第二話 スケルガ族
「記憶を探すためです。」
発した瞬間に場が固まったのが分かり、村長もキョトンとした顔になった。村長が今までどのような冒険者と出会ってきたか分からないが、記憶を探しにきた冒険者は今まで居なかっただろう。この場合の言葉を準備していなかったことに後悔する。
静かになった中、黒い精霊の『ンッフッフ』と笑う声だけ聞こえる。自分の顔が熱くなるを感じる。きっと顔が赤くなっているに違いない。
「ハッハッハ。冒険者さん面白いですなあ。ジョークですかな?まあこの小さな静かな村ですが、ゆっくりしていって下さい。泊まっていくならうちの宿舎を使って下さいな。あ、相部屋でもよければですけどなあ。」
村長は時間差で大笑いしながらそう言った。窮地を脱した気分だった。怪しがられなくてよかったと、胸をなでおろした。それと今日の宿を確保できた。相部屋・・・変な人と一緒でありませんようにと心の中で祈りながら。無一文であるから贅沢はできないが。
今日の宿を確保できたことだから、この後は村を見て回れそう。村の中で記憶に繋がる糸口が見つかればいいと、淡い期待をすることにした。
「あ、冒険者さん。言い忘れてましたが、ケルトの森には近づかないほうがいいですな。ケルト族が襲い掛かってくると思うので。」
村長に礼を言い。夜の宿の件についてはお願いをして泊まる約束をしておいた。村長の警告を聞き、ケルトの森には近づかないでおこう。しかし、どこから見て回ろうか。
道中見た感じではこの村は農業も行っているようだ。通り道にニワトリ・牛・作物があったりと自給自足しているみたいだ。ここでの移動手段としては馬のみのようだ。
カカシが並んだ広場から道なりに歩くと三叉路に差し掛かる。そこを右の道に進んで行くと、木材置き場と木材加工場らしきところに行き着く。
木材加工は全て手作業。労働者がノコギリで切ったり、組み立てていたり、丸太を運ぶ労働者。それを仕切っている監督もいたりする。その中で人間ではない種族も混ざっている。
「ハイハイ。どいたどいたー邪魔だよー。」
丸太を運ぶ労働者に声をかけられ、その場を動く。ここは作業の邪魔になるみたいだ。
あの見慣れない種族・・・というか記憶がないから当たり前だけど。橙色をした肌に耳が頭上についている種族。既視感を覚えるが、やはり思い出せない。
『アー、あれがスケルガ族。村長も言ってただろ?見慣れないのも無理はないナ。アイツらはある集落にしか住んでない。きっとケルト族の木材が必要なんだヨ。』
いつの間にか黒い精霊が具現化している。その不気味な口から『クックック』と笑い、こちらの思惑を感じ取ったように話す。きっと気まぐれな性格をしている。地面に潜っていたり、いつの間にか出てきていることが多い。案内人としては不合格と言いたいところだが、解説してくれるのは有難いので我が侭は言わないことにしよう。
「あの。すいません、あなたが“忘却”の冒険者様ですか?」
急に後ろから声をかけられ、ビクッと肩をあげて振り向いた。そこには、ベレー帽を被り帽子から覗く金色の髪の毛を整える少女が立っていた。瞳は深緑色で、顔立ちは幼いが冷静で落ち着いた話し方をする。
「急に話かけて失礼な呼び方をしてしまい、すいません。冒険者さま。お父さん・・・村長の娘のニコラです。村長に頼まれて呼んでくるように、と。会わせたい方がいらっしゃるそうです。」
驚いた様子を見て、申し訳なさそうに静か且つ丁寧に話す。少女は村長の娘であるニコラと自己紹介をした。その深緑の瞳をパチパチと瞬きをしながらも、冒険者を見つめる。人を裏切ることや貶めることを知らない、そのような目をしている。
“忘却”の冒険者という呼び方が気になるが、ニコラと村長の元へ向かうのだった。
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「これはこれは冒険者さん呼び立てて申し訳ない。」
再び村長と出合ったカカシが並ぶ広場に着くと、そこには村長とスケルガ族が立っていた。スケルガ族は眼鏡の縁を持ち上げ冒険者の顔を舐めるように見ている。「ふむふむ」と何かを納得したかのように見える。
「お父さん。私はこれで夕食の準備に戻ってもいいかしら?冒険者様をしっかりお連れしましたし。」
「ありがとう、ニコラ。忙しいのにお使いを頼んでしまって。戻っても構わないよ」
「うん、大丈夫だから。それでは冒険者様。マユリさん。」
ニコラは冒険者とスケルガ族に一礼し、カカシの間を通り抜けて広場から見える家へ入っていった。
「冒険者さん会わせたい人というのは、この場におられるマユリさんという方。マユリさんはこの村で取れた木材を使って家具屋を営んでおられます。」
ニコラを見送り一番最初に口を開いたのは村長だった。マユリは頷きながら村長の話を聞いている。
マユリは眼鏡をかけ、オレンジ色のエプロンをかけている。身長は冒険者より背が高く、筋肉質である。エプロンの中には鉛筆や定規が入っており、それは商売道具であろうと思われる。
「村長、紹介をありがとうございます。わたくしがスケルガ族、マユリ。この村で家具屋をしております。それと、この村で働くスケルガ族の統率を行っております。」
マユリ曰く、家具屋と共に村で働くスケルガ族の統率。云わば村でのスケルガ族族長であると付け加えて自己紹介をした。
言葉遣いは綺麗であり、凛とした態度で接してくる。眼鏡を持ち上げ話を続ける。
「村長、さっそく某の話題に移りましょう。結論、わたくしはこの方をお見かけしたことはありません。お役に立てなくて心苦しいですが。」
「そうですか。マユリさんとは会ったことないようですな。マユリさんは今まで色々なところで商売をしてきたそうなので、どこかで会ったことないかと思いましてな。」
記憶を探しの冒険と言ってから、記憶に関することを気にかけてくれたみたいだ。様々な土地で商売のしたことがあるマユリなら会ったことがないかと思ったらしい。
自分は記憶がない、それどころかスケルガ族という名も忘れている。記憶の糸口に簡単には出会うことはできないみたいだ。
「冒険者さん、申し訳ない。店を留守にしておりますので、わたくしは店に戻るとします。お困りごとがあれば、僅かながら尽力致しますので。」
マユリは冒険者にそう言って広場から去っていった。
村長は「さて」と前置きしてから。
「冒険者さん。力になれなくて申し訳ないねえ。何か掴むまで居ても構いませんから。うちの宿舎を自由に使ってください。それと・・・相部屋の件なんだがねえ、ブラック・スミスさんと相部屋になると思うよ。ささ、宿舎までご案内します。」