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片翼のペガサス

お待たせしました。ペガサスを修正し、本文を加筆しました。

 

「まさか、視覚と聴覚を奪われたうえで放置されるとは……」


 闇精霊に視覚と聴覚と奪われて、いくら時間がたったであろうか。


 何をされるかも分からずに、怯えていただけであったが特に何も無かった。


 闇が解かれ、視界と聴覚がクリアになっていく頃には、当然ながら服をフェリスとフィアも服を着ていた。ちょっと残念。


 途中でモフモフとした感触に襲われたのはヤックのせいだろう。


「お前、俺が何もできない間に何かやったか?」


『……いんや、何も?』


 腰を下ろした俺の隣にいるヤックは、関係ありませんよと言うように涼しげに尻尾を振る。


「口の周りに干し肉が付いてるぞ」


『げっ! まじかよ! ……って、はっ!』


「…………」


『お前、俺をハメやがったな!』



「簡単にひっかかる方が悪い。俺のポケットをまさぐりやがって。今日はおやつ抜きな!」


『はあああー!?』


 うるさい。こっちはモフモフとした毛が当たるまでは凄くドキドキしたんだからな。


「おい、コラ! 俺の服に爪をたてるな!」


 ヤックが俺の裾を引っ張たち爪をたてるので止めさせていると、エルフの幼女がこちらへやって来た。


「お兄ちゃん、ヤックルバンクとお話してるの?」


 屈託のない笑顔で言われる甘美な響き。


 お兄ちゃんか、悪くないな。俺にも妹がいればよかったのに。


「そうだよ。ヤックが勝手に干し肉を食べちゃったからメッ! ってしてたんだ」


『……何がメッ! だよ』


 ぼそりと呟くヤックのひげを軽く引っ張って黙らせる。


「ねえねえ、お兄ちゃん。ヤックルバンクに触ってみてもいい?」


「いいよ」


 クリッとした瞳を爛々と輝かせる、フィアの頼みを俺は快諾した。


『俺はいいって言ってないんだけど!?』


「やったー!」


 フィアがヤックの声など当然聞こえる事もなく、フィアは嬉しそうにヤックを抱きかかえた。


「柔らかくてモフモフ。それに滑らか」


 ふと視線を感じたのでそちらに視線を向ければ、少し離れた所でフェリスが羨ましそうにそれを見ていた。


『ちょ、ちょ、どこ触ってるんだよ! ダメだって! そこは敏感だから!』


 何が楽しくてオスの嬌声など聞かなくちゃならんのか。俺はゆっくりと立ち上がってその場を離れた。




 ◆



 フェリスとフィアが草の上で腰を下ろし、ヤックと楽しそうに戯れている。


『お前にだけは捕まらんからな!』


「どうして逃げるの!」


 ヤックは最初の出会いのせいでフェリスに苦手意識があるのか、触らせまいとフィアの体に伝って移動している。けしからん事の服のしたに潜りこんでフェリスの手から逃れている。


「あっ、ちょっと! ヤック! やめ……あはははは! フェリスお姉ちゃん!」


 潜り込まれたフィアは、ヤックの体毛とフェリスの手であちこち触られてくすぐったそうな声を上げている。


 俺はそんな和やかな光景を眺めつつ泉の回りを散歩する。


 サクサクと草を踏み締める音を聞きながら、歩いていると茂みの近くに小さな木の実がなっていた。


 赤色の小さな丸い粒のような木の実、確かブナの実と言って食べると甘酸っぱい味がする奴だ。


 ヤックに干し肉を食べられてしまったので、小腹を膨らますのにちょうどいいな。


 早速屈んで腰を下ろす。そしてなっているブナの実を一つずつ採る。


『ここか!』


「うおお!?」


 すぐ傍の茂みから、勢いよく白い毛並みをした馬の頭部が飛び出してきた。それからすぐ目の前にある植物をパクッと口に入れて、もしゃもしゃと口を動かした。


 めちゃくちゃビックリした。急に茂みから馬の顔が飛び出してくるだなんて。


『ん?』


 茂みに頭を突っ込んで、もしゃもしゃとしながらこちらに視線を向ける白馬。


「野生の白馬か? 珍しいな」


『誰が白馬か! 我はペガサス! そんじょそこらの地を走るしかできない馬風情と一緒くたにするな!』


 ペガサスと自称する白馬は、唾を飛ばすような勢いで怒声を飛ばしてきた。


 勢いよく頭を上げたために、葉っぱが飛び散っている。


 その台詞、カン吉達が聞いたら激怒するだろうな。


「お前がペガサス?」


 ペガサスと言えば、白い毛並みをした美しい白馬で、背中には天使のような翼が生えており、空を駆けると言われる幻獣のような魔物だ。


 ヤックもそれに近い分類なのだろうけど、納得がいかないな。


 まあそれは置いておいて、俺は立ち上がって白馬とやらを観察する。


 日の光に当たってキラキラと輝く程の艶やかな毛並みで、身体の肉付きもよく健康そうな馬だ。


 しかし、翼が生えている風には全く見受けられない。ただ毛並みが良いだけの白馬ではないか。


「……ただの白馬だな」


『違うわ! どう見てもペガサスだろ!?』


「だって翼がないじゃん?」


『全く、しょうがないな。無知なお前のために見せてやろう! 我が翼を!』


 俺が困ったような反応をすると、白馬は茂みを超えてやってきた。


 そして、高らかに宣言すると突如背中から翼が飛び出した。


 バサッという勢いよく空気を叩く音と共に、真っ白な羽がふわりと舞い上がる。


 広げられたその翼は、今まで見た鳥達よりも大きくて真っ白であった。


 なるほど。普段は鳥のように翼を畳んでいるのか。そこらへんは鳥と変わらないみたいだな。


 真っ白な毛並みと真っ白な翼を持つ馬。


 確かにこいつはペガサスなのだが……、


「綺麗な翼だけど、どうして片方しか広げないんだ?」


 あれだけ威勢よく言ったというのに、左の方しか翼を出さないとかカッコ悪いぞ。


『……もう右の翼は少し怪我をしてしまってだな』


 何とも歯切れ悪そうに答えるペガサス。


「どれどれ、ちょっと見せてみなよ」


『待て! 俺の身体に触れるな!』


 俺が少し診てやろうと近づくと、ペガサスが慌てて下がる。


「魔法で傷が治せるかもしれないんだけど」


『……ほ、本当か? 羽をむしったりしないだろうな?』


 俺が興味本位で近付いたのではないと説明するも、ペガサスは未だに警戒の瞳をこちらに向ける。


「そんなことはしないから」


 俺が瞳を逸らさずに答えると、ペガサスが近付いてくる。


『まあ、治せるのなら頼みたい。ここのところ痛くてかなわなかったのだ』


 目の前で大人しく佇むペガサスを見て、俺はそっと背にある翼を持ち上げた。


 結構な重量があり、羽がツルツルとしているな。


「このまま広げる事はできる」


『ああ、少し痛むが我慢しよう』


 俺の手に支えられながら、閉じていた右の翼がゆっくりと広がる。


 左の翼同様の何枚にも重なった羽が姿を見せるが、その中心部分に引っかかれたような傷があった。


 三筋の切り傷は、ペガサスの羽と身を容易く切り裂いていた。


 そんなに大きな傷ではないが、結構肉がえぐれてしまっている。


「……これ誰にひっかかれたんだよ」


『…………猿だ。木を登るしか能のない――』


「あー、はいはい。大体想像がつくからもういいよ」


『な、何だと!?』


「背中に乗せろとか言ってきた猿達を、お前が口汚く罵ったりしたんだろう?」


『た、確かにそうだが、罵ったつもりはないぞ? 俺は本当の事を言ってやっただけだ』


 それが罵っているんだってば。


 何やら言い訳をしはじめる、ペガサスを無視して俺は怪我の様子を確認する。


 幸い、骨にまで届いている様子はなさそうだ。


 オオノキさんの家で動物を相手にした回復魔法も練習していたのだ。これくらいの怪我なら問題ない。


 動物や魔物と話せる力に気付いてからは、人間以外の怪我も治せるようにと勉強もした。


 スペシャリストのレイチェルもいたし、問題ない。あいつのはちょっとずれている感じもしたけどね。


「じゃあ、いくよ。【デア・ボランス】ッ!」


 俺の右手に青白い光が宿り、それがペガサスの翼を包み込む。


 光に包まれた翼は、時間が巻き戻されるかのように傷が癒えていく。


 そして、そこには左の翼同様、真っ白で綺麗な翼があった。


『お? おお?』


 ペガサスが驚いたように右の翼を羽ばたかせる。


『おお! 痛くないぞ! 治ったぞ!』


 それからバサバサと大きく動かし、歓喜の声を叫ぶペガサス。


「うんうん、ペガサスは一対の翼があってこそだな」


 それにしても、幻惑の森付近で空飛ぶ馬を見たという噂は本当だったんだな。


 これでニードに聞かせられる土産話が増えた。


 幻惑の森のことはエルフの事があるので口外できないが、ペガサスを見たことなら話しても大丈夫だろう。


 エーテルに帰ったら存分に奢ってもらうとしよう。


『礼を言うぞ人間! 期会があれば今度俺の背に乗せてやっても構わんぞ! とは言っても人間ごとき矮小な存在に俺の言葉はわかるまいか……って、あれ? さっきから通じてるな?』


 ペガサスは言葉が通じている事に気が付き、あれ? っという風に首を傾げる。


 今頃気付いたのか。


「通じてるよ」


『俺と同じ動物? いや、姿形を見るかぎりは明らかに人間だぞ!? どうなってるんだ!?』


 俺と言葉が通じることによって、慌てた様子を見せるペガサス。これが普通の反応だ。


 どっかの魔物達はすぐにゴブリンだとか、高位の魔物だとか文句を言ってきたりするがな。


「魔物じゃないから! ジェド=クリフォード。ちょっと動物や魔物と会話できる不思議な能力があるが、れっきとした人間だ」


 俺が諭すように語りかけると、ペガサスはキョトンとして、


『……それは本当にれっきとした人間なのか?』


「よし、ちょっとこっちに来い。その羽全部むしってやる」




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