お盆休みスペシャル《ドジっ娘先生の帰省》
お盆休みということで!薫先生のお盆の休暇はどんな感じなのかを書いてみました。
薫先生が好きな読者様にはオススメです!
これは去年の夏の出来事である。
辺り一面に広がる田んぼと、まばらに生える雑草、そして近くを慎ましく流れる小川。頭上には蒼く透き通った空が広がり、真っ白な雲が浮かんでいる。他にあるものといえば、数十メートルおきに
『あ、忘れてました。てへっ』
と言わんばかりに、ポツリポツリと立っている電柱くらいなものである。典型的な田舎の風景だ。
(一年ぶりの我が家かぁ。ていうか、都会と違ってここは何にも変わってないわね〜)
そう。テクノロジーが発達したといっても急成長しているのは都市部のみで、田舎は未だに田舎のままなのだ。
夏も後半に差し掛かったとはいえ、正午ということもあってか、まだまだ気温は高い。最寄りの駅から黙々と歩き続けること一時間。額の汗をハンカチで拭きながら、ついに薫は足を止めた。目の前には集落が。入口をくぐり、彼女はひとつの民家の前で立ち止まる。
「おかあさーん!ただいま!愛娘が帰ってきたよーーっ!!」
大きな声で呼びかけてみた。
………………
返事なし。
かなり恥ずかしい。
(や、やっちゃったーッ!こ、これは恥ずかしい!でもあれ?おかしいな。そろそろ着くから家で待っててって、お母さんにちゃんとメッセージ送ったんだけど……。ていうか、お父さんもいないのね……)
慌ててスマホを確認すると、送信済みのメッセージは未だに未読のままであった。
(ああっ、なんでちゃんと確認しなかったの!私のバカバカバカぁ!!しかも愛娘とか言っちゃったし!)
薫は残念っ娘である。今日は休日で学校はお休みだが、おっちょこちょいはもちろん通常運転だ。羞恥で顔を真っ赤にしてプルプル震えていると、
ガチャ。
ガラララララ。
ドアや開き戸が開く音が複数。そして。
「おぉ、薫ちゃん。久しぶりじゃのお〜。元気にしとったかい?」
「あらあら、姫神さんのところの娘さんだわ。一年ぶりね!都会に出て、だいぶ垢抜けしたみたいね!」
「わぁ、薫姉!めちゃんこ久しぶりだねっ。ねぇねぇ、後で一緒に遊ぼうよ!」
「おや?この声はまさか薫かい?あ、やっぱりだねえ。こんなことするのは、この村じゃあ薫くらいしかいないからねぇ」
ご老人から子供まで、たくさんのご近所さんが出迎えてくれた。薫は気立てが良く、真面目で、面倒見が良いので、皆のお気に入りなのだ。
(ふふっ。こんなに沢山の人が出迎えてくれるなんて、私は幸せ者です!皆さんが優しくしてくれるからこそ、日頃の厳しい仕事も頑張れるってもんですよ!ただ、最後のセリフだけはちょっと、ていうかだいぶ気になりますけどねっ)
嬉しそうにニコニコしながら、仲の良い彼らと他愛のないやりとりをする薫。
とそこへ。
「あら薫。もう着いたのかい?早かったね」
お母さん自転車で帰宅。
「お、お母さんッ!やっと帰ってきたね!待ってたよッ!」
「おかえりなさい。あんた、食いつきぶりが半端ないわね。そ、そんなに私に会いたかったの?」
御歳四十九の母、買い物帰りのビニール袋を両手に引っさげながら、若干引き気味に娘に尋ねる。
「もちろんだよッ!いろんな意味でね!あのね、お母さん。ケータイはちゃんと見て!!そのせいで恥ずかしい思いをしたんだよッ!」
「あら、メッセージが来てるわね。どれどれ。『今駅を出たので、帰宅は一時間後くらいになる予定です。ちゃんと家で待っててね〜』……あら、ごめんなさい。見てなかったわ」
「だと思ったよッ!いつメッセージが来るか分からないから、ケータイはちゃんと確認しといてって、いつも言ってるよねッ!」
「わ、分かったわよ。分かったから家の前で叫ばないで!ご近所さんたちの目が、凄いことになってるから!」
──ハッ!?
すっかり忘れていた。ついさっきまでご近所さんたちと話をしていたのだった。
後ろを振り返って確認すると、先程の歓迎ぶりはどこへやら、皆さん若干引いていらっしゃる。
盛大に頬を引き攣らせる薫。
「と、とにかく家に入りなさい」
母に従い、生暖かい視線を一身に浴びながら薫は家の敷居をまたぐ。振り向いてご近所さんたちに一礼するのは忘れない。長年の付き合いで、彼らは薫の残念さついては熟知しているのだろう。ちゃんと手を振ってくれた。
それにしても、帰宅早々、母と住民に盛大に引かれる薫って。残念っ娘ここに極まれり、だ。
一時間後。
(はぁ〜。やっぱり自分の家は落ち着きますね〜)
薫は今、セミの鳴き声と小川のせせらぎをBGMに、居間でゴロゴロしている。右手には棒アイス、左手には団扇が。扇風機の風にブラウンのショートヘアをなびかせながら、だらーんと。
いつもの博識ぶりはどこへやら。今は絶賛休暇楽しんでやるウーマンなのだ。そんな、完全なダメ人間と化している薫に、母から吉報が伝えられる。
「薫〜。今日、信司くん仕事が早めに終わるらしいわよ。夕方からうちに遊びに来てくれるって。」
(な、なんですってぇぇーーー!?)
あまりの驚きに思わず跳び上がってしまった。棒アイスを持ったまま。
「ア゛……あんたまたやらかしたわね」
時すでに遅し。花柄のワンピースにアイスが飛び散る。残念なことに、アイスはチョコ味だった。綺麗なお花の上に汚い茶色の斑点が。神様、どうかこの娘を不運という名の地獄から救ってあげてください。
しかしそんなことには目もくれず、薫は母に詰め寄る。
「え、ねえ今の話本当?本当なの!?」
「本当よ!さっき信司くんのお母さんから電話がかかってきてね。お邪魔してもいいですか?って」
「そ、そんな!邪魔だなんて!むしろ大歓迎だよッ!えへへ。楽しみ〜!」
「あらあら、そんなに喜んじゃって。良かったわね、“大好きな”信司くんと会えて」
「ち、ちょっとお母さん!急に何を言い出すの!?そ、そそそそんな、こ、恋人みたいな関係じゃないのにッ!」
「んん〜?私は恋人の関係だなんてひとことも言ってないわよ?あらあら、この子ったら」
「もうっ!お母さんなんて知らないんだから!」
なんということでしょう。恋する乙女ここに見参ッ!顔が、熟れた林檎のように耳元まで真っ赤に染まっている。両手を頬に当ててイヤンイヤンしている薫をもしも見てしまったら、そしてそれが、とある男のせいであると知れば、学校中の男子生徒は失望のあまり残らず死に絶えるであろう。ラヴェーヌ学園が女子高になるのは、そう遠い未来ではないのかもしれない。
信司くん。苗字は霧島という。薫とは幼なじみであり、今年の4月で二十五歳になった。身長百七十五センチという高身長、そしてこの村の村長の息子であり、若くして立ち上げたIC関係の会社が大成功し、若手ナンバーワンとも噂される新進気鋭の有名社長だ。もちろんイケメンである。しかし、何故か彼女はいない。村では、どうして彼女がいないのだろうか、あんなにモテそうなのに。と噂になっている。
夜になった。
「ちわーっす。お母さん、薫、お邪魔しまーすっ」
「あら、信司くん。どうぞ上がってくださいな」
「し、信司くん!お久しぶりデスッ。ど、ドーゾ中にお入りください!」
「はーい、どうもっす!おおっ、薫!久しぶりだなぁ!一年ぶりか?身長は相変わらずだな。あ、あはは……」
他愛のない会話だが、一人だけおかしい輩が。緊張のし過ぎで、ところどころ言葉が若干カタコトになっている。しかし顔はニヤニヤデレデレ。両手はほっぺたで、イヤンイヤンしている。ちょっと、いや、かなり気持ち悪い。信司くんも少し引き気味だ。顔が引き攣っている。
ハッ!?
薫、気付く。逆再生でもしたように顔の表情が抜け落ちていき、次いで真っ赤になる。本日何回目だろうか……
それはさておき。
「あ、そうだ。お母さん、今日は近所の篠川の河川敷で花火大会が行われるそうですよ」
「あらぁ〜、今年ももうそんな季節なのね。薫、あんたと信司くんで行ってきたらどうかしら?」
「し、信司さんと二人きりだなんて……」
「ん?俺は構わないよ、薫。あー、もしかして俺と一緒は嫌だったか?それなら謝る。ごめん」
「いや、そ、そんなことないよ!一緒に行きたいな!」
「本当か?なら、いいんだが……」
「はいはい、それじゃあ二人で行ってきなさい。薫、浴衣には着替えるの?」
「うーん、そうだね!着替えるよ!」
「それなら俺も着替えてこようか。薫、20分後に村の入口で待ち合わせしよう。じゃ、またあとでな!」
「うんッ!またあとでね!」
「ごめーん!待たせちゃったかな?」
「いや、俺もちょうど今着いたところだ。心配しなくていいぞ。花火の音が聞こえるな。もう始まっちゃったらしい。それじゃ、行こうか」
「うん!」
さりげなく左腕の肘をを薫に突き出す信司。腕を組むか?という無言の問いかけである。たったそれだけの動作が、薫には嬉しくてたまらない。ガバッと飛びつき、その逞しい二の腕に自分の腕を絡める。
(はぁ〜。幸せです。好きな人と腕を組んで花火を見に行くだなんて。まるで、こ、恋人のようですッ!! )
しばらくそのまま歩き続け、河川敷が見えてきた。
ヒュ〜〜〜〜・・・・・・ドッカーン!
ヒュ〜〜〜〜・・・・・・バーンッ!!
よく晴れた夜空を覆い尽くすように、菊型の光が炸裂した。手を伸ばせば届きそうなほど近くに感じる。薫らと同じく夜空を眺めている人達の顔も、色とりどりの虹色に染まっている。
なんと素晴らしい芸術だろう。これはきっと魔法に違いない、そう思わせるほどの魅力がある。花火師は自分の作る花火に己の魂を込める。そしてそれが今、光の洪水として我々の目に焼き付けられるのだ。花火は魂の爆発である。芸術は爆発なのだッ!
無言で空を見つめる二人。組んでいた腕はいつの間にか離れ、今は手を繋いでいる。
「来年も来ような」
視線はそのまま、信司が薫に話しかける。薫は無言のまま信司の手を強く握り、彼の肩に甘えるようにもたれかかる。それを肯定と受け取ったのだろう。信司は小さく笑った。
(お付き合いなどしなくてもいいのです。このまましばらく彼の隣で幸せを感じていたい。でも、欲を言うと、この幸せがずっと続いてほしいと思ってしまいます。少しばかり欲張りでしょうか)
ほんのりと頬を染めてながら、薫の心はひとときの至福に満たされるのであった。
読んでいただきありがとうございます。
薫先生、可愛いですね(笑)いつもは残念な人のこういうギャップは、とても良いと思いませんか?
そして……
私事ながら、しばらくの間小説は更新出来そうにないです。夏休みの課題が積もりに積もっております。今年の夏はヤバいぜッ!ということで、お盆休みに頑張って終わらせます。申し訳ございません!!