羽柴秀吉
秀吉の名古屋弁は河村たかし市長をイメージしました。
おかしな所がありましたらご指摘下さい。
「大坂すげぇ……」
「広島とは比べ物にならないね」
元総と広家の両名は船で瀬戸内海を進み、大坂へとやって来ていた。
広家は大坂の大きさに圧倒される。
荷を満載した大小様々な船が海上を埋め尽くし、陸では数えきれない程の人々が忙しく通りを行き交っていた。
人々の行き交う通りには無数の商店が軒を連ね、店の者が威勢の良い声で客を呼び込んでいる。
人の数も賑わいも、祭りの日くらいでしか見た事がなかった。
「これが大坂なんだね」
「その大坂を支配するのが秀吉って事かよ……」
「父上が、毛利は天下を望まずって言いたくなるのも分かるよね」
「俺もその意味が分かったぜ。こりゃ、違い過ぎる!」
広家が天を仰いだ。
この様な町を支配していれば、その者に集まる力は絶大な物となろう。
山が多い中国地方においては、これ程の町を作る事が初めから困難だ。
元就の戒めの理由が理解出来た気がした。
「でけぇ……」
「ここが大坂城になるの?」
毛利家の一行は建築中の大坂城に到着した。
同じ様な見物人が多数見守る中、大勢の人夫が忙しそうに働いている。
城はまだ石垣部分しかなかったが、完成した時の大きさは容易に想像出来た。 吉田郡山城に比べて余りに大き過ぎた。
「本願寺が根城にしていた城ですな。石山の合戦で燃えたそうですぞ」
景俊が説明を加える。
同じ場所にあった石山本願寺は、信長との合戦のより消失していた。
秀吉によりその跡地に大坂城が築かれる事となり、黒田官兵衛の縄張の下、作業が進められている。
「で、秀吉はどこにいるんだよ?」
広家が景俊に問う。
「この近くと聞いております」
そこは大坂城からさほど遠くない場所であった。
「おみゃーら、遠い所からよう来たがね」
畏まって頭を下げる二人に、迎えた羽柴秀吉(46)は気安さを感じさせる声で言った。
「吉川元春が三男広家です」
「毛利元就の九男で、小早川隆景の養子になりました元総です」
頭を下げたまま二人は自己紹介をする。
「そないに畏まらんでちょーだい」
秀吉がそう言うので頭を上げた。
そこにいるのは噂通りの小男で、人の好さそうな表情を浮かべている。
この男があの信長の跡を引き継いだとは広家には思えなかった。
近所にいる人の好い親父くらいにしか感じない。
しかし、聞いていた話とは違うなと思う。
そんな広家の心の動きを読んだのだろうか、秀吉が言った。
「おみゃーの考えちょー事を当ててやろうかや?」
「え?」
広家は面食らった。
とっておきの物を披露する時の様な顔で秀吉が言う。
「噂ほどの猿顔じゃない、だぎゃ?」
秀吉といえば、信長に猿呼ばわりされていた話は安芸にも届いていた。
からかう様な表情であったので冗談だと思うが、天下に最も近い男を相手にそうだと頷く事が出来る筈もない。
笑ったばかりに毛利家に迷惑を掛ける訳にもいかない。
「め、滅相もありません!」
どうすべきか分からず、広家は慌てて否定する。
しかし、後ろに控えていたのはそんな心配りが出来ない者であった。
「そうだよね、全然猿顔じゃないよね。ノブノブは間違ってるよ」
「おい!」
広家は冷や汗が流れる思いであった。
そんな元総の発言に秀吉は初めて視線を移し、驚く。
「こりゃどえりゃあ男前だぎゃ!」
「はぇ?」
何を言っているのだろうと唖然とする。
気にしていないのか秀吉は尋ねた。
「のぶのぶとは誰だぎゃ?」
「あ、すみません。信長公の事です」
元総は言い直した。
仕えていた君主の名を呼び捨てにされて怒るかと思ったが、何やら感心している。
「お館様の事を、そないな風に親し気に言ってのける男は初めてだぎゃ!」
比叡山を焼き払い、世間からは魔王とも渾名された元君主信長であるが、自分の嫁ねねへの手紙にはノブと署名する様な茶目っ気があった。
気難しく仕えづらい存在と言うならその通りであったが、成果を出せばきちんと評価してくれる、働き甲斐のある君主であったとも言える。
少なくとも彼に仕えていなかったら、今の自分はいなかったであろう。
そんな元君主の名をノブノブなどと親し気に呼ぶ若者に、秀吉は少し嬉しくなった。
そしてふいに悟る。
醤油の新しい作り方を見つけたのはこの者だと。
「おみゃーらの後ろのは、安芸の醤油かや?」
二人の後ろにはいくつもの樽が並んでいる。
「手土産に持って参りました」
広家が答えた。
「なしてそないに安いんかや?」
「え?」
言葉に詰まる広家に元総が小声で伝える。
「それこそ新しい醤油の作り方なのです」
そして広家は安芸に帰って良い事となった。
「どうして広にぃだけ?」
元総が不満げな顔で景俊に呟く。
「若さえいれば良いと秀吉が見抜いたのだと思われまする」
「どういう事?」
景俊が理由を分析する。
「秀吉は醤油の作り方を知る為に若と広家様をお呼びした筈ですが、それを実現するには広家様が邪魔だと考えたのでしょう」
「どうして?」
尚も問うた。
「若をお一人にすれば簡単に口を割ると思ったからでは?」
「でも、お醤油の作り方を教えるのは問題無いって決まったよね?」
毛利家としてその様な方針となった。
硝石の方は堅く口を閉ざすとし、醤油は構わないと。
「ですが、出来れば誤魔化す様にと申しつけられていますよね?」
「出来れば、ね」
「作り方を秀吉に知られなければ、それだけ毛利家の儲けは大きくなりますよ?」
「それはそうだけど独り占めは良くないよ。それに、お醤油はもっと沢山の国で沢山作って、どの家でも好きなだけ使える様にしたいし……」
安芸吉田で作っている醤油の量はそこまで多くなく、まだまだ醤油の値段は高い。
「若はお優しいのですな」
「そんなんじゃないよ。お醤油の供給量が増えないと他の商品開発が進まないんだよ」
「醤油煎餅でしたか、あれは旨いですな」
「そういう事。うちで穫れない物に醤油を組み合わせて、各地で色んな名物を作って貰わないといけないんだよ」
「成る程、天下の事を考えていらっしゃるのですな」
景俊はウンウンと満足気に頷いている。
「だから違うからね? 僕が旅をする時の為の布石だよ。名物があった方が旅も楽しいでしょ?」
「そこまで先の事を考えておられるとは! この景俊感服致しました!」
「もうそれでいいです……」
元総は匙を投げた。
「それはそうと、心配な事がございますぞ」
「急に何?」
突然真顔に戻り、景俊が言う。
「秀吉が若を男前だと言いましたよね?」
「そうだったね。どういう意味だったんだろう?」
その時の事を思い出し、意味が分からず呟いた。
「いえ、秀吉が衆道を好むとは聞いた事がありませぬので、元総様のお尻を狙っている訳ではないでしょうが、少し気になります」
「えっと、衆道って、男同士でって奴だったよね?」
「そう、男が男のアレをアレしてアレする、アレですよ」
景俊の説明に血の気が引いた。
「冗談だよね?」
「冗談ではありませぬが?」
「本気で言ってるの?」
「本気も何も、現に若のお好きな信長ですが、衆道を嗜んでいたと聞いております。彼に仕えた森蘭丸は男前だったそうですぞ?」
「それは、聞いた事があるけど……」
女のいない戦場で、男色は普通だと聞いていた。
余り考えたくはないが、それも戦国の世の習いなのだろう。
「笑えないんだけど……」
元総は途端に寒気を感じ、ブルっと震えた。
「元総殿、秀吉様がお呼びです」
「ひぃっ!」
数日後、与えられた部屋に現れた石田三成(22)に元総は飛び上がった。
秀吉の住んでいた屋敷は大所帯である。
加藤清正(20)や福島正則(21)といった子飼いの者らが小姓として仕え、石田三成といった側近も控えていた。
元総の様子に三成は怪訝そうな顔をする。
「一体どうされましたか?」
「な、何でもないです!」
内心の動揺を隠して秀吉の下に向かう。
出迎えた秀吉は普段通りであった。
「お呼びとの事ですが、一体なんですか?」
怯えを出さない様に振舞う。
秀吉はそんな元総を気にも留めない。
「秀家、来てちょー」
そう言って人を呼んだ。
はーいと返事が返り、一人の少年が現れた。
「ほれ、挨拶」
「初めまして、宇喜多秀家(10)です」
秀吉に促され、正座して頭を下げ、名を名乗る。
元総も慌てて頭を下げ、名乗った。
「秀家も男前だぎゃ?」
秀吉が元総に意見を求めた。
顔を上げた秀家を見れば、確かに美少年であった。
「秀家の父直家は、おみゃーんとこと手を切ってお館様に臣従したけどが、許してやってちょー。今は毛利も宇喜多も儂んとこのモンじゃで、仲よーしてちょーだい」
「父上がご迷惑をお掛けしました」
頭を下げられても正直元総にはピンとこない話である。
裏切った、裏切られたは戦国の世の習いと聞く。
それに、謀将と呼ばれたのは直家だけではない。
「秀家君だったっけ、謝る必要はないよ。僕の父上も策謀に長けて色々恨まれているそうだし、第一君が僕を裏切った訳じゃないでしょ? 気にしないでよ」
「ありがとうございます!」
そう言った秀家の顔は晴れやかであった。
秀吉の顔も喜んでおり、勿体ぶって言った。
「おみゃーは儂の見込んだ通りの男だぎゃ! そんなおみゃーに秀の字を授けてやる。これからおみゃーは秀包と名乗ればえぇ!」
「えぇぇ? また名前を変えるの?」
出世魚で名前を変える魚も面倒であったのに、戦国の世は名前を変えすぎだと元総は思っていた。
通称があるとはいえ、一々覚えるのが面倒臭すぎると。
思った反応ではなかった事に秀吉は驚いた。
「嬉しくないんかや?」
「あ、いえ、光栄です!」
名の一部を与えられるのは光栄な事である。
それを嫌がるのは不味い。
元総改め秀包は慌てて頭を下げた。
「秀包も秀家も仲よーやってちょーだい」
「畏まりました」
二人は恭しく応えた。
「早速、二人にやってもらいてー事がある」
「え?」
二人で顔を見合わせる。
「浅井の姫様方の機嫌を取ってちょーでぇ。おみゃーらは姫様方と歳がちけーから、丁度えーんだわ」
「は、はぁ。分かりました」
こうして秀包による浅井三姉妹の接待が始まった。
時期的に色々とおかしいですが、お許しくださいませ。




