に取り掛かれよう。
大事な米と飲み水の為であるから、真剣味が違うモノと思われる。
「さて、南蛮人はどう出るのやら」
隆景が人知れず呟いた。
島津兵1万を前にして襲ってくる事はないだろうが、どのような展開になってもいいように準備だけはしておかねばなるまい。
「大人しく話し合いに応じてくれれば良いがな」
義弘には穏便に済ますようにお願いしてある。
今後についての会談の場を設ける事を打診する手筈とした。
ベラクルスより来た者らの顔は一様に引きつっていた。
自分達の数を大きく上回る軍隊に相対し、その顔には冷や汗が浮かんでいる。
何かの切っ掛けで戦闘行為となれば、全滅するのは確実に思えて生きた心地がしなかった。
どうしてこんな事になったと後悔する事しきりである。
昨日、領地の巡回に出た者が正体不明の武装集団に襲われ、数名が切られて数名が捕らえられたとの報告が入った。
アステカ人の反乱分子だろうとしか思わず、大した事はないと高を括っていた。
反乱は過去にもあったが、いずれも小規模で苦もなく鎮圧してきたからだ。
今朝、百名程度で救助隊兼鎮圧部隊を組んで来たのだが、町を出て暫くして見えてきたのは巨大な要塞である。
見た事のない建築様式ではあったが、軍事的な色彩の強い建物だろうと推測した。
いつの間に建てたのだと誰も不思議に思った。
そして、その要塞から出てきたのだろうと思われる、不思議な色と形をした鎧兜に身を包んだ兵士達が、見事な規律の下に整然と控えていた。
概算でも1万に近いだろうと思われ、慌てふためいて対応を協議する。
直ぐに引き返し、行政官に報告した方が良いと言う者と、とりあえず接触してみてはどうかと言う者とで意見が分かれた。
接触すべきと主張した者の根拠は、町に侵攻するつもりならば立ち止まらずに行軍を続けるだろうというモノである。
確かにそうではあるし、正体不明の軍勢は十字架と思しき旗を立てている。
自分達が知らないカトリックの勢力なのかもしれないと考えた。
それを裏付けるかのような存在を見つける。
『あれはイエズス会の神父ではないのか?』
武装集団の先頭にいたのは、本国でも良く見かける、黒い服を纏った宣教師然とした者であった。
その者の近くには、昨日捕らえられた筈の仲間の姿がある。
引き渡すつもりなのだと思い、少しだけ心が軽くなった。
『本当に襲ってこないんだろうな?』
皆が隣と囁き合う。
万に近い数を目の前にすれば、何をされなくても恐怖を感じて当たり前であろう。
しかもよくよく見れば相手は鉄砲を数多く装備している。
これだけの鉄砲を揃えた軍隊など、ヨーロッパの中でも中々見ない気がする。
匹敵するのはスイスの傭兵団くらいではなかろうか。
甲冑は金属製ではないようで、色とりどりな見た目が不思議な気がするが、何よりも特筆すべきはそれを見に付けた者達であろう。
背は高くないががっしりとした体つきで、装備した鉄砲以外の武器と相まって得体の知れぬ迫力を出している。
その顔つきは精悍で、歴戦の勇者を思わせる佇まいであった。
もしも戦いとなれば、数が同じでも相当に苦しいモノとなる事が想像される相手に見える。
そんな印象を抱き始めた頃、相手の中にいた宣教師が進み出てきて大声を出した。
『私はイエズス会士のルイス・フロイスです。皆さんがジパングとして知る所の、東洋の国に派遣されていました。皆さんの前にいるこの方達は、そのジパングの者達です。昨日の朝までは確かにジパングにいたのですが、気づいた時にはここ、ヌエバ・エスパーニャにおりました。あの城も我々と共にジパングから一瞬にして移ってきた建物です。少なくとも20万以上の人間がここにおります』
フロイスの話にどよめきが起きる。
迷わず続けた。
『今回の事件は不可抗力で発生したモノであり、彼らに悪気はありません。朝まで彼らはジパングにおりましたから、ここも当然自分達の領地だと見做し、偶然通りかかった皆さんの御仲間を侵入者だとして捕縛したのです。双方の誤解が解けましたので、囚えていた方達は無条件で解放します。その過程で生じた死亡者に対しては、誠に申し訳ないと言うしかありません』
その言葉と共に、囚われていた者らが自由となった。
しっかりと歩いて仲間の元に戻る。
途端に質問が殺到した。
『あの宣教師の言った事は本当なのか?』
『信じられんだろうがそれ以外にはあり得ない』
『20万というのは確かなのか?』
『ここにいるのはほんの一部に過ぎない。城の周りには足の踏み場もない程の数がひしめいているぞ』
その答えに、おお神よとの声が上がる。
尚も疑う者には後ろを指し示す。
『あれを見れば疑いようがないだろう?』
そこにはその存在を誇示するが如く、日の光を浴びて輝く名護屋城があった。
ひとしきり仲間内で話した所を見計らい、フロイスが提案する。
『彼らはジパングに帰りたいと思っております。今後の事を話し合う為、会談の場を設けたいのですが、ひとまず城に来て彼らの現状を確かめてもらえませんか? その目で直接見て頂ければ相互理解が進むと思うのですが……』
数で圧倒する相手に下手に出られれば頷かざるを得ないだろう。
20万という数字が本当ならば、彼らがその気になるだけでベラクルスの町は容易く蹂躙される。
そう考え、数名を町の行政官に報告に向かわせ、彼らは名護屋城に向けて馬を進めた。
彼らを見る義弘の目は、その馬に向けられている。
「奴らの乗る馬の見事さよ」
「伯父貴の言う通りだ! 昨日の馬は偶々じゃなかった訳だ!」
自分達の馬と比べて体格が大きく、足も速そうだ。
昨日は選りすぐりかとも思ったが、百名の乗る馬全てがそうなので馬そのものが違うのだろう。
「是非とも手に入れたい所だな」
「あの馬があれば薩摩の力はより大きくなる!」
秘かに計画を巡らせるのだった。
「秀包様!」
城に帰ると秀包を待つ者がいた。
「君は直茂さんの所の?」
「はい! 住む者のいる村を発見したので、通訳を呼んで来るようにと直茂様に言われました!」
それは直茂の配下であり、顔見知りとなっていた若者である。
「痘瘡に罹っている者が多数いるので、牛痘も持って来るようにと言われました!」
「それは急がないと!」
城に招いたイスパニア人の通訳はヴァリニャーノ神父に任せ、秀包はフロイスを連れて直茂の下へ向かう。
「やっと来たか!」
「すみません!」
出迎えた直茂に案内され、村へと入る。
「酷い……」
村は壊滅に近い状態であった。
村人の多くが病に倒れ、痘瘡特有の症状を呈して苦しんでいる。
「病に罹っていない人間に至急牛痘を施すのだ!」
直茂が部下に命じた。
これ以上の蔓延を防ぐ為には必要な処置である。
「恐れる者には手本を見せて落ち着かせるのだぞ!」
その為の通訳である。
言葉はたどたどしかったが、どうにか通じる者がいたので助かった形だ。
突然現れた直茂達に村人達は恐怖していたが、それ以上に病に疲れ果て、抵抗する気力は残っていないようだ。
「しかしどうやら痘瘡だけではないようなのだ」
「え?」
直茂の言葉に秀包は耳を疑う。
直茂は別の場所へと案内した。
「痘瘡の者とは分けて寝かせているのだが、こちらの患者は便に血が混じっておる」
案内された先には惨状が広がっていた。
「多分、腸チフスとか赤痢とかヤバい系の病気だ!」
医者ではない秀包には断定出来ないが、伝染性の病気であろう事は推測出来る。
「これは患者の糞便で汚染された物を口にすると次々に感染する恐ろしい病だよ!」
「何?!」
秀包の説明に直茂は慌てた。
「飲み水は必ず煮沸して、物を食べる前には手を十分に洗って!」
それだけでも大違いである。
「痘瘡と同じく薬はないから体の抵抗力だけが頼りだよ! 消化の良い物を食べさせて体力の低下を防ぐしかない!」
「そうだと思って重湯を与えているぞ」
「流石です!」
それにプラスしてビタミン類を摂取したい所だ。
村の周りに生えている果物を使うしかない。
こうして病に苦しむ村での戦いが始まった。
※メキシコ全体図
※秀包が見た川の現在の様子
方言は無しな方向です。




