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エルフの集落

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 大きな木製の門を潜ると、まず多くの民家が目に入った。


 民家といっても多くは地上にあるものではない。大きな木をそのまま住めるようにした感じだ。そしてその木と木を繋ぐようにして吊り橋が多く架けられている。


 その吊り橋をエルフの子供や大人が笑顔で走っている。


 フェリスや大柄な男に比べれば、どこか民的な衣装だ。狩りをする者とは衣装が違って当然か。それともあれが家でいるときの服装なのだろうか。


 地上にも家がある所を見るに、完全に木の上で生活しているようではなさそうだ。


 それはそれで不思議である。単に木の数が足りなかったのか、地上の方がいいのか。


 その奥を見やると、大樹が集落を見守るかのようにして起立している。


 ここから見る大樹の光景はどこか綺麗である。


「……おー」


 感嘆する俺の声を聞いて、フェリスがふふんと鼻を鳴らして誇らしそうに胸を張る。突き出したその胸はまだまだ寂しいものだ。


『まあ、俺は何回も見た事があるけれどね』


 ヤックが俺の頭で呟いた時、声が更に頭上から降ってきた。


「あっ! お父さん見て! ヤックルバンクだ! 私初めて見たよ!」


 顔を上げてみれば、そこには吊り橋から身を乗り出すようにしてこちらを指さすエルフの少女が。


 若葉色の髪をした少女は無邪気な笑みを浮かべ、必死にヤックの気を引こうと声を出している。


 しかし、落ちてしまいそうで危なそうだ。


 手すりはロープなのだ。あの少女ならふとした拍子に落っこちてしまう。


「危ないよフィア。ここから落ちたら怪我じゃ済まないよ」


 そう思った時に、近くにいた籠を持ったエルフの男、恐らく父親が少女を抱き寄せる。


「えー、でもヤックルバンク……」


「今は母さんにこれを届けてあげるのが先だろう?」


「……うん、わかった」


「あの人間さんに懐いているようだし、明日にも会えるよ」


 少女は名残惜しそうにこちらを見た後に、父親と手を繋いで歩いていった。


 それでも視線だけこちらに向けてくる様子は可愛らしかった。


「あんたを見ているんじゃなくて、ヤックルバンクを見ているのよ? 何にやけているのよ」


「わかってるよ!」


『いやー、俺って人気者だなー』




 それから俺は夕方ごろに長老の家へたどり着いた。


 長老の家は地上にある大きな家であり、エルフ達の集会や宴会などに使われているそうだ。


 そのために部屋はいくつもあり広い。


 藁の上に柔らかい布がひかれてある。この布、手に取ってみるとクッション性があり柔らかい。魔物や植物の素材から作られたものであろうか。


 案外ジャイアントスパイダーの糸で編んだのかもしれない。


「何もない所じゃが、今日はここでゆっくりしておくれ。じゃが、今日だけは外には出ないで欲しい。まだ全員が人間がいる事を知っておる訳ではないからの」


「はい、わかりました」


 まあ、さすがにいきなりきた人間をうろちょろさせておくわけにもいかないよな。


 それにもう日が暮れているのだ、そんな夜中に出歩いては怪しまれるだけだ。


『うおおお! この布や柔らけえ!』


 ヤックは布をみるなり、ダイブしてゴロゴロと寝転び始めた。


 それを見て長老が穏やかに頬を緩める。


「食事はあとでフェリスが持ってくるからの」


「あ、待って下さい」


 そう言って、背を向けた長老を俺は引き止める。


「何じゃ?」


「あの、体を清めたいんですけれど」


 そう、ここ最近俺は体を洗っていなくて汗臭いのだ。肌がべっとりとしていて気持ち悪い。


 そとにさえ出してくれれば、適当に魔法でも使って水をかぶりたいものだ。


「すまんが、ここにいてくれると助かる。何かトラブルがあると困るのでな。フェリスに布を持ってこさせるので今日は拭くだけで勘弁しておくれ」


「わかりました」


 残念だが仕方がない。長老の言う通りだ。今日は身体を拭くだけにして、飯を食ったらさっさと寝てしまおう。


 長老がどこかへ行ったあと、俺は荷物を下ろしてゴロリと転がる。


 長老は今頃話し合いでもしている頃であろうか。


 天井を見つめながら、集落の事を考える。


 その道のりまでのエルフ達の反応は様々で、好奇心の視線を向けるもの、不安と警戒の視線を向けて来る者などだ。


 共通するのは誰も近付いてはこないという事だ。


 好奇の視線の殆どはヤックのお陰だと思う。コイツがいなければ俺はもっと居心地が悪くなっていたな。というか、集落にさえ入れてもらえなかったかもしれないな。


 俺は布のど真ん中で寝転がり、占領しようとしているヤックを持ち上げて少し端に寄せる。


 途中で『どわあ! 何すんだ!』とか喚いていたが気にしない。


 俺も布の上に転がり目をつぶる。


 意外と布がしっかりとしているおかげか悪くない。


 今すぐにでも眠れそうだ…………。




「わあー、可愛い。えへへへー」


 誰かの猫撫で声が聞こえる。一体誰の声であろうか?


 というか体が痛い。それに何やら床が冷たい。


 おかしいな、俺はきちんと布の上で寝ていたというのに。


 俺は瞼を開けて視界を確認する。


 すると目の前には屈んだ姿の誰かが。


「やっぱり可愛い」


 寝ているヤックを撫でているのは多分フェリス。


 どうしてフェリスがここにいるのだろうと思ったが、長老がフェリスに布やら食事やら持ってこさせると言っていた気がする。


 それでやってきたのか。


 フェリスは俺が起きている事に気付いた様子もなく「はあぁー」とか言いながら撫で続けている。


「そろそろ起きていい?」


「あ、あんた起きてたの!?」


 俺が声をかけると、フェリスが飛び上がるようにして立ちあがった。


『あー……何だよ、うるさいな』


 フェリスの慌てた声で起きてしまったのか、目をこすりながらヤックが起きた。


 二つの尻尾が交互にフラフラと揺れている時は不機嫌な証であることを、俺は既に理解している。尤も声音を聞けば一発でわかるのだが。


「ねえ、それより聞きたいんだけれど。もしかしてヤックを撫でたいから俺をどかしたの?」


「そうよ」


 悪びれもせずに即答しやがった。この野郎め。


「私達が真剣に話し合っているというのに、本人であるあなたが呑気に寝ているからムカついたのよ」


「はいはい、わかったよ。それより俺のご飯は?」


「それよ」


 フェリスが指さす方向を見れば、シチューやらお肉やらが乗せられたトレーがあった。


 お腹が空いていたので起き上がって取りに行ったのだが、フェリスの手に取って遠ざけられる。


 何をするんだ、と視線で問いかけるとフェリスは余裕の笑みを浮かべて違う方を指さした。


「あなたはこっちよ」


 その方向を見れば、お皿の上に一つの果物が乗っていた。それだけである。


「何でヤックの方が豪華なんだよ!」


 俺は床をバンッと叩いて抗議する。これはどう考えても逆だ。ヤックが果物一つで十分のはずだ。


「当たり前でしょ! 森の聖獣であるヤックルバンクを歓迎するに決まっているでしょう!」


「何のためにスプーンとフォークがあるんだよ!」


「あなたがヤックルバンクに食べさせてあげるためよ。嫌なら私がやるわ。むしろ私がやりたいのよ!」


『……いや、俺こんなに食べれないから』


「というかお前これ冷めきっているじゃないか! お前がヤックを撫でていたせいだろ! 温めてこいよ!」


「ああ! 勝手に食べたわね! これはあなたの分じゃないのよ!」


 結局、長老が騒がしさに駆けつけてくるまでの間、不毛な言い争いは続いた。


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