魔法言語
申し訳ございません。ジュリアが馬の様子を見に行ったのはギリオンの馬ではなく、グラディスの馬でした。
修正いたしましたが、読者様を混乱させてしまうことになりました。申し訳ございません。
長男。剣が好きなグラディス。
次男 魔法が好きなギリオンです。
灰色の羽毛に包まれた小鳥が、俺の部屋の窓の縁に止まっている。
俺が小さくちぎったパンを置いていくと、申し訳なさそうな声を出す。
『すまねぇ、恩に着るぜ』
「まあ、意味もなく来られると困るんだけど、君のような事情なら少しは力になれるよ」
『ああ、というかこのパン美味い! もしかして白パンか!』
一口ついばむと、鳥は驚愕の声を出し目にも止まらなぬ速さで頭を上下させる。
『うおおおお! 美味い! 美味い美味い! 俺、怪我して良かったぜ』
「ちょっと、そういう言う方は」
『冗談だよ。俺達鳥にとって羽は命だからな。こんな風に傷付けられたら、たまった物じゃない』
鳥はせわしなく動かしていた動きを止めると、片方の翼を広げて俺に見せる。
その翼からは少し血のようなものが滲んでおり、痛々しい。
「その翼で飛べるの?」
『あー、少し痛えけど遅くならな。おかげで飯を捕るのにも一苦労だよ』
「そっか、ごめんね。治せなくて。俺は医者じゃないから」
『何言っているんだ。こうしてパンをくれるだけでも十分じゃねえか』
そう言うと鳥は、この話はお終いとばかりにパンを食べる事に集中する。
「ところで、その怪我の原因がゴブリンだって本当?」
――ゴブリン。
世界各地に多く存在する魔物。大きな鼻と耳が特徴的で、緑色の体表を持つ人型の魔物。
個々の力は大した事がないが、群れる性質を持つ。集団で狩りをしたり、人を襲うことが多い。並外れた繁殖力を持ち、放っておくとゴブリンだけの村や国が出来上がってしまうほどだ。中でもゴブリンキングとなる個体が存在すると、ゴブリンたちの力は桁違いに跳ね上がるらしい。
過去にはゴブリンキングが率いる大規模な魔物集団に国を滅ぼされた事もあると聞く。
ゴブリンとはなんと恐ろしい魔物か。
『ああ。奴等、俺が飛んでいたら石ころを投げつけてきやがったんだ』
「それはどこの場所なの?」
『この屋敷から結構近くの西の森だったな』
この屋敷から東の方面はアスマ村だ。となるとゴブリン達は西のの森からやってくるという事。それも結構近くにまで来ているとのことなので、最初にこの屋敷が狙われるのではないだろうか。
『まあ、当ても無くふら付いてる感じだったし、まだ森の中を徘徊しているんじゃねえか?』
「そっか、わかった。父さん達に報告してみるよ」
『おう! 頼むぜ! んじゃ、俺はそろそろ行くわ』
そう言うと、鳥はぎこちないながらも翼を動かして元気よく飛んでいく。
「気をつけてねー」
「……ジェド、お前誰に叫んでいるんだよ」
振り返ると、俺の部屋の扉ではギリオン兄さんが立っていた。手には何やら赤いカバーに包まれた書物らしき物を持っている。
「ちょっと、叫びたくなっちゃって」
自分でも苦しい言い訳だと思う。
「何かお前、最近様子がおかしいってジュリアと母さんから聞くぞ? 大丈夫なのか?」
ジュリア姉さんだけでなく、母さんにもそのような心配をかけていたとは。
「大丈夫だよ。ところでギリオン兄さん、その本は何?」
「あん? これか? 魔法本だよ」
「魔法本!? ちょっと見せて!」
ついつい忘れていたのだったが、この世界は魔法が存在するというファンタジー世界だった。動物達の事でそんな事はすっかり忘れていたよ。
火とか水とか風とか扱えるのであろうか。
「いや、見てもお前なんかに理解できる訳がないだろうが」
できるはずがないだろうと呆れたように、本をひらひらと動かす。
むう、何かその言い方ムカつく。一応この世界の文字だったら何でも読めるんだからな。
「見せるだけでいいから」
「まあ見ても無駄だろうけど。ほれ」
ギリオン兄さんは、にやりと笑い俺に本を手渡す。
分厚くて結構な重さがある。辞書や広辞苑を手に取っているかのようだ。
「えっと、魔法教本。著者ケイオス=マクラード」
「は? お前もう文字が読めるのか?」
「うん、少しなら」
ごめんなさい。文字なら全て理解できます。
「ま、まあそれでこそ俺の弟だな。でも少し読める程度じゃ魔法の理解なんて程遠いぜ」
一瞬驚きこそしたものの、ギリオン兄さんすぐに落ち着きを取り戻す。
そんな様子を面白く思いながら、俺は一ページ目を開いた。
「えっと……何々魔法とは空気中に存在する魔力に、『魔法言語』という言葉を紡ぎ、語りかける事によって発動するものである。へー、何だか凄いんだね」
「…………」
他にも細かく理論みたいなものが乗っていたが、俺はパラパラと紙をおくっていく。
「ま、まあ言葉が少し読めるからと言って魔法を正しく理解し、発動できる訳は無いからな。なんと言っても『魔法言語』通常の言葉とは異なる独特な発音、強調、リズム。全てが揃わなければ発動はしない!」
何だか凄くギリオン兄さんが熱く語りだしたよ。急にどうしたんだろうか。まあ、まとめて教えてくれたから嬉しいのだけど。
するとページに初級魔法という物が表記してある所が目に止まった。
「初級魔法か。魔法ってランクがあるの?」
「あ、ああ。初級、中級、上級と分かれていて、それぞれ言語も威力も違うな」
「ちなみに兄さんはどこまでできるの?」
「へへ! 聞いて驚け! なんとこの間、火属性、水属性、風属性の初級魔法を発動させる事に成功したんだぞ!」
「それって凄いの?」
得意げに胸を張るギリオン兄さんだけど、俺にはこの世界の一般的な基準がわからないのだから判断のしようがない。
「当たり前だろ。三つも属性も使えるうえに、十一歳で初級魔法を使えるんだからな」
眼鏡を持ち上げ、得意げに答えると「もう魔法学校の入学も決まっているしな」とさらに付け足した。
どうやらギリオン兄さんは優秀な部類らしい。
「へー、初級魔法ね」
なになに。魔法には六つの属性がある。火、水、土、風、光、闇。
なんだ、ギリオン兄さん半分しか使えないじゃないか。
「ギリオン兄さん。土と光と闇は使えないの?」
「う、うるさい。普通の人間は多くて二属性しか持っていないんだ。全部使える奴なんておとぎ話の中だけだ」
俺が疑問を投げかけると、ギリオン兄さんは悔し気な表情で視線を逸らした。最後の、おとぎ話の中だけという言葉には、どこか自分自身にも言い聞かせているようにも思えた。
「ひょっとして、全属性を使えるおとぎ話の主人公に憧れて魔法を始めたんじゃ」
「う、うるさい! お前ぶっ飛ばすぞ! 本を返せ!」
すると、ギリオン兄さんは顔を赤くして怒りだした。や、やべえ図星だったんだ。
「あー、ごめんなさい。もう少しだけ見せて」
「全く」
素直に謝ると、ギリオン兄さんは冷静になり、咳払いをする。
なんとか本を奪われずに済んだ。危なかった。ここまで来て中断されると逆に気になって仕方がない。
「……火魔法」
「まあ、そこからは『魔法言語』だな。そこからは流石に読めないだろう」
手を前に突き出し、『魔法言語』によって発動するもの。それにより火球が生み出されて、修行次第では飛ばしたり、爆破させたりする事が可能である。
読むに従い、本を片手に持ちながら手を突き出す。
そして、その『魔法言語』とは。
「【イグニ・フレア】」
「はああっ!?」
そう言葉を呟くと、俺の手からは火球がみるみる大きく膨れだす。
え、え、俺の体に燃え移らない!? 大丈夫なの?
「ちょ、これってどうするの?」
「さっさと中断しろ!」
「どうやって!?」
そんなやり方知る訳も無い! そう言っている間にも火球はどんどんと大きく膨れ上がり、部屋のカーペットにまで燃え移る。
「あーもう! くそったれ! 【マイム・コケラ―ト】」
勢いよく燃え盛る、制御という舵から離れた炎に向けて、ギリオン兄さんは詠唱をした。
自分より遥かに滑らかで、素早い呪文を奏でる。
すると上空には大量の水が収束していき、降り注がれた。
それにより、室内に存在した炎は瞬時に鎮火した。
当然俺達にもかなりの量の水が降り注がれた。
「「…………」」
髪の毛と服は肌へと密着し、絨毯や、ベッド、本棚と全てのものが水に晒された。
水分を含んで重くなった足を持ち上げると、絨毯がぬちゃりという音を上げた。
うわあ、気持ち悪い。
ギリオン兄さんはと言うと前髪が濡れて、顔を覆っているために表情を窺うことができない。水を浴びることによって光を反射する眼鏡がなんか怖い。
「水も滴るいい男だね?」
そう言った瞬間に、紙と眼鏡の奥に隠されていた切れ長の瞳が俺をぎょろりと鋭く睨んだ。
うわあ、まるで蛇みたいな目をしているよ。
「……部屋片付けたら、俺の部屋に来い」
そう言い残すと、べちゃべちゃと音を立てながら部屋から出て行った。
怒られなかった?
部屋には呆然とした姿の俺が一人取り残された。
部屋では水の雫が落ちる音があちこちで鳴り響いていた。