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初陣、小牧・長久手の戦い

 1584年3月21日、根来衆の襲来を心配していた秀吉も遂に決意し、3万の兵を率い、完成していた大坂城から出た。

 旗印は千生り瓢箪である。

 秀包も秀吉に従い、黒田官兵衛親子と共に城を後にした。

 秀家は流石に小さいので留守の大坂城を守る。

 街道を東に進み、25日には岐阜、27日には犬山に到着した。

 家康の軍は犬山城の近く小牧山城を占拠し、土塁や砦を築き、双方共に迂闊には動けない状況となっていた。


 「長政君は怖くないの?」


 犬山城から小牧山城方向を眺め、秀包は隣の長政に尋ねた。

 秀吉の配慮か戦を怖がる秀包に対し、似た年齢の長政を隣に配置した形である。

 長政が答えた。


 「秀吉様の軍勢は10万なのに対し、徳川方は3万しかいない。しかも両軍共に守りを固め、今は様子見となっている。こうなれば正面からぶつかる事はないと思うので、本隊にいる我々は安全だ」

 「そうなの?」


 秀吉が到着する前には前哨戦が起きているが、既に戦線は膠着していた。


 「まあ、絶対とは言えんがな」


 長政が呟く。


 「で、長政君は怖くないの?」


 秀包が更に問うた。

 怖いのか怖くないのか聞いたのであるから、長政の説明は求める質問への答えになっていない。


 「ちっ! ほらよ」


 舌打ちして長政は手を出した。


 「何?」


 秀包は何だとその顔を見る。


 「握ってみろ」


 そう言うのでその手を握る。


 「震えているの?」


 平気な顔をしていたが、握った長政の手は微かに震えていた。 


 「分ったんならとっとと放せ!」


 ぶっきらぼうに秀包の手を振り払う。


 「他の戦にも参加したが、やはり戦は怖い! いくら本隊が正面からぶつからないとは思っても絶対ではないからな。もしも正面からぶつかれば、俺達も戦わねばならない事態となるだろう」

 「やっぱりそうだよね……」


 景俊に言われ、日中は常に鎧を纏っている。

 腰の刀も重く、戦が起きているんだと実感があった。

 陣中では鎧兜の武者達が忙しそうに動き回っている。

 一部の顔つきは殺気立っており、張り詰めた緊張感があった。 


 「長政君でも怖いんだね」

 「当たり前だ!」

 「でも、おもてには出していないんだから凄いよ」


 長政の顔つきは平素と同じに見える。

 対する自分は、今にも泣きだしそうな表情に見える事だろう。

 

 「上に立つ者が怖がっていたら部下達に示しがつかんだろうが!」

 「ご、ゴメン……」


 情けない今の自分が批難されている様で、長政の言葉は胸にこたえた。

 そんな秀包を見ようともせず、吐き捨てる様に言う。


 「お前は初陣だろう?」

 「そ、そうだけど……」

 「それなら仕方ない。俺も初めは怖くて震えていたし、皆も分かっている!」

 「あ、ありがとう……」

 「止めろ! 目を潤ませつつ頬を赤らめて言うな!」


 ぶっきらぼうだが優しいフォローに秀包は感激しただけだが、長政には違って見えた様だ。

 

 「知ってるか? 俺とお前が衆道の関係だと言っている者達がいる! お前が俺にひっついているし、そんな顔をするからだ!」

 「ひ、酷いよ……」


 長政と一緒なのは秀吉に言われたからだし、泣きそうなのは戦で怖いからである。


 「兎も角、少しは気張れ!」

 「わ、分かったよ」


 胸を張って背筋を伸ばした。 

 そんな折、本陣へ来るようにと秀吉からの命令が届く。


 「どうしたのですか?」

 

 何事かと急いで参じてみれば、秀吉から思わぬ要求が為された。


 「恒興殿が本陣にきちょおで、みたらし団子を作ってちょー」

 「え? それは構いませんが、材料はあるのですか?」

 「材料も人手も心配せんで大丈夫だぎゃ」

 「分かりました」


 織田家譜代の家臣でありながら秀吉方に回り、いち早く犬山城を落した池田恒興(48)とその嫡男元助(25)、同じく織田家に長く仕えた森長可ながよし(26)が献策にやって来ていた。

 長可は森蘭丸の兄である。

 策とは家康が尾張に出向いて来た事で空虚となった三河の岡崎城を攻め、慌てて小牧山城から出てきた所を秀吉の本隊が襲い掛かるという案だ。

 軍議の場にみたらし団子を出せというのは、続く戦に疲れた恒興らに甘い物をという秀吉の心遣いである。

 

 「これが今、大坂で流行りとなったみたらし団子だぎゃ」


 単に自慢したかったのかもしれない。


 「これは美味い!」

 「素晴らしい!」

 「絶品ですね!」


 食べた恒興らは絶賛した。


 「これを考案したのはこの秀包だぎゃ」

 「何と!」


 血生臭い戦場には不釣り合いな顔立ちの秀包に恒興らは驚く。


 「弟の蘭丸に何となく似ておるな」


 兄である長可がぼそっと呟いた。

 それはかつての主君信長の事を思い出しての言葉であろうか。

 一同、暫し歓談の時間を持つ。

 こうして一時の休息を取った恒興らは、家康らを誘き出す為の陽動作戦へと出発した。

 時に4月6日の夜半過ぎの事である。

 

 事態の急展開を告げる報が秀吉に届いたのは、9日午後の事であった。

 この日は秀吉自らが出陣し、小牧山城への総攻撃と思わせる行動を取っていたのだが、三河攻撃隊を率いていた羽柴秀次の部隊が、後ろから強襲してきた徳川方の攻撃によって壊滅したとの情報がもたらされたのだ。

 それは秀次隊よりも前を進んでいた恒興、長可隊が分断された事を意味する。 秀吉は部隊を率いて救援に向かおうとするが、敵勢に行く手を阻まれてしまう。

 そして更なる報告が届けられた。


 「恒興殿、元助殿、長可殿が討ち死にござる!」

 「何ぃ?!」


 それは9日午前には決着のついていた出来事であった。

 分断された恒興、長可隊は決戦を覚悟し、徳川勢の井伊直政隊と激突したのだが、奮戦も空しく長久手の地に散ったのだった。

 小牧山を出た家康を攻撃せんと秀吉は行方を捜したが、いち早く城に戻った家康に手を出せなくなり、結局退くという選択肢しか取れなかった。


 またしても睨み合いが続く中、根来・雑賀衆が大坂の岸和田城に攻め寄せて来たとの報告を受け、秀吉は大坂への帰還を決意する。

 家康もそれに合わせ、清州城に戻った。

 秀包も秀吉について大坂へと帰った。




 「何じゃ、思った以上に弱っておるのぅ」


 迎えた茶々が秀包を見るなり言った。

 その顔は疲れ切っており、まるで生気が感じられない。

 それを証明する様に、何もない畳の間で躓いてこけた。

 

 「情けないのぅ」


 立ち上がるのに手を貸したのだが、秀包の体を支えて驚いた。

 

 「何じゃ? 風邪でもひいておるのか?」


 熱がある時の様に体が震えていた。

 噛み合わない口を動かし、秀包がボソボソと喋る。 


 「恒興さんも元助さんも、長可さんも死んじゃった……」


 みたらし団子を振る舞い、喜んでくれた相手が戦死したとの報告は、秀包の心に大きな衝撃を与えていた。

 特に長可の場合、討ち取られた後に家臣によって首だけは守られ、秀吉の下に届けられたのを確認した事もある。

 首だけになった人の姿を初めて目にし、死を強烈に意識したのだ。

 

 「僕が作ったお団子を美味しいって言ってくれたのに……」


 病院では死も身近であったが、それは静かな終わりであった。

 戦という激しい死に接し、改めて恐ろしさを感じていた。


 「やっぱり戦は怖いよ、嫌だよ……」


 本音を吐露する。

 しかしそれに気づき、慌てて謝った。


 「ゴメン。弱気な事を言って……。駄目だね、僕は……」


 戦を終わらせる為には天下を統一せねばならない。

 見知った者が死んだくらいで弱音を吐いていたら、とてもではないが無理だろう。


 「いや、主はそのままで良いと思うぞ」

 「え?」


 思ってもみなかった茶々の言葉に、思わずその顔を見つめる。

 その視線を真っ直ぐ受け、口を開いた。 


 「治世の能臣、乱世の奸雄ではないが、民の生活を第一に考える者が戦を忌避しても良いではないか」

 「えっと?」


 城を出る時とは真逆な気がする。


 「命令を下す者が軍を率いねば兵の士気は上がらぬじゃろうが、それでも直接敵兵と対峙する必要はあるまい? 秀吉めは刀を抜いて敵兵と戦ったか?」

 「い、いや、示威行為をしたくらい……」


 家康の居場所が分かっていたらどうしていたかは分からないが、とりあえず今回は戦闘には参加していない。


 「じゃろう? 戦が怖いなら、主は本陣で座して待てば良い」

 「座って待つ?」

 「どっしりと構えて指示を下せば良いのじゃ」

 「成る程……」


 言われてみればその通りかもしれない。


 「本陣に敵が迫る事もあろう。その時にはこれを使うが良い」


 そう言って茶々は布にくるまれた、棒の様な物を手渡した。

 縛っていた紐をほどき、袋を開ける。

 中から一丁の火縄銃が出てきた。


 「鉄砲?」

 「そうじゃ。種子島ならば刀程には怖くないじゃろう?」


 そう言って茶々は笑った。

 お礼を言う秀包に追加する。


 「その種子島は伯父信長愛用の逸品じゃ。大事に致せ」

 「え?! ノブノブの?」

 「そう、そのノブノブじゃ。本能寺で焼け残った品を、儂が無理を言って買い取ったのじゃ」


 秀包が信長に憧れている事は知っている。


 「そんな物を僕が貰ってもいいの?」

 「なぁに、みたらし団子の礼じゃ。遠慮せずに取っておけ。しかし、他には秘密じゃぞ?」

 「分かったよ、ありがとう!」


 帰って来て初めて秀包が笑う。


 「主はその種子島を使い、伯父上の成し得なかった天下布武を秀吉の下で叶えるのじゃ。それがこの世から戦を無くす最も早い方法じゃ」

 「うん」


 手の中の火縄銃の重さが平和の重みに感じる。

 秀包の目に力が戻った。




 「姉様、いつの間にあの様な物を?」


 秀包が去って初が尋ねた。

 茶々が信長の鉄砲を買った話など聞いた事がない。


 「あれは嘘じゃ。秀吉の武器庫にあった普通の種子島に過ぎぬ」

 「やっぱり!」


 悪びれる様子のない茶々に初は呆れた顔をした。


 「嘘も方便じゃ。あれで少なくとも無抵抗で殺される事はないじゃろう。刀を持った相手を目の前にすれば震えて動けなくとも、種子島があれば相手の顔が見えぬ距離で戦えるのでな」

 「秀包様の身を案じてですのね」

 「儂はもっと美味い物を食いたいので、彼奴きゃつめに死んでもろうては困るのじゃ」

 「またそんな事を言って……」


 姉は秀包が出発してからというもの、眉間に皺を寄せがちであった事を初は知っている。

 大坂城に戻ると聞いてソワソワしていた事にも気づいていた。

 だからこの言葉も虚勢を張っているのだと理解した。

 天邪鬼な姉を微笑ましいと思った。 


 そして秀包はそれから起きた幾つかの戦に参加し、主に景俊ら家臣の活躍によって秀吉から認められ、秀吉による九州征伐後に養父隆景の筑前筑後の拝領と併せ、筑後の一部を受領した。

 九州征伐では隆景に従って鉄砲隊を率い、活躍を挙げている。

 その能力を買っていた秀吉が秀包を筑後に配置した背景には、秀包の母乃美の働きかけがある。

 輝元に強く訴え、愛息子の早期帰還を求めたのだ。

 また、新しい商品を開発したら、必ず報告する様にとの約束が成された事も上げられよう。

 そして1587年、久留米城を築いて居城とし、筑後3郡3万7千石を治める事となった。


※小牧・長久手の戦いの大まかな図

挿絵(By みてみん)

地図ですが、砦は城の周りに数多いので、進軍の道などは目安です。


また、秀包は参加した他の戦の中で敵兵を撃っています。

次話から筑後でのNAISEI回です。

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