エピローグ 新たなお供
明日に『俺、動物や魔物と話せるんです』三巻が発売です! 店頭にて見かけた際は、ぜひお手にとってみてください。
賢者の日記を読み進めることで、大樹の樹液を発見することはできた。
俺達の想像では、もっと大規模な道具があったり、樹液が通っている脈らしい場所があるものと思い込んでいたのだが、まったく違った。
リビングの中央奥の壁に蛇口のようなものがあったのである。
賢者曰く、樹液が流れる脈にぶっ刺して、そこから吸引して飲んでいたらしい。
本人は樹液を健康的で甘い飲料として捉えていたようだが、身体が軽くなったり、病気が治ったり、快便になったりと異常な症状が多く見られた。
多分、この快便というのが重要なのだろう。日記を読むと身体の中にある無駄な毒素といったものを排出する効果があるので、コムモドキノによる毒素も樹液の成分が取り除いてくれるものだと思える。
そのせいで俺は賢者がいかに快便だったかを読み込むはめになったのだが、エルフを救うためなのだと思って全て目を通した。もう二度と読みたくない。
そんな訳で樹液を発見できた俺達だが、今度はそれらをどう運搬するかで頭を悩ませる事になる。
持ってきた水用の革袋や部屋にあった樽に樹液を入れたまでは良いが、来る際のゴーレムの妨害を考えると、入り口まで運ぶにはさすがに無理があった。
そこで俺達はペガサスに運搬を頼むことにしたのだ。
大樹の入り口で爆睡しているであろうペガサスに、賢者の部屋のベランダに来てもらうよう、フェリスの風精霊に依頼。エルフの集落の時と同じように誘導されてやってきたペガサスに樹液の入った革袋や樽を託す、という寸歩だ。
ちなみにベランダの窓には、部屋の入り口と同じく古代魔法によるロックが内側からかかっていたので、最初からペガサスに乗ってベランダから潜入……なんてうまい話は不可能だった。まあ、潜入時の苦労が無駄にならなくてホッとしたが、複雑な気分である。
十分な量の樹液を運び出すには賢者の部屋とエルフの集落を何度も往復する必要があったけど、ペガサスは不満こそ言えど、最後まで仕事を全うしてくれた。途中で大型の鳥達が手伝ってくれたのもありがたかった。
そうして、樹液の運搬が終わる頃には空が茜色に染まっており、そんな美しい光景の中、俺達はペガサスの背に乗って帰路についた。
集落に戻った俺達は、早速フィアのお婆ちゃんである、フィオナさんに樹液を飲ませてみた。
すると、身体を蝕んでいた緑色の痣が薄くなっていった。
はっきりとした効果が出たので、俺達はそれを小分けにして毎食後に飲ませていった。
すると、フィオナお婆ちゃんの痣は僅か三日できれいさっぱりと消えた。
身体も驚くほどに軽くなり、もはや症状は回復したといってもいいだろう。本人も痛みもなく身体も軽くなったと言っており、もはや病の症状は完全に改善されていた。
フィアから『ありがとう!』と感謝の意を告げられ、俺としても肩の荷が下りた気分だった。
エルフを蝕む病が治ったという情報は、エルフの集落にあっという間に伝わった。
どうして治ったのか、病の原因は何だったのかという皆の疑問にはフェリスや俺が答えた。
最初は、予想していた通り罵声を浴びせられたが、精霊が俺達の言う事が真実だと訴えるように集まってくれたことで状況が変化。
言葉が通じないながらも必死に語りかけてくる精霊達の熱意に心動かされたのか、エルフ達は徐々に懐疑的な視線を柔らかくした。
もっとも、それでも信じないエルフは多くいたが、現に樹液でフィオナお婆ちゃんの病が治っているのだ。俺としてはエルフ全員に認められることよりも、命が助かってほしい思いから行動していたので、特効薬となる樹液の効果さえ認めてくれればそれで十分だった。
それからエルフの集落では、病にかかっていたエルフが次々と回復。
多くのエルフが俺達に感謝してくれた。
家族の命が救われたことや、将来への病への不安が払拭されたお陰か、エルフの集落は実に明るくなった。
今では、俺達を認めてくれる人も増えて、気さくに声をかけられることも多い。
勿論、聖獣であるヤックも大人気だ。
俺は、動物や精霊と話せる能力のお陰か、エルフと精霊の通訳に引っ張りだこになっていたが、同時に多くのエルフ達と語り、遊ぶことができて毎日が充実している。
そんな風にエルフの集落に馴染み、楽しく過ごしていたある日、なんとアオノ鳥であるアオちゃんとハニーバードのハニーが集落にやってきた。
『ふむ、ジェド君久しぶりだね。相変わらず動物を連れて元気そうだ』
『よう、ジェド。来てやったぞ』
アオちゃんは相変わらずなダンディな声でハニーも相変わらずのふてぶてしい態度である。
『何だこの鳥は? 偉そうな奴等だな』
アオちゃんとハニーの言葉を聞いたヤックがそのような言葉を漏らす。
一番偉そうな奴がそれを言うか。
『さて、ジェド君。君の家族が何やら面白い……もとい大変なようだが、そろそろ戻った方がいいと思うぞ?』
「おい、俺の家族が大変なことって何だよ?」
正直に言って、うちの家族がちょっとやそっとの事で大変な目に遭う姿が想像できないのだが……。
『フフ、知りたいかい?』
俺が首を傾げているとアオちゃんが勿体ぶるように間を空ける。
何だろう。俺の反応を窺って楽しんでいるようで少し腹が立つ。
『騒動の中心はジェドの家の次兄だよ』
「まさかギリオン兄さんが……魔法学園を退学になったとか!?」
『……真っ先に思うのがそれなのか』
「何だよ? じゃあ何なの?」
ギリオン兄さんがトラブルを起こす事は当たり前すぎて、皆目見当がつかない。
『婚約者だったかね? よくわからんが嫁ができたとか屋敷で母親が騒いでいたぞ』
「ギリオン兄さんに婚約者!? 一体どうなってるんだ!?」
意味がわからない。ちょっと前まで手紙でお金を貸してくれとか言っていた兄に、どうして婚約者ができているのか。
あの偏屈な魔法好きの変態に婚約者ができるとはどういうことだろうか。なんか納得がいかないのだが……。
俺がギリオン兄さんのことについて考えていると、今度はハニーが話し出す。
『おい、何かエーテルにいるゴブリン達が不穏な動きをしているようで、鳥型の魔物に乗ってエーテルの上空をうろついていたぞ? なんなんだあいつらは? ギルドの職員もジェドに帰ってきて欲しそうなことを呟いていたな。後、街にいる動物達も事件を解決してほしいから帰ってこいって言っていたぞ』
「ゴブリン達が鳥に乗って空を飛んでいる!?」
ああ、こっちもこっちで意味が分からない。
ゴブリン達は一体何をやっているのか。 あいつらは上空からエーテルを攻めるつもりなのだろうか?
それにギルドも動物達も俺に用があるみたいだし、これは大変だぞ。
「……そろそろ街に戻ろうかな」
ちょっと、俺達がいない間に起こっていた事件の数々を思うとため息が出そうだ。
俺は早速とばかりに、帰る準備を整える。
「なあ、ペガサス。俺達急いで帰らなくちゃいけないんだ。途中まででいいから、背中に乗せてくれないか?」
さっさと帰るためには、ペガサスに手伝ってもらうのが一番だ。
俺は、今や樹液を運搬するのに必要不可欠の存在となり、エルフに崇められ、お世話をしてもらっているペガサスに頼む。
『なに? ジェドはもう帰るのか? しょうがないな、俺が送ってやろう。その代わり、落ち着いたら俺にも連絡をよこせ』
「あれ? 何かいつになく素直だな? もっと『どうして俺が運んでやらねばならんのだ』とかごねると思ったんだけど」
もっと、こうグダグダと訳のわからないことを言うのがペガサスのはずなのに。
俺が不思議そうな顔をして見つめると、ペガサスがそっぽ向いて呟く。
『……まあ、お前は特別だと我が認めただけだ。特別にヤックと同じ、友として認定してやらんこともない!』
「ははは、そうか。ありがとな」
何ともツンデレな奴だな。
『帰るのならさっさと準備をしてこい! 俺の気が変わらんうちにな!』
俺がニマニマとした顔でも見つめてやると、ペガサスがフンと鳴らして言う。
あまりいじると拗ねてしまいそうなので、俺は素直に退散。
フェリスや長老、フィアといった人々に声をかけてから、帰りの準備をする。
すると、俺達が帰るという情報が伝わったのか、エルフ達が続々と広場に見送りにやってくる。
そして、その中でフィアの家族が前に出てきた。
「ジェド! 私達エルフを救ってくれてありがとね!」
「ありがとうね。お陰で私もすっかり元気だよ」
すっかり明るい笑顔を取り戻したフィア、快調な様子のフィオナお婆ちゃん、嬉しそうな両親を見るとこちらも嬉しくなる。
「どういたしまして」
俺はにっこりと笑って答える。
「それにしても帰るのが早いよー。まだ来たばっかりなんだし、後五年くらいいたらいいのに」
「うふふ、そうね。でも、ジェドさんには用事があるみたいだし、また今度来てもらおうね。その時は五年でも十年でも」
「そうだね!」
フィアとお母さんの会話がちょっとおかしい。
俺達人間からすれば、五年、十年はちょっとの滞在に入りませんよ?
なんて苦笑していると、今度は長老とフェリスがやってくる。
「ジェドさんのお陰で森が救われたよ。エルフの集落の代表としてあらためて礼を言うね。これで私も健やかに寿命をまっとうできそうだよ」
「いえいえ、俺達だけじゃなく、フェリスの協力があってのことですよ」
「こんな孫でも役に立ってくれたのなら嬉しいよ」
そう言って、長老はフェリスの背中をバンバンと叩く。
しゃがれたその声とは裏腹に長老はとても元気そうだ。
「ジェド、本当にありがとうね。何度感謝しても足りないのだけれど、皆を救うことができたのはあなたのお陰よ。ジェドが困ったら絶対に今度は私が助けるから、いつでも連絡をちょうだいね。精霊の皆も待っているから」
「うん、ありがとう。その時は頼むよ」
俺は最後にフェリスと握手して、ペガサスの背に乗り込む。
『もういいのか?』
「うん、絶対にまた来るから」
『そうか』
語りたいことはたくさんあるけど、これ以上やっていると帰れなくなりそうだ。
それに今生の別れでもないのだ。用事が済んだらまた来ればいい。
「あれ? そう言えば、ヤックを見かけないな? 適当にどこかほっつき歩いているのか?」
『おー、やっと来たか! それじゃあ、さっさと行こうぜ!』
俺が辺りを見回すと、ペガサスの翼に埋もれていたヤックがひょっこりと顔を出した。
「……おい、さっさと行こうぜってどういうことだよ?」
『あーん? 決まってんだろ? ジェドについてくってことだよ。森の生活もいいけど、たまには街にだって行ってみたいしな。俺一人じゃごめんだけど、話がわかるジェドがいるからな! 旅立つには今しかねえってわけよ!』
いやいや、お前からすれば友達が増えたようなものだけど、俺からすればそうはいかないのだが。
「いやいや、待て待て。街にいる動物や魔物だけでも精一杯なのにお前みたいな問題児連れて行けるかよ!」
『問題児って何だよ!? 別に養ってくれって言ってわけじゃねえよ! それにお前だってこの先動物や魔物と出会ってくんだろ? その時に同じ動物である俺がいれば、少なくても同じ動物である相手は警戒心を下げるぞ?』
うっ、ヤックの癖に妙に正論のような事を言ってくる。
実際に今回のエルフの森に訪れた際でも、ヤックのお陰ですんなりと交流が上手くいったのは確かだ。
こいつが聖獣として崇められている事を抜きにしても、これから出会う動物に俺の能力の事を話してくれると円滑に交渉ができるかもしれないし。
「あー、もうわかったよ! 付いてきたらいいさ!」
『へへ、ジェドならそう言うと思ったぜ!』
『背中でわちゃわちゃとうるさい奴等だな。いい加減別れは済んだのだろう? もう飛ぶぞ?』
ペガサスがしびれを切らしたのか、苛立たしそうに言うので俺は慌てて背中に掴まる。
翼に隠れていたヤックはポーチの中にするりと入ってきた。
ペガサスが翼を一気に広げてはためかせると、ゆっくりと宙へと浮いた。
翼がはためく度に高度は上がり、どんどんとエルフ達が遠ざかっていく。
エルフの皆に手を振り返していると、やがてエルフが見えないほどの高さまで上昇。
十分な高度をとったと判断したペガサスは、翼や脚を動かして空を進み出した。
涼やかな風が当たり、俺達の髪の毛を揺らす。
「ふー、空の風が気持ちいいね!」
『ああ、そうだな。相変わらずペガサスの上から眺める景色は最高だな』
視界には澄み切った青空、そして雲。遠くに見える山々や森、川といった日常からは見られない景色が映っていた。
『なあ、ジェド。エーテルってどんな街なんだ?』
どんな街かと言われると難しいな。
『エーテルは、たくさんの動物や魔物が近くに住んでいる面白い街だよ』
『魔物が住んでいるのに大丈夫なのかよ』
「色々と問題は起こるけど、俺の能力のお陰で何とかなっているよ」
そう、今後も俺達の向かう先では色々な問題が起こるだろう。
その街にいる動物や、森にいる魔物。皆にそれぞれの事情や主義があるのだから。
そして、それらに俺は巻き込まれることもあるだろう。
なぜならば、俺は動物や魔物と話せるのだから。
それでも俺はこの『全言語理解』の力を楽しみたい。それがジェドとして生まれ変わった俺だけの人生なのだから。
旅をすると色々な出会いや成長があって最高だろ?
「さて、エーテルに帰ったらまずは何から片付けようか」
『ジェドの兄貴の婚約者問題と、鳥に乗って空を飛ぶゴブリンだっけ? 何か色々と面白い事になってるな』
「街にいる動物も何やら騒いでいるようだしね」
何せ白パン一つで大騒ぎする連中だ。何がきっかけで暴れ出すかもわからない。
「ペガサス! エーテルの近くまで急いで頼むよ!」
『ああ! 任せろ!』
22日に発売した、『転生して田舎でスローライフをおくりたい』四巻もよろしくです!
さて、ようやくエルフ編が終わりです。




