大広間の騎士
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ペガサスの背に乗った俺達は上空から流れる景色を見ていた。
視界では連なるように生える木々や山々がしきりに流れていく。
俺達が普段見上げて迂回を必要とする木々も避ける必要もなく、悠々と大空を進む。
「うわー、凄い。空から見える景色ってこんなにも素敵なのね……」
俺の後ろに乗るフェリスが興奮したような声を上げる。
前世では飛行機に乗ったこともあるが、そんなものとは比べようもならない。
俺達はペガサスの背に乗って直に景色を肉眼視して、空気を肌で感じているのだ。
まるで、自分が鳥にでもなったかのような気分だ。
俺達のすぐ左右で揺れる大きな翼が自分から生えているのではないだろうか。そんな錯覚さえ覚えてしまうほどである。
翼の動きはゆっくりとしたものだが、空気をかき分け、時に叩くかのように力強い。
それと同時に軽やかに脚が動く。
これは空気を蹴っていたりするのだろうか? それとも人間が走る時のように、手を振ってバランスをとったり、スピードを出しやすくする効果があるのだろうか?
多分そんなものだろう。
ペガサスは初めて人間を乗せているというのに、バランスを崩す事なく空を飛んでいる。
命綱のない空の旅に内心ではビビっていたものの、いざ飛んでみると安定感は抜群であった。これなら股に少し力を入れて座っていれば落ちることなどないだろう。
ペガサスを信用して良かった。
「いい眺めだね。ずっと見ていたいな……」
俺が思わず、そんな言葉を漏らすとペガサスがちらりと視線を向けてくる。
『だろう? 遥か高みから下賤の者を見下ろす様は爽快であろう?』
「違う。俺はそんな歪んだ視点で世界を見てはいない。純粋に空からの景色を眺めているんだよ」
そんな風に見下しているから猿に翼をひっかかれるんだ。さっきまでの器の大きさはどうした?
『いいなあ、俺も空を飛びたいぜ。そうすれば移動も楽ちんなのになぁ』
フェリスの肩に乗ったヤックがしみじみと呟く。
『たまにお主に似た者が空を飛んでいるが、同じような事はできんのか?』
滑空な。滑空。ペガサスが言っているのは恐らくムササビの事だろう
樹上で生活していて高い所から滑空する動物だ。
『おいおい、俺をあんな一尾のネズミなんかと一緒にしないでくれよ。似ているからって同じことはできないって。お前さんだって馬と似ているけど翼という大きな違いがあるだろ?』
『違いない』
二人はお互いに頷き合うと高笑いをする。
気位の高い捻くれた者同士がつるむとロクな会話をしないな。
ロクでもない会話を聞き流しながら、流れる景色を楽しんでいるとあっという間に賢者の木の近くまでやって来た。
エルフの森にある木々とは一線を画した存在感を誇る大樹。デカいなんてものではなく、まるで天を突かんばかりに伸びているのだ。
そして、その大樹の周りにはどうやってできたのかは知らない深い穴が。
身を乗り出して穴を眺めてみると、やはり底が見えない。穴はどこまでも深く真っ黒だ。上空からなら底が見えると思ったのだが、一体どこまでの深さなのやら……。
『……あの穴があるからエルフ達は近くに寄れなかったのだな』
「そうだよ」
『まあ、大空を自由に駆ける俺からすれば何の障害にもならんがな!』
何だ、ただ自慢がしたかっただけかよ。
「どうしたの?」
俺とペガサスの様子を見て不思議に思ったフェリスが、顔を寄せて尋ねてくる。
「ペガサスはね、こんな穴くらいひとっ飛びだって言っているんだよ」
「さすがは大空を駆けるペガサスね。頼もしいわ」
全言語理解の力を得てから物は言いようだと思う事が多くなった気がする。
『であろう! もっと俺を褒めたたえてもいいのだぞ? エルフの小娘よ』
純粋な賞賛にペガサスが首を高く振り上げて喜びを露にする。
自尊心の高いペガサスはやはりここら辺がツボのようだ。普段は面倒くさいが、扱い方がわかれば単純な奴なのかもしれない。
上機嫌に笑い声を上げるペガサスは、あっという間に穴を超えて賢者の木へと寄っていく。
ヤック曰く、賢者の木は迷路のように入り組んでいるらしいのだが、肝心の入り口が見当たらない。
「おい、ヤック。賢者の木にはどこから入れるんだ?」
『今の俺達から見て正面だよ。正面の根元に穴があるからそこから入れるんだぜ』
さすがは元賢者の木に住んでいた事だけはあるな。大分前の事なので朧げにしか覚えていないと言っていたが、入り口くらいは覚えていたらしい。よかった。
『では、正面だな? そこに降りるぞ?』
フェリスに正面に降りる事を伝えて、俺はペガサスに返事をする。
すると、ペガサスがゆっくりとしたスピードで賢者の木へと寄っていく。
ペガサスは着地するのに丁度良さそうな平地を見つけると、ゆっくりと高度を下げていく。
飛んでいる時もよりゆっくりと、だけど力強く、それでいて繊細に翼を動かす。
そして、地面がドンドンと近付いていきペガサスの脚がそこへ着いた。
背に乗る俺達には何も衝撃はなく、砂埃さえ舞い上がっていない。見事な着地であった。
『どうだ? 快適な空の旅であっただろう?』
「うん! さすがだね! ありがとう!」
俺が礼を言うと、フェリスもそれに習って礼を言う。
「ありがとう。ペガサス」
『うむうむ、たまには礼を言われるのも悪くないな』
鼻をスンスンと鳴らして、気分よさげに尻尾を振るペガサス。
それから、ヤックがフェリスの肩から飛び降りて、地面に着地すると二本脚で立ち上がる。
ヤックは大きく息を吸って叫び声を上げた。
『うおー! 久しぶりに住処に帰ってきたぜー!』
久しぶりの住処に帰ってくる事ができて興奮しているようだ。
叫び終えると、すぐさま四つん這いになり地面の匂いを確認するように嗅いでいる。
ここに住んでいたヤックからすれば、今の場所は庭みたいなものか。久しぶりに帰って来たとあれば、あの喜びようも仕方がないだろう。
あんな大きな穴があったのでは、帰りたくとも帰れないであっただろうしな。
地面をいじっていたヤックは、それから思い出しかのように走り出す。
『ほら、見てみろよ! ここに入り口があるぜ!』
賢者の木の根元に近付いて指をさすヤック。
どうやらあそこから入れるらしい。
『で、俺はここで待っていたら良いのだな? 帰りも乗るのだろう? お前達だけでは帰れまい』
「うん、ありがとう! できるだけ早く戻って来るから」
大樹の影に横になって寛ぐペガサスに、礼を言った俺達は入り口へと走り出した。
それから俺達は賢者の木にある入り口を覗き込む。
そこには大樹の根元にある地面を掘られたような穴があり、大の大人が平然と通れるほどの大きさであった。まるで洞窟のようだ。
『それじゃあ行こうぜ』
勝手知ったる我が家のヤックは、ウキウキとした様子で躊躇することなく中に入っていく。
俺とフェリスもそれに習うように穴へと足を踏み入れる。
洞窟の中は暗闇であり、壁に手を触れると木に触れたようなザラザラとした感触がした。
それもそうか。大樹の中を削って作っているようなのだし。
『おーい、早く来いよー』
洞窟内のせいかヤックの声が反響して伝わる。
「待てって。俺達は動物じゃないんだから暗闇の中なんて見えないんだって」
「えっ? 人間ってこれくらいの暗闇も見えないの?」
「え? 見えないけど?」
「そうなの? これくらいの暗闇が見えないんじゃ苦労するんじゃないの?」
これくらいも見えないの? というような口調で言うフェリス。
どうやらエルフにはこれくらいの暗闇はどうってことがないらしい。森の中で暮らすエルフからすれば当然かもしれないな。
俺なんか、すぐ近くにいるであろうフェリスの顔すらも見えないのに。
「だから人間は群れて、安全な住処を作るんだよ。どちらにせよ、明るい方がいいだろ? 今光魔法を使うから」
俺がそう言って光球を出そうと呪文を唱えると、フェリスがそれを遮る。
「待って。奥の方に行けば光りがあるから魔法は必要ないわ。魔力を温存しときなさい。私が手を引いてあげるから」
そうなのだろうか? 俺にはさっぱり光源なんて見えないのだが……。
まあ、この先暗闇のエリアが続くかもしれないし、魔力は温存しておくに越した事はないか。
まあ、賢者が住んでいた家なのだ。
魔物のような危険生物がいるわけでもないし、そこまで用心する必要はないと思うが、光源の先にはずっと暗闇が広がっているかもしれないしな。
そう思い、手を差し出すと俺の手の平が温かいものに包まれる。
フェリスの手だ。滑らかでいて吸い付くような肌がとても心地よい。
思わずずっとこのままでいてほしいとさえ感じられるようなぬくもりだった。
「…………」
「……じゃあ、行くわよ」
数秒を開けてからフェリスがそう言い、ゆっくりと歩き出す。
フェリスにつられて俺の体も自然と進みだした。
「…………」
何だろう。暗闇で視界が見えないせいか、手の平の感触を余計に意識してしまって気恥ずかしい。
美少女と手を繋ぐのは男として嬉しいものだが、実際やってみるとドキドキするので困る。
さっさと明るい所に出てくれないだろうか。
照れている様子を悟られまいと必死に思いながら進んでいると、フェリスの言う通り光源が見えた。
それから俺とフェリスは光源に向かって歩いていく。
暗闇に慣れきっていたせいか、僅かな光源の光さえ眩しく感じられる。
眩しさに目を細めながら歩き続けると、そこには大きな空間のある場所へと出た。
床や壁、天井といったものはすべて木製。まるで樹木の皮を薄く削って覗かせたような、綺麗な肌色をしている。
天井は高く、三十メートル以上はありそうだ。見上げると発光石が埋め込まれているのが見えた。
どうやら光を発する発光石を埋め込んでいるらしい。それで光源を確保しているのだ。
そんな大広間とも言える一室の奥と左右には一つずつの扉があるのだが、その前に気になる存在がいる。
大広間の中央で傅くように膝をついている騎士の姿をした者が。
右手には鋭く尖ったランスを握っており、左手には大きな丸い盾を装備している。
人型のそれはどう見ても人間が騎士の装備をしている様に見えるのだが、肌の部分が全くなく、全身灰色なのでが人間ではない事だけはわかる。
あれはこの大樹に住む賢者ではないだろう。第一彼が生きていたのは何百年も前の事だ。生きているはずがない。
『何じゃありゃ? あんな奴、昔はいなかったぞ?』
ここに住んでいたヤックも、騎士の存在は知らないらしく首を傾げている。
嫌な予感がする。
大樹に入り、最初の一室に入るとそこにはランスを持った騎士が中央に鎮座している。
……どう考えても侵入者を排除するための、門番にしか見えないのだが。
「人じゃないわよね? 息遣いが感じられないし」
珍妙な騎士を前にしてフェリスが警戒の色を瞳に宿らせる。
あの騎士は魔物なのだろうか? それすらもわからない。
わからないが、真ん中に鎮座している以上はどの扉に近付いても動き出すのであろう。
「とにかく、どうなるかわからないから武器を構えておこう」
俺は腰から剣を抜き、フェリスが弓を構える。
それから辺りを観察しながら騎士へと近付いていく。
『まったくよ。久ぶりに住処に帰ってきたら意味のわからない奴がいるしよ。どうなってるんだ? ちょっと俺、あいつに文句言ってやる!』
俺達が警戒しているのをよそに、ヤックがバカな事を言い出して走り出した。
「ちょっと、ヤック!?」
「あー、もう! 行くよフェリス」
驚くフェリスに声をかけて、俺は慌ててヤックを追いかける。
『おい! お前! 勝手に人の住処に入ってきやがってどういうつもりだよ! 誰の許可を得てここに居座ってるんだ!』
ヤックが騎士の前で怒鳴りつけたその瞬間、騎士が目を赤く輝かせて動き出した。
本当はもっと早くに投稿して明日発売って言いたかったです。
ついに、発売日です! よろしくお願いします!
三万文字くらいは書き下ろししているかと思います。Webバージョンにいるレイチェルの設定が変更されてヒロインになっております。
動物好きの幼馴染みです。
他にも鳥やスモーキーもWebバージョンとは違っているので、楽しめるかと思います。




