エルドラ鉱石の威力
「やばいよ、フェリス。今の攻撃でフェリスが目をつけられたよ」
「う、嘘!?」
フェリスに忠告をして、俺は急いでその場を離れる。
後ろの方から置いていくなど酷いなどと抗議の声が聞こえるが、ここは仕方がない。
それにしても、フェリスが惜しみなく魔力を投入した魔法を食らっても、あの程度の傷か……。
ならば俺が上級魔法を使って……と思ったが、あの様子を見る限り結果は変わらなそうだ。
全力で放ったとしてもゴーレムの装甲をボロボロにできる程度であろう。
それにそんな魔法を放てば、俺は魔力切れで倒れてしまう。
そうなると、もっと厳しいことになりそうだ。
近くに拠点があり時間があるのならば撤退も選べるが、病人がいる以上早く戻ってやりたい。
それに戻って来た時にはあのゴーレムの傷が再生している可能性もある。
それを考えると、撤退はしたくない。
「俺にもっと魔力があれば、俺にもっと魔法を使いこなせるだけの技量があれば……」
『なあ、それじゃったら、あれを使ったらどうじゃ? お前さんが回収していたエルドラ鉱石』
自分の至らなさに悔しがっていると、おずおずといった調子で土精霊が語りかけてきた。
「そうか! とっておいた鉱石があったんだ。今こそそれを使うべきだな!」
『そうじゃ!』
大昔の連中はエルドラ鉱石に魔力を限界まで込めて、臨界させて爆発させていた。今回も同じように、魔力を込めて投げつけてやればゴーレムに大ダメージを与えられるはず。
俺は自分のポーチに手を突っ込んで、エルドラ鉱石を手にする。
拳ほどの大きさのあるエルドラ鉱石は、光に反射して赤く輝いていた。
これに魔力を込めて臨界させると爆発する……。
それはいかほどな威力なのか。
「これってどれくらいの魔力を込めれば臨界するんだ?」
『結構な量の魔力がいるのぉー。この大きさならばお前一人でもいけるんじゃないか?』
そう言われて、試しに俺は魔力を込めてみる。
すると、エルドラ鉱石は水を吸うかのように、俺の魔力を吸収していく。
そこで俺はハッと我に返る。
「……これって一体どれくらいで臨界ってわかるの?」
いつの間にか臨界して、爆発では凄く困る。
爆発の規模によっては腕が吹き飛ぶだけじゃ済まないぞ。
『確か鉱石が白くなって震え出したら合図じゃな』
「爆発の範囲はどれくらいなんだ? ここで爆発させても全員が死ぬような範囲じゃないよな?」
『この鉱石の大きさだと、この広間の半分もないほどじゃと思うぞ?』
というかこの手の平サイズでそれほどの範囲なのか。自分で上級魔法を使うよりも遥かに威力の高い攻撃になりそうだな。
「本当だよな? 信じるからな? 爆発したら責任とってくれよ!?」
『わははは! 確か昔の人間もそうやって戯れていた気がするのぉ』
「こっちは本気なんだけど!?」
土精霊の言う昔の人は頭がおかしいと思う。芸人じゃないんだから。
俺はエルドラ鉱石が爆発しないかビクビクしながら魔力を込めていく。
すると、土精霊の言う通りに鉱石が徐々に白くなってきた。それに加えて、鉱石がこれ以上魔力を注ぐと爆発しますよ! と訴えるようにブルブルと震え出す。
なんか如何にもヤバい感じだ。
「なあ、もういいだろ?」
『まだまだ、完全に白くなってからじゃ』
「くっ! 鉱石の中にある魔力が溢れ出ようとしてきて大変なんだけど!」
『頑張ってそれを押しとどめるのが昔流の修行らしいぞ? 失敗したらボンじゃけどな』
うう、やっぱり昔の人は常軌を逸している。そういうことがあったから、今ではエルドラ鉱石を見かけないのではないだろうか。
「ねえ、ジェド。それって魔力を込めると爆発するやつよね? 大丈夫なの?」
「た、多分?」
「そこから凄く不穏な魔力が感じられるわ! 爆発の規模がわからないし、投げるなら遠くから投げてよね! そしてタイミングもきちんと教えなさいよ!?」
フェリスがゴーレムの攻撃を必死に躱しながら叫ぶ。
どうやら離れているフェリスでも察知できるくらいの不穏な魔力らしい。
そんな事を思っていると、俺の手の中にあるエルドラ鉱石の半分以上が白く染まる。
もう、これくらいで十分だろう。
「フェリス! 一旦ゴーレムから離れて! エルドラ鉱石を投げるから!」
「ちょっと待ちなさい! このゴーレムがしつこくて!」
ゴーレムを見ると、すばしっこく逃げ回るフェリスに大剣を振り回していた。さっきの攻撃が余程根に持たれたのだろうか。
これは少し援護をしてやる必要があるな。
「土精霊、フェリスに力を貸してあげて!」
『じゃったら魔力をよこせ』
俺が必死に訴えかけるも、土精霊はきっぱりと告げる。
「いや、俺はエルドラ鉱石に魔力を注ぐので精一杯なんだけど!? というかエルフ皆を救うためなんだから、無償で手伝ってくれてもよくない!?」
『あほ! ワシらは魔力を糧にして存在してるんじゃ。魔力なしで力を行使すれば消滅してしまうわ!』
むむむ、さすがにお前に犠牲になれとは言えないしな。土精霊に言う分も最もだ。
「じゃ、じゃあ、俺が少しずつ魔力を渡していくから、その力を使って助けてあげて!」
『それができるなら初めからそうせんかい』
いや、試さないとわからないくらいだから。でも、皆の命がかかっているんだ。やらなくちゃいけない。
俺は手の中にあるエルドラ鉱石に魔力を注ぎつつ、微妙ながら土精霊へと魔力を渡していく。
『これ! エルドラ鉱石へ魔力を注がんかい! 途中でやめたらやり直しだし、時間をかけすぎると鉱石が堪えられなくなって破裂するぞ?』
「わかってる! ……えっ、ちょっと後半の情報は初めて聞いたんだけど?」
『いいから集中せんか! エルフの女子がゴーレムに潰されてしまうぞ!』
釈然としない気持ちがあるが、今それを着にしても仕方がないので俺は魔力制御に集中する。
エルドラ鉱石に魔力を注ぎつつ、土精霊にも魔力を受け渡す。
二つ同時に動かして魔力を注ぐのは難しいが、今までにこういう修行はしたこともある。
滑らかに均等に意識して魔力を流すんだ……。
『おお! やればできるじゃないか! それでワシにどうして欲しい?』
気が付けば十分な魔力が土精霊に渡っていたのか、土精霊が強い光を灯しながら尋ねてくる。
あれほどの防御力を持つゴーレムだ。生半可な攻撃では隙を作ることもできない。
ここは高威力な攻撃ではなく、その人間形態の身体を利用して隙を作ってやろう。
「あのゴーレムの足下から土を出してひっくり返してくれ! 質量は多めで押し上げるように!」
『任せろ!』
土精霊が力強く返事すると、ゴーレムの足下から突然大きな杭が隆起した。
フェリスに斬りかかろうとしていたゴーレムは、突然足元からせり上がってきた物に抵抗できず、大剣の重さと相まって後ろへと倒れ込んだ。
「フェリス! 下がって!」
「わかってるわよ!」
俺が叫ぶまでもなく、フェリスはこちらへと駆け出している。
『お前はもう少し転がっておけ!』
ゴーレムは上体を起こしてフェリスを追いかけようとするが、土精霊の力によって空中から大岩が落ちてくる。
勿論その程度でやられるゴーレムではないが、即座に動くことはできない。
ゴーレムが落ちてくる大岩を煩わしそうに払いのけて壊す。その度に土精霊は大岩を降らせ、時に足下から土を隆起させてゴーレムを転ばせた。
『おい、ジェド。もう魔力がなくなってきたぞ!?』
いくばくか光の輝きが弱まった土精霊が余裕のない声で叫ぶ。
「よし、これで十分だ!」
俺はエルドラ鉱石に仕上げの魔力を注いで、白く染め上げる。
魔力が暴走して爆発しないように必死に押しとどめながら。
完全に真っ白になるまであと少し。同時に鉱石がビリビリと振動しだした。
「ちょっと! ゴーレムが動き出すわよ!?」
「……もう少し」
光線が止んだことで、ゴーレムは体勢を立て直す。
フェリスが慌てる気持ちもわかるが、もう少しなんだ。
最後に魔力を詰め込むだけだと舐めていたが、最後に魔力を漏らさずに圧縮して詰め込むのが予想以上に難しい。俺の技術が拙いせいか、魔力がスムーズに入らない。
でも、あと少しなんだ。
固まっている俺達を認識して、ゴーレムがこちらに一歩踏み出す。
二歩、三歩――そして四歩目にして、ようやくエルドライト鉱石が白く染め上がった。
『今じゃ! ぶん投げろ!』
土精霊のお墨付きをもらった俺は、早速とばかりに臨界したエルドラ鉱石をぶん投げる。
「エルドラ鉱石を投げる! 皆、耳をふさいで!」
俺の渾身の投擲を攻撃と勘違いしたのか、ゴーレムは大剣で切り裂こうと腕を振るう。
そして、大剣が接触した瞬間――臨界したエルドラ鉱石がカッと眩い光を放ち、少し遅れて轟音を放った。
途轍もない音の嵐と熱波の衝撃に、伏せていた身体が持っていかれそうになる。
『どわああああ! 耳がいてえええええええ!』
遠くではそんなヤックの声が聞こえた。
心配する気持ちも沸いてきたが、自分の置かれている状況がそれどころではなく、俺は地面に伏せている
ことくらいしかできなかった。
しばらくして衝撃が収まると、フェリスが風精霊に頼んで、漂う煙や熱波を吹き飛ばす。
煙が晴れた先には、爆発によって勢いよく壁に叩きつけられたであろう巨大ゴーレムがいた。
正確にはその下半身だけだが。
どうやら上半身は爆発によって粉微塵に吹っ飛んでしまったようだ。
当然胸部分にあっただろう核も粉々なので、起き上がることもできない。
そんなゴーレムの姿を見て、俺達はホッと息を吐く。
「ようやく倒すことができたのよね?」
「うん。核が下半身にでもない限りは、もう動かないと思うよ」
魔力を大分使ったせいか、俺とフェリスの顔色はあまりよろしくない。
「……それにしても凄い爆発だったわね。あれほどの威力があるとは思わなかったわ」
それはまったく同感だ。かなりの威力だとは想像していたが、まさかあれほどまでとは。
下手な上級魔法よりも強力かもしれない。その分、扱いづらさや魔力の消費量もとんでもなかったけど。
もう、俺の魔力もほとんど残っていないや。
『うはぁー……まだ耳がキンキンするぜ』
巨大なゴーレムが倒れたからか、少しふらつきながらもヤックがやってくる。
ヤックは特に聴覚が良かったために、音による衝撃が強かったようだ。
『……耳が痛え』
「あのゴーレムを倒すためだったんだ。許してくれ」
「ねえ、これで樹液のある賢者の部屋に行けるのよね?」
俺とヤックがのんびりと会話をしていると、フェリスが肩を突いて尋ねてくる。
そうだ。俺達の目的は樹液を持ち帰ることで、ゴーレムなどはどうでもよいのだ。
できる限り急いだほうがいい。
「なあ、ヤック。あのゴーレムの隣にある奥の入り口を進めばいいんだよな?」
『ああ、先にある螺旋階段を上った所が賢者の部屋だったぜい!』
下半身だけになったゴーレムの脇にある扉を指さすと、ヤックがしっかりと頷く。
「あの奥にある、螺旋階段の先にあるって」
「そ、そう! それじゃあ、行きましょう!」
あの先が最終目的地だと知って、フェリスが先に進み出す。
そして俺とヤックも後に続いた。
『俺、動物や魔物と話せるんです』三巻が11月25日に発売。Amazonでも予約開始されております! よろしくお願いいたします。




