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いざ、賢者の木へ

今月の25日。11月25日に本書籍の発売となります。ぜひともよろしくお願いします。

 

 フェリスしか知らない恥ずかしい過去を言ったり、フェリスの腕の後ろに隠したものを精霊を介して当ててみせる。さらには隠し扉や抜け道などと、俺が知りえない様々な情報を伝えたお陰でフェリスは俺と精霊が話せるという事を信じてくれたらしい。


 何故か少しぐったりとした様子をしていた気がするが、気のせいだろう。


 そういえば俺もお腹が空いてきたな。フィアの家から昼食を食べずに出てきたからな。


 まずは長老の家に戻って昼食を食べよう。



 長老の家でエルフの森料理を堪能した俺は、早速とばかりにフェリスに病の事を話した。


「嘘よ!? 精霊樹が病の原因だなんて!」


 当然の如くフェリスは目を剥き動揺を露わにする。


 それもそうだろう。フェリスにとっても精霊樹とは幼き頃から親しんできた樹木なのだ。


 エルフの集落を魔物から守ってくれている樹木が、病をまき散らす原因だとは思わない、思いたくない気持ちもわからなくもない。


「本当だよ。精霊達が教えてくれたんだ。こんな話で嘘をつくメリットなんてないよ」


 フェリスは信じられないというような表情で、俺の顔をまじまじと見つめる。


 それから顔を俯かせて。


「……樹木に精霊が宿っているんじゃ……」


「残念ながら宿っていないよ。あれはコムモドキというただの樹木だそうだよ」


「……そんな! じゃあ、病の回復を願って祈りを捧げている人達は……っ! あの木を慕って傍で遊ぶ子供達は……っ!?」


 フェリスが目じりに涙を溜めて叫ぶ。その表情はとてもつらそうで、見ている俺の胸がはち切れそうになるくらいだ。


 それでも俺は現実を突きつけるために敢えて言う。


「……あの木に近付くという事は……自ら毒を吸いに行くこと、病に罹りに行くのと同じだよ」


 俺の遠慮のない言葉を聞いて、フェリスが怒りの表情をして近付き腕を上げる。


 ビンタの一つでもされると思って目を瞑ったが、痛みはこなかった。


 目を開けると、そこには涙をポロポロと流すフェリスがいた。


 白い頬を雫が伝い、木製の床へと落ちる。


「……そうよね。ジェドは私達のために言っているのよね。ジェドは悪くなんかないもの。けど、どうして……。どうして……あの木にそんなものが……。私達は信じていたのに……っ!」


 自分の心情を吐露するように泣き叫んだフェリスは、床へと座り込み涙を拭う。


 あの気丈なフェリスが泣き出す姿を見て、一瞬驚いてしまったが仕方がないだろう。


 長年信じていたものに裏切られてしまったようなものなのだ。


 今はこのやるせない気持ちを泣くことで晴らすのも手だと思う。


 ただ目の前でずっとフェリスの泣いている姿を見ているのも居心地が悪いので、とりあえずという風にハンカチを渡すと、フェリスは黙って受け取り涙を拭った。


 それからフェリスが泣き止むのを見届けていると、フェリスが立ち上がった。


「もう、いいの?」


「……ええ、みっともないところを見せたわね。もう大丈夫よ」


 そう強がるもフェリスの目元は酷く赤く腫れており、今しがた泣いていたというのは誰にでもわかるくらいだった。


 それでもフェリスの澄み切った青い瞳には、いつも通りのフェリスの力強い意志のようなものが感じられる。


「……このハンカチ。今度洗って返すわ……」


「いや、何枚も余分に持っているからいいよ。人間が持っている布製品ってことであげるよ」


 母さんが「ハンカチは大目に持っていきなさい」っていうからエーテルにも沢山あるよ。


 母さん手作りのハンカチが十枚以上あると思う。


 なかには応援メッセージ付きの刺繍が入っているものがあるので、公衆の面前では使いにくいのが難点だ。


「……そう。そういう事なら貰っておくわ」


 うん、奇抜な色をしているでもなく、エルフでもよく使われている緑色なので困ることはないだろう。


 それにしてもよかった。こんな汚い物なんていらないわとか言われたら立ち直れないから。まあ、こんな汚い物とか言うんだったら涙だって拭かないと思うけど。


 心の中で安堵していると、フェリスが俺に疑問の声を投げかけてきた。


「……ところでここに書いてある文字は何て読むのかしら?」


「はえっ?」


 文字? その緑のハンカチには文字なんてないはずだけど?


 一通り、ハンカチには目を通して仕分けしたはずなのだが……。


 フェリスの元へと近寄りハンカチを覗き込む。


 すると、そこには……。



『――愛しています』



 という黒い刺繍で縫われた文字が端っこに……っ!


 母さん! ハンカチに何てメッセージを入れちゃっているんだよ! これじゃあ、人前で使っても恥をかくし、人に貸したら尚更大変な事になるじゃないか!


 女性ならいきなり告白するようなものだし、男に貸したらガチのホモだと勘違いされてしまうじゃないか。


 危ねえ。本当に危なかったよ。人間の言葉を読むことができないフェリスだから助かったようなものだ。エーテルだったら確実にアウトだった。


 母さんの愛を感じて嬉しいのだが、これは頂けない。これは使用するのではなく飾っておくものだ。既婚者ならともかく、未婚者がこれを持つのはマズい。


 …………それにしても、この刺繍。母さんがやったにしては酷く歪なような気がする。


 母さんの刺繍はそれはもうブレがなくて、その道で食っていけるんじゃないかって思うほど綺麗なものなのだ。


 そんな母さんがこんな歪な刺繍をするであろうか?


 もしかしたらジュリア姉さんかもしれない。あの姉なら可愛い悪戯だとか言って、このくらいの刺繍をやってきそうだ。


 妙に誤解を与えやすいメッセージがその証拠だろう。母さんだったらもっと真っすぐなメッセージだから。


 今度手紙の時に問い詰めてやろう。


「……ねえ、何が書いてあるのよ?」


 心の中でそんな決心をしていたところで、フェリスから声がかかり我に返る。


「あ、ああ、それは俺の名前だよ。ほら、落としても拾ってくれた人が届けてくれるように」


「そうなの? ジェド=クリフォードっていう名前にしては随分と短い気がするけど。確かにそうよね」


 俺の苦し紛れの嘘に少し不思議そうな表情をしていたフェリスだが、人間の言語はわからないので気にすることもなくポケットへとしまい込んだ。


 うん、大丈夫だろう。フェリスはこの森から出ることはないし人間の知り合いもいない。


 人間語がわからないのであれば、それはただの記号や柄でしかないのだ。


 なので、問題あるまい。


「それじゃあ、行くわよ」


「どこに?」


「決まっているじゃない。病の事を一刻も早く集落の皆に伝えるのよ」


「それは皆がすぐに納得するものなの?」


 フェリスはそんな事はもちろん知らなかったのだ。情報の出どころを問われると俺という事になる。


 となると、外からやってきた人間が崇拝するべき精霊樹を罵倒したとか思われる可能性が高い。それに俺だって精霊と話すことができたお陰で知れた情報なのだ。


 集落のエルフがいきなり精霊と話せる事を信じてくれるとは思えない。説得をしたとしても長い時間がかかるであろう。


「そ、それはすぐには無理かもしれない……。きっと皆が否定すると思うわ。それでも信じてくれる人はいるかもしれないし、何もしないなんてできないわ!」


 一刻も助けたい。教えてやりたいという気持ちはわかるが、かえってそれは回り道になるかもしれない。


「だからこそ、提案するんだけれど先に俺達が病を治せる樹液を取りに行こうと思う」


「……そうね! 治せる薬があるのだったわね!」


 俺の提案に一瞬面を食らったような顔をして言うフェリス。


「……治す方法はあるって言ったじゃん」


「精霊樹が原因っていう事を聞いて、ちょっと忘れていただけよ」


 半目で軽く睨むと、フェリスが少し恥ずかしそうに唇を尖らせる。


 まあ、フェリスにとって驚くような事を連続で聞かせている訳だし仕方がないか。


「今のままだと皆は信じないかもしれないし、理解させるに時間がかかると思うから。俺達が治せる事を証明してから、皆に説明しよう」


「そうね。治す事さえできれば皆も耳を傾けてくれると思うわ」


 目の前で病を治す事さえできればエルフも耳を貸してくれるだろう。


 半信半疑な状態で説明するよりも、それはずっと効果があるものだ。


「……でも、樹液ってあの賢者の木にあるのよね? どうやって行くの?」


「それなんだよね。土魔法で橋を架けることもできないし……。何か行く方法とかないの? エルフの長だけに伝えられている賢者の木へのたどり着き方とか」


「ないわよ。というかそういうのはさっき散々精霊に聞いたでしょうに」


 さっきのやり取りについて不満な点があるのか、フェリスが顔を赤くする。ここでそれを掘り返したら怒られそうな気がするので止めておこう。


「逆に魔法で穴を掘り進めるか? いや、相当長く掘らないといけないし崩落しそうだな」


「そんな大規模な魔法なんて無理よ。できたとしても数年はかかるわよ」


 何かいい案はないものかと考え込む俺達。肝心の樹液を取りに行くのに壁があるとは。


「賢者の木の周りにはどうしてあんなに深い穴があるんだよ! 意味がわからない! 


 あそこにでも隕石が落ちたとでもいうのか?」


「そんな事を私に言われても……」


 隕石が落ちた以外でどうやってあんなに深い穴ができるんだよ。まあ、隕石が落ちていたらエルフも今頃死んでいるから違うのだと思うけど。だからこそ理解できない。


「……私達も鳥のように空を飛ぶことができたら渡れるのにね……」


 フェリスが開いた窓から空を眺めて呟く。


 それからフェリスはハッとしたように我に返り、俺の方をガッと掴む。


「ねえ、ジェド! 確か貴方動物と話せるんだったわよね?」


「話せるけど、さすがにそこらに飛んでいる鳥じゃ無理だよ? 大型の鳥の魔物くらいの大きさだったら乗ることができるかもしれないけど……」


「いーえ、ちゃんとした動物がいるじゃないの!」


「どんな奴?」


 鳥の魔物はゴムモドキの匂いを嫌って入ってこないよ? まさか外に出て魔物を捕まえて、無理やり賢者の木まで乗せてもらうつもり?


「泉にいたペガサスよ! ペガサス!」


「あ、ああああああああっ! そういえばあんな奴がいたな!」


 そういえば思い出した! という風に俺が叫び声を上げると、偶然か外から声が聞こえてきた。


『うーし、おーらいおーらい! ここだここ! ここで降ろしてくれ!』


『任せろ! 羽毛のように柔らかで心地の良い着地を決めてやろう』


 俺が急いで部屋から外へと出ると、そこには空中からゆっくりと降りてくるペガサスの姿があった。


 そして、その背中にちょこんとしがみついているのはヤックである。さっきから見かけないと思ったらペガサスと遊んでいたのかよ。


『おい、見ろよ! あの間抜け面をしているのはジェドだぜ? あの顔の上に着地してやってくれ。そうすれば今の顔よりかは少しマシになると思うから』


 あのクソ動物をシバきまわしてやりたい。動物に人間の顔の良し悪しなんてわかるのかよ。


『ほほう? 奴には借りがあることだ。ここは俺が顔面をプレスしてやってエルフのような超絶な美形にしてやろう』


「そんな礼はいらんわ! いいから普通に降りてこい! 今回はいいところで来たから魔法で撃ち落とす事は勘弁してやる! 頼みたい事があるんだ」


 クソ! 少なくても俺がエルフよりも顔で劣っているというくらいの判別はつくらしい。ちょっとばっかりショックだ。


『俺に頼みだと?』


「そうそう。だから降りてこ……降りてきてください」


 俺がペガサスにそう言うと、奴が羽をゆっくりと羽ばたかせて降下してくる。


 こいつは気位が高いから頼むときは下手に出たほうがやりやすそうだ。


「はたからジェドを見ていると、本当に一人で叫んでいるようにしか見えないわね」


「それで今までどれほど変態扱いされた事か……」


 女神様のことを言ってもどうせ誰も信じないだろうしね。子供の歳ならともかく、十二歳にもなって「俺、実は動物や魔物と話せるんだぜ?」と言ったら確実にドン引きされるだろう。特に、最近エーテルでの俺の噂が酷い。


「俺の恋人はハニーバードとか噂されるし……」


「そ、そう。ジェドも大変なのね」


 フェリスもついさっきまで俺を変態扱いしていたせいか、少し気まずそうである。


 そんな会話をしているうちにペガサスが俺達の目の前に降りてきた。


『すっげー! 全然砂埃とか舞い上がらねえのな!』


 ヤックの言う通り、ペガサスの着地は非常に柔らかなもので砂埃などは全く舞い上がっていなかった。自身満々に言うだけのことはある。


『俺様にかかればこんなものだな。ところでジェドよ。頼みとは何だ?』


 鬣をなびかせてこちらを向くペガサスに俺は言う。


「俺とフェリスをお前の背に乗せてほしいんだ! それで賢者の木に連れていてほしい……っ!」


『我はペガサス。天を駆ける事を許された高貴なる存在だぞ? そんな俺の背に人間を乗せるなど……』


 我慢だ我慢。こちらの翼にはエルフ達の命がかかっているんだ。その長い顔を引っぱたきたくなるが、ここは堪えてやろう。


 女神メリアリナ様。どうしてこんな奴を飛べるようにしたんですかね? 間違っていると思います。


「なのにどうしてヤックを乗せているんだよ? こんなの高貴でも何でもねえじゃないか」


『あー! ジェドってばまた俺様の事を馬鹿にしているな!』


 俺がそんな言葉を漏らすと、ペガサスの背に座ったヤックが大声を上げて指さしてくる。


「うるさい。さっき俺の顔を馬鹿にした癖に」


『ヤックルバンクは森に恵みを運ぶ聖獣。俺と同じく敬われ尊ばれる存在だ。だから俺の背に乗る資格がある』


 こいつはある意味、処女にしか懐かないと言われているユニコーンよりも厄介かもしれない。


 ヤックなんてただ居心地のいい場所を求めて歩く、どこにでも動物いる動物じゃないか。


「いいじゃないか。翼の怪我を治してあげたんだしー」


『むっ! 確かにそれはそうだが……』


 暗に借りを返せと言うと、ペガサスが唸り声をあげる。


「俺ってばあの時泉で聞いたぞ? 機会があれば今度俺の背に乗せてやっても構わんぞって言ったよな? まさか高貴なペガサス様が約束を破るだなんて事はないだろ? そして、ケチケチして俺だけしか乗せないとか器の小さい事は言わないよなー」


 こいつの事だ。先に言葉を畳みかけてプライドを刺激してやれば……。


『うぬぬぬ! わかった! 貴様には借りがあるからな! 特別にそこの女エルフと一緒に乗せてやろう! 今回が特別だからな!』


 この通りというわけだ。


「フェリス! ペガサスが賢者の木に連れて行ってくれるってよ!」


「そうなの? よくわからないけど行けるのね! それじゃあ急いで準備をしましょう!」


 ペガサスの背に乗せてもらえば賢者の木にたどり着くことができる。


 俺達は希望の笑みを浮かべて、準備へと取り掛かった。



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