馬鹿なのか頭良いのかわからないな
「…は?」
「いやだから、うちがお母様を説得したんじゃけんあんたここにおるんじゃろ。」
ここで望南は嘲笑しながら言い放った。
「お前は何言っているんだ。」
柚木は頬を膨らませ、やや強く答えた。
「だーかーらー!うちがお母様を説得したんじゃ!」
「子が親を言い負かすことが出来ても平民を家の中に入れる訳が無かろう。お前が親を説得出来たなんて眉唾物は信じないぞ。」
「むぅぅぅ!」
と、ここで扉がノックされた。
「どうぞ。」
柚木は顔を強ばらせ、ノックに答えた。
ドアノブがグルッと回り、扉がゆっくり開いた。
「失礼します。お嬢様。」
「なんやぁ!白木かい!」
入ってきたのは白木と呼ばれる男だった。
年齢は40過ぎ位で相当怖い顔をしている。
やはり執事と言えども貴族のお嬢様の執事だ。粗相の無いようにしなければと思い、立って、執事の元まで歩み寄りってから腰を降り、挨拶をする。
「おはようございます。霜槻望南と申します。」
白木は、ニコりと笑い、
「おはようございます。霜槻さん。私は白木雄三と申します。」
とこれまた丁寧に挨拶をし、ゆったりと姿勢正しく望南へと近づき、耳元でドスの聞いた声で
「お嬢様に手を出したらどうなるかわかるよな。お嬢様が逸見様を説得したからここに"生きて"居られるんだからな。」
と半ば脅しをかけてきた。
そこで、白木さんは追加で説明する。
「ちなみに逸見様はここの奥様だからな。」
そして俺はここで変な誤解を招かないように伝えておく。
「はい。わかっております。」
「よし。」
「2人とも、何を話しておるのじゃ?」
と、ここで柚木が会話に首を突っ込んできた。
「なんでも無いですよ。ただの世間話です。ささ、お嬢様こちらへ。」
と、少々強引に部屋の外へ連れ出し、そして強面な顔に凶悪な雰囲気を漂い、威圧で人を殺せそうな状態で戻ってきた。
そして、まるで警察の取り調べのように問い詰めてくる。
「どこから来た。」
ただの他愛のない質問なのに、命一つがかかっている様な重みがある。
恐らく嘘をついたら死ぬな。
「相模原です。」
白木さんは、自分を見定める様に見て、聞いて来る。
「ここは海老名だぞ?ここまで走ってきたのか?」
「はい。」
「お前、家は?」
そう白木さんに尋ねられた瞬間、あの日の光景がフラッシュバックする。
真っ赤な両親。焼け行く我が家。
頬を涙が濡らす。
白木さんから見たらただの変な人と思い、涙を我慢する。
だが、止まらない。嗚咽が止まらない。視界が涙でボヤける。
「おいおい、どうした。」
「はいっ…すみません…っ」
白木さんは気まずい顔をして尋ねる。
「何かあったのか?」
「はい…実は…」
事のあらましを全て説明する。
そして話し終えた瞬間、扉が白木さんが開いた時とは対照的に勢いよく開く。
「話は聞かせてもらったぞー!つまり、住む家が無いんじゃな!?ならここに住めば良いんじゃ!住み込みでうちの執事と言う事でな!」
「は…」
その時、脳が急に冷静になった。
貴族の住み込みの執事?
平民がそんなのやったら顰蹙を買うし、いびられるのは目に見えている。
それなら自力で頑張る方が得だ。
「勿論給料も出るぞ!」
「やります!」
即決だった。
だがそれより聞きたいことがあるんだった。
「白木さん、どうやって柚木様は逸見様を説得なされたんですか?」
「本来なら説得させるなんて万に一つでも無理なんだけどな、遂にナイフを持ってきて、『ここで許可をしてもらえなけへば死にます!』と一人娘にそこまでいったからなぁ…」
「その前に取り押さえれば良かったんじゃ?」
「柚木様はやると言ったらやるからな。ここで死なれると困るんですよ。」
「どうしてですか?」
「たった1人の娘が死んだら如月家は跡取りがいないからな。それを恐れたんだろう。」
「成程…」
「それでだな、遂に逸見様が折れて許可したんだぞ。」
「柚木様には感謝しております。」
「そう言えば、明日から執事として働いて貰う。今日はしっかりと寝て、明日に備えろ。」
「わかりました。失礼します。」
「これで私は失礼します。」
白木さんが出て行った後、白木さんと俺だけが話しててつまらないのか、ベッドで寝言を立てている柚木を一瞥し、
「お前は馬鹿なのか頭良いのかわからんな。」
と投げかけ、その日1日を読書や外を眺めたりして時間を潰し、とても早く寝た。
明日の重労働に備えるために。