飴ちゃん
「今日は飴を作るよ」
「雨でござるか?」
「どうやって雨なんか作るんだ?」
「その雨じゃないよ……」
九州に帰って硝石作りに手を付けた秀包は、同時に別の計画も始動させた。
甘味の少ない当時であれば必ず重宝されるであろう、水飴を使った飴の製造だ。
彼にとっての飴は、もう一人の母親との甘い記憶を呼び起こす、思い出深いモノである。
マクロビオティックでは砂糖を使わない事を勧めているので、彼の母が使っていた甘味成分は手作りの水飴が多く、飴も自作してくれていたのだ。
彼も水飴作りから手伝い、一つの事を母と共同で行った、数少ない楽しい時間であった。
「ではこれから飴を作っていくけど、まずその前に水飴を作るよ」
「おぉ!」
久留米の屋敷で行う。
「用意するのはもち米、乾燥麦芽、水だよ」
まずは材料から説明していく。
集まった者達になじみのない物があった。
「乾燥ばくがとは何でござる?」
「麦を水に浸して発芽させ、乾かせたモノだよ。麦が発芽すると糖化酵素が働いて、デンプンを糖に変えてくれるんだよ」
「ほ、ほほぉ?」
その様な事を言われてもチンプンカンプンである。
秀包は構わずに作業を続けた。
「まずはもち米を水で煮るよ」
洗ったもち米を鍋で煮ていく。
「お粥だからドロドロしてるよね?」
「そうでござるな」
「もち米だしな」
「美味しそう……」
煮立ち、暫く煮込むと鍋の中身はとろみがかっていた。
「指で潰せる程度まで煮たら火から下ろし、ある程度冷ますよ」
頃合いを見て鍋を下ろす。
「冷めたら乾燥させた麦芽を投入するよ」
粗熱が取れたので麦芽を入れ、混ぜた。
「麦芽を入れたらどうなった?」
「サラサラになったでござる!」
「嘘だろ?!」
「どうして?!」
一同、その変化に驚愕する。
「デンプンが糖化されたからだけど、まだまだ不十分だから、これを一日放置するよ」
一晩置いて糖化が進むを待つ。
「昨日のモノを布で濾すよ」
翌日、綺麗な布で鍋の中身を濾し、固形物を分離した。
「これをまた火にかけて水分を半分くらいは飛ばしていくよ」
別の鍋で煮ていく。
「アクが出るので丁寧に採り続けるのが大事だよ」
出続けるアクをその都度取り除いていく。
「相当粘ってるよね?」
「本当だぜ!」
「サラサラだったのに不思議ねぇ……」
煮えつまり、水飴らしい粘りが出ていた。
「これくらいでいいかな?」
秀包は鍋を火から下ろした。
「これで完成!」
「やったぜ!」
「これがもち米のデンプンを麦芽で糖化させて作った水飴です!」
「おぉぉぉ!」
麦の色素が残っているのか、色は茶色い。
「味見してみて」
秀包は人数分の箸を鍋に突き刺し、粘りつく水飴を絡め捕り、皆に配った。
皆興味津々な様子で口に頬張る。
「甘い!」
「美味いでござるな!」
「凄いです!」
「不思議デス!」
その甘さに頬を緩めた。
「水飴でも十分に甘いんだけど、粘っていると取り扱いが面倒だからもっと水分を飛ばして固めて飴にし、更に黒砂糖も加えて甘味を強くすると共に保存性も高めるよ」
水飴が出来たので、次はそもそもの目的であった飴を作る。
「黒砂糖、水飴、水を鍋で煮るよ。水の代わりに生姜の絞り汁なら喉の痛みに効くし、風味を加える為に果汁でもいいよ」
アレンジはいくらでも出来る。
「水分が飛ぶに従って粘り気は増していくよ」
ドンドンと粘ってきていた。
「ちょっとだけ掬って台の上に垂らし、冷えて固まるようなら加熱は十分だよ」
頃合いを図る。
「良かったら鍋を火から下ろし、粗熱を取るよ」
清潔な台の上に鍋の中身を広げ、冷ます。
「冷えすぎると固まっちゃうから、ギリギリ手で触れるくらいで次の作業に移るよ」
手早く次の作業に入った。
「このままでも飴なんだけど、飴の中に空気を入れると光沢が出て綺麗に見えるよ」
伸ばして捻り、折りたたむを繰り返す。
「おぉ? 輝いてきたでござる!」
「凄ぇ!」
「綺麗ね……」
その変化に驚いた。
「これを切り分けたら飴の完成!」
「おぉぉぉ!」
歓声を上げて完成を祝う。
「食べてみて」
「待ってました!」
「固いから噛まないで、口の中で舐めてね」
「分かったぜ!」
一斉に手を伸ばして一つを手に取り、まずはその外観を眺める。
絹のようにキラキラとしており、非常に美しい。
匂いを嗅いだり固さを確かめたりして飴という物質を十二分に楽しみ、ようやく口に運ぶ。
口に入れた途端に広がったのは想像以上の甘さであった。
「甘いですわ……」
「本当にねぇ……」
ウットリ顔のマセンシアと乃美から溜息混じりの声が漏れた。
そんな女性陣の様子に秀包も嬉しくなる。
「噛み砕いたら直ぐに次を食べられるぜ!」
「それはズルいでござるよ!」
「ウマウマ」
噛むなと言うのにバリバリと食べている3人を無視し、秀包は一つを手に取り、ポイっと口に放り込んだ。
「水飴の材料はデンプンで、主に麦芽で糖化して作るんだけど、デンプンって要は片栗粉で、蕨粉も葛粉もそうだよ。それらは値が張るから、代わりに里芋や山芋をすり潰して水に晒しても作れるよ。何なら蘇鉄からでもデンプンは採れるし、曼珠沙華の球根でもいいよ」
「蘇鉄から採れるのでござるか?!」
「蘇鉄も曼珠沙華も毒があるだろ?!」
試作品なので飴は直ぐになくなり、その説明に入る。
「毒の成分は水に溶けたり、発酵させたりで消えるよ。それが不十分だと毒気に当たるから、他の物があるなら使わない方がいいだろうけどね」
「そうでござるか。しかし、貧しい地域で食べる芋を使うのは躊躇われるので、普段食べない物が甘い飴に変わるのは朗報でござるな!」
「そうだぜ!」
未利用資源が有効活用出来れば大いに助かるだろう。
「この飴は子供が喜ぶでござる!」
「そんな事はありませんわ。私だって食べたいですもの」
宗茂の言葉にマセンシアが反論した。
秀包が飴を作った目的を述べる。
「甘い物は子供も大人も好きだし、食べると疲れが取れるんだよ。それに朝鮮半島は寒いから、体温を保つ助けにもなるしね」
「まさか戦の為とは思わなかったでござる!」
要は兵糧の一つである。
「勿論、飴を売ってお金を稼ぐよ? 久留米と柳川の新しい特産品さ!」
「それは良いでござるな!」
「だけどよ、高いんじゃないのか?」
タイミング良く誾千代が心配げな顔をした。
「今回は黒砂糖を使ったけど、水飴だけでも作れるんだよ。それなら安く作れるからいけると思うよ」
「それなら安心だぜ!」
貧しい者ばかりの当時である。
高価な物は普及する筈がない。
そして飴の宣伝を兼ね、とある習慣を根付かせようと思った。
「3歳と5歳と7歳になったら神社に詣で、子供の成長を祈って飴を食べれば良いと思うんだよ。七五三って言ってね」
「そいつはいいな!」
膨れた自分のお腹を見て誾千代が言う。
乳幼児死亡率の高い当時、子供の健やかなる成長は、親にとっては神に祈り感謝する大事な神事である。
そんな親の祈りも空しく天に召した過去の自分を思い出し、少しでも悲しむ者が減る事を秀包は祈った。
「道包が無事に3歳を迎えられたでござるな!」
「父として嬉しいぜ!」
「誾千代は母親じゃん……」
「俺は誾之介だ!」
誾千代が元気な赤子を出産し、3年が経つ。
3歳の無事を祝い、秀包の義父である隆景の治める地、大宰府天満宮を訪ねていた。
境内で売られていた千歳飴を買う。
秀包の飴作りは瞬く間に全国に広まり、七五三で千歳飴を食べる風習も定着しつつあった。
「父様、父上、母上、美味しうございますね!」
「何度も言うけど僕は母親じゃないんだよね。子供が混乱するから止めた方がいいのに……」
秀包の抗議は全く聞いてもらえない。
「紅白がまたお目出たいでござるな!」
「雪包も食べるか?」
「雪包君はまだ小さいから駄目だよ」
宗茂の次男雪包は生まれたばかりだ。
遺伝的には道包の父親が秀包で、雪包の方は宗茂である。
何の心境の変化か、手を繋ぐ事も嫌がってた二人の間に子供が出来ていた。
襲われたのはあの時の一度きりであるし、秀包が結婚してからは屋敷に押しかけて来るだけだったので、二人の子供でまず間違いないだろう。
道包の生まれた姿を見て道雪は果てた。
父を偲んで道と雪の字をもらっている。
「元鎮ちゃんももうすぐねぇ」
マセンシアが腕の我が子に語り掛けた。
長男元鎮はスヤスヤと眠っている。
「弥彦は来年ダヨ」
結局帰国する事なく久留米に居つき、嫁までもらっていた弥助。
子供も生まれ、元気に周りを走り回っている。
黒い肌は目立つが、秀包の屋敷でノビノビと育っていた。
「今年は名護屋城の建設も始まるからね……」
「いよいよでござるか……」
秀吉は唐入りを正式に命令し、唐津に城が建設される事となった。
一同は先行きに不安を感じながらも、今のこの平安の時を祝う。
そんな日本の光景とは対照的に、ヨーロッパは戦乱に包まれていた。
秀包らが飴を作っていた頃にイスパニアとイギリスの間で艦隊による一大決戦があり、外洋航行能力に優れたイギリス海軍が勝利を収めている。
しかしイスパニアの力は依然として大きく、情勢は混沌としていた。




