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プロローグ

 森の賢者は教えてくれた。


 その森の深淵に、世界樹は己が魂を植え継いで、今も生きている。

 草木は夢の中に真の花を咲かせてその心根を繋ぎ、そしてまた、人の夢にもその葉を青々と繁らせている。

 人の夢の広がりに枝を伸ばすようにして、世界樹は夢見るように世界の行方を見て来た。

 時の泉源に根を発したこの霊樹は、途方も無く永い時を生き、永遠とも思しき夢をその記憶に蓄え、一番輝かしい時代の記憶を、思い出のようにいつまでも抱き続けている。

 その森は夢の深く、時も未だ眠るほどに深い時空衝の深淵にある。

 そこでその老木は、夢の輝きを頼りに今も世界を見ているのだ。

 もしそこで老木と心を交わせたなら、その久遠の記憶に触れることが出来る。

 それは老木の見た夢の民の系統樹であり、一世の歴史を紡ぎ上げた世界年代記(クロニクル)であり、過去誰かの生きたアカシアの記憶でもある。

 この先は植え継ぎの世界樹が根を下ろす、永遠の眠りの森。

 この永遠の眠りの森に、それでも訪れる人は稀にいて、夢遊になり呼び寄せられるのだと言う。

 そなたこそは稀なる旅人。

 進むなら、心するがいい。

 夢に心を呑まれて戻れなくなる前に、しっかりと戻っておいで。


 森の賢者に、私は必ず戻ると誓い、歩を進めた。

 いつか私は確かにその深淵を旅した。

 それは昨日見た夢のようにすっかり忘却されていたのだが、今になって少しずつ思い出す。過ぎ去った世界を旅したその出来事の数々を。そこで交わされた言葉の数々までも。

 千切れた絵物語のような記憶の欠片を紡ぎ合わせれば、そこにはまるで始めから存在したかのように、ここに綴る物語があったのだ。


 森に入れば、見上げる程の大樹があった。

 そこから小さな瞬く光が降って来た。

 それは眼前に飛び交い、手を伸ばし触れればそこは、時空の光に包まれた。

 あっと言う間に真っ白な光の中に心を呑まれてしまった私だったが、目が慣れるとそこに何かが見えて来た。

 瞬く光の渦を見た。

 光に宿る命の記憶を見た。

 一時で幾つかの文明の明滅を見た。

 永遠の眠りの森と世界時空の狭間に瞬いた光の記憶。

 光が一つ瞬くと夢は一日、二つ瞬けば一年、三つ瞬けば一時代が変わる程の時が過ぎた。

 時の奔流にしがみ付けば、ふと、傍に瞬く一つの風景に強く心を惹かれた。

 それは古き良き時代の記憶を映していた。

 弩弓を担ぎ、険しい山を越える中世風の姿の男達。眼下には澄んだ湖があり、湖畔には古城が見えた。

 過ぎゆく風景をもっと見ようと、手足を強く羽ばたかせると、包んでいた光からこぼれ落ちた。

「危ない危ない。暴れると戻れなくなるよ」

「おや、あなたは?」

「覚えてないようだね?」

 振り返れば包んでいた光は人の姿になり、私の体を後ろから掴んでいた。

「あそこ、ちょっと中世っぽくてノスタルジックで、あそこに入って見たい」

「止めた方がいい。これ以上足を踏み込めば、容易には戻れなくなる」

 端正な青年の顔が見えるようになった。背中には大きな羽根を広げ、この時空衝の狭間を飛んでいる。

「天使?」

「何も奇異に思う事はない。人が地上に生まれ落ちるのに、翼が無いとどうやって行くのさ。ここでは夢に想う力が翼になるんだ。君にもあるだろう」

 振り返れば、その背にはいつの間にか小さな羽根があった。

「人は誰も心に翼を持って、まだ見ぬ世界に心を飛び交わしているじゃないか。今こうしているのも同じ事だ。時を超えた世界の記憶に想いを羽ばたかせているんだ。しかし、翼が出るくらいに行きたいのかな?」

「なんだかあの風景に心惹かれるんです」

「だろうね。あそこに見えるのは歴史上あった姿だし、私達の生きた時代だから。でもあそこは一番良い時代かもしれない。古き良き精神がまだ残っていて、中世最高の輝かしい光が起き、すぐ後には掻き消えていく。いや、辿り着く頃には消えてしまっているかもしれない。それでも行く?」

「はい。いつか、あの時代のことを物語にしてみせましょう。だから、行かせて下さい」

「それは少し面白そうだ。じゃあ生まれ落ちるのと同じように、降りていくといい。どこに魂が落ちるかは判らない。一瞬でどれだけの年月が過ぎるだろう。記憶もまた無くなってしまうかもしれない。でもきっと迎えに行こう。その時は大人しく帰るんだよ」

 体中に風が吹いたようだった。

 どれだけの時が過ぎたのか判らない。

 気が付けば、自分が誰かすら判らないまま、中世のとある世界にいた。


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