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コムモドキの光と闇の側面

 

 ……エルフの病は精霊樹が原因で、それを治すには賢者の木にある樹液が必要だって?


 水精霊から告げられた言葉に俺は驚く。


 …………そもそも精霊樹って何だ? 賢者の木とは違うようなのだが一体どういうものなのだろう?


「ねえ、フェリス」


「……何よ?」


 精霊の声を聞くためにフェリスの声を無視していたからだろうか。心なしか不機嫌そうな声音だ。青い瞳がこちらを射抜くように向けられる。

フェリスさん怖い。


「精霊樹って何? 賢者の木とは違うの?」


 俺が今聞いたばかりの精霊樹について尋ねると、フェリスは不機嫌ながらに答えてくれる。


「……精霊樹は精霊が宿ると言われている樹木よ。エルフの森には魔物が近付いて来ないのは知っているでしょ? それは精霊樹が森の各地に点在していて外から来る魔物を追い払っているのよ」


「へー、なるほど」


 魔物がやって来ないのもてっきり結界の力のお陰かと思っていたのだが違うらしい。精霊樹という精霊が宿る特別な木によって守られているのだと。


 そんな風に感心していると、俺の耳元で急に大きな声が発せられた。


『違うっ! あの木はそんなものじゃない!』


 水精霊が強い興奮を現すように強く輝き声を張り上げる。


 かなり近い距離で叫ばれたので耳に結構響いた。俺が顔をしかめていると、その様子に気付いた精霊が『ごめんなさい』と謝罪した。


「えっ? フィオナお婆ちゃんの精霊が怒っている? 何か変な事を言ったかしら?」


 精霊の声が聞こえないフェリスだったが、突然強く発光した精霊から怒りのようなものを感じ取ったらしい。言葉が伝わらないので、何がいけなかったのかわからないフェリスはただただ戸惑う。


 そんな中、落ち着きを取り戻した水精霊がぽつりと語る。


『あの木には精霊が宿ってなんかしてない。寄り添ったり崇拝したりしているけれど……違うの』


「じゃあ、精霊樹と呼ばれる木は何なんだい?」


『あの木はコムモドキと呼ばれる樹木で、魔物にとって嫌な匂いを発する特性を持つの。コムモドキがあるが故に、外にいる魔物達はこの森に近付くことが滅多にないのよ』


 へー、それってかなり有用な樹木じゃん。それがあれば魔物は人里には近付けなくなるってことだよな。


 村や集落の周りにコムモドキを植えれば、村人が魔物の脅威に怯えることなく暮らすことができるかもしれない。


 そうすれば魔物による被害は大きく減るのではないだろうか? 


 村と村を繋ぐ主要な道に沿うように植えれば、人々の移動は楽になり今よりもさらに栄えることができるだろう。


『今、貴方の脳裏ではコムモドキがもたらす恩恵を考えた事でしょうけど、この木による効果それだけじゃないの』


 精霊にすら表情で見透かされる俺ってどうなのだろう? そんなに俺ってば考えていることが顔に出るのだろうか? いや、コムモドキの効果を知ったのなら、皆こんな風に考えるはずだよな?


『コムモドキは魔物にとって嫌な匂いを出すから、人間やエルフに都合のいい特性を持った木に思えるけれどそれは違う。コムモドキにはその都合の良さを打ち消すような負の面があるの』


「それは?」


 それってもしかして……。


 俺は恐る恐る寝転がるお婆ちゃんへと視線を下ろす。


『コムモドキが出す匂いの中には人間やエルフにとって有害な成分が含まれているの。それを吸い続ければその成分が多く体内に取り込まれ、長い時間をかけて身体を蝕むわ』


 それがエルフの病の正体。


 コムモドキの発する有害成分を吸い続けてしまったが故に病が発症する。


 体内に取り込まれた有害成分は長い時間をかけて体を蝕む。その症状は肌に緑色の痣が現れ、成分を吸い続けるごとに大きく拡大していく。


 それに伴い痣に覆われた場所が硬化し、動かすことができなくなるのだ。


 光と闇の部分を併せ持った特性を持つコムモドキ。


 エルフ達は光の側面である、魔物を追い払う力に惹かれて崇拝する。


 その神の如し力に大いに喜び、身近な存在である精霊の力だと信じたのであろう。


 それが自分達に長い時間をかけて蝕む毒だとは知らずに。


 その力に感謝し、崇拝すればするほどコムモドキに近付くことになり、有害成分を多く身体に取り込む事となる。


 自分達が頼りにし心の拠り所としている存在が、毒をも撒き散らすものだったとは知らずに。より感謝する気持ちが強い者ほど、気持ちは裏切られて毒を浴びせられるであろう。


 何て虚しくて悲しい事だろうか。


 このお婆ちゃんも、長い間をかけて精霊樹に祈りを捧げたであろう。感謝の気持ちを抱いて見上げていたのであろう。


 想像しただけで悲しくてこちらの胸が痛くなる。


 人々に光と闇を与える樹木。それが精霊樹。それがコムモドキ。


 コムモドキがエルフの森以外でも生きていけるのかは知らないが、人々がこれを知れば魔物を追い払う力のみを追い求めて植えようとするであろう。


 村や街を囲おうと思えばかなりの本数を植えなければいけない。なので人々は必死に数を増やして植えていくだろう。そうすれば明日の生活は安全になる。未来の生活はもっと豊かになるに違いないと希望を抱きながら。


 そうすれば人々の気持ちとは裏腹に、どこに行っても毒に囲まれることになるのだ。


 それによって有害成分を吸いこむ量も爆発的に増えて、あっという間に病に侵されることになるであろう。


 気付いた時には多くものが病魔に侵されており、どうしてよいか分からずに死んでいくのだ。


 もっともコムモドキによって居場所を失った魔物達はどうするであろうか?


 多少住みにくくなれば諦めて移動すればいいが、どこかしくもが同じ場所であればどうだろうか? 魔物達は多少の匂いを我慢して確実に暴れるであろう。


 火を吐く魔物がいればコムモドキは瞬く間に燃やし尽くされて意味をなさなくなる。


 大きく活用しようとなると悪い事ばかりに想像がいくな。


 暗い事ばかり考えるのはもうやめよう。


 俺は暗い気持ちを振り払うかのように顔を横に振る。


 何はともあれ水精霊のお陰でエルフの病の原因がわかり、治せるという事もわかったのだ。今はそれがわかっただけでも嬉しい事だ。


 今も苦しんでいるお婆ちゃんや他のエルフも救われるのだ。


 それに遠くないうちに発症するであろうフェリスやフィア、その両親だって……。


「…………さっきからブツブツと喋って、一体どうしたわけ? まさか、また精霊と喋っていたとでもいう気?」


 思わず部屋にいる不機嫌なフェリスに視線を向けるとこれである。


 ヤックと話せる事はちょっと信じてくれているようなのに、精霊となるとこれか。エルフ達はどうも精霊を特別視、崇拝している面があるから仕方がない事か。


 治すには賢者の木の樹液が必要。


 あの大きな穴を超えなければならないし、そこから樹液を取ってこなければならない。


 あんな大きくて深い穴をどうやって越えればいいのか……。


 そして病の原因となるのが、エルフ達が信じている精霊樹。


 それを説明するだけでも頭が痛くなる……。


 俺が頭痛を堪えるように、額を押さえていると水精霊が再び近付いてきた。


『お願い! 私の言葉がわかる貴方だけが頼りなの! フィオナを……エルフ達を救ってほしいの……っ!』


 それでも俺は、こんな状態を見過ごせない。



 ◆



 水精霊から病の原因を聞いた俺は、フィアの家でお茶を飲んでから早速精霊樹もといコムモドキの下へとやってきていた。


 精霊樹のある場所は集落からあまり離れていない。集落の離れにある泉の近くだ。


 なぜ、泉からの帰り道や集落の案内の時に行かせてくれなかったのかは、病の事を隠したかったのが大きな理由だったそうだ。あとは、不用意に精霊樹に近付くのをエルフの皆が良く思わないかららしい。


 ……言えない。おたくが崇拝している精霊樹が病の原因なんです。毒を吐いている木なんですなんて。


 先にそんな事を告げても大きな反感を食らって追い出されるだけであろうから、その事は後にしよう。今は原因である精霊樹を確認しに来ただけだ。


 俺達の前方には一本の精霊樹が穏やかな光を浴びて悠然と枝葉を伸ばしている。


 精霊樹の枝は他の樹木よりもやや大きくて白っぽい。そしてのびのびと伸びている枝葉の周りは僅かに緑色の光を帯びており、どこか神聖さを感じさせた。


 静謐なる森の中で佇み、光を帯びるコムモドキの姿は精霊樹と呼ぶに相応しい見た目をしている。


 まるで、凶悪な負の面を持ち合わせていないとでも主張するようだ。この木をエルフ達が精霊樹と呼ぶのも納得ができるものである。


 ポツポツと煌く淡い緑色の光は幻想的なものだが、あれが原因となる匂い。粒子なのであろう。


「遠くから眺めるのはいいけど、あんまり近付かないでよ? 人間であるジェドが近付きすぎるといい顔をしないエルフもいるから」


「わかってる。これ以上近付かないよ」


 俺の隣にいるフェリスがそんな事を言うが、言われるまでもなく俺は近付かない。


 ちょっとやそっと吸った所で身体に害を与えるものではないのだが、あんな話を聞いた後ではね。


『また、今日もたくさんのエルフ達がいる……』


 俺の傍に浮いている水精霊が悲しそうな声を上げる。


 水精霊は綺麗な女性の声をしているので、近くで聞いていても耳当たりがいいな。


 俺の耳元で煩く騒ぐヤックとは大違いだ。そういえばヤックは休憩すると言って外に出たきりだが、帰って来ないな。一体何をやっているのだろうか?


 まあ、そのうち帰って来るであろうし、来ないなら来ないで野性に戻ったのであろう。


 ヤックの事は放っておいて精霊樹を眺める。


 精霊樹の周りには幾人かのエルフの姿があった。


 フィオナお婆ちゃんのように症状が出てしまったエルフなのか、腕や足には包帯が巻かれており祈りを捧げるように手を合わせている。


 その周囲にも同じような年老いたエルフ、そのエルフの家族などが身内の回復を祈っていた。


 しきりに聞こえるのは精霊樹へと祈りを捧げる言葉や、病を患った家族や知り合いが一刻も早く回復するようにと願う言葉。


 その行動がかえって自分達にも症状を発生させる原因であり、進行を進ませる原因だというのに。


『……ダメ、近付いちゃ……。それは精霊樹なんかじゃないのに……』


『何でそんなものに祈りを捧げるんだよ……』


『ワシらはこの光景を何度も眺めているだけなのか……』


『私達の言葉が届けば……』


 そんなエルフ達の周囲には水精霊と同じく、悲しげな声や悔しげな声を漏らす精霊達が。


 永遠の時を生きる精霊達は、この光景を何度も眺めてきたのであろう。


 知っているのに伝えられない。大事な人が死へと向かっていくのを止められない。


 自分達の言葉は伝わらないから、自分達は触れることができないから。


 それはどんなに歯がゆくて、心が痛む光景であったであろうか。


 ただ言葉が伝わらないだけで、こんなにも苦しむ事になるだなんて……。


 何となく精霊の姿を自分に重ねてしまう。


 俺の場合は今とは少し違って、もっと間抜けでバカなことだったけれど、ただ言葉で励ましてやりたいだけであった。それだけであったのに伝わらなかったせいか、相手に誤解を与え俺は死ぬことになったんだ。


 それを悔やんで女神メリアリナ様に『全言語理解』という力を貰った。


 全ての言語となるものを理解し、話す事ができる能力だ。


 この能力はこういう時にこそ使えるのだ。使うべきなんだ。伝わらない事によって起きてしまう事件に終止符を打つために。


 だから俺は精霊達の声を聞いて願いを叶えよう。


 そう心に決心して、そろそろ立ち去ろうとしていた時だった。


『大丈夫! このジェドって人間がエルフを救ってくれるから』


 俺の傍で浮いている水精霊がそんな事を言ってしまった。


 ちょっと待って。そこでそんな事を言ったら、精霊達にもみくちゃにされるんじゃ……。


 俺の予想は正しく、次の瞬間光の波が押し寄せてきた。


『おい! そこの水精霊! 今言っていた事は本当なのか!?』


『うそ! 人間に私達の言葉がわかるの?』


『……本当に? それなら私のお友達を助けてっ! 忠告してこの木から遠ざけてあげて!』


『賢者の木にある樹液さえ飲めば治るんだ! 早く取って来てくれよ!』


 うわあっ! 水精霊の声を聞きつけたのか、とてつもない数の精霊達が集まってきた。最初にフェリスと出会った時に魔力を放出した時以上じゃないか! 色とりどりの精霊達が耳元で一斉にまくし立てるので何を言っているのかわからない。


「えっ!? ちょっと何なのよ!? また魔力でも放出したの!?」


 隣にいるフェリスが何事かという風に慌てふためく。精霊には触れることができないからぶつかられても平気とはいえ、これだけ強い光を放つ精霊が集まれば驚くし眩しい。


「あー! もう樹液とってくるし、伝えるから離れて!」




 この後水精霊と共に説明はしたが、しばらく俺の前から光の渦はなくならなかった。




さて、そろそろ冒険です。

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