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フィアの焦り

 

 フィアとフェリスがヤックを撫ですぎるのでヤックが逃亡。撫でたりない亡者達は不満そうにヤックを追いかける。


 このような流れが当たり前にできてしまい、現在は俺達とヤックで追いかけっこのような遊びになっていた。当然、俺もヤックの苦しむ……フィアへの親切心からヤックを追いかける側へと回っている。


 生い茂る草木をヤックが駆け抜ける。


 フィアがそれを追いかけて必死に手を伸ばすが、ヤックはこちらをあざ笑うかのように加速する。


「ああっ!」


 フィアの手を掻い潜ったヤックの先に立ちはだかるように俺が回り込む。


 ゴールキーパーのように手を広げて腰を落とし、接近してくるヤックを待ち構える。


 ヤックが俺を回り込もうと旋回すれば、そのためにスピードを落とさなければならないはずだ。その時に思いっきり飛び込んで確保してやる。


『うっはっはっは! 俺様を捕まられるものなら捕まえてみろ!』


 こちらに気付いたヤックが高笑いを上げながら、猛スピードで接近してくる。


 聖獣と言われているのが疑問に思えるくらいのゲスイ笑い声だ。


「来い!」


 ヤックが回り込もうとスピードを落とす瞬間を見逃さまいと、しっかりと前を見据える。


 ヤックの短いながらも高速で動く足を見て、今か今かと。


 しかし、ヤックの速度は一向に落ちることなく、そのまま真っすぐに突っ込んできた。


「なにっ!?」


 俺が慌てて股を狭めるが、ヤックは加速して俺の股を綺麗に通り抜けた。


『トンネルだーい』


 くそ、やはり俊敏さでは勝てないか。イタチのような体つきをしているだけあってヤックのすばしっこさは中々のものだ。最初に俺と出会った時も、グレイトウルフから逃げ回っていたほどだからな。


『やーい、やーい捕まえてみろよ』


 股の間を通り過ぎたヤックが二本脚で器用に立ち上がり、手を叩く。そしてしまいにはお尻をこちらに向けて、二本の尻尾でぺんぺんと叩きこちらを挑発してくるではないか。


 本当に品性のない聖獣である。知性が感じられない。


 そんな品性のない行動をする聖獣の下に黒い影が落ちる。


『お? 何だ?』


 ヤックの体に影が落ちたことで、奴は挑発を止めて上を見やる。


 そこには木の上から飛び降りてきたであろうフェリスの姿が。


「ヤック!」


『げっ! フェリス!』


 覆いかぶさるように落下してくるフェリスにヤックが目を剥いて逃げ出そうとするが、フェリスの方が少し速かった。


 猫のようにしなやかに着地をしたフェリスは身体で相手の逃げ道を塞ぎ、ヤックが慌てふためく間に見事に二本の腕で捕らえた。


「やったわ!」


「フェリスお姉ちゃん凄い!」


『うおおおおおおおおおおおっ!? 一番捕まっちゃならねえ奴に捕まっちまったあああああ!』


 ヤックの細い体がフェリスの手にがっちりと挟まれて持ち上げられる。


 そこから逃れようともがくヤックだが、短い手足ではどうすることもできなかった。


「あー、ヤックってば相変わらずフカフカー」


『のああああああああああ!』


 捕まえられたヤックがフェリスに存分に頬ずりをされて悲鳴を上げる。


 ははは、ざまあみろ。さんざんヤックを追いかけて、コケにされた事を思い出せばいい気味だと思える。


 このままエルフの集落で過ごしていればハゲてしまうんじゃないだろうか。


「次、フィアもするー!」


 笑みを浮かべてフェリスの下へと駆け寄るフィア。


 そして、フィアとフェリスによって頬ずりやナデナデされまくるヤック。


 二人を見ていると仲の良い姉妹みたいだ。


 髪の色は違うし血も繋がっていないが、エルフの寿命は長いのだ。長い年月を共に暮らしてきた二人は、きっと姉妹みたいなものなのだろう。


『ぐああああああああ、ジェド! 助けてくれ!』


「やだね」




 ◆



 おいかけっこ、かくれんば、木登りと存分に森を駆け回り遊んだ俺達。


 フェリスとヤックのお陰かフィアはすっかり元気になって、いつもの笑顔溢れる表情を見せていた。


 どうして暗い表情をしていたのかは分からなかったが、元気づけることができて何よりだ。


「次は何する?」


 フィアがヤックを抱きしめながら、笑顔で俺とフェリスを見上げる。


 しかし、太陽はすでに中天に差し掛かっている。


 フィアの両親はお昼には帰ってきなさいと言っていたのだが、楽しさのあまり本人らすっかりと忘れているようだった。


「もうすぐお昼だから一旦お家に帰りましょう」


「えー、フィアまだ遊べるよ?」


 フェリスが諭すように言うが、フィアは口を尖らせてまだ遊び足りないという。


 しかし、フィアの体は正直なのか、フィアのお腹の辺りからくぅーという可愛らしい音が上がった。


「……あっ、お腹が鳴った」


「ほらー、体はお腹が空いたって鳴いているわよ」


 フィアの頭を優しく撫でて笑うフェリス。


 それにつられてフィアもはにかむように笑う。


 とても微笑ましい光景だ。


 俺もアスマ村にいた頃は、あんな風にジュリア姉さんに頭を撫でられて連れ戻されたこともあったっけな。


 精神年齢は子供じゃない分とても恥ずかしかったのだが、今ではいい思い出である。


 こんな事を面と向かって言えば、からかわれること間違いないのだが、ちょっとアスマ村に帰ってジュリア姉さんや母さんに会いたいと思ってしまった。


 母さんは喜ぶだろうけど、ジュリア姉さんは数カ月、下手したら年単位でからかってきそうだな。


 そんな風にアスマ村の事を思い出していると、今度はフェリスの方からもお腹が鳴った。


「あー! フェリスお姉ちゃんのお腹も鳴いているよ」


 フィアが「あはは」と楽しそうに笑いフェリスのお腹を指さす。


 フェリスまでお腹を鳴らすなんてしまりのないお姉ちゃんですこと。


 フェリスの微笑ましい光景に俺の頬も思わず緩む。


「……ちょっと何ニヤニヤしているのよ」


「別にー?」


 白い頬を朱に染めて睨んでくるフェリスだが、生憎今の状態では全く怖さが感じられない。


 そんな俺の様子が見てとれたのか、自分が不利だと悟ったのかフェリスはしばしこちらを睨んだ後に溜息を吐く。


「……まあ、いいわ。お腹も空いたことだし帰りましょう」


「うん!」


 フェリスとフィアがどちらともなく手を繋ぎ歩き出す。


『……やっと帰れる』


 フィアの片手に抱えられていたヤックが疲れたような声を出す。


 まあ、お疲れ様。フィアを元気づけることに大きく貢献した様子なので、お昼には木の実や干し肉を存分に与えてあげようと思う。


「あっ、痛っ」


 フェリスと手を繋いでいたフィアだが、突然痛みを訴える声を上げる。


「どうしたの?」


 小さな子供が急に痛みを訴える声を上げればこちらも心配してしまう。


「膝擦りむいた」


 どうやら遊んでいるうちに右膝を擦りむいていたらしい。


 小さなもので傷も浅いものだから気付かなかった。駆け回っている頃はアドレナリンが出ていて痛みを感じなかったのだが、アドレナリンがなくなったせいで痛みを感じるようになったのであろう。


 ひとまずは大した怪我をしていないことがわかり、俺とフェリスはホッと胸を撫で下ろす。


「あとで水で流して、薬を塗りましょう」


「いや、俺が魔法で治すよ」


 これくらいなら、回復魔法ですぐに治すことができる。


「えっ? 魔法で?」


 間抜けな声を出すフェリスをよそに、俺は傷口を洗い流すために水球を呼び出す。


「【マイム・ボー】」


 俺の魔法言語により、目の前に小さめの水球が現れる。


「わあー、凄い! これって精霊魔法なの?」


 人間の魔法を初めて見るフィアは、目を爛々と輝かせて尋ねる。


「違うよ。人間の使う魔法だよ。魔法言語っていう特殊な言語を詠唱して発動させるんだ」


「へえー、何だか良くわからないけど凄い!」


 フィアにはちょっと難しかったらしい。


 けれど表情を見れば純粋に褒めてくれていることは分かるので、嬉しくもある。


 フィアを一旦地面に座らせ足を伸ばさせると、俺は傷口を覆うように水球を移動させた。


「わっ! 冷たい!」


 傷口に染みる痛みに少し顔をしかめたが大したことじゃなかったらしく、今では冷水による冷たさを気持ちよさそうに感じている。


 僅かに水球の中の水流を動かして、土の汚れを取ったところで水球を後方に飛ばす。


「あー、潰れちゃった」


 水球が破裂する様を少し残念そうに見るフィア。「また見せてあげるから」と言うとフィアが喜ぶ。


「それで、これからどうするの?」


 心配そうでいて、どこか好奇心を潜ませたフェリス。


「まあ、見てて……【デア・ボランス】」


 フィアの右膝の上に手をかざして、魔法言語を唱える。


 すると俺の手に青白い光が宿り、フィアの右膝をゆっくりと包み込む。


「……暖かい」


「……綺麗な光ね」


 初級の回復魔法の光に見惚れる二人。確かに回復魔法の光は他の魔法よりも輝きが綺麗だと思う。


 フィアの擦り傷があっという間に塞がっていく。


 フィアの傷は小さなものであったので、ものの数秒で塞がり、傷一つない真っ白な膝が現れた。これで治療完了である。


「はい、これで治ったよ。もう痛みはないと思うよ?」


 治療は終わりましたよと告げたのだが、二人は右膝をポカンとした表情で眺めている。


「…………どうしたの?」


 その様子に不安になって尋ねると、フィアに勢いよく掴みかかられた。何事!?


「ジェド、今の力って何!?」


「光属性の回復魔法。怪我を治癒させる力だけど?」


「怪我を治す魔法なの!?」


 フィアが驚きの声を上げる。


 何だろう? ただの回復魔法だというのに驚くことなのだろうか?


「ジェドって光属性の魔法まで使えるの?」


「えっと、泉でペガサスに使っていたんだけれど見てなかったの?」


「……チラッと見ただけだもの」


 俺がフェリスに問いかけると、少し恥ずかしそうに視線を逸らした。


 あー、はいはい。ヤックと戯れるのに夢中で俺とペガサスをあまり見ていなかったんですね。


「というか精霊にも光の精霊がいるでしょ? だったらエルフでも回復魔法が使えるんじゃない?」


「光の精霊はいるけれど誰も回復の力なんて使えないわ……。光精霊を扱える人自体が少ないし、光っていえば光源ぐらいにしか使っている人はいなかったわ。森にも薬草の類があったから……」


 フェリスに尋ねるとどこか歯切れが悪そうな答えが返ってきた。


 光魔法を使える魔法使いはかなり希少だって聞いていた。それは光精霊を扱うエルフにも共通なのだろう。


 エルフの人口自体もこの集落だけで少ないものなのだから、余計に使える人は限られるであろう。


 それでも森には豊富な薬草の類があったから、怪我をしても主に薬で治していたのだろう。それで事足りていたから考えすらしていなかったのかもしれない。


 あれも欲しい、これも欲しい。こんな力があったらいいなんて強欲なのは人間くらいのものだからな。それが功を成して回復魔法なんてものを扱えるようになっているのは、凄いと思うけど。


「体をよくする魔法なんだよね?」


 フィアが改めるように聞いてくる。


「簡単に言えば、そうだけれど?」


 俺がそう答えた瞬間、フィアが俺の腕を取って立ち上がった。


「ジェド! ちょっと来て!」


「え? ちょっとどうしたの?」


「早く!」


 わけもわからず問いかけるも、フィアの焦ったような声に遮られてしまう。


 フィアの少女とは思えない剣幕に押されて、俺は素直に手を取られて走らされる。


「ちょっとフィア落ち着きなさい!」


 フェリスが制止の声を上げるが、フィアの耳には入っていない。


 ひたすらに前を向いて、一刻を争うかのように足を回し、俺の手を強く引く。


 一体どうしたんだろう。回復魔法が使えるとわかってこの焦り。身近な誰かが大怪我でも負っているのだろうか?


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