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お仕置き

 

 螺旋状に回転して暴風に俺は晒される。反射的に腕で顔をかばって、吹き飛ばされないように堪える。


 しかし、風の威力は強く俺の重くも無い体はふわりと地面から離れてしまう。


『あはは! 飛んでいけー!』


『ビュー!』


 耳元では風の唸る音と、風の精霊の無邪気な声が聞える。


 一度足が浮くとどうすることもできず、俺の体は面白いように吹き飛び後方にある木に勢いよく叩きつけられた。


「ぐはっ!」


 背中全体に衝撃が走り肺から息が漏れ出す。


 そしてそのままずりずりと落ちるようにして座り込む。


『あはは、あの人間面白いほど回ったね。二回転?』


『三回かな? 紙みたいに飛んでいったよ!』


 俺の目の前をあざ笑うかのように飛び回る風の精霊達。くそ、実態があれば掴んで思い切り遠くへ投げてやるものを。


 しかし、ヤックが触れられなかったように精霊達には実態がない。


 なので、俺はムッとした顔で見上げる事しかできない。


『あはは、面白い顔―!』


『本当だね』


 風の精霊達は俺の顔を覗き込むようにして近付いて、バカにしたような声で言ってくる。これが人間なら、俺の顔に指を突き刺して言っているに違いない。


「面白い顔とは失礼な!」


 俺は憤慨の様子を露わにして、目の前で浮かぶ精霊達を捕まえようと手を振るう。


 勿論、俺の手が精霊に触れる事は無かった。


 風の精霊達は余裕の動きで俺から距離を取り宙へと舞い上がる。


 それから精霊の一匹がピタリと動きを止めて呟いた。


『……この人間、私の声が聞こえてる?』


『まさか。エルフでも私達の声が聞こえないんだよ?』


『そうだね』


 気にしたのは一瞬で、精霊達は楽し気な声を上げて舞い上がり、虚空へと消えていく。


「……聞こえてるんだけどね……」


 辺りにはフェリスが水面から出ようと動いたのか、水の跳ねる音が聞こえる。


 きっと視線を向けると、怒られるんだろうな。


 フェリスの鋭い視線が頬に突き刺さるのを感じながら、ジッと俯く。


 ちらりと半目で見たくなるがそれも我慢。命が惜しい。次は風の刃が飛んできそうだ。


 重苦しいこの空気を打ち破ったのは少女の声。


「あー! フェリスお姉ちゃん!」


 俺はつい反射的にその声の方向へと顔を向けてしまう。


 すると、そこには吊り橋でやたらとヤックに好奇心を見せていた若葉色の髪をした少女がいた。フェリスとは違って腕で体を隠すことなく。



「あっ、フィア! 今はダメよ! こっちに来ちゃ駄目よ!」


「えー? 何で? いつもは一緒に水浴びをしてるのに」


「今はダメなの! 他の男がいるから。ちょっとあなたも何を見ているのよ! 変態!」


「ここは女の人専用だよね? どうして男がいるの?」


 フェリスが俺の視線からフィアを守ろうと腕を広げて庇う。


 そうすると自分の体がもろに見えてしまう訳で、フェリスはそれにハッと気付き、顔を赤くしながら自分の胸を隠そうとしたり、フィアの体を隠したりとバタバタしだす。


 身を屈めて水面に体を隠せばいいのに。


 というか、ここは女性専用の水浴び場だったのか。知らなかった。


 ヤックを攻めようにも、アイツも知らなかった可能性もある。ここはラッキースケベにあったとでも思っておこう。


『絶景だろう?』


 隣の茂みからヤックが顔だけを出して、しししと笑う。


 全く、こいつは。


「絶景じゃないか」


 綺麗な水場で戯れる、美しいエルフの少女達。


「ちょ、ちょっとフィア!」


「別にいいよ。お父さんともたまに入る時あるから!」


「フィアは良くても、私は良くないんだけれど!」


 フィアは俺にも気にしていないのか、フェリスの慌てた様子にお構いなしに、笑顔で抱き着いている。


 そして、フェリスがやっと水中へと体を沈める事を考え付いたようだ。


 勢いよく身を小さくする。


「潜りっこ?」


 フェアもそれを真似して身を沈める。


 体の小さいフィアはすっぽりと隠れているようだが、フィアの方は鎖骨辺りまで見えてしまっている。


 ここが綺麗な水場という事もあって透き通っている事も合わせて、どこかその姿は一層艶美だ。


 視線を逸らさなくてもいいのかだって?


 いや、どうせ見てしまってお仕置きを食らうのなら少しでも目に焼き付けておいた方がいいかと思っただけだ。決して命を諦めてしまったとかではない。


『おい、ジェド。何だか目が遠いぞ?』


「……大丈夫だよ。運命を受け入れる準備はできている」


「来て、闇の精霊よ」


 ほら、また風の精霊が……あれ? 闇? 何か物騒な言葉が聞えたような。火とか風とか具体的にイメージが出来ない分怖いのだけれど。


 フェリスがそう言うと、空間から紫色の光がぼわっと灯った。


 これが闇の精霊だろうか。その光は今まで見た精霊の光の中で一番弱々しい。今にも消えてなくなってしまいそうだ。


『おいおい、こんな朝っぱらから呼ぶなって。光が多くて怠い』


 眠たげな声をした少年の声。闇精霊はフェリスの傍には行かず、ふよふよと近くの木陰へと避難した。


 闇精霊なので、夜や暗い場所を好むのだろうか。


「あー! 何となく嫌なのはわかるけどお願いよ!」


 木陰から動こうとしない闇精霊を見て、フェリスが苛立たしげに叫ぶ。


『あー? 俺なんか高位の精霊でもないのにこんな所でまともに力を使える訳が無いじゃん。夜まで待ってよ』


 闇精霊はフェリスのお願いを意に介すことなく欠伸まじりに答える。


「ほー、精霊も色々なタイプがいるんだな」


『あのエルフ、何だかジェドみたいだな』


「どうして?」


『いや、俺達は会話ができるってわかってるから気にしないけど。何も知らない人が俺達を見たらこんな感じなんだろうなって。ジェド、お前も今まで誤解されて大変だったんだな』


 ヤックが明らかに哀れみの視線を俺へと向けてくる。


 向こうでは、フェリスが甲高い声を上げて闇精霊に力を貸してもらおうと説得している。今はどれくらいの魔力を渡せば動いてくれるか交渉中の様だ。



 俺は精霊の声が聞こえるから違和感を覚えないが、普通の人からすれば光に話しかける危ない人に見える。


 俺もエーテルではあんな感じだったのであろうか。


「そう思うのなら、人前で俺に話しかけるのを控えてくれてもいいんだぞ? 集落に入る時なんて護衛の人がドン引きしていたんだぞ?」


「うはは、それは俺が退屈するから嫌だね」


 コイツ、明らかに面白がっているな。


「それじゃあ成立よ! やっちゃって!」


 俺とヤックが会話をしている間に向うの交渉が終わったらしい。


 フェリスが元気よく叫ぶと、フェリスの体が淡い水色の光に包まれ、発光する。


 多くの魔力を練り上げた時に現れる現象だ。魔法は多くの魔力を込めれば、込める程威力が増すが察知されやすくもなるのだ。


 そして魔力が木陰にいた闇精霊を包み込む。すると先程まで弱々しい光を放っていた、紫色の光が一段と強くなった。


「さすがフェリスお姉ちゃん! すごく魔力が多いね!」


 エルフは人間よりも総じて魔力が多いが、フェリスは他のエルフより抜きんでて魔力の量が多いようだ。結構な魔力を使っているのに未だ疲れた様子もない。


『まあ、ここまで魔力を貰ったら朝でも力を貸すよ』


 先程よりも少し元気のある闇精霊の声。


 どうやらやる気になってしまったらしい。会話の流れから交渉は決裂するかと思っていたのでこれは予想外だ。


 俺が驚いている間に紫色の光がずるりと影に沈みこむ。


 何処に行ったのかと思いきや、突然俺の影から現れた。


『ジェドの股から光が出たぞ!』


 ちょっと何これ? 影から影に移動したの?


『ちょっと、ごめんよ』


「え、ちょっと?」


 呆然と闇精霊を眺めていると、気さくな声と共に視界が闇に覆われた。


「ちょ、何だこれ!?」


 俺は閉じた目を恐る恐る開いてみるも、視界一杯に真っ黒。何も見えやしない。


 目に何かが入ったとかでは無いようだが、眼球に常に何かが常に覆われている感じがする。


『おい! ジェド! 目の辺りが真っ黒になっているけど大丈夫か!?』


「ふん、いい気味よ」


「闇精霊さんは気難しいのに、さすがだね!」


 近くからはヤックの叫び声と、フェリスとフィアの声が聞こえるので耳は大丈夫なようだ。


 というか、闇精霊問答無用で視界奪うとか凶悪過ぎる……。


 しばらくすると、服と来たであろうフェリスとフィアが近付いてきた。


「ヤックルバンクだー!」


『どわあ! お前そんな勢いでやってきたら俺が潰れるっての』


 目が見えなくとも、状況が簡単に想像できた。


 そして、俺の近くで草を踏み締める音。


「さて、私とフィアの裸を見たお仕置きよ。何か言う事はある?」


「ヤックに案内されてきただけなんだ。女性用の水浴び場とは知らなかった許して下さい」


「ダメよ」


 ついには音も聞こえなくなった。




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