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飛翔

本作品の書籍が明後日に発売です。

早いところでは今日から発売しているのではないでしょうか? ぜひお手にとって見てくださいね。

 

 ペガサスに乗って賢者の木に向かう事になった俺達。


 ヤック曰く、賢者の木の中は相当入り組んでいるらしいので、俺は食料を多めにポーチに詰め込んでおいた。もっともそれ程まで長居する気はないが念のためだ。


 あとはいつも通り、父さんに貰った剣を腰に佩いて準備完了だ。


 早速、俺はペガサスの背に跨ろうとしたのだが……。


「……なあ、ちょっとしゃがんでくれよ。それじゃあ、俺が届かないじゃないか」


 ペガサスは人間が乗ることを前提とした馬ではないので、鞍なんていう馬具はない。


 そうなると背丈の大きなペガサスの背には届かないわけで、乗ることができないのだ。


『高貴な俺に跪けというのか?』


 高貴な動物というのはどうしてこうも面倒くさい奴等が多いのだろうか。いや、決してヤックを高貴とか認めるわけではないが。


「跪くとかいう考えをするからいけないんだ。他人を気遣うとかいう考えにしてほしい。このままだと俺は助走してダイブするような乗り方になるぞ?」


『何て乱暴な!? そんな事をしたら俺の翼で叩き落すぞ!』


 ダイブして飛びかかって、この大きな翼で叩き潰されてしまいそうだな。


『まあ、良い。ここは俺が器の大きなところを見せてやろう。高貴な俺は人間に対して気遣いをもてる器なのだ』


 とか言って、後ろ脚をコテンと地面に着けるペガサス。


 前脚は伸ばしているせいか、どことなく胡坐をかいているようにも見える。


 あらやだ可愛い。こうしていたら結構可愛らしく見えるじゃないか。


 これで喋りさえしなければ完璧なのに。


 とにかく、これで俺でも乗れる高さになった。


 俺はペガサスに一声かけてから、背中へと跨る。


 それからペガサスがずいっと腰を持ち上げて一気に立ち上がった。


「うわっ!」


 何の一声もなしに突然立ち上がるので、俺はバランスを崩して落馬しそうになり、慌ててペガサスの首に抱きついた。


『何だ、急に抱きつきおって』


 ペガサスが首をひねらせて俺の方をじろりと見る。


「急に立ち上がらないでくれよ。俺が背中に乗っているから動く時は一声かけてくれよ」


『そうか、すっかり忘れていた。人を乗せるなどという事は初めてだったのでな』


 ペガサスと比べると、今までカン吉とカープがどれだけ俺に気を使って乗せていてくれたか良くわかるな。


 まあ、彼らは人を乗せて走るプロなので、初心者のペガサスと比べても仕方がないのかもしれない。


 大丈夫だろうか? いきなり空を飛んで。何だか不安になってきたぞ。


 賢者の木に向かう前に練習をしておくべきではないだろうか。


 エルフの集落には馬が存在しないために馬具がない。


 そう、このペガサスにはどこにも掴まる所がないのだ。


 ここはせめてロープを使って手綱だけでも装備させるべきではなかろうか。


 何しろ走るのは地上ではない、空なのだ。一瞬の油断が命取りである。


 空を飛んでいたら、放り出されるなんて事は勘弁していただきたい。


『む、やはり土がつくのは気持ちがいいものではないな』


 俺が胸中でそんな心配をしているよそで、ペガサスは呑気に尻尾で腰の土を払っていた。


 そんなペガサスに俺はおずおずと提案する。


「なあ、ここにロープがあるから手綱代わりにでも――」


『断固拒否する。そんなものを誰が口に咥えるか。これだけは譲れん』


 馬がこれを咥えて引っ張られているのを見たことがあるのか、きっぱりと断るペガサス。


 予想していたけどこれがないと背に乗る身としてはかなり怖いのだが……。


「じゃあ、首元に巻き付けるだけでもっ! そうしたらもし落ちそうになっても、踏ん張れるから」


『ダメだ』


 俺がなおもロープを差し出すも、ペガサスはすげなく断る。


 それからペガサスは呆れたようにため息を吐き、


『さっきからお前は何なのだ? 落ちることばかり考えよってからに失礼ではないか。俺のさっきの着地を見ていただろう? 俺が背に乗せているのだ。落とすわけがなかろう!』


 そう堂々と言い放つペガサスの言葉に俺はハッと我に返る。


 確かにペガサスの言う通りだ。ペガサスも人を乗せた事がないとはいえ、空を駆けるプロなのだ。それを慮らずに、落ちるからロープをかけさせてくれるという俺の言動は不快であっただろう。


『まあ、空を飛んだことのないお前が不安なので仕方ないがな。俺も人を背に乗せたのは初めてなのだから……』


 俺から顔を背けてぽつりと呟くペガサス。


 おお、普段から他人を見下したペガサスがフォローをしてくれるとは。


 このペガサスって案外優しい奴なのかもしれないな。ちょっと見直した。


『まあ、今回だけは特別に首にロープを巻くことを許して――』


「いや、いいよ。お前を信じるから」


 俺がそうきっぱりと答えると、ペガサスが振り返った。


『……お、おう。それならいい。任せておけ』


 それから再び前を向き、照れたように言った。


 ペガサスの尻尾を確認してみれば、尻尾が高く振り上げてられておりゆらゆらと揺れている。


 馬の嬉しい時の反応によく似ている。基本はやはり馬がベースなのか、仕草などが共通する部分があるようだ。


「お待たせ! 準備ができたわ」


 すると、準備のできたらしいフェリスが玄関からこちらへとやってきた。


 服装自体は緑を基調とした動きやすそうな恰好で変わりないが、背中には大きな弓を携え、腰には矢筒が装備されている。


 腰元には大量のポーチや投げナイフが装備されており、足にはレッグホルスターのようなものが装備されていた。


 もはやエルフの完全武装である。


「……完全武装だね」


「賢者の木に何かいるかもしれないじゃないの。それにもしかしたら空中で魔物に襲われるかもしれないし」


 コムモドキの匂いは空にも漂っているとは思うが、地上よりは薄めだ。


 もしかしたら、飛んでいる俺達を見て襲ってくるかもしれないしな。


 そう思うと、魔法以外に弓という攻撃手段があるフェリスは大変心強いものとなるな。


『俺様も準備万端だぜ! ここに食料が入っているしな!』


 フェリスの肩に乗ったヤックが、そう言って背中にあるポーチを見せびらかしてくる。


「毎回ジェドから食料を貰っていたからね。ヤックも自分で持てるように作ってあげたのよ」


 フェリスが少し鼻息を荒くしながら胸を張る。


 フェリスを怖がるヤックがどうして肩に乗っているのか不思議に思っていたが、そういう事か。食料入りの特別ポーチで懐柔されたのね。


 いつの間に作っていたんだ。


「へー、こんな小さなポーチを作るだなんて器用なんだね」


「森に暮らすエルフなのだから当然よ。私達は木を削って家を作り、弓を作るのだもの。これくらい皆できるわ」


 俺が関心したように言うと、フェリスが何てことはないと言う。


 いや、俺が関心したのは動物のヤックの体に一発でフィットさせた事だ。


 恐らく、ヤックを撫でている時にしっかりと手で計測していたに違いない。


 これを言うと、ヤックがまたビビッてフェリスに寄り付かなくなりそうなので黙っておこう。


 人生、何も知らない方が幸せな時もあるのだ。


「それじゃあ、行こうか」


 俺がペガサスの馬上から手を差し伸べると、フェリスが手を掴み勢いよく乗り込んできた。


 派手に体重が乗ったのではないかと思ったが、さすがはエルフ。身のこなしが抜群に上手いようだ。特に衝撃が伝わった様子もない。


 ただ何となく、ペガサスは文句を言いたげな表情でこちらを見ていた。


 ペガサスはやはり文句を言いたかったのか、閉ざされていた口を開く。


『……おい、ジェド。後ろのエルフが重いぞ』


 こいつとんでもない事を口走りやがった。お前が人間だったらしばき回されているところだぞ。


 固まっている俺を不思議に思ったのか、フェリスがきょとんとした顔つきで聞いてくる。


「ん? ペガサスが何か言っているの?」


「いや、何でもないよ」


『いや、後ろのエルフが重いと俺は言っているの――』


「さあ、出発するよ! ペガサス!」


 俺はペガサスの言葉を遮って、明るく声を上げる。


 疚しい会話など何もしていないという風に。


『ええい、わかった。じゃあ、飛ぶぞ? いいか?』


 俺の最初の言葉を覚えていたのか、ペガサスが飛ぶ前に確かめるように言う。


「フェリス、ペガサスが飛ぶって」


「ええ、わかったわ! あれ、私ってどこに掴まればいいの?」


 馬に乗ったことのないフェリスが、ようやく気付いたのか慌てた声を上げる。


「太ももを締めて掴まって。あとは不安なら俺に掴まっていてもいいから」


「ええ、空を飛ぶのに本当にそれだけいいの!?」


「じゃあ、ペガサス。飛んでもいいよ!」


「えっ! 嘘――」


 その瞬間、フェリスの悲鳴を打ち消すようにペガサスの翼が音を立てて広がる。


 それによりいくらかの白い羽が辺りをひらひらと舞い上がる。


 完全に翼を開いた姿のペガサスの姿は、とても凛々しくてカッコよかった。


「やっぱりペガサスは両方の翼があってこそだよね」


『ああ!』


 それからペガサスがゆっくりと翼を動かし始めると同時に、脚が地面を離れる。


 ペガサスの体が浮き上がり、俺達に浮遊感が伝わる。


「きゃっ!」


 初めて体験するであろう浮遊感に、フェリスが可愛らしい悲鳴を上げて俺の肩に掴まる。


 振り返って笑ってやると、わき腹をつねられた。痛い。


 そんな事をする間にもペガサスはドンドンと高度を上げる。


 俺達を乗せているせいか、どこか気を遣うように丁寧な動作だ。


 お陰で俺達はバランスを崩すことなく、安定して座っていられる。


 長老の家が小さくなっていき、背の高い木々が見下ろせるようになる。


 集落に住むエルフ達が俺達に気付いたのか、呆然とした表情でこちらを見上げている。


 その中で、俺は見知った顔の少女と女性を見つけたので声を張り上げた。


「フィアー! お婆ちゃんの体を良くする薬をとってくるから!」


「とって来るから!」


 俺とフェリスがそう叫ぶと、フィアは驚いたような顔をして叫ぶ。


「本当!?」


「ああ、本当さ! だから、待っていてくれ!」


「うん!」


 俺がそう叫ぶと、フィアが笑顔で頷き手を振ってくれた。フィアの母さんはよくわからない様子ながらも手を振ってくれた。


『じゃあ、賢者の木に向かうぞ』


「ああ、頼む!」


 俺が唸すと、ペガサスはスピードを上げた。


 目指すは高くそびえる大樹。


 賢者の木だ。



一巻ではレイチェルの設定が変更されておりますのでご注目です。

Web版とは違った進行をしているので、書籍でもかなり楽しめるのでおすすめです。もう、序盤数話から修正しておりますよ。

もう、大変でした。

SSもかなり力を入れてかいているので、是非手に入れて読んでくださいね。

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