俺、動物と話せるのか
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アスマ村は大広場を中心に円状に広がっている。
広がっていると言っても、家が並んで建つようになっただけなのだが、それでも年をへる事に賑やかになっているのも確かだ。
今は道のほとんどが土だが、将来は地面に石を敷き詰めて王都や他の都市にも負けない造りにしたいようだ。
アスマ村は、森と水に囲まれており自然、資源共に豊かだ。
小さいながらも自然豊かで、人々との繋がりも深い。
今や人々の生活も安定し活気もある。この村はいずれ良い町になるだろう。
それはこうして歩くことで、そんな空気を感じ取ることができる。
人々が希望をもって働く姿は美しいな。
中心や、増築エリアが混雑しているので、俺とジュリア姉さんは少し大回りで村を一周することにした。
楽しそうに駆け回る子供達。気さくに挨拶をしてくれる村人達に手を振って歩く。
こうして歩くと、ジュリア姉さんは村人から人気があるんだなとわかる。
少し中心から離れた東側にたどり着く。
家が減り、大きな小屋と小さな小屋が点々と建てられている。
一面には青々とした草が広がり、濃厚な土の香りがする。
そして遠目には豚の放牧だろうか。何十頭もの豚達が鼻筋をヒクヒクとさせて地面を嗅ぎ回り、土を掘っている。
俺達の前には、ちょうど二匹の丸々とした薄ピンク色の肌をした豚がいる。
『球根ある?』
『ないよ』
『ちぇっ。あっ! ミミズだ!』
『本当かよ!』
『あげないよ』
『いいもんね。俺には球根があるから』
『さっき無いって言ったよな?』
『うめぇ』
『……無視すんなよ』
……またしても声が聞こえてくる。
それも男の声。今日の俺はどうかしているんだろうか?
「ジェド君どうかしたの?」
俺が足を止めたせいで、ジュリア姉さんが不思議そうな顔で俺を窺う。
「豚だよね?」
新種の魔物とか知性ある異世界ならではの喋る動物かもしれない。いや、そんな動物もいないし魔物なんてここにいる訳がない。
「豚さんよ?」
『あ、人間だ!』
『人間だな』
『ひゅー! あの姉さんえらい美人だな』
『本当だな。きっと俺の豚足に見とれてるんだぜ』
『いーや、違うね! きっと俺のたくましいロースに熱い視線をおくっているんだよ』
豚達はただただ口を動かしながら、顔を寄せ会っている。
こんな会話が聞こえているのは俺だけなのだろうか。
ジュリア姉さんの目には、俺がただ豚を眺めているようにしか見えていないだろう。
またここで「豚が喋った!」などと言えば、俺はアホの子だと思われてしまいそうだ。
早く行ってしまおう。
そう決めて俺は歩き出す。
「もういいの?」
「うん」
『あ、美人な人間さんが行っちゃう』
『俺のたくましい身体に照れたんだよ。シャイガールだね』
主にジュリア姉さんに熱い視線をおくる豚達に、反応することなくあとにする。
すると今度は大きな丸太小屋の方から騒がしげな声が聞こえてきた。
何やら大勢の男の声が俺の耳に入る。
「あ、何か賑やかな声が聞こえる」
「何も聞こえないけど?」
ジュリア姉さんは眉をひそめながらも、耳を澄ましている。
聞えないのだろうか? あの丸太で造られた小屋からは、途切れることもなく明るい声が聞こえてきている。
あの小屋では酒場でも経営しているのだろうか? やけに騒がしい。昼間からお酒を飲んでいるなんて感心しないな。
怪訝に思いながら、道の傍に建ってある丸太小屋の開いている扉からちらりと覗いた。
『俺たちゃナイスな子豚さん!』
『『『俺たちゃナイスな子豚さん!』』』
『オークじゃないよ子豚さん!』
『『『オークじゃないよ子豚さん!』』』
そこでは、ぎっしりと小屋に詰められた子豚達がいた。
一つの声の後に続くように、野太い男の声が唱和される。
『イエーイ! 今日も調子がいいぜ!』
『さっすがブンタ! 伊達に先祖返りと言われてねぇな!』
『おうよ! さぁ、今日も歌いまくるぜ!次何にするー?』
『ロックがいいぜ!』
『えー、オイラはジャズがいいよ』
『ヒップホップだろーが!』
『まあまあ全部やればいいじゃねぇか!』
『『『さっすがブンタ!』』』
『まずはロックからいくぜぃ!』
『『『イエーイ!』』』
今日は疲れているんだ。子豚が歌なんて歌うはずがないだろうに。
屋敷にいたころは、たまに幽霊の声が聞こえていたくらいなのに。
「可愛い子豚さんね」
疲れた俺の表情とは対照的に、ジュリア姉さんは柔らかい笑みで微笑むのだった。
それから俺は、不意に聞こえる声を気にしないようにして、東から北周りで村を歩いた。
もうすぐ一周となる西側へとたどり着いた頃には、時刻が正午となりお昼ご飯を食べる事になった。
疲れた様子の俺を心配してジュリア姉さんは、帰宅を勧めてくれたのだが遠慮しておいた。だってただの気疲れなのだから。
ジュリア姉さんが注文をしている間、俺は外に設置された木製の椅子に座っていた。
「はあ~」
俺は一人溜息をつく。今日は一体どうしてしまったんだろう。
人間に動物の声が聞こえるはずはないのに。馬のカン吉。変な豚。歌を歌う子豚達。
馬のカン吉とは会話のようなものまでしてしまった。
確か俺の小屋に顔を出せとか言っていたっけ。俺カン吉の小屋とか知らないよ。もう通り過ぎてしまった可能性もある。すまないカン吉。
「やっぱり疲れているの?」
心配気な表情で俺を覗きこむジュリア姉さん。
「いや、大丈夫だよ。お腹が空いただけだよ」
俺がそう言うとジュリア姉さんは「そうだったの?」と笑い、丸いサンドイッチを差し出してきた。
「ベーコンと新鮮な野菜を挟んだサンドイッチよ」
「……ベーコン」
その言葉を聞いて、サンドイッチを落としてしまいそうになった。ジュリア姉さん、どうしてこのタイミングでそんな料理を頼んできたの。
ついさっきまで豚を見てきた俺達。ただでさえ生きていた豚を想像をしてしまうのに、俺なんて声が聞こえてしまうというおまけつき。思わず加工されるシーンを想像してしまった。
「あれ? ジェド君サンドイッチ嫌いじゃなかったよね?」
「うん、大好きだよ」
大好きなんだけど、ちょっとタイミングが悪かっただけなんだ。
少し苦い顔をしながらサンドイッチにかぶりつく。
悔しいことにサンドイッチのベーコンは臭みもなく、ジューシーでとても美味しかった。
少し長めに休憩をとり、今度は西側を歩いた。
あてもなくフラフラと見て回る予定だったのだが、途中でジュリア姉さんがふと用事を思い出して、どんどんと足を進めていった。
ジュリア姉さんは笑顔で「グラディスに頼まれていた事があったのー」と言っていた。
どうやら俺と村に向かうついでに頼まれていたものらしい。
グラディス兄さんに頼まれている事とは何だろうか? 木刀? いや、グラディス兄さんにとって自分の腕と等しいものを他人に頼むわけがない。
きっとグラディス兄さんにとってそれほど重要視していない。あるいは重要なのだが、ジュリア姉さんの方が適任とされる事なのだろう。
ふと考えてみるが分からない。
そう考えている間に、家や革職人の家、野菜屋と次々と道を進んでいく。
これ以上先は人の気配が減っていくばかりだ。また東側のように豚がいるのではないのか。
そんな考えが俺の頭をよぎる。
しかし人気の少なくなると、やがては柵が見えてきた。
もしかして村の端にたどり着いてしまった? そう思ったのだがどうやら違うようだった。
柵の先には広大な平原が広がっており、多くの馬がまったりと過ごしていた。
走りまわったりする馬もいれば、横になる馬もいる。柵によって囲まれてはいるが、その生活ぶりはかなり自由があるようだ。
そんな中、柵の入口近くでは一人の女性が馬をブラッシングしていた。
「ニーナ!」
ジュリア姉さんが声をかけるとその女性は、ブラッシングの手を止めて振り返った。
「遅いわ。約束は午前中だったでしょ?」
少し不機嫌そうに振り返る女性。
外にいる時間が長いのか肌は健康的に焼けており小麦色だ。
赤い瞳は力強く男にも物怖じしない様子が読み取れる。茶色の髪を後ろで一本にくくってオーバーオールのような服に着ており白い服の袖は捲られている。仕事柄土が付着しても大丈夫なように少し大きめの革靴を履いている。
ニーナさんの後ろでは、ブラッシングを中断された馬がどことなく不満そうだ。
『んだよ、今いいところだったのに』
馬の方からは不貞腐れた声が聞こえる。ちらりと馬を見ると、それっきり何も言うことは無く尻尾をプラプラと振りながら離れていく。
「えへへ、ごめんなさい。ジェド君と村を回っていたら忘れちゃったわ」
「忘れちゃったわって」
あまり悪びれた様子もないジュリア姉さんに、ニーナさんはジトッとした視線をおくる。
「ほら、ジェド君。私のお友達のニーナよ」
ジュリア姉さんがこれ以上の言及を避けるかのように、俺を前にだし自己紹介を促す。
「クリフォード家三男のジェドです。いつも姉がお世話になっています」
「すごくお行儀の良い子供ね。何歳ですか?」
「五才です」
「……五才!? ……近所のガキ共もそれくらい、いや、ほんの少しでもこれくらいお行儀が良ければ可愛いのに」
ニーナさんは少し陰りのある表情でそう呟く。どうやら男勝りそうなニーナさんでも村の悪ガキには手を焼いてしまうらしい。
でもそれって、男の子たちがニーナを気に入っている、または好きだからやっているんじゃないかな。男の子は年上の綺麗なお姉ちゃんに弱いしね。
「で、今日は予定通りグラディスの馬を見に来たのだけど?」
ジュリア姉さんがニーナさんを現実に戻すためにタイミングよく話を切り出す。
あー、用事ってグラディス兄さんの馬のことだったんだね。
そう言えばこの間兄さん達が馬に乗る練習をしていたよね。
意外なことにジュリア姉さんが一発で馬を乗りこなしていたが、ギリオン兄さんとグラディス兄さんは面白いくらいに振り落とされていたな。
一番ジュリア姉さんが馬と相性がいいから世話なり、様子をみるなりしてきたのであろうか。
「どうしてグラディス兄さんの馬の様子をジュリア姉さんが見に来るの?」
「あー、グラディスの馬は特別に脚が速いんだけどね、余りグラディスと仲が良くないのよ。何故か乗せることを嫌がっていう事を聞いてくれないんだけど、私がたまにお世話をしてあげるとグラディスのいう事を少し聞いてくれるのよ」
「あたし達は問題なく乗れるのにね」とニーナさんが付け足すと、「そうね。不思議ね」とジュリア姉さんが相槌を打つ。
いや、それってすごく単純な理由じゃないですか?
『だから本当にいたんだっつーの! 俺の言葉がわかるガキがよ!』
『いや、それは無いっしょ。カン吉の聞き間違いっしょ?』
二頭の馬がパカパカと並行して歩く。
その声は今日最初に聞こえた声と同じものだ。
『そうそう、あんな感じのガキ――ってアイツだよ! アイツ!』
カン吉と呼ばれていた馬は俺を二度見して立ち止まる。そして俺の方へと近付いてくる。
『あの子供が? それは無いっしょ。まだニーナとかの方が信ぴょう性あるわー』
遅れて、やけにチャラい声を出す馬がこちらを値踏みするように大股で歩いてくる。
どうしてこの馬はこんなにも上から目線なのだろうか。何かむかつく。
二頭の馬はやがて俺に密着し、すんすんと匂いを嗅いでくる。
「あら? ジェド様もう気に入られちゃった?」
「本当ね」
馬が子供にじゃれつくように顔を擦り付けたりしているように見えなくもない。それが本当ならばとても微笑ましく見える事だろう。
しかし実際はこうである。
『おい、俺。カン吉だよ、朝に会っただろーが』
『コイツ本当にしゃべんの?』
『おら、聞こえてるんだろーが。なんか話せよ』
なんて俺の耳元で話しかけてくる。なんだか恐喝されているような気分だ。
『聞こえていたら話せよ。蹴り倒すぞ。俺の名前は?』
トン吉とでも答えたら容赦なく攻撃してきそうだ。
「……カン吉」
俺は震えながら小さな声で呟いた。
『ほら見ろ! 聞いたかよ!』
『やっべー、まじぱねぇ! 本当に俺達の言葉わかる感じ?』
「……わかる感じ」
『うっひょー! やべえ! このガキまじぱねえわ』
「……何だか馬がすごく喜んでいるわね」
「そうね。あの二匹の馬はなかなか懐かないし、あんなに嬉しそうな姿初めて見たわ。私、飼育者なのに自信を無くしそう」
「元気だしなさいよ。たまたまだって」
何か後ろの方ではニーナさんが落ち込んでいる。
『ちょっとお前あっち行こうぜ。話しようや』
『しよしよ!』
「……は、はい」
カン吉と二回も出会い、同じ声を二回ほど面と向かって聞くこと、話すことをしてわかった。
俺は動物の言葉が理解できるんだって。話す事、意思を疎通させる事さえ出来るんだって。