プロローグ
――何も感じない。
自分は寝ているのか死んでいるのか、かすかに聞こえる風の音。自分は仰向けに横たわっているのに気づくには幾分の時間が経っただろう。
わかることは頭が鈍く痛むことや、微かに映る視界は回るようなめまい。
体には身体を起こすだけの力は残っておらず、横たわることしかできない。
――分からない。
声を出そうとしてみるが喉から出るのは渇いたような音が虚しく出るだけ。誰にも届かない。自分がどのような状況に置かれているのか。誰かに届かすように縋るように足掻きたくても足掻けない。視界すらもまだ回復しない。
死ぬのか?
――助けて助けて助けて。
自然と込み上げるのは、感じるのは。恐怖。
自分が自分でなくなるようで、いなくなるようで、無くなってしまう。全て絶望に染まってしまうかのように思うことなく暗転した。
――聞こえる。
暗転してしまった世界には何も映らない。わずかに誰かが呼びかけている、それだけはわかる。声の正体など気にしない。それは聞いたことがあるような、懐かしいような声。曖昧な表現だが、そう説明する以外の言葉が見つからずにいる。
呼んでいる。
オ、イ――。
懐かしい声が聞こえたと同時に視界が音が、五感が身体の中に水を一気に吸い上げたように戻ってきた。息を止めていたかのように、息が荒く。発汗がとても気持ち悪く感じる。
回復した微かな視界に雲ひとつない青空に木々が影を作る。木々の葉が擦れ合う音に鳥のさえずり。体には身体を起こすだけの力はふりしぼる分ほど戻っていることが分かる。数々の筋肉が動く、身体のあちこちが痛む。ギリギリ立つことができるが、立った瞬間に目の前がさらに霞む。
霞む目に映る世界に、正気を失ったかのように錯覚する物が、“それ”が此方を見ている。
砂の粒が地面に落ちるとは逆の感じ。地面から砂が巻き上がっているかのように。
“それ”は黒く、浮いている。目と横に裂けるかのように存在する口。自分をあざ笑うかのように笑っているかのように見ている。異様な物を見てしまった、夢であると信じたい。
夢ではなく、夢ではないとはっきりと理解できる、これは現実であると。薄っすらと高い声で笑っているかのように喉を鳴らす、“それ”は大きく開口する。
めまいのせいで霞む視界に、身体が揺れ立つこともままならないが。
それだけは聞き取ることができた。
『契約は続いている。忘れているはずないよな?オレという精霊との約束。』