第15話《闇夜の襲撃》
さぁ、皆さんお待ちかねの第2章が始まりました。
《緑の天蓋・迷宮ユグドラシル》
転移先でのユウトを描く章となりますので、ご了承ください。
大陸最高峰であるガラドリエル山、その頂であった。
ふと気がつくと、ユウトは地面に倒れていた。
吹雪が激しく吹き荒れている。轟くような騒音で目を覚ましたのだと分かった。
ユウトは顔を上げる。凍えるような寒さに体が震えるのを感じた。慌てて火属性の初級魔法【火球】を発動し、体を温める。
「ふぅー、危ない危ない。死因が凍死なんて絶対嫌だからな」
安堵のため息をつき、周囲を観察する。
雪の壁に遮られており、見通しが限りなく悪い。地面が傾いていることから山であると判断する。
ユウトは取り敢えず坂を下ってみることにした。
(富士山だって山頂は雪被ってるもんな。ずっと下っていったらいつか吹雪も止むよな。てか、あんな所に長時間いたら冗談じゃなく死んじまう!)
必要最低限の魔力で火球を維持し、真っ直ぐ歩き続けること一時間と少々。
不意に雪が止み、目の前に針葉樹林が現れた。
ホっとしたのも束の間、ユウトは突然立ち止まる。
霧が発生したからだ。
辺りに漂う濃霧が、まるで生き物であるかのように彼の体にまとわりついてくる。
(これじゃあ方向がわからないぞ)
火球を色々な場所に移動させて霧を払おうと試みるが、払っても払っても戻ってくるので全く意味が無い。
仕方なく、道しるべとして剣で木に傷をつけることで良しとする。
前後左右、何処へ向かって進んでいるのかも分からないが、ユウトはひたすらに歩き続ける。
この森、いや樹海は一体何処なのか。
この怪しい霧に囲まれて、自分はこのままどうなってしまうのか。
奈落の底に置いてきてしまったクラスメイト達やエドワード騎士団長は無事なのか。
方向感覚も無い、地図も無い、食糧も無い、そんな不遇に対する不安やいらだちがユウトを苦しめる。
ついに足が動かなくなった。ユウトは太い幹に体をあずけて座り込む。
自分にもっと魔法の才能があれば……
ユウトは心の中でそう嘆く。特殊系魔法の中には、発動すると剣の切っ先が使用者の行きたい場所、つまり目的地の方向に向いて道を示してくれるという、地球で言うところのナビのような便利なものがあるのだ。
しかし残念なことに、ユウトは魔法の適性が殆ど無く、回復魔法はおろか、付加魔法でさえ使用することは出来ないのだ。
そんな事を考えながら、じっとそこに座ったまま目を閉じていた。
目を閉じている間に少しだけ眠ってしまったのだろうか。次にユウトが目を開けると、彼は蒼白い闇の中にいた。
「あぁ、もう夜か。腹、減ったな……食糧をどうしよう」
ユウトは独りごちるが、だからといって虚空から食事が出てくる事などありえない。
(よし。今日は我慢して寝よう。明日の朝早起きして、何か食べ物を探そう)
ユウトが二度目の眠りにつこうとしたその時だった。林の中から叫び声らしき声が聞こえた。
ハッと顔を上げるが、暗闇の中では何も見えない。耳を澄ますが、しばらく経っても声は聞こえない。
今のは気のせいだったのかと怪しんでいると、今度ははっきりと獣の遠吠えのようなものが聞こえた。
すぐ間近からである。
それは明らかにユウトの方へと近づいてきている。
その咆哮に応じるように違う所からも遠吠えが聞こえてきて、ユウトはやっと悟った。
すなわち、異形の襲来であると。
鼓動が一気に跳ね上がる。濃密な殺気にアテられて、全身が恐ろしく緊張している。
先程の声の数から判断すると、異形の数はおよそ数体。
ゆっくりと立ち、音を立てずに剣を抜き放つユウ
ト。
感覚を研ぎ澄ませて敵の襲来を待つ。
直後、正面の木立の間から、黄色に黒の縦縞の入ったような毛並みをした大きな虎が一体現れた。
同時に、もう一体の虎が背後から、ユウトの前後を塞ぐように出現する。
二匹とも恐ろしく顎が発達している。目は紅く血走り、暗闇に爛々と輝いている。
ユウトは特殊スキル【学習】を発動し、剣を正眼に構える。
前方の虎との間合いをはかり、背後にも意識を向けながら相手の隙を探る。
カチャリ。
剣の柄を強く握り込むと同時に、異形達が動いた。
それを視界に捉えるやいなや、ユウトは正面の虎へと猛ダッシュする。
「はぁ──ああ!!」
叫び声を轟かせながら、襲いかかってきた虎を左右に切り捨てる。
振り向きざまに剣を地面と水平に振るうが、後方の虎は既に跳躍していた。
ユウトの背後に降り立った虎は、上半身をグルンと捻りながら長く伸びた鋭利な爪を繰り出す。
瞬速で放たれた爪撃が危うくユウトの背中を貫きかけるが、素晴らしい反射神経で振り向いた彼は剣の腹で防御する。
ガキンッ。
硬質な音が響くと同時に、お互いひとまず後退する。
虎が低く身をかがめるのを見てとって、ユウトは剣の柄を握り直す。
束の間の静寂。
虎が動いた。ユウトは跳躍してきた影に向かって自らも飛び込み、剣を振り上げる。
エドワードの十八番である、かがみ込みからの腹面十字斬りだ。
腹を十字に切り裂かれた異形は、跳躍した勢いのまま地面に突っ込む。
血泡を吐きながらも尚立ち上がろうとする虎の後頭部を右足で踏みつけ、渾身の力で押さえつける。
両手で剣を構え、振り上げる。
そして、未だに立ち上がろうとしている虎の首をめがけて振り下ろした。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
遂に痙攣さえしなくなった異形を睥睨しながら、ユウトもまた力尽きて崩れ落ちた。