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エルフの長老

 

 とりあえず、長老の所へ連れて行くという事になり、俺とフェリスとエルフ達は一列に並んで、集落を目指し歩く。


「いつまで拗ねているんだよフェリス」


「別に拗ねてなんかいないわよ。それと、気安く私の名前を呼ばないでよ、人間」


 俺の目の前を歩くフェリスは、明らかに拗ねた様子をしており声音は素っ気ない。


「人間じゃなくてジェドって呼んでよ」


「……フェリス様拗ねているな」


「ああ、拗ねている。それも仕方ないだろう。フェリス様だけヤックルバンクを撫でる事ができなかったのだから」


「まあ、それは自業自得なんだけれどね」


「何か言ったかしら?」


 フェリスが話しかけるなオーラを発していたので、後ろにいるエルフの男達との会話に交じったら、刃物のような視線を向けられた。


「「「何でもないです」」」


 即座に答えると、フェリスは複雑そうな顔をして再び歩きだした。


 それを見て、俺達もホッと息をついて続く。


 フェリスの機嫌が悪い理由は、さっきエルフの男が言った通り、ヤックを撫でる事ができなかったからだ。どうしてヤックがフェリスの下だけは嫌がった理由は単純。


 最初に矢を飛ばしてきた相手がフェリスだったからである。


 男達にブスッとしながら撫でられたり、抱き上げられたりしていたヤック。


 さあ、次はフェリスという所で俺が「矢を飛ばしてきたのはフェリスなのに平気なんだ」と言った瞬間、大慌てで逃げ出した。


 それから、ヤックはフェリスに怯えて近寄らなくなった。


 当然フェリスは「あなた何て事を言うのよ!」と怒りだしたので「ヤックに向けて矢を飛ばしたフェリスが悪いんじゃないか」と言い返した。


 それについてはエルフの男達も非難の眼差しでフェリスを見つめた。


 どうやらヤックはエルフの間で大層大切に扱われているらしい。


 仲間であるはずのエルフの男達でさえ、味方になってくれずフェリスはぐれたという訳だ。


 それくらいで怒らなくてもと、思ったのだがフェリスはまだ歳を経ていないエルフなので仕方がないとの事。エルフは長寿の為に人間よりも成長がゆっくりなので、精神の成長も遅いらしい。


 具体的な年齢を尋ねると、俺とエルフの男が睨まれたのは言うまでない。


 どうやら、エルフの間でも女性に年齢を聞くのはデリカシーの無い事らしい。


 何だかヤックを撫でさせてから、随分とエルフの男達と仲良くなった気がする。


 ヤックとの出会いは俺にとっては幸運だったらしいな。


 ヤックのお陰でこうして敵対せずにいられるのだから。


 そんな事を言ったらコイツは絶対に調子に乗るであろうから、言わないが。


 俺は自分の右肩に乗っている、ヤックの頬をウリウリと突いてやる。


『何だよ、俺に構って欲しいのかよ?』


 何て可愛げがないんだ。


 俺は可愛げのない動物に興ざめして視線を前に戻すと、フェリスが俺達を羨ましそうにチラチラと見ていた。先程からせわしなく手を閉じたり開いたりと落ち着きがない。


 本当はヤックに触れてモフモフとしたり、抱き上げたりしたいんだろうなぁ。


 このままずっと不機嫌でいられるのも困るので、俺は肩に乗るヤックに小声で話しかける。


「おいおい、フェリスにも触らせてやれよ」


『嫌だよ。あいつは俺に矢を飛ばしてきた奴だろ? 殺されかけた相手に近付きたい訳ないだろ。それにアイツ一番目がヤバい』


 まあ、フェリスが警告の為に飛ばした矢は場所が悪かったとは思う。


 足元にいる動物がヤックルバンクとは思わなったらしい。それほど見かける事がない、希少な動物らしい。後は、初めて人間を目にして緊張していたのだとか。


「まあまあ、悪気はなかったんだから許してやれよ。長老さんのお孫で偉いらしいし、集落に着いたらご飯とか一杯くれるかもよ?」


『まじで!? 俺ちょっとゴマすってくるわ!』


 俺が仲良くしておく利を説くと、ヤックは尻尾をピンと立てて嬉々としてフェリスの下へと駆けだした。


 ちょっと、その人間臭い言い方は止めていただきたい。


 フェリスは突然よじ登ってきたヤックに驚いた。そして瞳を輝かせて小首を傾げるヤックに恐る恐る指を近づけて撫でる。


 それにヤックは自らの頭を擦り付ける事で、好意を露わにした。


 するとフェリスの顔が花開き、ヤックをワシワシと撫で始めた。


 先程とは違い、上機嫌で歩きだした様子にひとまず俺達はホッとした。


『あー、もう! コイツ撫でるの下手だなあ!』


 ヤックがうっとうしそうに叫んだが、俺は無視して足を進めた。




 ×     ×     ×




「もうすぐで集落に着くわ!」


 最後に音符マークがつきそうな感じでフェリスが言った。


『はあー、疲れた。媚びを売るのも楽じゃねえぜ』


 ツヤツヤとしたフェリスとは正反対に、ヤックが疲れ果てた様子で俺の頭に乗っている。


 そんなに重くはないし、毛で柔らかいからいいのだけれど絶対に爪だけは立てないで欲しい。


 もしここでヤックを驚かすと、その瞬間鋭い爪が脚から飛び出し、俺の頭に突き刺さる事は間違いないであろう。


 想像するだけでも痛そうである。


 とりあえず、フェリスの機嫌を直してくれたので俺も今回は文句を言わなかった。


 それからフェリスの言った通り、集落らしき場所へと着いた。


 そこには大きな木の柵で作られた門がある。結構な大きさでそれなりの人数で押さないと門を開ける事は難しそうだ。


 門の傍には既に何人ものエルフが待ち構えている。


 中央に腰の曲がったエルフ。その周りにはその人を守るように大柄なエルフが三人ほど立っていた。


 一目であの中央にいるエルフが高い地位、敬われているのだとわかる。


 何故彼らが既に門の前にいるのかは、事前に一人のエルフが情報を伝えに走ったお陰だ。


 急に押しかけて問題にならないようにするためだ。


 尤も、集落に入る事ができるかはこれから決まるのだろうが。


 俺は背筋を正して堂々と足を進め、未だに頭の上でダラッとしているヤックに声をかける。


「おい、ヤック。集落についたぞ」


『んー? 着いたのか?』


 ヤックは欠伸をしながら、むくりと動きだす。


 道理で静かだと思った。それにしてもよく俺の頭の上なんかで寝られるものだ。


「痛いって、ちょっと爪刺さってる!」


『あ、悪い』


 目覚めの伸びをする時に飛び出した鋭い爪のせいで、俺の頭のあちこちから鋭い痛みが発生する。


 それにしてもコイツ、全然悪びれた様子がない。


 俺は何とか痛みに顔をしかめないように我慢しながら、歩き続ける。


 そして、中央に位置するエルフの前でピタリと止まる。


「そなたが結界を突破した人間か?」


 中央にいる、年老いたエルフのしゃがれた声がゆっくりと吐き出される。


 シワが大きく刻まれた、その表情から相当な歳を重ねたエルフだと感じられた。


 瞼の奥から覗く、細い瞳は未だに強い翡翠色の光が宿っており、俺を真っすぐ見つめていた。


「はい、その通りです」


 俺はその瞳から目を逸らさずに答えた。


 人間である俺と会話できる事に驚いたのか、大柄のエルフ達が微かに息を呑む。


 それからそのエルフは何かを言うでもなく、細い瞳で俺をじーっと見続けた。


 俺の体を観察しているのではなく、こちらの心を覗こうとしている目だ。


『ちょっと何か怖いんだけれど』


 重い空気に耐えかねたヤックが、俺の頭の上で身じろぎをする。


 ヤックが身じろぎした様子を見て、エルフの視線がヤックへと向かう。


 頭にヤックルバンクを乗せたまま挨拶するのはどうかと思ったのだが、フェリスがそのままの方がいいと言うのでそのままにしておいた。


「……森の聖獣と言われし、ヤックルバンクが心を許したと言うのは本当だったのだな。私の名はエリシア。エルフの集落の長老と呼ばれておる。そなたの名は?」


「……ジェド=クリフォードです」


「ジェドと言うのか。よかろうジェドよ、入るが良い」


 先程よりも柔らかい口調の長老は、そのままゆっくりと俺に背を向ける。


 俺もそれに一安心してホッと息をついた所。


「いいのですか!? 長老! 相手は何をするかもわからぬ人間ですよ!?」


 大柄なエルフがそれを遮った。


「お前さんはヤックルバンクの姿が見えないのかい? 邪な心を持つ者に近付くはずがなかろう。それに精霊も彼を好いておるようじゃ」


「で、ですが……」


 ちらりとこちらに視線を向けて答える長老。


 しかし、大柄なエルフは納得していないようだ。


「あたしの勘を信じておくれよ」


「……長老がそうおっしゃるのなら」


 長老の言葉に折れたのか、男が渋々と言った様子で引き下がる。元の位置に戻る寸前、俺へと鋭い視線を送ってくれた。


 ――俺はお前の事を信用していないからな。


 そう言われた気がした。


「うちの若者が失礼をした。何もない小さな集落じゃが、入っておくれ」


 若者のエルフが俺に視線を送った事にも気付いたのか、長老が苦笑しながら門をくぐっていった。


 俺も苦笑しながらそれに続いた。




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