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評定

 「ここはヌエバ・エスパーニャ副王領、地図で言うとここです!」

 「何だと?!」


 秀包が示す地図の先に、大広間に集まった諸侯から悲鳴にも似た叫び声が漏れた。

 何かの間違いではないかという思いと、まさかそんな事がといった意味が籠っていた。

 しかし、先程までは確かに朝であったのに、今は星が輝く空となっている。

 天守閣から見えた景色も明らかに名護屋のそれではなく、それぞれがこれまで見てきた日本の風景とも違っていた。

  

 「信じられんが……」

 「天変地異が起きた事は事実であろうな」


 異論はあれどもその結論へと落ち着く。

 それは捕らえられたイスパニア人も同じであり、フロイスの説明に肝を潰して驚いていた。

 彼らの心情を思えばそれも仕方なかろう。

 前回通った時までは何もない荒野であった所に、見た事のない作りの巨大な建物が建っており、おかしな恰好をした男達が本国の王都以上にひしめき合っているのだ。

 驚愕しない方が不思議である。 


 そして建物の中は予想と違って豪華であり、緻密さと正確さから作った者達の文化と技術の程が知れた。

 聞けば東の果てに浮かぶ、マルコポーロが伝える所の黄金の国ジパングの者達だと言う。

 ジパングからは近年、本国に使節団が来ており、国王フェリペ2世に謁見している。

 珍しい国から来た客として、国民の間では今でも語り草となっているので覚えていた。


 その事をフロイスらに問えば、その使節団の発案者だと言うヴァリニャーノが得意になって説明する。

 それを聞き、あり得ないとしか思えなかった。

 しかし、この日の朝までは確かにジパングにいたそうで、宣教師らが付けていた日記などから嘘を言っている訳ではない事が分かる。

 城と人が海を越えて移動するなど俄かには信じられなかったが、目の前の事実を否定する事も出来そうにない。

 ここまでの大きさの建物を建設するに際し、船で資材を運ぶなど不可能な事は知っている。

 ましてや自分達に気づかれず作る事など出来る訳がない。

 神の奇跡と言われた方が寧ろ納得出来た。

  

 そんな風に互いが状況を把握したのを見計らい、秀家が声を上げた。


 「各々方も火急の事態だという事を理解されたと思う。これからどうすべきかを決める評定を開きたいと思うのだが、如何だろうか?」


 その提案に反対する者はいない。


 「異議がないのでこのまま評定に入りたいと思う」

 

 皆が頷いた。

 と、おどけたように秀家が言う。


 「とは言え若輩の身には重すぎるので、この場は小早川隆景殿に任せたいのだが……」


 秀家の告白に諸侯の間から苦笑が漏れた。

 今回の唐入りに集まった中で、中国地方を治める毛利家は最大勢力である。 

 隆景はその毛利家の実質的な支配者であり、実力も人格も他を圧倒していた。

 秀吉からの信頼も篤く、この場を仕切るのに最も相応しい人物だと誰もが思った。

 故に秀家の提案に異議を唱える者は出ない。

 評定の進行役を譲り受け、隆景が皆の前に進み出る。 


 「不肖ながらこの場を取り仕切らせて頂く」


 まずはその頭を下げた。


 「それでは早速始めたいと思う。早急に決めねばならないのは、我らはこれからどうするのかだ。信じ難い事だが、ここは名護屋でも九州のどこかでもなく、海を越えた遠い異国の地。戻るにしても皆目見当が付かぬ」 


 隆景が口火を切り、各々の考えが交わされた。  


 「船は無事なのだから、船で帰れば良いのではないか?」

 「地図を見れば反対側だ。船を陸に上げて運ぶのか?」

 

 彼らがいるのはメキシコ湾側で、日本に戻るには太平洋側に船を運ばねばならない。 


 「船があっても目標がなければ航海が出来ぬ!」


 船大将の九鬼嘉隆くきよしたかが口を挟んだ。

 当時の日本の航海術は低く、大海を進む方法はない。


 「それだけど、日の本に帰る方法は色々とあるみたいですよ」

 「何ぃ?!」


 秀包の言葉に座がざわついた。

 フロイスを通じて捕虜から聞いた話を地図を使って説明していく。


 「天守閣から見えていたのはベラクルスという町で、このベラクルスから欧州に渡り、東洋に渡る商人の船に乗って帰る道があるんです」

 「遣欧使節が帰ってきた道だな」


 晴信の発言に頷いて応える。


 「便は多いようだけど、帰るまでには1年以上かかるみたい」

 「長いな……」


 帆船は風任せであり、良い風がなければ港で待つ事もある。

 

 「次に、ベラクルスから山を挟んだ反対側にアカプルコという町があって、そこからマニラに向かってガレオン船が出ているみたいです」

 「マニラだと?!」


 薩摩の先に琉球があり、その先に台湾、マニラと島が続く事は把握している。

 日本の商人達が渡っている事も知っていた。


 「マニラであれば日の本はすぐだ!」


 どよめきが起きた。


 「して、航海の期間は?」

 「4ヵ月だとか」

 「1年と比べれば短い方だ!」


 4ヵ月でも十分長いが、それでもマシに思える。


 「船には何人乗れるのだ?」

 「千人くらい」

 「千人?!」


 搭乗出来る数の多さに驚いた。

 自分達の船に比べ、桁違いに大きい。

 一度に千人運べるのはでかい。 


 「それで年に何往復出来る?」

 「多くて4回だって」

 「全く足りぬ!」

 

 朗報ではあったが焼け石に水であった。 


 「我らは20万。千人を年に4回として、全て運ぶには50年かかる」

 「50年?!」

 「半分は欧州から帰るとして25年」

 「それでも待つ間に老いてしまうではないか!」


 三成の計算に悲鳴が上がる。

 険しい顔で言葉を重ねた。

 

 「それにマニラは不味いやもしれぬ」

 「どうして?」

 

 秀包の問いに厳しい顔のまま答える。


 「秀吉様がマニラのフィリピン総督に向かい、降伏せよと勧告しているのだ」

 「そんな事をいつの間に?!」


 思わぬ事実に愕然とした。

 唐入りと同時にそんな大風呂敷を広げていたとは思わない。


 「明を平定したら次はフィリピンだぞと、向こうの総督を脅したのだ」

 「うーん、志は大きいけど……」


 無謀に過ぎると思われる。


 「であるから我々がマニラに行けば、要らぬ摩擦を生むやもしれぬ」

 「秀吉さんも余計な事を……」


 本当に余計だと思った。 

 帰路の説明を続ける。


 「そして最後の方法だけど、陸路でアメリカ大陸を北上し、ベーリング海峡をどうにかして渡れば帰れる筈です」


 地図でそのルートをなぞった。

 メキシコからカリフォルニアを抜けて太平洋沿いに北に進み、アラスカから船でシベリアに向かう方法である。


 「これだと岸沿いを船で進めるし、大人数で帰るにはもってこいかも。ただ、アラスカやシベリアの冬は厳しいから、3つの中で一番危険な道だと思う」

 「厳しい冬もそのような大移動も、まるで想像がつかんな……」


 一同の誰もそのような旅をした者はいない。


 「とは言え、帰る方法はいくつかあるという事だな」


 隆景の台詞に皆は頷いた。


 「それも問題だが、一番の懸念材料は食い物だ!」


 清正が叫ぶ。

 尤もな指摘に隆景が三成に尋ねた。


 「城の備蓄はどのくらい持つ計算かな?」

 「米だと概算で2年」


 スラスラと答える。


 「2年、か……」


 異国の地で食べ物に困るのは忍びないと、秀包は隆景や秀吉らに働きかけて飴などの儲けを兵糧に換えていた。

 その甲斐あって貯えは多い。

 しかし隆景の顔は暗い。


 「陸路は想像もつかぬので置いておくとして、船で帰るとしたら25年かかるから、米は到底足りぬな」

 「船を倍に増やしても13年か……」


 隆景の言葉を受けて嘉隆が言った。

 外海を渡るには南蛮の船が必要だと嘉隆も知っている。

 その船は高価で、しかも航海には大きな危険が伴う。


 「帰るだけでも簡単ではなく、その間の兵糧も確保せねばならないな」


 隆景が考えを述べた。


 「当面は兵糧を当てにするとして、水はどうなっている?」


 直茂が疑問を投げかける。

 生活するにはまず水の確保が不可欠である。


 「城の井戸は?」


 隆景が担当の者を呼び出し、問うた。

 誰も彼もが井戸を好きに使える訳ではなく、守り役が管理している。

 

 「実は枯れています!」

 「何?!」

 「大問題ではないか!」


 守り役の答えに場は騒然とした。


 「至急井戸を掘らねばならんぞ!」

 「見れば川が近かった! いざとなったら川の水を使えば良い!」

 「川があれば地下水には困らぬ筈だ!」


 天守閣からは直ぐ近くに川が見えた。

 

 「住血吸虫は大丈夫かな?」

 

 川と聞き、秀包が呟く。

 もしも住血吸虫がいる川であれば、その利用には大変な注意が必要だ。

 

 「使う前に調べる必要があるでござるな」

 「だね」


 宗茂と顔を見合わせた。


 「そう言えば、村々の田はどうなっているのでござろう?」

 「畑もそうだね」


 陣屋の周りには田畑が広がっていた。

 早生わせの稲は田植えを済ませていたが、転移した後でどうなっているのかは分からない。

 村もそのまま移ってきているようだ。

 秀包が意見を述べる。 


 「ここにいるのは将兵だけじゃなく、城下や陣屋の周りに住んでいた村人達もいます。どれだけの人がいるのか調べ、併せて田畑の状況なども調べるべきです」

 「周りを調べるのは必要だな」


 城から眺めただけでは詳しい事は分からない。

 周囲を調査する探索隊と、転移した人の数などを調べる事が決まった。


 「明日くらいにその者らの助けがやって来ると思うが?」


 義弘は捕虜となっている南蛮人を指さした。


 「敵ではないと分かった今、殊更に争う必要はあるまい。寧ろこちらの状況を説明し、協力を仰ぐべきだと思うが……」

 「隆景殿の判断に任せよう」


 あっさりと引き下がる。


 「とは言え出迎えは必要であろうな。ベラクルスの人口は1万人との事なので、やって来る兵は2千もいまい。こちらの数を見れば下手な事はせぬだろうし」

 「ならばその任、我らが引き受けよう」

 「義弘公であれば安心だ」


 南蛮人とのいざこざの原因は義弘と言えるので、その責任を取る形であった。

 そんな義弘に陰口を叩く者達がいた。


 「島津に任せたら収まるモノも収まらぬのではないのか?」

 「口実をわざわざ作り出しそうだな」

 

 島津に反感を持っている諸侯の筆頭は、戸次川へつぎがわの戦で嫡男信親のぶちかを失った長宗我部元親もとちかであろうか。 


 「いっそ皆殺しにして町を奪ってしまえば良い!」

 「そうすれば南蛮の船も手に入るぞ!」


 そんな声もあった。

 そもそも彼らは明に攻め入ろうとしていた者達であり、強い者が土地も人も手に入れるのは当然だと考えられていた。

 皆の興奮は治まらず、長い夜を語り明かして朝を迎える。


※帰国の3ルート

挿絵(By みてみん)

文禄の役当時の武将の配置図は、宇野藍子様が運営されている”戦国未満”というサイトが詳しいです。

https://sengokumiman.com/sengokudaimyoutizubunroku.html

リンクはフリーという事でアドレスを貼らせて頂きます。


※参考資料

信長の野望、創造における武将データ

長宗我部元親:統率93武勇86知略89政治86

黒田官兵衛:統率89武勇70知略97政治81

島左近:統率88武勇92知略77政治45

毛利輝元:統率47武勇50知略35政治65

毛利秀元:統率63武勇59知略37政治51

立花道雪:統率95武勇87知略87政治64

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