精霊集まれば姦しい
精霊樹の確認を終えた俺は、一旦家へと戻るために帰路へとついていた。
賢者の木の周りにある穴をどう越えればいいか考えていたのだが、周囲がとても騒がしいために集中ができない。
『ねえ、どこに行くの?』
『賢者の木に行くなら案内してやるぜ。……あ、でも、人間じゃあの穴を越えられないな』
『それならどうやって行く?』
『俺達が土で橋を作るか?』
『いや、さすがにあの長さは無理でしょう。全く、あいつってば本当に迷惑な事をしてくれたわね……』
『ねえねえ、この人間って本当に俺達の声が聞こえてんの?』
精霊達にエルフの病を治すために努力をすると宣言して沈静化させたが、俺の行動が気になっているのか多くの精霊達がぞろぞろと付いてくる。様々な属性の精霊達を現す光の色はとても色鮮やかで綺麗なのだが、何分精霊の数が多すぎるのだ。
視界には赤や青、緑や黄色といった光がチラチラと輝くために目が落ち着かない。というか眩しい。
その上この数の精霊が一斉に喋り出すのだ。もう耳に入ってくるのは声ではなく騒音だ。
精霊と会話ができる人間が見つかって物珍しいのはわかるが、もう少し放っておいてほしい。
会話を聞きつけた精霊がまた一匹、また一匹と合流していく。
「……どう――こ――のよ」
俺の前を歩いていたフェリスが立ち止まって何事かを呟く。
何かを言ったのかは知らないが、周りで精霊達が盛んに会話をしているせいか聞き取ることができなかった。
「えっ? 何て?」
「だ――どう――と――き――の!」
俺も立ち止まって聞き返してみるも全く聞こえない。
ちょっと精霊さん達黙っていてくれないだろうか?
そんな俺の聞き取れなかったかのような反応を察したのか、フェリスが口を大きく開けて叫ぶ。
「だからぁ! どういう事かって聞いてんの!」
透き通るフェリスの大声はよく空気を振動させて、俺の鼓膜へときちんと届いた。
それから急に叫び声を上げるフェリスにビックリしたのか、急に精霊達が静かになる。
こういうのってよくあるよな。周りは騒がしいから多少疚しい事を言っても大丈夫。少し声を張り上げても大丈夫。そう思って喋ったという時に限って、周囲がシーンってなる事。
まあ、別に今回は疚しいことなどフェリスは言っていないのだが、精霊の雰囲気はシーンとしていた。
「……どういう事かって精霊の事だよね?」
精霊達が妙に静まり返って耳を傾けているのが怖いが、今はフェリスと会話をしなければいけない。
「そうよ! どうしてこんなにも精霊がジェドの下に集まっているの? ジェドって私が目を離している隙に精霊達に魔力を勝手に与えていたわけ?」
フェリスが精霊達を指さしながらまくし立てるように言い放つ。
何だろう。俺が近所の野良猫に餌付けをして怒られているみたいだ。
「そんな事は一度もしていないよ」
「じゃあ、どうしてこんなにも精霊がジェドの周りに集まっているわけ?」
「それは俺の人徳かな? 精霊に好かれやすい程ピュアな心を持っている俺に精霊達は惹かれて――」
「真面目に答えて欲しいんだけれど?」
うわあ、フェリスから凄く冷たい視線と声を向けられてしまった。ちょっと傷つく。
虎の威を借りるようで嫌なのだが、聖獣ヤックルバンクに認められし性根を持つ男なんだぞ俺は。
まあ、軽口はこれくらいにしてそろそろ本題へ入ろう。
気を取り直すように咳ばらいをし、俺はフェリスへと告げる。
「……こんなにも精霊が集まっている理由は簡単だよ。それは俺が『全言語理解』という特殊な能力が持っていて、精霊と話せるからさ」
「嘘よ。精霊と親和性もない人間が、精霊と会話を交わすなんてできるはずが――」
「じゃあ、俺はどうしてエルフ語を話せるんだい? どうして結界を抜けられた? どうしてエルフ語を読むことができたんだろうか?」
「そ、それは……」
即座に否定するフェリスに、畳みかけるように言葉を浴びせかけるとフェリスが戸惑ったように口ごもる。
「それは……エルフ語を外で学んでいたからで」
「だとすれば俺以外の人間がやって来てもおかしくはないと思うけど? それともここに住むエルフは外の人間に結界を抜ける方法を教えてしまうのかい?」
挑発するように敢えて言うと、フェリスはカッと頬を怒りに染めて叫んだ。
「そんな事私達がするはずないっ!」
フェリスはそう叫ぶと、ハッとしたような表情をした。
今の言葉はエルフ語の情報や結界のキーワードを絶対に漏らしていない。つまり外から情報を得るのは不可能だとフェリス自身が宣言しているようなものだ。
そりゃそうだろう。この集落での平和な生活を守ってきたのは自分達なのだ。そんな生活の要といえる結界のキーワードを誰が不用意に教えるだろうか。
結界があるからこそ外の世界にいる人間達は近付く事できないのだ。それを教えれば集落を危機に晒す事と同じだ。祠にある文字だって削ってまで消しているのだから、そんな事は誰もしないであろう。
「エルフ語も俺の特殊な能力で話せるだけで、俺はエルフ語について全く知らないよ。自分の名前だって満足に書けないんだから」
「じゃあ、どうして結界を抜けられたのよ? 祠には最後の言葉まで書いていなかったでしょ?」
「そうだったよ。だから祠を前にして呆然としていたんだ。だけど、その時に精霊が通りかかって気まぐれに合言葉を言ったんだ。我ら、精霊の血を宿し、誇り高き森の守り人なりってね」
「……精霊が?」
俺の言葉にフェリスはどっか呆然とした表情で呟いた。まさか、精霊が合言葉を教えたせいで俺が入ってこられたとは思ってもみなかったのだろう。
『おいおい誰だよ。合言葉教えたヤツ』
『俺達だけの秘密だって決めたよな?』
俺が結界の中に入る事ができた経緯を聞いて、周囲にいた精霊達がざわめいた。
ガヤガヤと犯人をいぶりだすかのような雰囲気が伝播する中、一匹の精霊が声を上擦らせて叫ぶ。
『わ、わわ、私は何も言ってないからね!?』
『『『お前が言ったのか!?』』』
一匹の赤い精霊の下に様々な精霊が押し寄せる。
ああ、あの時俺の事をあざ笑っていた精霊だ。
火の精霊は焦ったように赤い光を点滅させながら弁明する。
『だってしょうがないじゃん!? 人間が私達精霊の言葉を理解するなんて思わないじゃん! 祠の前で立ち尽くしている人間がいれば笑ってやりたいじゃん!』
『『『確かに』』』
納得できるんかよ。
『じゃがまあ、今回はそのお陰で病を解決できるかもしれんからのぉ』
『そう考えればこの火の精霊のお手柄か?』
『でしょ? でしょ!?』
『治ればよ。調子に乗るにはまだ早いわよ』
などなどと精霊達が姦しく話し始める。
そんな中、フェリスが空中を元気に漂う精霊達を見上げながら呟く。
「……いつになく精霊達が嬉しそう。ここにいる精霊達も何か言葉を話したりしているのよね? ジェドの言う事が本当ならだけど!」
最後に付け加えるように言った言葉がツンデレみたいだ。
「そうだよ。今は精霊達に炙り出されて、あそこにいる火精霊が合言葉を俺に漏らしたってバレたところだよ」
俺が宙に浮く火精霊を指さしてやると、フェリスがどこかおかしそうに笑う。
「精霊でもそんな会話をするのね」
「動物も魔物もそうだけど、案外俺達と同じような事ばかり話しているよ? くだらない事ばっかり喋ったりする奴もいるし、理不尽な要求ばかりしてくる奴もいる」
本当にアスマ村に住んでいる動物とエーテル周辺に住む動物達はロクでもない奴らばっかりな気がする。
そんな風に頭が痛くなるような動物や魔物三匹を思い出していると、フェリスが驚いたような顔をする。
「えっ? ジェドって動物と話せるの?」
「言ったよね? 俺動物と話せるって説明したよね? ヤックともしきりに会話をしていただろ?」
というか、フェリスも動物と会話をできる事は認めている感じだったよね?
「え、いや、その。……それくらいヤックと仲がいいって事をアピールしたいだけかと思っていたわ」
つまり俺は動物が好きで好きで堪らずに、話しかける変態だと思っていたのか!? フェリスってば酷い! 妙に暖かい視線が飛んでくるとは思っていたが、そんな事を思っていたのか。てっきりヤックを見つめて和んでいるのかと思ったのに。
これだと精霊についても疑っている節があるかもしれないな。
「フェリス、いつも傍にいる風の精霊を呼んでくれる?」
「……いいけど。――来て、風の精霊」
『あ、ちょっと呼ばれたから行って来るねー』
『『いってらー』』
フェリスが呼んだ風の精霊は一番姦しい精霊の集団の中にいた。
おい、いつも傍にいるんじゃなかったのか。まあ、精霊は気まぐれなようだしな。
『で、なにー? フェリス?』
「用があるのは俺なんだ」
『わー、本当に私の言葉が聞こえているんだねー。何だか新鮮だー』
風精霊が翡翠色の色を発しながら、コロコロとした笑い声を上げる。
「実体のない光に話しかけるのも俺としては変な感じがするというか。まあ、とにかく俺も新鮮だな」
俺も風の精霊と共に笑い声を上げる。
「こうして雑談しているのもいいけれど、それは後にしよう」
『えー、私とお話しようよー? 精霊以外と話すのは初めてだから、とても興味があるんだけれど』
『おい、ずるいぞ』
『ワシも人間の話を聞いてみたいぞ』
何故ならば、そんな事をすれば日がドンドンと過ぎていくからだ。
他の精霊が抜け駆けは許さないという風ににじり寄り、風精霊にプレッシャーを与えている。
『わかったよー。で、どうしたいのジェド?』
「フェリスに精霊と話せるという証明のようなものをしたいんだ。何かフェリスの誰にも知られていない秘密とか知らない?」
「ちょっ!?」
俺のその言葉に反応してフェリスが表情を赤くし、袖をぐいぐいと引っ張ってくる。
これは何か秘密がありそうだ。
これはフェリスに精霊と話せるんだという証明をするための質問なんだ。決して人のプライバシーを探るようなゲスな好奇心などではない。断じて。
『フェリスの秘密かー。……あっ! それならいい事があるよ! あれはね、フェリスがニ十歳の時だったよ』
「ニ十歳?」
二十歳の事を昔のように語るって今何歳だよ?
「えっ? 待って! 二十歳って、もしかして!?」
フェリスは思い当たる節があるのか、耳まで真っ赤に染めながらあたふたとする。
ああ、でもエルフは実年齢と精神年齢が大きく違うって言っていたな。だから、その年齢でも子供なのだろう。だとしたら実年齢の半分くらいか?
『そう、精神年齢は十歳くらいの時かな? フェリスが朝起きておもらしした事に気付いてね、証拠を隠滅しようとしたのよ。フェリスったらおもらしした証拠を隠滅するために必死になって水で洗って、私の力を借りて乾かしたのよ―』
「ほうほう、二十歳の時におもらしをしたので、慌てて水洗いし風精霊の力で乾かしたと……」
「いや! ちょっと本当に止めて! いやああああああああああああああっ!」
「でも、それは家族なら知りうる情報だ。もっと身近にいた君だけが知り得る情報を……」
決して好奇心などではない。これはフェリスに精霊と会話できることを信じてもらえるためであって。
「ちょっと本当に止めてよ!? ジェドぶん殴るわよ?」
『それならこれはどうー? フェリスってば私達精霊の力を使う時に、たまに呪文とか唱えちゃうのよ?』
「えっ? 精霊魔法を使う時に呪文なんて必要としたっけ?」
『必要ないわ。きっとフェリスってば詩的な気分になってるのよ』
ほほう、フェリスにそんな中二チックな心があったとは。是非ともその呪文とやらを聞いてみたいものだ。
「で、その呪文とは?」
『えーと、確か大気に存在する無数の――』
「いやああああああああっ! 信じる! 精霊と話せる事信じますから! もう何も聞き出さないで!」
すいません。冒険は次です。
幻惑の森編も終わりが近付いてまいりました。




