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第16話《この世界はユウトがどこまでも憎いらしい》

ユウトの覚醒はまだか!と思っていらっしゃるであろう読者の皆様。もうしばらくの辛抱です!

 莫大な疲労が眠りへと(いざな)い、ユウトは仰向けのまま意識を手放した。

 幸運なことに、その夜は二度目の襲撃は無かった。



 肉が腐ったような猥雑(わいざつ)な匂いで、ユウトは意識を取り戻す。

 薄く目を開けると、辺りには薄い光が満ちて、早朝の色をしていた。


 ユウトは体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。


 同じ寝るという行為でも、地面とベッドではこんなにも違うのか。全身の筋肉がこわばり、ギシギシ……ビキビキと不快な音を立てる。


 目と鼻の先には、異臭の原因である虎が二匹、大の字にうつ伏せで倒れていた。

 昨夜は疲労と飢餓で感覚が麻痺でもしていたのだろうか、正面に横たわる異形の全長はゆうに三メートルを超えている。こんな化け物をよく倒せたものだ。

 一撃でも喰らっていたら即死であっただろう……

 この世界は平和な国日本とは違って生と死が紙一重なのだと、改めて思い知らされる。

 今更ながら恐怖が湧き上がり、ユウトの背筋に戦慄が走った。

 転移前の大広間にいた異形達も目の前の虎と似たり寄ったりではあったが、今は付加魔法の加護が無い。

 回復役の華音も、爆発的な破壊力で突破口を切り開いてくれる健吾も、頼れる騎士団長であるエドワードも、ここには居ないのだ。

 一人だとこんなにも心細いものなのか。



 この臭気に引き寄せられてやって来るであろう異形に襲われてはたまらないと、ユウトは足早にその場を去った。


 己の感だけを頼りに進んでいく。何度木の根につまずき、何回コケたことか。

 道中キノコを発見した。腐った倒木に生えており、どこか椎茸っぽかったので、無我夢中で掴み取っては次々と頬張った。

 それでも飢えは癒されず、胃の中を素手で掻きむしられているような気が、ユウトにはした。


 日が暮れた。現在最も重大な懸念は、水が無いという事である。飲むものは夜露で堪えていたが、それも限界の兆しが見え始めた。


 人間の体は約六十五パーセントが水分で形成されている。体内の水分が二パーセント失われるとのどの渇きを感じ、運動能力が低下し始める。三パーセント失われると、強いのどの渇き、ぼんやり、食欲不振などの症状がおこり、四から五パーセントになると、疲労感や頭痛、目眩などの脱水症状があらわれるという。そして、十パーセント以上になると死に至るのだ。


 つまり、水分の摂取は人体にとって必要不可欠なのである。


 ユウトは今、頭を金槌で殴られているかのような鈍痛と、目眩に悩まされていた。


 視界に(もや)がかかり、目にしている光景の全てが(かす)んでいる。足元もおぼつかないような瀕死の状態であったが、天は彼を見捨てなかったようだ。


 絡まりあった(つた)を掻き分けて雑木林を抜けると、そこには川が。

 幅は狭く、見たところ歩いて渡れそうだ。


 やっとの思いで川辺に辿り着いたユウトは、倒れ込むようにして座り込んだ。

 漫々と(たた)えた水が下流に沿って流れてゆく。幾数もの小さな輝きが魚の鱗のように重なり合い、まるで川自体が光を発しているかのように美しい。


 ユウトは水面に身を乗り出し、両手を椀のような形にして水をすくった。手が赤らむほど冷たい。

 ゆっくりと口を近づける。

 一口含み、ごくんと音を立てて飲み込んだ。


 これまでに飲んだことの無いくらい美味しかった。柔らかくて穏やかで(ほの)かに甘い。


「はぁ〜〜……」


 思わず溜息が漏れる。


 その後、気の済むまで水を堪能したユウトは、一人思案する。


 この地域に何らかの国や集落、とにかく知性を持った生物が住む場所があるとすれば、彼らのうちの大部分は生活するのに水が不可欠なはずだ。


「よし、川沿いに山を下るか」


 ユウトは川に背を向けて立ち上り、歩き始める。




 背後に異形が迫っているとも知らずに。


 殺気を感じて振り向いたユウトは驚愕に顔を歪ませる。


 一匹の巨大なウツボの異形が、弓から放たれた矢のように水面からパッと飛び出して襲いかかってきたのだ。

 視界いっぱいに広がるウツボの口。信じられないほど大きい。歯がびっしりと生えている。


 その異形がユウトの頭に襲いかかり、あと一歩のところで噛みつきそこねた。


 ユウトが咄嗟にしゃがんだせいだ。


 地面に落ちたウツボは、のたうちながら彼の足を狙うが、ユウトは飛び退いて間合いをとる。


「ふん、舐めるな。俺が今まで何回異形と戦ってきたと思ってるんだ?お前なんて怖くもなんともない」


 初撃を回避したことで余裕が出来たのか、ユウトは軽口を叩く。


「魚なら火には弱いだろう?」


 ユウトは異形に問い掛ける。


「行くぜッ!真理の源なる天主よ。神敵に破滅の極火(ごっか)をもたらし給え!ー【鬼火(おにび)】!」


 ユウトの背後に巨大な炎が現れた。轟々と燃え盛り、鬼の顔を形作る。殺気立ったその表情は、ユウトに宿る不屈の闘志を表現しているようでもあり……


 鬼がウツボを飲み込んだ。胴体を二箇所も牙に貫かれて、為す(すべ)も無く異形は焼かれる。

 厚い皮膚に覆われていたはずが、表面がみるみる崩れ始めた。


「グォォォォォォォォォォォ……」


 身を絞るように苦悶の声をあげる。


 ユウトはウツボの口に狙いを定め、大きく開いた空洞に剣を投げ入れた。

 剣は見事喉の奥に刺さり、ウツボがむせた。

 頭を激しく左右に振り、吐き出そうとする。

 

「くっ、させるかよ!」

 

 ユウトは突進し、剣の柄を掴んで、奥へ押し込んで力いっぱい(ねじ)った。


 異形が痙攣し、弱っていく──。


 ぐじゅぐじゅに()けた朱肉がぼたぼたと地面に落ち、真っ白な骨があらわになる。


「ガァァァァァァァァァァァァ!?」


 辺り一面に響き渡る断末魔の悲鳴。


 鬼火が燃え尽きた時には、既にウツボの残骸はユウトの目の前から姿を消していた。

 灰さえも残っていない。異形の存在はこの世界から完全に消滅した。


「はぁ……はぁ……参ったな、調子に乗って中級魔法なんて使うんじゃなかった。目眩がする……」


 ユウトは落ちていた剣を拾い、その場に崩れ落ちる。

 ただでさえ魔力量が少ないユウトは、魔力消費の激しい魔法を発動したこともあって、いよいよ魔力枯渇に陥ろうとしていた。



 しかし、運命は時として残酷なものである。

 満身創痍となったユウトに、更なる悲運がおとずれる。


 ガサガサ……バキッ……バキバキ……


 得体の知れない何かが、ゆっくりとユウトに向かって来た。

 ユウトは思わず苦い微笑(わら)いを浮かべる。


 ──この世界はどこまでもユウトが憎いらしい。


 

読んでいただきありがとうございます。


次の更新は水曜日になりそうです。お楽しみに!

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