浅井三姉妹への接待工作
「今度は何ぞえ?」
「折り紙なんだけど……」
秀包は持って来た沢山の折り紙を茶々らに見せた。
茶々(13)の顔は相変わらず氷の様に冷たい。
「すごーい! これって鳥?」
「鶴だよ江ちゃん」
三姉妹の末、江(9)が興味津々な顔で折り紙を見つめる事に手応えを感じ、秀包はホッとした。
秀吉に浅井三姉妹の接待役を命じられたのだが、どうしたらいいのか分からずに困り果てていたのだ。
浅井三姉妹は信長の妹お市と、近江の浅井長政との間に出来た子供達である。
浅井長政は信長を裏切った事で攻められ、城が落ちる時に妻子を逃がして自害した。
その後、お市の方は信長の配下である柴田勝家に嫁いだのだが、信長の死後、秀吉と勝家は争い、賤ケ岳の戦いに敗れた勝家はお市の方と共に自害している。
残された三姉妹は秀吉によって保護され、今は大坂の秀吉の屋敷に移ってきていた。
両親を失い心細くしているだろうと秀包は心配したのだが、戦国武将の姫君だからか案外そうでもなく、強いなぁと感心したのも束の間、喜ばせようと思って作った醤油煎餅に見向きもされず、冷酷な顔の茶々に追い返された。
ならば今度は折り紙だと思って作ったのだが、江には喜んでもらえた様だ。
その江は折り紙の一つを手に取り、尋ねる。
「これは蛙?」
「そうだよ! ピョンピョンってね!」
嬉しくなってつい声も大きくなってしまう。
そんな秀包に茶々がピシャリと言った。
「儂は蛙は嫌いじゃ!」
「ご、ゴメン!」
折り紙の蛙を見るなり冷たく言い放つ。
秀包はしまったと思い、慌てて謝った。
「気分が悪い! とっとと去ね!」
「ひぃ! ゴメンなさいぃ!」
怒られた秀包は折り紙を集めて帰ろうとする。
「とっとと去ねと言うたであろう!」
「ひぇ!」
集めかけた折り紙をそのままに、秀包は慌てて逃げ帰った。
「姉様って蛙がお嫌いでしたっけ?」
真ん中の初(12)が不思議そうな顔で尋ねる。
茶々の手には秀包が置いていった折り紙があったからだ。
嫌いな筈の蛙を持って、鶴で喜んでいる江と共に遊んでいる。
「昔は確かに嫌いじゃったぞ?」
「もう、姉様ったら……」
澄まし顔の茶々に初は溜息をついた。
「今度は何じゃ?」
「あやとりっていうんだけど……」
「あやとり?」
「こうやるんだよ」
後日、秀包は次の一手を携え、茶々らの下を訪ねていた。
今度のは大丈夫ではないかと思う。
「紐を輪っかにして、まずこうやって、相手の秀家君に取ってもらうんだ」
「取りましたよ、秀包兄様」
両手の指で支えた紐を秀家に取ってもらう。
秀家に練習してもらい、コツは覚えてもらった。
「で、次は僕が取るんだけど、小指を使って取るね」
ささっと取る。
形は少し複雑になった。
「で、次は秀家君」
「えーと、こうやって……できた!」
一日しか練習していない秀家は、まだ慣れていない。
「で、僕が取るね。はい」
「そんな簡単に……。ええと、こことここを取って……どうぞ!」
「じゃあ、こう取って、こうね。いいよ?」
「えぇ、もう? うーん、ここを取って、ここを……ああ、駄目だ!」
「って事で、秀家君の負け」
「うぅぅ、秀包兄様は強すぎます……」
秀家は降参した。
何度やっても秀包には勝てない。
入院仲間に昔の遊びを教えてもらい、みっちりとやり込んでいる秀包であった。
「江ちゃん、やってみる?」
「うん!」
キラキラとした目で見ていた江を誘う。
「まずはこうするんだ」
「うん!」
「秀家君の番だよ」
「よし! 今度こそ!」
相手は初めての江だ。
やっと勝てると秀家は勢い込んで取る。
「次はこうやったらいいよ?」
「うん!」
秀包の助言を素直に受け入れ、江は秀家から取った。
「江ちゃんは筋がいいね!」
「そお?」
指の動きも滑らかで、ぎこちなさがない。
ある程度進み、江の手が止まる。
「えーと、これはどうやるの?」
「ここをこうして、こうやって、そうそう!」
秀包の示す位置を、つつーと取ってささっとやり遂げる。
「え? こんなの取れる筈がないじゃありませんか!」
「やったぁ! 私の勝ちね!」
「ちょっと秀包兄! ずるいです!」
江の持つ手は複雑に絡み合っていた。
どこを取ればいいのかさっぱり分からない。
初めて勝てると思っていたのに当てが外れ、秀家はむくれた。
そんな様子をニコニコと眺めている初と、変わらず冷やかな顔の茶々に対し、秀包はあやとりに誘う。
「茶々ちゃんもやらない?」
初は素直にあやとりをやってくれている。
秀家と初の勝負では秀家が勝ち、初勝利に喜んでいた。
江は秀包と遊びたがり、一人ポツンとしていた茶々に声を掛けた。
「そんな子供騙しで儂の気を引こうなぞ、随分と軽く見られた物じゃな」
取り付く島もない反応である。
「子供騙しって、茶々ちゃんも子供じゃないのさ……」
「なんぞ言うたか?」
「いえ、また来ます……」
秀包はすごすごと引き下がる。
部屋には三姉妹だけが残された。
「姉様の番よ?」
「むむ、中々に難しいのぅ、降参じゃ」
「私が一番上手だね!」
三姉妹の勝負は江、初、茶々であった。
「あやつは簡単にやってのけおったが、毛利ではあやとりが盛んなのじゃろうか?」
「え? そうなんじゃないの?」
茶々の言葉に初が応えた。
秀包の手つきは慣れたもので、長く遊んでいた事が推測される。
当然、毛利ではあやとりが広まっていると思うのが正しかろう。
しかし、茶々の考えは違った様だ。
「これは儂の勘じゃが、あやつは何か違う気がするのじゃ」
「どういう意味ですの?」
意味が分からず初が問う。
江は秀包に教えてもらった、一人で遊ぶあやとりをやっている。
茶々はそんな江のあやとりを見て言った。
「毛利は備前を治める宇喜多と境を接しておる。宇喜多は元々毛利と同盟関係にあったし、折り紙もあやとりも毛利で盛んであれば、当然備前にもいくらかは伝わっておる筈じゃ。なのに宇喜多の跡取りは全く知らぬ様子。おかしいと思わぬか?」
「そう言えばそうですわね……」
領地は奪い、奪われるのが当たり前であるが、そうなれば習俗は伝播する。
特定の地域にのみ伝わる優れた農具があれば、領主が率先して領地内に広めるし、境を接する他国にも伝わっていく。
独占する為に秘伝にする技術ならば兎も角、子供の遊びを禁止する必要性はない。
隣国であれば当然伝わる筈で、秀家が全く知らないのは不自然だ。
「では、秀包様がご自分でお考えになったのですか? まさか!」
折り紙であれあやとりであれ、一から一人で考えたなど信じられない。
「それはあり得ぬだろうが、何か秘密があるのじゃろう」
「秘密でございますか?」
「勘じゃが……」
「女の勘ですか?」
「そういう事にしておこうかのう」
その理由は茶々にも全く分からない。
しかし、普通ではないと感じた。
「ククク、それは兎も角、次は何を持ってくるのか楽しみじゃのう」
とはいえ拷問して吐かせる類の物でもない。
そのうち分かるかもしれないし、それよりは今の状況を楽しんだ方が有意義だ。
「全く姉様は素直じゃなんだから。一生懸命な秀包様が可哀想ですわ」
「そうよ! 茶々姉様は秀包様に酷いよ! あんなに優しいのに!」
「なんじゃ? 江はあの男に惚れたか?」
「ち、違うもん!」
からかう様な茶々に、江はむきになって否定する。
「儂らは誰かに惚れても結ばれぬ身じゃ。止めておけ」
「うぅぅ、分かってるもん……」
茶々が言った。
「武家の娘は親の決めた相手に嫁ぐのが定め。それに儂らは天下布武を目前にして果てた織田信長の姪にして、美貌を謳われた母市の娘じゃ! 伯父上の跡を継いだ秀吉めは、儂らを己の権力を強化する為、有力者の正室として送り込む筈。予め観念しておくのが良いぞ」
「でも、出来れば嫁ぐ相手は優しい方が良いですわ」
初の言葉に茶々が応える。
「優しいだけの男など裏切られて死ぬ事となろう。変な所で甘い伯父上の様にな」
それは裏切り者への怒りか、はたまた伯父への嘲りか。
「でも、姉様の態度はちょっと冷たすぎますわよ?」
「これで良いのじゃ。簡単に喜んでおったら、ほいほいと新しい物を持って来ぬだろうが」
「まあ、お陰でお煎餅とかあやとりとか教えて貰えましたし」
茶々なりの秀包への期待であった。
「江は次は美味しい物がいいなぁ」
「そうじゃのう。甘い菓子でも持ってくれば偶には褒めてやるのじゃが……」
茶々はボソッと呟いた。
「今日はみたらし団子を作ろうと思います」
「みたらし団子?」
今度は何やら荷物を抱え、秀包はやって来た。
「簡単に言うと甘い醤油味のお団子です」
「何ぃ?! さては初か?」
入れ知恵したのかと初をキッと睨む。
「違いますよ?」
初は即座に否定する。
「何と! 江なのか?」
「え? 何の事?」
江は何の事か気づいていない。
「むむぅ、まさか偶然とはのぅ」
茶々は唸った。
そんな茶々に秀包はまた失敗したのかと勘違いする。
「もしかして甘い物は嫌いだった? だったら止めておくけど?」
「つべこべ言わずにとっとと始めい!」
「ひ、酷いよ……」
その横暴に悲鳴を上げ、みたらし団子作りを始めた。
団子は既に用意してあるので餡を作る。
安芸から持って来た醤油を熱して黒砂糖を混ぜ、葛粉でとろみをつけるのだが、黒砂糖を入れる際に秀家が待ったを掛けた。
「秀包兄様、砂糖をもっと加えた方が美味しいのでは?」
「砂糖は高価だから勿体ないよ」
「どうして勿体ないのですか?」
「え?」
当時の砂糖は漂白されていない黒砂糖のままであるが、流通量は少なく高価であった。
「好きなだけ使えば宜しいのでは?」
「そんな事を言っていたらお金がどれだけあっても足りないよ? 節約は大事だから」
「お金が足りなかったら、領民への税を増やせば足りますよね?」
税を決めるのは領主の権限ではある。
「何を言ってるの? 僕達の生活はお百姓さん達の年貢の上に成り立っているんだよ?」
「それが何か?」
何を当たり前の事を言っているのだという顔であった。
「いや、だって、僕達だけが贅沢をしていたら、汗水垂らして働いている人が怒るでしょ?」
「反乱が起きたら鎮圧すれば宜しいではありませんか」
それも領主の権限である。
「この子、怖い……」
秀包の全身に鳥肌が立った。
「ククク」
そのやり取りを聞いていた茶々が笑みを漏らす。
どちらの言い分も理解出来るだけに、二人の性格の違いが分かって面白かった。
「わー、何これぇ? ドロドロぉ」
完成した餡に江が声を上げた。
「葛粉でとろみを付けてるんだよ。これでお団子にくっ付きやすくなって、餡まで食べる事が出来るんだ」
「ふーん」
「お醤油だけだとお皿に残っちゃうでしょ? 折角高価な砂糖を使っているのに、それだと勿体ないよね」
「ふーん」
その説明に茶々は一人感心する。
「ほう? そこまで考えておるとはのぅ」
聞こえていない秀包らは早速作った団子を食べた。
「美味しーい!」
「本当ですわ! ねえ、姉様?」
「う、うむ。これは旨いのぅ」
団子を頬張った三人に笑みがこぼれる。
「良かったぁ。やっと笑って貰えたよ」
茶々の笑顔に秀包もホッと安堵する。
初めて見た笑顔かもしれない。
しかし慌てたのは茶々であった。
「こ、これはそんなんじゃないのじゃ!」
「お姉様ったら照れてるのですわね」
「これ初、何を言う! 違うのじゃ!」
初の指摘を必死になって否定する。
「顔が真っ赤になってるよ?」
首まで赤く染まっている事を秀包が伝えた。
「五月蠅い! 黙るのじゃ!」
睨むが無駄である。
「照れてる茶々ちゃんって可愛いね」
「本当ですわね」
「可愛いー」
「姉様、可愛い!」
子供達が面白がって囃し立てる。
「寄ってたかってからかいおって……調子に乗るな!」
茶々は真っ赤な顔のまま叫んだ。
一方の別室で。
「三成、みたらし団子はどうだぎゃ?」
「これは美味いですな! 茶屋に教えれば喜びますぞ!」
秀包は茶々らに手伝ってもらい、屋敷の者へ振舞うみたらし団子を作っていた。
味わった者はその旨さに驚嘆した。
「儂の思った通りだぎゃ」
秀吉が一人ニンマリとする。
醤油の作り方は既に聞き出しているが、他にもあるのだろうと睨んでいた。
その推理が正しかったと分かり、満足していた。
人の集まる所でみたらし団子を出せば、大儲け間違いなしであろう。
まだまだ砂糖は高価であるが、大坂では比較的手に入りやすいし、祭りの日などでは甘い菓子を買う者も多い。
大坂の名物となるだろうと確信した。
そんな風に平和な大坂であったが、時代は未だ群雄割拠である。
信長の次男信雄と秀吉の関係が悪化し、信雄につけた秀吉派の家老3名が処刑されるに至り、秀吉は徳川家康と組んだ信雄を攻める事を決断する。
世に言う小牧・長久手の戦いの始まりであった。
「秀包は確か初陣はまだだぎゃ? 儂と共に出陣してちょーでー」
「えぇぇぇ」
秀吉に言われ、秀包は露骨に嫌な顔をした。




