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秀包の結婚と新たな病

 「不束者ふつつかものですが、宜しくお願い致します」

 「こちらこそ、宜しくね」


 桂姫(17)と秀包(20)が揃って頭を下げた。

 豊後大友家の屋敷での事だ。

 硫黄を大量に手に入れるのに、別府の地獄谷は都合が良い。

 大友宗麟の娘桂姫(洗礼名マセンシア)との婚姻を縁とし、硫黄の入手に筋道をつけた形だ。

 宗麟自身は既に病気で亡くなっており、後を継いでいた当主義統よしむね(29)に向き合う。


 「しかし、硫黄を川に流そうなどと、随分と思い切った事を考える物だ」


 義統が思った事を述べた。

 川の生き物を殺そうなどとは聞いた事がない。

 貝を殺す程の硫黄を撒けば魚も死に、そうなれば漁で生計を立てている者は生活が成り立たなくなるだろう。

 農業への影響も計り知れない。

 下手をすれば一揆に繋がりかねない危険な行為である。

 それを領主自らが立案し、実行しようなどとは信じられない。

 せめて家臣にさせておけば、失敗した時にはその者を処罰するだけで済むのにと思う。


 「上に立つ人間が、その問題を解決するんだという断固とした意志を見せるからこそ、従う人も真面目に考えてくれるんだと思います」


 それは患者仲間に教えてもらった組織論の一つであった。

 上に立つ者に問題を解決する意志がないのに、下が率先してやろうとはしない。

 その問題が全体に共有された事柄ならばまだしも、多くにとって関係がなければ真剣にはなりにくい。

 義統もそう感じたのか、疑問を投げかける。


 「その病気は領地の一部だけなのだろう? 聞けば確かに恐ろしい病だが、苦しむ者は領民全体から見れば僅かだ。しかし、川を汚せばそれより多くの者が困る筈。年貢も少なくなる訳だし、僅かな人数を犠牲にして多くを助ける方が良いのではないか?」

 「それも一つの考え方ですが、僕はそうしない。それだけです」

 「成る程」


 そう言われてしまえばそれ以上に言う事も出来ない。

 しかしそれは、領民にとっては救いであろう。


 「道雪が雷切を託す訳だ」


 義に生き、民への愛情も深かったかつての大友家の重臣を思い、義統は言った。

 お尻の代償とは露程にも思うまい。

 フムフムと頷いている義統に、座り心地の悪さを感じる秀包であった。

 こうして夫妻は揃って別府に視察に行き、大量の硫黄と共に久留米に帰る事となる。

 後世では、これを以て日本初の新婚旅行と見做しているという。




 「待ちかねたぞ!」

 「誾千代さん?!」

 「いよいよ新生活が始まるのでござるなぁ!」

 「宗茂君まで?!」


 久留米の屋敷で出迎えたのは、柳川を治める筈の誾千代、宗茂の両名であった。


 「一体どういう事!?」


 訳が分からずに質す。

 二人が得意げな顔で説明した。


 「親父が言ったんだ! 宝満川の宿業を滅する為には、久留米と柳川で連絡を密にする必要があるってな!」

 「その為に我らの新居を久留米との境に作ったでござる!」

 「元から近いじゃん!」


 秀包が堪らず叫んだ。

 久留米と柳川は、直線距離で15kmくらいしか離れていない。  


 「一番久留米に近い町を選んだから、馬ですぐの距離なんだぜ!」

 「毎日ここに通えるでござる!」

 「無駄な経費を掛けて……」


 二人は嬉しそうに言った。


 「あの、僕って結婚したばかりなんですけど?」


 満面の笑みを浮かべる二人に心苦しいが、嫁を紹介する。


 「初めまして。大友宗麟の娘マセンシアです」

 「ませんしあ?」

 「珍しい名でござるなぁ」


 自己紹介に戸惑う。


 「桂ちゃんはキリシタンなんだよ。洗礼名ってヤツ」

 「そういう事か!」

 「伴天連は追放されたのではござらんか?」

 「表向きはね。でも、秀吉さんも南蛮との貿易は続けたいし、布教活動の自粛を求めているだけだよ。それにキリシタンの教えを信じる事自体は否定していないよ」

 「へぇ……」

 「そういう事でござるか」

 

 伴天連追放令は出たが、宣教師達を日本から追放した訳ではない。


 「そんな訳で、邪魔をしないで頂けるとありがたいのですが……」


 秀包が言いにくそうに口にした。

 二人が悪い人間ではない事は分かっているが、二度とあの様な目に遭うのはゴメンである。

 何だか知らないが仲が良くなったのだから、二人で暮らしていれば良いのにと思う。

 しかし、通じる筈がなかった。


 「心配すんな! 惚れた相手の顔を近くで見たいだけだ!」

 「そうでござる! これ以上の迷惑はかけぬでござる!」

 「まあ! 皆様はその様なご関係でしたのね!」


 マセンシアがニッコリとして言った。

 臼杵から久留米までの間、秀包とは良く話し、その優しい人柄には気づいている。

 領民の為に自らの身を危険に晒した事は御付の者に聞き、それは自分が信仰を寄せていたキリストの教えに叶っていると驚いたくらいだ。

 輿入れした相手がその様な者と知り、非常に嬉しく思ったマセンシアであった。

 秀包も二人との間の事をマセンシアに言う筈もなく、慕われているのは夫の人徳の賜物くらいにしか思わない。

 しかし秀包にはそうではなかった。  


 「もうやだ、この時代の感覚にはついていけない……」


 付き合い切れないと思った。


 そんな押しかけ夫婦との騒がしい新婚生活と並行し、住血吸虫対策としてのミヤイリガイ撲滅作戦の研究を始める。

 川を堰き止めねば撒いた硫黄も流され、効果を十分に発揮しない。

 まずは閉鎖した水田で実証をし、どう川に活かしていくのかを探るのだ。

 同時に人力でミヤイリガイの捕殺も試み、物理的に数を減らす作戦も取られている。

 併せてその生態も調査する。

 生態が分かってくれば効果的な方法も見つかろう。

 それは同時に生物学の始まりでもあった。

 ミヤイリガイの研究は、農産物に被害を及ぼす昆虫などにも応用されていく事となる。


 そして同時に醤油工場の建設もある。

 建設地の選定と労働力の差配、立ち退く住民の新居の用意をしなければならない。 

 そんな風に忙しくしている所に、お隣の龍造寺家が治める村から遣いが寄越された。


 「肥前の我が村で痘瘡とうそうが流行っております! 病にお詳しいと御高名の秀包様のお力を是非ともお貸し下さいませ!」


 住血吸虫の話は肥前にも伝わってきていた。

 藁にも縋る想いで久留米にやって来た遣いの者は、必死な形相で頭を畳に擦りつける。

 痘瘡とは致死率が20%とも50%とも言われる、非常に強い感染力を持った病気である。

 下手をすれば村が滅びる危険性を持った病気であった。 


 「痘瘡、つまり天然痘、だね……」

 「何かお知恵がございますか?」 


 天然痘は人類が初めて封じ込めに成功した伝染病として有名である。


 「ゴメン。住血吸虫と同じで、一度罹ったら僕にも治せないよ……」

 「そ、そんな!」


 秀包の答えに使者は意気消沈した。

 

 「患者は滋養のある物を食べて、体に力をつけるしかないよ。薬がないから、一度病気に罹ったら体力だけが頼りなんだよ……」

 「そ、そうなのですか……」


 ありきたりな助言は他でいくらでも聞いている。

 しかし今度は違った。


 「でも」

 「でも?」


 次を期待して待つ。


 「痘瘡、つまり天然痘を二度と出さない為の方法はあるよ?」

 「本当ですか?!」

 

 思いもかけない言葉に耳を疑った。


 「でも、これは見つかるかどうかに掛かっているから、確実に大丈夫とは言えないんだ」

 「それで十分でございます! 是非お教え下さいませ!」


 頭を下げた使者にそう言われ、秀包は考え込んだ。


 「駄目なのでしょうか?」


 返事のない事を訝しんだ使者は顔を上げて秀包を見る。

 尚も考え込んでいた。


 「そんなに難しいのでしょうか?」


 教える内容が難しいのかとも、自分達に教えるつもりがないから難しいのかとも取れる意味を込めた。

 タダで救ってもらおうとしている自分達が厚かましいのは百も承知だ。


 「難しい訳じゃなくて、教えても出来ないから仕方ないんだよ」

 「出来ない?」

 「最初に言ったけど、必要なモノがないと出来ないんだ」

 「それは一体?」


 使者は問うた。

 しかし秀包はそれには答えず、景俊に命じた。


 「景っち、痘瘡に似た病気に罹った牛か馬を探して!」


 天然痘の予防ワクチンである種痘は、天然痘に似た病気である牛痘に罹った牛の皮膚から出てくる膿だ。

 牛痘には人間も感染するのだが、非常に軽い症状だけで完治する。

 そうなると体内に抗体が作られ、以後は天然痘にも感染しなくなるのだ。

 しかし、当時の日本の牛は農耕用に使うだけであり、数自体が少ない。

 その中に牛痘に罹った牛がいるのかは見当もつかなかった。

 

 「久留米にいればいいけど、いないなら柳川でも探して! この際だから御父上(養父隆景)にも輝元様にも聞いて! もしかしたら阿蘇にいるかもしれないよ!」


 筑後のお隣の肥後、阿蘇の草千里であれば牛の数は多いであろう。


 「その牛か馬を飼っている家族に、痘瘡が出ていないのが最低限必要な条件だよ!」


 それは気を付けねばならない。 


 「十分な謝礼を払って買い取り、生きたまま連れてきて! 船を使うなりして急いで帰ってね! 速度が命だよ!」


 種痘法を普及させようと思えば牛痘を牛の間に広めねばならない。

 一度牛痘に罹った牛は人の天然痘と同じ様に罹らないので、罹る牛を探して継続的に病を保存しなければならなくなる。 


 「秀包様はどうされるのですか?」


 景俊が尋ねた。


 「僕が行かないと事情が分からないでしょ? 行って説明してくるよ!」

 「ありがとうございます!」

 

 使者は喜んで頭を下げた。

 

 「流石は俺の惚れた奴だ! 俺も一緒に行くぜ!」

 「拙者は掘れたのでござる!」


 宗茂の言っている意味が分からない。


 「好きにして!」


 秀包は二人と共に肥前に向かった。


 「それはそうと、景っちとは何でござるか?」


 道中、宗茂が言った。

 景俊の呼び方が気になった様だ。

 

 「景っちは僕が小さい頃から家臣として従ってくれているんだけど、年上の人を呼び捨てにするのは気が引けるから……」


 他の者に示しが付かないと呼び捨てにする事を求められたが、何となく座りが悪くて景っちとなった。

 そんな秀包の説明に二人は不満げだ。


 「拙者には君付けでござるな」

 「俺にはさん付けだな」

 「宗茂君は僕と同い歳だし、誾千代さんは、ねぇ……。でも、それがどうしたの?」


 何やらブツブツ言っている二人に尋ねた。


 「何やら親し気で羨ましいのでござる!」

 「そうだぜ! 依怙贔屓えこひいきだ!」

 「宗茂君なんて余所余所しいでござろう!」

 「誾千代さんもそうだ! 俺達の仲じゃねぇか!」

 「何なんだよ、もう……」 

 

 訳が分からない。


 「改善を要求するでござる!」

 「俺達の仲に合った呼び方をしろ!」

 「えぇぇぇ」


 真剣な顔で迫る二人に呆れた。

 しかし、従わない方が面倒そうだ。


 「じゃあ、宗っち、誾ちゃんでいい?」

 「家臣と同じは嫌でござる!」

 「女みたいで嫌だ!」

 「……じゃあ、宗りん、ぎ……誾之介ぎんのすけでいい?」

 

 秀包の再提案を二人は喜ぶ。


 「宗りんでござるか! いいでござる!」

 「誾之介もいいな!」

 「じゃあ、そういう事で先を急ぐよ」

 「合点承知!」


 正直面倒臭いし意味が分からないと思う二人だが、無邪気に喜んでいる様を見ていると、秀包の頬も自然と緩んでいた。

 自分の行いで他人が笑顔になるのは単純に元気が出る。 


 「もう一度呼んで欲しいでござる!」

 「宗りん」

 「おぉ!」

 「俺も呼べ!」

 「誾之介」

 「おうとも!」


 そう言って更に喜ぶのであった。


 「もう一回」

 「いい加減にしなさい!!」


※別府、臼杵、阿蘇、佐賀の配置図

挿絵(By みてみん)

二話連続で病床の人を出すのもアレだったので、宗麟は既に死亡している事にしました。

父親が死んだのに結婚するのかというのは、まあ、アレです。

喪は明けているという事で。


この時期に桂姫が臼杵にいたのか津久見にいたのか分かりませんでしたが、とりあえず臼杵にしました。

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