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鍋島直茂

 「余所者に助けなど求めおって! 我らの恥だ!」


 顔を出した龍造寺家で、後ろに控えていた中から鍋島直茂なおしげ(49)がその不満をはばかりもせずに言った。

 龍造寺家に仕える者の中でも直茂は最有力者で、秀吉にも高く評価された人物である。

 尤も、天下を狙える知恵も勇気もあるが、覇気が足りないと評された様だ。 


 今回の秀包への救援要請は、彼の治世の噂を聞きつけた村役が独断で決め、行動した結果らしい。

 使者が村を発ってから城へ報告が行き、直茂らも事の成り行きを把握、追っ手を差し向けて阻もうにも遅きに失した。


 自分達が治める領地の者が、わざわざ他国の領主に助けを求めるなど屈辱以外の何物でもない。

 自分達には状況をコントロールする能力がないと、他ならぬ領民に思われているという事だからだ。

 ノコノコとやって来た者達にも腹が立つ。


 「いくら民に請われたとて、他国内の問題に軽々しく首を突っ込むなど思い違いも甚だしい! 何様のつもりだ!」


 直茂は吼えた。

 もしもそれがまかり通るのならば、従来の秩序は崩壊する。

 領主の権限も責任もなくなり、領民を守る正当性も失なわれよう。

 

 「あの奇病の原因を突き止め、対策までも施すその手腕は認めるが、守るべき仕来りというものがあろう!」


 直茂は前当主隆信たかのぶに遠ざけられ、柳川を支配していた事がある。

 隣国の久留米の事情にも通じ、宝満川の宿業の事も知っていた。

 腹を膨らませ、苦しんで死んでいく者達を不憫に思いながらも、なす術がなくて眺める事しか出来ず、随分と歯痒い思いをしたモノだ。 

 その病の原因が川に棲む虫と聞き及び、飛び上がる程に驚いた。

 流石は中国八ヶ国を支配した毛利元就の子息にして、小早川隆景が養子にする男だわいと感心しきりであった。

 しかし今回の事は、それらを差し引いても目に余る。


 「宝満川の奇病を解き明かした事に増長し、痘瘡までもどうにか出来ると思ったか!」


 痘瘡、つまり天然痘は、古来より多くの人々を苦しめてきた流行り病である。

 時の権力者は大仏を建立するなどし、病の鎮静化を天に祈ったが、その多くが無駄に終わってきた過去を持つ。

 古今東西の賢者、祈祷師、名医達が挑みながらも何一つ有効な手を打てなかったこの病を、若造ごときがどうにか出来る筈がない。

 何を勘違いしているのかと反発があった。

 直茂の言葉に、龍造寺家の家臣の多くが賛同する。

 そんな不穏な空気に怯みもせず、秀包は言い放つ。


 「痘瘡が肥前だけの問題だと思っているの?」

 「何?」


 よもや反論されるとは思っていなかった直茂は面食らった。

 それは龍造寺の家臣達も同様で、一様にどよめきが起きた。 

 秀包が続ける。


 「痘瘡は容易く伝染するから、隣の筑後にも危機が迫っているのと同じなんだよ」

 「全くだぜ!」

 「その通りでござる!」

 「何ぃ?!」


 賛意を示す立花夫妻に苛立った。

 雷神道雪には龍造寺家は元より、直茂も何度も煮え湯を飲まされている。


 「貴様は毛利の子ではないのか! 毛利家にとって道雪は憎き敵の筈! その道雪の養子と仲良くしておるなど、元就公が聞いたら何とする!」

 

 そんな直茂の言葉に秀包は笑う。  


 「何が可笑しい!」

 「能や芸や慰め、何もかも要らず。ただ武略、計略、調略が肝要に候。はかりごと多きは勝ち、少なきは負け候と申す」

 「何だぁ?」


 秀包の言う意味が分からず問い返した。


 「父元就が残した訓戒だよ。謀が大事なんだって」

 「それがどうした? 当たり前だろうが!」

 「分かっているんなら、僕が誰と仲良くしていても問題ないでしょ? 毛利家の者は謀を心得としているから、立花家と仲良くしているのも謀かもしれないよね?」

 「何ぃ?!」


 その言葉に唖然とする。

 当の宗茂を前に、その様な事を言うのが信じられなかった。

 案の定、


 「それは本当でござるのかかねりん?」

 「本当は俺達の事が嫌いなのか?」


 二人が悲しそうな顔で秀包に尋ねた。

 内容以前に気にかかる事がある。


 「包りんって何なのさ?」

 「拙者が宗りんなら、拙者の義兄弟を包りんと呼ぶのは当たり前でござろう? 秀りんは日照りを招きそうで良くないでござる」

 「……まあ、いいけど……」


 宗りんなどと呼ばなければ良かったと思った。


 「そんな事はどうでもいい! お前は俺達の事が嫌いなのか?」


 誾千代が真剣な目で問いかけた。

 余りに真っ直ぐで、彼女の心性が容易に察せられる。

 平和な時代であればそれでも良いのだろうが、今は違うと秀包は思った。


 「好きとか嫌いとか、人の上に立つ者が気軽に口にしていい台詞じゃないんじゃない? 不倶戴天の憎き仇であっても、手を結ばねばならない時があるでしょ?」 


 昨日の敵が今日の同盟者で、明日には敵同士に戻るのがこの時代だ。

 秀吉によって秩序がもたらされつつあるが、それも明日にはどうなっているのか分からない。

 そんな秀包の言葉を納得出来ないのか、誾千代が言った。


 「誤魔化すな! 俺が聞いているのはお前がどう思っているかだ!」


 その視線はしっかりと秀包を捕らえて離さない。


 「ここで言わないといけないの?」

 「当たり前だ!」


 言い逃れは許さないらしい。

 はぁっと溜息を漏らし、秀包が口を開く。


 「その自分の気持ちに素直な所は嫌いじゃないよ」

 「そうか?」


 誾千代の顔がパッと明るくなる。


 「でも」

 「でも?」

 「こっちの都合を考えない所は迷惑だけどね」

 「そうならそうと、はっきりと言え! そうでなければ俺は俺のやりたい様にやる!」


 ならばと言った。


 「じゃあ、久留米に来るのは止めてくれる?」


 正直面倒臭いと思う。

 淡い期待を込めたが無駄な努力で、誾千代は胸を張って言った。

 

 「馬鹿を言うな! 柳川の民を守る為に行くのだ!」

 「ですよねぇ……」


 高らかな宣言に秀包は天を仰いだ。


 「がっはっは!」


 事の成り行きを見守っていた直茂が、何を思ったか突然笑い出した。

 秀包らは驚いて彼を見つめる。

 ひとしきり笑い、直茂は訳を話した。


 「すまんすまん。お前達のやり取りが面白かったのでな」


 道雪の一人娘は男として育てられたと聞く。

 噂に違わぬ豪傑ぶりだと可笑しくなった。


 「先程の儂の発言は取り消そう。確かに痘瘡が筑後までも広がったら申し訳が立たぬな」


 佐賀と久留米は距離で言えば隣の村である。

 同じ平野の中にあり、人の行き来を完全に遮断出来る筈もない。 


 「しかし、どうすると言うのだ? 痘瘡に罹った者は山にでも運んで接触を断ち、他へ広がらない様にするしかないぞ? それとても完全ではなく、気づいた時には村全体に広がっている事もあるのでな」


 有効な薬がない当時、感染症が発生したら患者を隔離するくらいしか出来なかった。

 それなのに、一体何をしに来たのだと。 

 そう問いかける様に見つめる直茂に、秀包が答えた。


 「痘瘡は防げるよ」

 「何?!」


 思ってもみなかった回答である。


 「どうやって痘瘡を防ぐというのだ?」

 「牛痘が見つかれば、その膿を接種する事で防げるよ」

 「ぎゅうとう? それは何だ?」

 

 聞いた事もない。 


 「牛も痘瘡に似た病気に罹るんだけど、それが牛痘だよ。人が牛痘に罹ると軽症で治り、以後10年くらいは痘瘡に罹らなくなるんだよ」

 「それは真か!?」


 人類が初めて感染症を克服したのが痘瘡、即ち天然痘である。


 「今、家臣に命じて牛痘を探して九州を回ってもらっているよ。合わせて御父上にも輝元様にも、ついでに秀吉さんにも頼んでいるから見つかるといいんだけど、もしかしたら見つからないかもしれない」

 「見つからなかったらどうするのだ?」

 「その場合は仕方ないから人痘を使うよ」

 「じんとう? それも初めて聞くな?」


 次から次へと知らない単語の出現に頭が混乱する。


 「牛痘が牛の痘瘡なら人痘は人の痘瘡だよ。痘瘡に罹った人に出来た瘡蓋かさぶたを、まだ痘瘡に罹った事のない人に接種して無理やり罹患させるんだよ。一度痘瘡に罹ったら以後は罹らないから、人の手でそれをやるって訳」

 「痘瘡に罹らせる?! そんな事をして大丈夫なのか?!」


 その様な荒っぽい事をするのかと驚いた。


 「痘瘡に罹っても必ず人が死ぬ訳じゃないよね?」

 「確かに儂もなったが、こうして生きておるな」


 直茂は若い頃に痘瘡に罹った。

 だが、こうして生きている。

 その時にも多くの者が痘瘡に苦しんだが、全部が全部死んだ訳ではない。


 「子供やお年寄りはどうしても抵抗力が弱いから、危険性の高い人痘は避けて安全な牛痘の発見を待つべきなんだろうけど、健康な大人には人痘を使ってでも痘瘡の広がりを止めるべきだと思う」

 「危険性が高いとはどういう事だ?」

 「牛痘で人が死ぬ事はないみたいだけど、人痘は痘瘡その物だから死ぬ可能性があるんだよ」

 「何? どうしてそんな物を使ねばならん?! 安全だという牛痘とやらを待てばいいではないか!」


 直茂が抗議した。

 秀包が逆に問いかける。


 「もしも牛痘が見つからなかったらどうするの?」

 「うっ!」

 「仮に見つかっても、それが数年後だったら? このまま何もしないと徒に痘瘡が広がり、より多くの人が死ぬ可能性があるよね?」

 「そ、それはそうかもしれぬ……」


 牛痘があるかどうかは分かっていない。


 「百人に人痘を施せば、そのうちの10人が死ぬ危険性があるよ。でも、何もしないままだと40人も50人も死ぬかもしれないよね?」

 「確かに痘瘡は恐ろしい病だからな……」


 人痘の副作用で死に至る率は統計では2%、一方の天然痘の致死率は40%とも言われている。

 多く見積もったのはこの時代の栄養状態を考慮したからだ。


 「10人の死を恐れて結果として50人の犠牲者を出すよりは、犠牲が出る事を覚悟して人痘を使うべきなんじゃないの?」

 

 その言葉に直茂は眉を動かした。


 「奇病での振る舞いから憐憫の情に篤いだけの男かと思っていたが、その様な冷徹な判断も出来るのだな」

 「俺の惚れた奴だぜ! 当たり前だろ!」

 「拙者の義兄弟でござるからな!」 


 宗茂と誾千代が自慢気に話す。

 二人を無視して秀包は言った。


 「出来れば全員を助けたいよ。でも、そんな事は不可能だから、一人でも多くの人が助かる方法を選ばないとね」

 「成る程、矛盾はしないという訳か」

 「そういう事。それに、決断を下さないといけないのが為政者たる者の務めでしょ?」

 「むむ? 若造の癖に為政者の心得を説く気か?」

 「そんなつもりはないよ! 僕はただ、病に苦しむ人を出したくないだけだよ!」

 

 ギロリと睨む直茂に、秀包は慌てて否定した。

 

 「とはいえ、お主の言う事も尤もだ。安全であろうが不確実な物に頼る事は出来ぬ。危険だろうが病を抑える手段があるのなら、決断して対策に乗り出すべきだな」


 直茂の言葉に龍造寺家の方針が決定した。


 「それで、具体的にどうするのだ? この儂に為政者の道を説いたくらいなのだから、当然そこまで考えておるのだろうな?」

 

 秀包が説明する。


 「まずは痘瘡が出た村と付近の村の人の出入りを禁止し、かつて痘瘡に罹った者だけの出入りを許して、患者を看病してもらう事かな。そうすれば痘瘡の広がりをある程度は防ぐ事が出来ると思う」


 感染症の封じ込めには患者の隔離が欠かせない。


 「出入り出来るのは儂の様な者という訳か。しかし、既に村からの使者がお主の所に行ったのではないか?」

 「あ……」

 

 封じ込めには早くも穴が出来ていた様だ。


 「使いの人に痘瘡の症状が出ていないか確認しないと!」


 席を立ち、慌てて走る。 


 「痘瘡に罹った事のある人で良かったよ……」


 使者は偶然にも既患者であった。


 「為政者たる者、誰とでも軽々しく面会すべきではないという事だな」


 直茂がクククと笑いながら言う。

 先程の意趣返しだ。

 

 「ご尤もです……」


 恥ずかしさで小さくなりながら秀包は言った。

 やり方によってはバイオテロを起こせると思い、秘かに戦慄する。




 一方の景俊は領内を馬で駆けまわっていた。

 牛を飼っている農家を一軒一軒虱潰しらみつぶしに回っていく。

 一人では埒が明かないので数十人体制だ。


 「肌が綺麗だから違う!」


 牛の毛並みを隅々まで確かめ、水疱などが出来ていないか確認する。

 しかしこれでは時間ばかりが掛かってしまうし、ある事に気づいた。


 「他の牛と接触しない牛が牛痘に罹る筈もない! 数がいる場所に行かねばならぬな!」


 当時は各農家がそれぞれの家で少数だけ飼う方式である。

 繁殖時などでしか他の牛と接触する機会はなく、仮に牛痘があっても他の個体に感染させる前に完治してしまう可能性が高い。


 「やはり阿蘇か!」


 牛馬の放牧が為されていた阿蘇。

 景俊は南に馬の首を向け、走らせた。

次話で牛痘を見つけます。

そんなに簡単に見つかっていいのかとは思いますし、この時代で牛痘による天然痘の予防体制が構築されると、世界の歴史が大きく変わってしまう筈ですが、作者の能力的にそこまで考えられないので、この物語では影響が殆ど無いモノとして扱います。

ご了承下さい。

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