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僕には双子の弟がいる。
自分でも見分けがつかないほどよく似た奴だ。
優しくて、可愛い物が好きな、ちょっと変わった奴。
それと。
「兄さん」
「ん?」
「一緒に寝る」
「え」
「えへへ。もう入っちゃいました。」
「な…しょうがないな」
重度のブラザー・コンプレックス。
いつからとか、何でとかは分からない。
気がついたらそうだった。
うちは親がいなくて兄弟二人きりだったから、それのせいもあるのかも知れない。
僕も弟が好きだけど、弟の好きはちょっと違う。
「兄さん、ちゅーしてい?」
「だめに決まってるだろ」
「冷たい」
「道徳的にまずい」
「大丈夫だよ、ばれなきゃ。」
「いやだ」
「明日の朝兄さんの○○○が無くなってても知らないよ。」
「はああ?」
「それは困るでしょ?」
「あのなー」
「さあ、はやく」
「…‥ちょっとだけな」
なんだかんだ、弟に甘い自分。
弟は首に手を回して・・・
「おい」
「はい?」
「舌入れんな。ちょっとって言ったよな。」
「いいじゃん!何で?!」
「布団から出ていけ」
「ああああごめんなさいごめんなさい」
この、涙目になって謝る姿が可愛い。
これ見たさにいじめてみたり。
嫌われない程度にしておこう。
「明日早いからもう寝るぞ」
そう言うと、英翔はふくれっ面で僕の顔を見た。
朝、真新しい制服に袖を通し、
「兄さん、よく似合ってる!」
「お前と大して変わらんが」
浮き立った気分のままに少しはしゃいでから朝ごはんを食べた。
朝は白米と決めていて、気分によっておかずを変える。
例えば今日は中華。
春雨と青梗菜のスープ、残った野菜を全部入れた八宝菜ちっくなもの、焼豚少々。
「お、今日は中華なの。」
「ま、ちょっとしたお祝いだ。」
「入学式だもんね。」
「「いただきます」」
こういう時、声が合ってしまうあたり双子の性を感じる。
「兄さん」
「ん?」
「あーん」
「あーん?」
「これ美味しくない?この前見つけた」
「ふん。美味い。」
「でしょ」
いつも通り食事を済ませ、僕は片付けのために台所へ向かう。
ご飯の支度は僕の仕事、掃除も僕、洗濯も僕、ゴミ出しは英翔、洗濯ものをたたむのも英翔、とまあ、そんな具合だ。
「おし。英翔!そろそろ行くぞ!」
「はーい」
学校は家から電車で30分のところで、近い方だと思う。
“私立 麗星学園大学附属高等学校”
超お金持学校であると共に私立の中で一二を争うエリート校だ。
能力重視型の教育カリキュラムを登用しており、実力があれば金がなくても入学出来る。
僕ら兄弟は後者の入学許可候補生だ。
成金趣味の門を抜け会場へ向かっていると、
「双子?」
「でしょ。」
「一卵性双生児ね。」
眼鏡を掛けた賢そうな女子二人が興味が有るんだか無いんだか、無表情でこちらをガン見してきてなんか怖かった。
お嬢様お坊ちゃん学校なだけあってからかってくる奴がいなかったのにはホッとした。
「兄さん」
「うん?」
「なんか凄いね。僕ら高校生だね。」
「だな」
「えい」
「何だよ」
「えへへ。何かこれ楽しー」
僕の肩に頭を擦り付けて歩く様はなかなか高校生には見えないだろう。
これでも上の中くらいの実力はあるのだが。
「英翔、恥ずかしいからやめなさい。」
通りかかった女子の気まずそうな目とかち合って、その子がなかなか可愛かったので、頭を抱えたいのを何とか堪え英翔の頭を引き剥がした。
「ああ、そうだ。」
大事なことを思い出した。
目をパチクリさせる英翔に、
「僕は新入生代表で挨拶あるから別行動な」
というと。
英翔は、嬉しいような眩しいような、寂しいような誇らしいような変な顔で、
「はい」
笑った。
入学式が無事終わると、掲示板にクラス分けの為のプリントが張り出された。
嬉しそうな歓声や不満そうな文句といった、イベントを楽しむ様子はまるで無い。
確認をしてすぐ次の人に譲るか、品良く微笑んで「○○さん、教室までご一緒しませんか?」などと躾の行き届いた立ち居振る舞いで去っていくかのどちらかだ。
クラスは全部で5つ。
AクラスとBクラスは英語を中心に。
CクラスとDクラスは・・・帝王学って何だよそれ。
Eクラスは特進科である。
因みに僕と英翔はEクラスだ。
一つしかないので見る意味は然程ないのだが、まあ確認の為。
「あの」
突然何処かからか声がした。
鈴の音のような可愛らしい声だ。
だが姿が見えない。
「?」
「こ、此処です」
「ん?」
「ど、どうも」
振り向いて視線を下げた先に、小さな少女が膝を擦り合わせて立っていた。
「ちょ、ちょっと、退いて貰えないかと」
それで張り出されているこれを見に来たのだと分かる。
「ああ、ごめん。邪魔だったね。」
「邪魔だなんて!そ、そんな、すみません。」
「何で君が謝るの」
「す、すみません」
「ほら」
「あうぅ、すみませ」
「ほら」
「あう」
何かこの子面白い、また遊んじゃおうかな、などという外道な考えを頭から振りはらい、
「ごめんな。泣かないで。」
わしわし、と頭を撫でると、
「むー。同い年なのに」
怒った顔をされてしまった。
「…ああ」
「あっ!今思い出したみたいな顔しないでください!もうっ!怒りますよ!」
「もう怒ってるじゃん」
「あ、た、確かに」
納得するなよ。
大丈夫かなこの子。
「って、あ!それで私の気を逸らそうという魂胆ですね!その手には乗りません!」
今気がついたのか、こいつ。
「あれ、というか貴方は、新入生代表の挨拶をしていませんでしたか?」
今気がついたのか、こいつ。
「っていうか、私と同じクラス?」
今気がついたのか、こいつ。
「兄さん」
と、右手側の廊下の柱の影から、殺気のこもった目で少女を睨みつける英翔が顔を半分だけ出してこちらを見ていた。
「英翔、お前も確認しとけよ。」
「兄さん、誰ですかその可愛い方は」
「知らない。君は誰だい?」
「え、あ、はあ。わ、私は、東雲聡子と言います。」
「だって」
「兄さんとどういったご関係ですか」
「い、今此処で会っただけです。」
「へええええそおおですか」
「確認は?しないの?」
「え」
「じゃ僕行ってるから確認してから来いよ」
「え、兄さん。ちょっと待ってよ。一緒に教室行かないの?」
「だから確認しろっつってんだろーが」
「あうぅ〜怒んないでよ」
「じゃあ行こうか、東雲さん」
「は、はい。良いんですか、弟さん置いてっちゃって。」
「良くない!!」
「良いよ」
「兄さあああん!!」
「うるさいっ」
「あう。兄さんが意地悪です。きっとその方がお好きなんですね。分かりました。不肖弟、喜んで裏方に回りましょう。」
「あのなー」
「何ですか、今更謝ったって許してなんてあげません。」
「そうか。頭を撫でようかと思ったんだが。じゃあいいな。」
「え!い、要ります!」
「許して貰えないんだろ?」
「いいえ、対応によっては許すこともやぶさかではありません。」
「ふむ?」
「ぎゅっとして、ごめんな、英翔、と囁いてください。」
「…行こうか、東雲さん。」
「えっ、じゃ、じゃあ頭撫でるだけでいいから!ね!兄さーん!」
地べたにぺたんと座り込んだ英翔を置いて、僕と東雲聡子は英翔とは反対方向へと歩き出した。
何だか「おにあい」の秋子みたいになってしまいました。