原因の究明準備
色々詰め込んでます。
「重点的に調べるのは、生活の中で宝満川の水をどう利用してきたのか、だよ?」
「まさか虫は宝満川にいるのですか!?」
秀包の指示に驚いた伯寿が尋ねた。
虫が体内に入って病気が起こり、その病気は宝満川周辺だけにしか存在しないのならば、当然その虫は宝満川にのみ棲むという事になろう。
「まず間違いなくそうだと思うよ」
「何という事だ……」
伯寿は天を仰いだ。
「だから、今後住血吸虫の被害を出さない為には、宝満川の水を利用しない事を徹底すればいい事になるね」
「しかし、その様な事は困難です! 炊事や洗濯には川を使わざるを得ませんし、何より稲を育てるのに川の水は欠かせません!」
伯寿が反論する。
生活には水が不可欠であるし、住民の生業の基盤が水田だ。
「それについては僕に考えがあるから心配しないで。それよりも今は、どんな生活をしている人が病気に罹りやすいのか、住む場所に偏りがあるのか調べてね。そして、もしも病気が多発している地域があって、その中で病気になっていない人がいたら、その人達はどんな生活をしているのかを調べるのは重要だよ?」
「分かりました……」
領主がそう言ってくれているのに、これ以上の反論は出来ない。
伯寿はその指示に頷いた。
「分かっていると思うけど、今の段階で村の人には喋らないでね?」
「徒に不安を煽る事は致しません!」
「でも、川の水を使わない様にはしないとね……」
「私がそれとなく広めておきます。川の水に毒があるのだと思うと言っておけば、なるべく近づかない様にするでしょう」
「お願いします」
「川の水を使わないで済む方法などあるのですか?」
去る伯寿を見据え、景俊が尋ねた。
「まず、生活の水は井戸水を使う事を徹底する事だね」
「それは良い方法とは思いますが、井戸水は安全なのですか?」
「地下水は濾過されているから基本的には安全な筈だよ。そしてそれも聞き取りをしていけば分かると思う」
「分かりました」
それ以上に気になる問題がある。
「田はどうされるのですか?」
「畑に変えれば水に浸かる事はないよね?」
水に浸かるから罹病するのなら、水に浸からなければ罹病はしない。
「確かにそれはそうだと思いますが、それでは年貢をどうされるおつもりで?」
「危険な地域は全部畑にして大豆を作ってもらい、それで醤油を作ればいいと思う。村の人にはそこで働いてもらい、醤油の売り上げから税を取ればいいと思うんだけど、景っちはどう思う?」
今度は景俊に尋ねた。
「新たにやって来た我らは良くとも、元々この地にいる役人達が反対するのでは? それより、そもそも農民達が嫌がるのでは?」
「うっ! それは考えてなかった……」
米が作れる所で米を作らないというのは、当時であれば相当な反発を生むだろう。
「それに、あの病気の原因が川に棲む虫だと言われても、ここの役人にも村人にも、容易には信じられぬのではありませぬか?」
「確かにそうだね……」
「殿はただでさえ若く、この地にやって来た新参者です。古くから住む者は元から快く思っておらぬでしょう。そんな所に病気の原因が川の虫だの、米作りを止めろだのと言われれば、反発されるだけだと思いますが?」
「ご尤もです……」
景俊の正論にシュンとした。
「なので、秀吉公の命令にすれば良いのではありませぬか?」
「え?」
「九州を征伐したばかりの秀吉公の命令ならば、内心では快く思わなくとも表面上は大人しく従うでしょう。幸いな事に秀吉公は今、隆景様の治める筑前箱崎に滞在との事。急ぎ面会し、事情を説明して一筆書いて頂けば宜しいのでは?」
「流石景っち! 名案だよ!」
「それ程でもございませぬ」
喜ぶ秀包に景俊もホッとする。
「じゃあ、僕は今から秀吉さんに会ってくる! 景っちはさっきの貝を探して生息地域を特定して! 多分、それと病気の発生地域は被るから!」
「成る程、病気の原因があの貝ならばそうなりますな」
「くれぐれも水には触らない様にね! いるかどうかだけでいいから!」
「気を付けます」
「心配するだろうから、伯寿さんにも村人にも内密にお願い!」
「承りました」
秀包は秀吉の下へ急いだ。
久留米から箱崎へは直線距離で30kmしか離れていない。
「御父上!」
隆景の屋敷に駆け込む。
「おぉ、丁度良い所にやって来たな」
「何だぎゃ? 来たんかや?」
「丁度良い所に来た?」
二人揃っていた。
隆景の言葉が気になったが、今は急ぐ。
「久留米が大変なんです!」
「何だと?!」
「こっちも大変なんだぎゃ!」
「え?!」
面食らう秀包に向かって秀吉が怒った顔で言う。
「伴天連の振る舞いが許せんのだぎゃ!」
「何かあったのですか?」
九州に来て知った事を挙げる。
「長崎を己の物にしちょーんだぎゃ!」
ポルトガル商人が出入りしていた長崎は、現在の領主大村善前の父純忠が支配していた時代、彼がキリシタン大名という事もあり、日本で積極的な宣教活動に励んでいたイエズス会に献上された状態となっていた。
そんな長崎の状況は、九州を平定したと思っていた秀吉にとっては寝耳に水だ。
元の君主信長も、一向一揆には手を焼いている。
南蛮人の持つ軍事力は極めて強力であり、身分の低い者が多かった一向宗徒とは異なり、キリシタンには大名もいるので影響は大きい。
もしもキリシタン達が反抗したら、九州は大変な事態に陥る事が予想された。
それを予期させる出来事もある。
「大砲を積んだ船を儂に見せ、自慢しちょーんだぎゃ!」
イエズス会の凖管区長であったガスパール・コエリョは、マニラより派遣されてきたイスパニアの艦隊を、己の手足の如く動せると秀吉に向かって嘯いた。
それは意に沿わねば軍事力を行使すると見做されても仕方あるまい。
「それだけじゃにゃーぞ!」
続けて言う。
「九州の大名達は人を南蛮人に売っているんだぎゃ!」
当時の日本は乱世で、戦が起これば人の売買が盛んに行われていた。
人の値段は限りなく安く、ポルトガルの商人は大勢の日本人を買って海外に連れていっている。
その扱いは酷く、中には性奴隷となる女性もいた。
奴隷が日本人の奴隷を買うケースもあった様だ。
「これまでは貧しさで人を売る事を黙認してきたけどが、南蛮人の扱いは酷過ぎだぎゃ!」
船に満載し、病気になろうが死のうが構わない様な扱いだと耳にした。
手足を鎖で縛り、逃げられない様にしているとも聞く。
「日の本の者を南蛮人に売る事はまかりならん!」
秀吉が宣言する。
「そもそも人の売買自体をしてはならんのだぎゃ!」
それには秀包も大いに同意した。
「伴天連の責任者コエリョを呼んだぎゃ! 教えを強要する事は禁止し、伴天連は追放する!」
伴天連追放令である。
「そのコエリョだが、今日ここに来る予定なのだ」
「へぇ……」
隆景が説明した。
「おみゃーは弥助!?」
「秀吉サン、ドウモ……」
コエリョに付いて来た者の中に、見知った顔を見つけて秀吉は驚いた。
「弥助って、ノブノブのお供の?!」
アレッサンドロ・ヴァリニャーノの奴隷として日本に渡り、信長に気に入られてそのお供となった弥助であった。
有名なエピソードなので知っている。
「無事だったんかや!?」
「オ陰様デ……」
本能寺の変の際には奮闘し、光秀に捕らえられたものの、異人だからとして放された事は秀吉も知っていた。
その後は行方知れずとなっていたが、こんな場で再会するとは思わない。
無事を喜び、今後の身の振り方を尋ねた。
「これからどうするんだぎゃ?」
「マカオニ行コウカト……」
既に奴隷の身は脱している。
しかし故郷に戻ればどの様な扱いを受けるか分からないので、マカオで暮らそうと思っているらしい。
「いつだぎゃ?」
「次ニ出ル船デ……」
秀吉に会いに行くというコエリョに無理を言い、別れの挨拶だけでもしたかった様だ。
身分は違うが元同僚である。
「弥助さんってあの時の本能寺にいたんだよね?」
「ソウ、デス……」
秀包の問いに答える。
「ノブノブの事を聞かせてくれない?」
「ノブノブ? 誰デスカ?」
信長の最期に居合わせた人物など他に知らない。
興奮している秀包を見かね、秀吉が説明した。
「お館様の事だぎゃ」
「随分ト親シ気ナノデスネ」
気難しい信長をその様に呼ぶ人物は、弥助にとっても初めてだった。
「ジャア、帰ルマデ……」
という事で、弥助が秀包の屋敷に来る事となった。
そしてコエリョを詰問したが、奴隷の購入はイエズス会でも禁止している事を主張する。
商人の商行為を宣教師が禁止する権限はなく、禁止したいなら日本側で徹底するしかないとの事だ。
そう言われてしまえば奴隷に関しては強く言えない。
強引な布教を禁止する事、長崎を天領とする事などを申し渡した。
「お前の正室も決まったぞ?」
「何ですって?!」
隆景の言葉に秀包が驚く。
秀吉がニヤリとして言った。
「大友宗麟の娘桂姫だぎゃ!」
「そう、なのですね……」
会った事のない相手に思う所はない。
自分の身では政略結婚以外にないので、そういう物だと諦めている。
「それは良いんですけど、こっちも大変なんです!」
「何だと言うんだぎゃ?」
そして久留米の状況を説明した。
「ふぅむ、その様な恐ろしい病があるんかや……」
と恐ろし気な顔をする秀吉に対し、隆景は狼狽していた。
「どうされましたか御父上?」
「その病は備後の神辺でもあるぞ!」
「何ですって?!」
隆景は三原に城を持っていた。
備後神辺は比較的近い。
その様な奇病の報告を家臣より聞き及んでいた。
「自分の目で確認した訳ではないが、恐ろしい病という。出来れば神辺の被害も無くしたいが……」
「ならばその神辺から医者を呼び、住血吸虫の対策を共に研究させればいいだぎゃ?」
「だったら甲府からも医者を呼んで下さい! 甲府は酷いみたいだし」
「甲府? 家康の領地だぎゃ? どうしておみゃーが知っているんだぎゃ?」
「甲斐の国の出身者から聞いたんです」
慌てて誤魔化した。
「まあ、良い。それで醤油を作りたいんかや?」
「病気に罹らない為には米を作る訳にはいかないんです!」
「成る程のぅ。しかし、折角の儲けがなぁ……」
秀包が教えた醤油作りは、安芸と大坂で大々的に行って大儲けしている。
病気を防ぐ方法なのは理解出来るが、みすみす製作法を広める事は避けたい。
「あれだけ儲けているのに、まだ足りないのですか?」
秀包が呆れて言った。
「しかしのぅ、他に儲ける方法でもあれば……」
そう言いつつチラチラと秀包を見る。
秀包はその意味を悟り、南蛮人に人を売る理由も無くせる方法を思い出した。
「硝石を作る方法が毛利家にあります!」
「何?!」
「それはいかんぞ!」
隆景が大声で制止するがもう遅い。
秀吉が食いついた。
「どういう事だぎゃ?」
「硝石丘法です。5年程で硝石を作る事が出来ます!」
「それで毛利は硝石をいくらでも供給出来たのかや!」
九州征伐でも毛利から大量の火薬が運ばれ、戦況を有利に進めたのだ。
「毛利が利益を独占するのも終わりにすべきです! 硝石があれば南蛮人に人を売る理由も減ります!」
「成る程のぅ!」
「それは、そうだが……」
隆景としては惜しかった。
しかし、秀吉が知った今はもう遅い。
「仕方ない……」
「ククク。それならば許そう」
「ついでにお金も貸して下さいね!」
「よかろう。存分に致せ」
秀包は弥助を連れ久留米に戻った。
※久留米城と宝満川
時期的なズレはご勘弁を。




