合言葉は古代魔法
11月25日に「俺、動物や魔物と話せるんです」三巻がMFブックスより発売!
螺旋階段を上った先には、まるで家の入り口だというような扉があった。
それもゴーレム同様でやたらと凝ったデザインだ。
扉のデザインや装飾、ノブの形といったところまで細々としている。木のトンネルの中にそんな扉があるせいかやたらと浮いている印象だ。
「ここが賢者の部屋の入り口?」
扉を前にしたフェリスが扉を前にして首を傾げる。
「そうらしいよ」
「……なんか思っていたよりもお洒落ね。まあ、今はそんなことはどうでもいいわ。早速中に入りましょう」
そうやってフェリスがドアノブに手をかけるが、扉はガチャリとドアノブの音が鳴るのみ。
「えっ? もしかして鍵でもかかっているの?」
「多分そうなんじゃないかな?」
交代して引いたりスライドさせてみたりしたけどビクともしない。
何というか鍵がかかっているというよりかは、扉が固定されているような感じがした。
「……ヤック、開かないんだけど」
『いや、そんなこと言われても鍵なんてかけてるところは見たことねえぞ?』
「おいおい、ここまで来て鍵がないとか困るんだけど」
「ちょっと鍵がないってどういう事よ!」
俺の不穏な台詞で理解したのか、フェリスが俺の肩を掴んで苛立ちをぶつけるかのように揺さぶってくる。
「文句があるならヤックに言ってくれよ!」
「頑張っているヤックに文句なんて言えないでしょ!」
俺ならいいのかよ。などという突っ込みは放置して、フェリスを何とか落ち着かせる。
勿論、苛立つ気持ちは俺も同じだ。せっかく目の前まで苦労してやってきたのに引き返すなんてことはできない。
何としてでもこの小粋な扉を開いて、中に侵入しなければ。
俺達は手分けして周辺で手がかりを探す。
俺は扉を丹念に調べ、フェリスは真剣な瞳で扉の周りを観察していく。
「……ねえ、ジェド。ここに何か書いてあるんだけど? これって文字よね?」
「どれどれ?」
フェリスが指し示したのは扉の地面すれすれの場所。なんか鍵を忘れた時のためにポストに予備の鍵を置いておくような感じだな。
そこを見ると、確かに文字らしきものがあった。
『ああ! そういえば賢者が部屋を出る時、たまに何かぶつくさ唱えてた気がする!』
「そういうことは早く思い出してくれよ」
じゃあ、これが扉のロックを解除する鍵になるものなのだろう。
「言語はジェドの分野でしょ? 早く読んでみなさいよ!」
「はいはい、任せて」
『全言語理解』の能力を持つ俺ならば、どんな文字だって読み解くことができる。
エルフ語だろうが、人族語、動物語、魔物語はあるか知らないけどお安い御用だ。
「合言葉は古代魔法言語で――」
ふむふむ、ここまでは日本語か。やはり賢者は日本人の転生者だな。
合言葉というからには、言葉に反応する仕組みなのだな。
エルフの集落の結界と時と同じで、その合言葉とやらを言えばいいのだろう。
そして、視線を横に動かすと日本語とはまったく違う文字があった。
どこか魔法言語に似ているような……。よくわからないが、意味や発音は理解できるので、俺はそのまま口に出してみる。
「【解錠】」
それを口にした途端、身体にある魔力が根こそぎ抜けていく感じがした。
まるで何か強力な魔法が発動したような。立ち眩みのような症状だ。
「ジェド! 大丈夫!?」
「ああ、うん。大丈夫。何でかわからないけど、力が抜けて……」
バランスを崩した俺の身体をフェリスが支えてくれる。
そんな中、状況の把握に努めようとしていると、ガチャリと扉が開いたような音がした。
もしかして今ので扉が開いたのだろうか?
「もう大丈夫だから、扉を調べてみて」
「わかったわ」
自分の足で立ち上がって問題ない事を示すと、フェリスは少し心配げな視線を向けながら頷いた。
フェリスが鍵のかかっていた扉に手をかける。
「あっ、開いたわ!」
すると、先程までビクともしなかった扉が自然に開いた。
「……もしかして、さっきの合言葉のお陰かな?」
「私にはよくわからない言葉を発したように思えたけど、それのお陰なのかしら?」
やはりフェリスにも馴染みのない言葉だったらしい。エルフ語ではないようだ。
壁には古代魔法言語で――と書いてあったが一体どういうことなのか。俺が知っている魔法言語とは違うのか?
「まあ、今はとにかく中に入ってみましょう」
「それもそうだね」
今はわからないことを考えても仕方がない。
俺は立ち上がって、フェリスの言う通りに中に入ることにした。
賢者が住んでいたと言われる部屋。中は非常に広く、家具も充実しており生活感が漂っていた。
『おー! 久しぶりだなこの部屋! ここのソファーがちょうどいいんだよなぁー。ああ、野性に帰れなくなるー』
部屋に入るなりヤックが興奮した声を上げて、ソファーで寝転がる。
どうやらヤックのお気に入りの場所だったらしい。
懐かしむ気持ちもわかるが、今は樹液についての情報が欲しい。
「ヤック、樹液はどこなんだ?」
『奥の部屋のどこかだぜー』
奥の部屋のどこかって……相変わらず情報が適当だが、ここは迷路のように広いわけでもないのだ。曖昧なヤックの情報を聞くよりも自分で探した方が早いな。
「奥の部屋のどこかだって。手分けして探そう」
「わかったわ!」
俺の言葉を待っていたとばかりにフェリスが反応。率先して右側にある部屋に入っていく。
さすがに入り口のように魔法による鍵はかかっていないようだった。
それを見た俺は反対側にある左側の部屋へと入る。
すると、そこにはテーブルに椅子にベッドといった寝室のような部屋だった。
女性のように可愛らしい家具や小物が置かれているわけでもなく、色味も気にしたような事はない、自分の中にある機能美だけを追求した部屋だ。
「まんま、男の一人暮らしといった感じだな……」
思わず感慨深く呟く。
壁に貼り付けられている日本語の文章が気になったが、どれもこれも古代魔法という単語があった。先程のように読み上げて魔力を奪われては堪らないので、気にはなるが無視して部屋を探す。
けれどここは寝室。当然のように樹液らしきものはない。
ここで水のように飲んでいたと聞くが、とても樹液を採取できるようなものはないな。
ハズレの部屋だったのだろうか。
念のため、部屋にあるものを眺めていると、テーブルの上に一冊の手帳があるのに気付いた。
「賢者の日記か?」
長年使い込まれて汚れていたが、随分と綺麗なものだった。
思えば、最初に入った部屋の中にある家具も綺麗だった。
先程の扉のように魔法による保護を受けているのだろうか?
いろいろ気になることも多いが、まずはこの日記からだな。
「『堂本義明の異世界日記』」
……やっぱり日本人か。
恐らく俺と同じ転生者なのだろうな。
勝手に日記を覗くのはあまり良くないことであるが、手がかりが欲しいために読ませてもらおう。
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次の話は賢者の日記です。




